CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性(その11)

-アンモニアをめぐるその後の動向-


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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 このサイトで2019年11月から20年8月まで10回にわたり、「CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性」と題する記事を連載させていただきました。それをもとに「カーボンニュートラル実行戦略:電化と水素、アンモニア」という書籍を2021年3月に共著で上梓しましたが、おかげさまでこの本は各方面から好評をいただき、これまで3回の重版を重ねました。また、エネルギー関係書籍の分野では歴史ある「エネルギーフォーラム賞」の「普及啓発賞」を受賞したことは、以前ご報告したとおりです。さらにその後、この本は日経新聞の書評欄でも「脱炭素社会の実現に向けて企業は具体的に何をすればよいのか。この問いに答えを与える」本として、橘川 武郎先生からご紹介をいただきました注1)
 連載を終えてから約2年が経って、CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニア(以下、NH3)には、さまざまな進展や環境変化がありました。2019年4月にSIP「エネルギーキャリア」の成果の社会実装につなげることを目的に設立された(一社)グリーンアンモニアコンソーシアム(GAC)は、2021年1月に(一社)クリーン燃料アンモニア協会(CFAA)に発展的に改組され、その会員数もGAC発足時の約4倍の内外193注2)の企業・機関を数えるまでに増加しました。世の中のNH3に対する関心も高まり、今ではCO2フリー燃料としてのNH3に関する新聞記事を目にすることも珍しくなくなっています。
 そして最近では、NH3が脱炭素社会への移行の道程でCO2フリー燃料としてだけでない、新たな役割を担う可能性にも最近、関心が集まっています。今回は2回にわたって、NH3をめぐる最近の動向を、先の連載の続報としてご紹介したいと思います。

1.JERAの石炭-NH3混焼発電計画

 いよいよ発電用の脱炭素燃料としてのNH3の利用が始まろうとしています。
 日本最大の発電会社、(株)JERA注3)は、2020年10月に「JERAゼロエミッション2050」を策定し、その実現に向けたロードマップにおいて同社の碧南石炭火力発電所(愛知県;出力計410万kW)でのNH3混焼発電の実施計画を発表しました。その後JERAは、計画の具体化に向けて同発電所の4号機(出力100万kW)におけるNH3混焼実施のための関連機器・設備の設置工事を開始するとともに、2022年10月からは隣接する5号機(同100万kW)で予備混焼試験を行いました。そうした準備作業を経て、当初の計画を前倒しして2023年度中に実証発電(NH3の混焼率:20%注4)を始めることを2022年5月に発表しました。年内にもその実証発電が始まる予定です。
 そしてJERAは、このNH3混焼実証発電に必要となるNH3を調達するため、年間最大50万トンの燃料用グリーンまたはブルーNH3注5)を2027年から40年までの長期契約により調達するための国際入札公募を2022年2月から開始しました。これに対して40件以上の応札があり、提案の中から次の2つの提案を選び、以下の協業検討を進めていくことが2023年1月に発表されました:

  1. ①米国のCF Industries社からの燃料NH3の調達。これに加えて、CF Industriesが米国メキシコ湾岸において開発を検討している年間製造能力100万トン超のブルーNH3製造事業計画に参画する。
  2. ②ノルウェーのYara International ASA (“Yara”) の子会社、Yara Clean Ammonia Norge AS (“YCA”)からの燃料NH3調達。これに加えて、YCAが米国メキシコ湾岸において開発を検討する年間製造能力100万トン超のブルーNH3製造計画に参画する。

 石炭火力発電でのNH3混焼とそのための燃料NH3の共同調達に向けた検討は、その他の電力会社注6)や自家発を保有する企業でも進められています。
 さらに、石炭火力の脱炭素化をにらんだNH3の混焼は、石炭火力発電所を多く保有し、日本と同様の資源環境にある韓国や東南アジア諸国でも関心を集め、これらの国々でもNH3混焼の実施に向けた取り組みが始まっています。
 発電燃料用のCO2フリーNH3に対するニーズの高まりを受けて、日本の商社も供給体制の構築に取り組んでいます。以下は、そのほんの数例に過ぎませんが、例えば三井物産(株)は、世界最大のNH3製造事業者の米国CF Industries Holdingとメキシコ湾岸で年産100~140万トンのブルーNH3プラントの新設に向けた検討を2027年の稼働開始を目指して進めるとしています。また三菱商事(株)は、米国企業が有するNH3製造施設とCO2の輸送・貯留技術を活用したブルーNH3の供給プロジェクトへの参加に加えて、2023年3月にはドイツのエネルギー大手RWEグループ、韓国のロッテケミカルと提携し、米国で年間最大1,000万トンのCO2フリーNH3を生産し、国際的な供給網の構築を目指すという、壮大なプロジェクトの共同調査に着手することを発表しています。このほかの大手商社もCO2フリーNH3の確保に向けて活発に活動していますが、この中では、後述する国際間の海上輸送船舶用燃料としてのNH3のサプライチェーンの構築に注力するという伊藤忠商事(株)等による取り組みも出てきています。

2.国際海運の脱炭素化の手段としてのNH3

 海運の分野でもNH3が国際海上輸送の脱炭素化を可能とする船舶用燃料として注目されています。この背景には、この分野のGHG(温室効果ガス)の排出規制を定めるIMO(国際海事機関)による“2050年までに船舶からのGHG排出を50%削減する”という、「GHG削減戦略」(2018年4月)の採択、決定があります。さらにこの排出規制は、近いうちにさらに強化される可能性が強いと言われています注7)。こうした規制をクリアするために必要となる脱炭素燃料として、NH3と水素が国際的に注目されているのです。特にNH3は、大量、長距離海上輸送に用いられる船舶の脱炭素燃料に適していると考えられています。これに関しては、IEA(国際エネルギー機関)は、2050年には国際海上輸送を担う船舶燃料のそれぞれ46%、17%が、NH3と水素に置き換わるという予測を公表しています注8)
 こうしたことから、わが国のみならず、ノルウェー、ドイツ等ではNH3を燃料とする船舶用エンジン、燃料電池、そして船舶自体の開発が進んでいます。日本では日本郵船(株)がNH3を燃料とする内航船(タグボート)を開発し、2024年には横浜で運用を開始する予定です。また、(株)商船三井は、三井E&S造船(株)等と共同で、2026年頃の就航、運航開始を目標としてNH3を燃料とする中型(積載容量:約40,000m3)の外航液化ガス輸送船(NH3とLPGの兼用注9)輸送船)の開発に着手しています。
 国際海上輸送船舶向けの水素やNH3燃料供給インフラ(バンカー施設)の構築に向けた計画も世界各地で動き出しています。欧州ではオランダ、ドイツの国際港湾で、アジアではシンガポール等の国際港湾での取り組みが進んでいますが、それに加え、最近ではスエズ運河の周辺国、そしてインド、オーストラリア等でバンカー施設関連のCO2フリーNH3や水素の製造計画に係る構想が出てきています。

3.世界で動き出しているCO2フリーNH3製造計画

 上述のように、世界中で脱炭素燃料としてのNH3に対する関心が高まっていることから、ブルーやグリーンNH3の製造に必要となる資源に恵まれている地域注10)では、自国内消費だけでなく、海外輸出を念頭においたCO2フリーNH3の製造プロジェクト計画が次々と出てきています。そうしたプロジェクト計画は、これまでの米国のメキシコ湾岸地域、中東諸国、オーストラリア、チリなどの地域に加えて、カナダ、インド、南米、アフリカ、地中海沿岸諸国、そしてマレーシア注11)、インドネシア、ベトナム等の東南アジア諸国等、ほぼ世界中で発表されており、CO2フリーNH3に関する関心の広がりを感じさせます。
 また、最近では、比較的早い段階から水素、NH3に関心を示してきたShellやSaudi Aramcoに加えて、ExxonMobil、Chevron、TotalEnergies、 bpといった“オイルメジャー”もNH3や水素の供給計画に参入してきていて、時代の変化を感じさせます。

4.世界のCO2フリーNH3サプライチェーン構築の動き

 供給サイドだけでなく、需要地サイドでの動きも活発化しています。
 欧州最大のRotterdam港(オランダ)では、NH3の輸入ターミナル、エネルギーハブ、バンカー施設の建設及びNH3貯蔵施設のアップグレード等を内容とする複数の建設計画が動き出しています。ドイツのBrunsbüttel港では、輸入ターミナルの整備に加えて、港湾からのNH3の国内輸送網についての検討も始まっています。NH3の受け入れ設備の建設計画は、このほか、ドイツのWilhelmshaven港、英国のImmingham港でも進んでいると報じられています。
 こうした需要サイドの動向で最近、注目されるのは、ドイツと韓国のCO2フリーNH3の確保に向けた活発な動きです。
 ドイツは、国内での水素供給能力が限られることもあって、1~2年ほど前から数多くの海外の国や地域からのグリーンNH3の導入に活発に取り組むようになっています。海外から水素を導入するには、NH3を水素のキャリアとして利用することが最善との判断からです(このことについては、次回に詳しく説明します)。その導入先は、欧州に近い地中海沿岸諸国だけでなく、中南部アフリカ、中東諸国、オーストラリア、中南米諸国等と広範囲にわたっています。
 韓国は、KEPCO(韓国電力公社)等の電力会社やPOSCO等の鉄鋼会社が中心になって、オーストラリア、米国等でCO2フリーNH3の製造計画に参画していますが、それだけでなく、CO2フリーNH3製造企業との長期引取り合意も活発に行って、CO2フリーNH3の確保を進めています。
 このように、日本はCO2フリー燃料としてのNH3の可能性をいち早く見出したものの、その社会実装では、これらの国々に後れをとりかねない状況になりつつあります。

5.日本のNH3導入拠点整備の動き

 国内の港湾と港湾に隣接する石油コンビナートでも、コンビナートの脱炭素化に向けた取り組みの一環として、コンビナートで使用する燃料用NH3の輸入基地化、供給基地化に向けた検討が始まりました。
 山口県の周南コンビナートでは、2030年までに年間100万トン超のCO2フリーNH3の供給体制の確立を目的に、コンビナートを形成する出光興産(株)、東ソー(株)、(株)トクヤマ、日本ゼオン(株)の4社が経済産業省からの補助を受けて、同コンビナートの燃料供給を担う出光興産の既存設備(タンク、桟橋、パイプライン)のNH3取扱い設備への転用や、4社共同によるNH3パイプラインの建設等に向けた検討が進みつつあります。
 またこの地域では、2050年までに周南コンビナートのカーボンニュートラル化を目指して、上記の4社を含むコンビナートを形成する主要企業、周南市、そして化学工学会が “周南コンビナート脱炭素協議会”という産学官連携の組織を結成し、国土交通省のカーボンニュートラル・ポート構想とも連携しながら、コンビナートの燃料のみならず、原料の脱炭素化の方策を検討するという取り組みも行われています。

6.サプライチェーン構築、インフラ整備に対する政府の政策

 こうした民間における動きを背景に、政府も水素、NH3の導入を加速し、安定的なサプライチェーンを構築するための支援に乗り出しています。
 これまでにも政府は、先述したJERAの石炭-NH3混焼発電実証や、周南コンビナートにおける燃料NH3の導入・供給拠点の整備プロジェクトに対してグリーンイノベーション(GI)基金による資金支援を行っていますが、それに加えて政府は、水素、NH3のサプライチェーン、導入拠点のインフラ整備を推進するための強力で総合的な支援を講じようとしています。それは、プロジェクトの計画段階から建設段階までの投資リスクのみならず、事業の実施段階における資金的リスクを軽減することをねらった画期的な支援策です。
 経済産業省は、2022年3月から約10カ月をかけてこうした支援の具体策に係る検討を進め、その基本的な内容を2023年1月にとりまとめ、公表しました注12)。それは「水素、NH3について、市場型の支援策を講じることで強靭な大規模サプライチェーンの構築を通じ、水素、NH3の自立した市場の形成を目指す」との考え方に立った、次のような内容です:

  • 水素、NH3のサプライチェーンの構築に先行的に取り組む事業者(“ファーストムーバー”)を対象に、当該事業の継続に要するコストを合理的に回収でき、かつ適正な収益を得ることが出来るようにするため、現在使用している化石燃料とクリーンな水素、NH3との価格差を埋めるための価格支援;
  • 水素、NH3の安定・安価な供給を可能とする大規模な需要創出と効率的なサプライチェーン構築を実現するための拠点整備支援として、大都市圏周辺での大規模拠点3カ所、地域での中規模拠点5カ所程度での拠点整備を念頭に、計画段階(事業性調査、詳細設計)から実施段階(インフラ建設)までを対象とした資金的支援。

 現在、このための具体的な制度設計が行われており、新年度(2023年度)の早い時期に、その詳細が明らかになると思われます。こうしたサプライチェーン構築、インフラ、拠点整備のために、政府はGX(グリーントランスフォーメーション)の実現のための投資の一環として、今後10年間で7兆円程度の政府投資を実施する予定とされています。
 さらに、水素、NH3燃料確保や利用等の促進に係る施策の総合的な企画立案と施策の確実な実施を図る観点から、資源エネルギー庁の組織を一部改変して、2023年度に新たに「水素・アンモニア課(仮称)」が設置されることも公表されました。

 以上が、先の連載後に脱炭素燃料としてのNH3に係る動きの概要ですが、最近になってNH3に関する新たな動きや環境変化が起きてきています。それについては、次回に書きたいと思います。

注1)
2022年7月9日付け、日経新聞29面。評者: 橘川武郎 国際大学教授。
注2)
2023年3月20日現在。
注3)
東京電力と中部電力の火力発電部門の統合により、2019年に発足した会社で、日本の火力発電能力の1/2、発電量では日本全体の発電量の約1/3を占める。
注4)
熱量ベース。
注5)
CO2フリーNH3には、その製法によって“ブルー”と“グリーン”と呼ばれるものがある。天然ガスを原料とし、製造プロセスから排出されるCO2をCCSで除去した場合のCO2フリーNH3を一般にブルーNH3と呼ぶ。これに対して、再エネ水素を原料とするCO2フリーNH3は一般にグリーンNH3と呼ばれる。
注6)
JERAは九州電力、四国電力、中国電力、東北電力とNH3、水素の共同調達、輸送・貯蔵技術に関する協力に関するMOUを結んでいる。
注7)
現在、IMOでは、2050年までに(排出の半減ではなく)カーボンニュートラルの実現を目指す方向でGHGの排出規制を強化する方向で議論が行われている。
注8)
“Net Zero by 2050 – A Roadmap for the Global Energy Sector –”IEA (2021.7)。なお、NH3は、遠距離の外航海運用の船舶燃料、水素は近距離の内航海運用の燃料と考えられている。
注9)
NH3とLPGの液化条件は、ほぼ同じ(-33℃)であることから、NH3とLPGの輸送・貯蔵施設は兼用が可能と言われています。
注10)
ブルーNH3の場合は、安価な天然ガスとCCS可能な地質条件に恵まれた地域。グリーンの場合は、安価で豊富な再エネ資源に恵まれた地域。
注11)
水力資源を活用。
注12)
「総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 水素政策小委員会/資源・燃料分科会 アンモニア等脱炭素燃料政策小委員会 合同会議 中間整理」(2023年1月4日)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/20230104_report.html