水素社会を拓くエネルギー・キャリア(4)

水素エネルギーとエネルギー・キャリア


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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 まずは、エネルギー・キャリアの体積当たりの水素密度を高める必要がある。この問題については、これまでにも述べてきたので、ここで繰り返すことはやめよう。ただ、ここで重量当たりの水素密度についても少し書いておく必要があるだろう。体積当たりの水素密度を高める方策として、水素吸蔵材料に水素を原子状で貯蔵するというアイデアがある。しかし、これまでに開発された水素吸蔵合金は、単位重量当たりの水素密度が低く注4)、水素貯蔵量の割には重くなり過ぎる。例えば、小型燃料電池自動車が400km走行するのに必要な4kgの水素を貯蔵するためには、合金のみで300kg、タンク全体としては400~500kg程度の重量になってしまう注5)。これでは水素を運ぶために水素を燃料として使ってしまうようなものだ。つまりエネルギー・キャリアとして望ましい条件は、より正確に言えば、体積当たりの水素密度が大きく、かつ、重量当たりの水素密度の大きいものであること、ということになる。

主な水素キャリアの物性値

 次に、エネルギーとしての取扱いやすさという観点からは、そのエネルギー・キャリアは常温・常圧に近い条件下で液体の形で存在することが望ましい。これは、できる限り既存の輸送、貯蔵インフラの利用が可能であること、と言い換えても良いだろう。これまでに構築されてきた化石燃料の輸送、貯蔵関連のインフラは膨大なものであり、これを大きく変革する必要のあるエネルギーを新たに導入することは、経済的にも社会的にも困難である。

 輸送、貯蔵インフラのみならず利用面でも、そのエネルギー・キャリアが運んだ化学エネルギーが、既存のエネルギー関連機器(エンジン、タービン、工業炉など)で、そのまま、あるいは、若干の改変を加えることによって、化石燃料の代替燃料として使うことができることが望ましい。そのエネルギー・キャリアを燃料電池自動車(FCV)向けの燃料用に用いる場合には、FCV用のスペックを満たす水素燃料に効率よく変換できるものである必要がある注6)

 そして、エネルギー・キャリアのコストは可能な限り安価であることが重要である。エネルギー・キャリアが運ぶ水素エネルギーの効用(CO2排出量の低減、エネルギー資源制約の克服等)に見合う、ある程度のコストの上昇は許容したとしても、経済活動の基盤であるエネルギーコストの上昇は可能な限り小さいことが望ましい。

 最後に、もっとも重要なことだが、そのエネルギー・キャリアは、実際の使用環境において安全に取扱い、利用ができるものでなければならない。

 【表1】にSIP「エネルギー・キャリア」で取り上げられている液体水素、メチルシクロヘキサン、アンモニアの3つのエネルギー・キャリアの外に、これまでにエネルギー・キャリアの候補として考えられた代表的な物質の関係する物性情報を示す。メタノール、ジメチルエーテルは、水素エネルギーを運ぶ手段としては比較的優れた性質を有しているが、使用時にCO2を排出することなどからSIP「エネルギー・キャリア」の対象では取り上げられていない。

 エネルギー・キャリアの開発、利用を進めることの重要性とエネルギー・キャリアの望ましい要件については、これまでの説明でご理解いただけたのではないかと思う。しかし、燃料電池自動車(FCV)の市販の開始時期が近づくとともに、家庭用燃料電池コジェネレーション・システム(エネファーム)の普及が進み、「水素社会の到来」が喧伝されつつある中で、エネルギー・キャリアの名をあまり耳にすることがないのは何故なのだろうか?それを考えることは、本当の意味での「水素社会」とはどのような社会かということについての理解と、水素社会を支えるエネルギー・キャリアの開発、利用を進める際の重要な視点を明らかにすることにもつながる。

 そこで、次回以降、この問題について考えてみることにしたい。

注4)
参考までに【表1】に水素吸蔵合金(LaNi5H6)の数値も掲げておくが、水素吸蔵合金の使用時には固体粒子を充填する際の空隙率(最小でも26%)分だけ、体積水素密度が表中の数値よりもさらに減少することに留意する必要がある。
注5)
広島大学のHPに掲載されている記事 「水素エネルギー社会の実現を目指して-水素貯蔵機能の開発-」 藤井博信著 (http://www.hiroshima-u.ac.jp/gakujutsu/kenkyu/hydrogen/)
注6)
可能性としては、アンモニアのように、そのままの形でFCVの燃料として用いることのできるエネルギー・キャリアもある。

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