イラン戦争後のエネルギー政策はどうあるべきか

―日欧の政策比較から考える示唆―


国際環境経済研究所理事・主席研究員/東北大学特任教授

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(「産業環境管理協会「環境管理」2026年7月号 vol.62 No.7」より転載)

2026年2月28日、米国とイスラエルが、イラン国内の核関連施設・軍事施設等を空爆したのを皮切りに、エネルギー資源を取り巻く国際環境は史上最大の激動期に入ったと言えよう。当初は短期決着を見込む声もあったが、事態は収束どころか急速にエスカレートし、これまでレッドラインとされてきたホルムズ海峡の実質的な封鎖やエネルギー関連設備への攻撃へと発展している。本稿執筆時点(2026年5月12日)においても、戦闘終結に向けた交渉が成立する見通しは全く立っていない。

この事態を国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長は「我々は実際、歴史上最大のエネルギー安全保障の脅威に直面している」と表現している。「現状の危機は、2度の石油危機と1度のガス暴落がすべて合わさったようなものだ」とも述べている通り、世界の海上石油貿易の約25%、世界の海上原油貿易の約34%、世界LNG貿易の約20%が通過していた海峡が、実質的に航行不能となった影響は計り知れない。

一方で、1970年代の石油危機当時と異なるのは、備蓄体制が構築されていたことだろう。各国の備蓄体制や精製能力を整理したうえで、本年3月以降の対応策について整理し、長期化の懸念が高まるいま、わが国が採るべき方針についての示唆を抽出したい。

1.危機前夜――各国の備蓄と精製能力

現在、世界中の注目を集めるホルムズ海峡とは、いったいどのような意味を持つ場所であるのか。同海峡を通過する石油は、2025年実績で原油・コンデンセート日量約1,495万バレル、石油製品日量約493万バレル、合計約1,987万バレルであり、世界の海上石油貿易の約25%、世界の海上原油貿易の約34%に相当する。LNGについては、カタール・UAEからの輸出を中心に、2025年に約1,120億立方メートル、世界LNG貿易の約20%が同海峡を通過した(IEA[2026年2月]、EIA[2025年6月24日/2026年4月])。

ホルムズ海峡の実質的な航行途絶に伴い、アラビア半島を東西に横切るパイプラインで紅海側に輸送して運び出すルートや、アブダビ原油パイプラインを使ってオマーン湾岸(ホルムズ海峡外)のフジャイラ港から積み出すなど代替ルートの活用が期待されているが、すべての代替ルートを活用しても輸送可能なのは従前の日量輸送量の3割程度にとどまると見られている。

1970年代の石油危機を上回る深刻な影響を被るであろうことは、IEA事務局長の言葉を借りずとも自明であるが、一方で当時と異なるのは戦略石油備蓄によってこうした事態に備えていたことだ。しかしその備えも各国によって異なる。戦略備蓄に関する透明性の高いデータは不足しており、保守的なアプローチによる推計を含むことを前提とし て、米国エネルギー情報局(EIA)は2026年4月に各国の戦略備蓄に関する分析を公表した(EIA[2026年4月20日])。そのレポートによれば、戦略的な石油在庫を最も大きく積み増していたのは中国であった(図1)。同国は2025年に平均日量約110万バレルを積み増し、同年12月時点で政府保有分が平均約3.6億バレル、商業在庫を含む戦略的在庫は約14億バレルに達していたとされる。なお、EIAは中国については商業在庫を戦略的在庫に含める一方、日本については企業に義務づけられた民間備蓄を政府保有分とは区別しており、国ごとの定義差に注意が必要である。

図1 主要国における戦略的原油備蓄の推計(2025年12月時点)
(出典:EIA[2026年4月20日])

米国の戦略石油備蓄(SPR)は、2025年12月時点で約4.13億バレル。容量7.14億バレルに対して、2022年以降の取り崩しと再充塡の遅れにより大幅な空き容量を抱えていた。わが国の政府保有の石油備蓄は同時期で約2.63億バレル、民間備蓄義務は需要70日分(概ね約2.20億バレル)であり、これに産油国共同備蓄を合わせると、原油換算で約254日分の備蓄を有していたとされる。この3カ国と比べてやや脆弱なのは韓国で約7,900万バレル、インドはかなり少ない備蓄しか有しておらず約2,140万バレルであった(EIA[2026年4月20日])。

備蓄量だけでなく、精製能力の地理的分布も重要な観点である。中国の常圧蒸留能力は2025年時点で日量約1,880万バレルに達し、長らく世界1位であった米国(約1,790万バレル)を超えた。インドも2005年の約290万バレルから2025年には約520万バレルまで拡大し、中東地域全体の精製能力も2,000万バレル超に伸長している。逆に欧州・米国ではEV化等に伴う需要の減少や老朽化した内陸製油所の閉鎖が進み、構造的な「精製能力の重心の中東・アジアへのシフト」が進んでいた。わが国の精製能力は元売再編と製油所統廃合を経て、2010年当時の約450万バレル/日から約350万バレル/日へと縮小している。これは内需に見合う水準であり、平時の効率性として合理的である。しかし石油製品の備蓄は原油ほど厚くなく、需給ひっ迫のリスクが原油よりは早期に深刻化する可能性を孕んでいた(EIA[2025])。精製能力の地理的偏在性は、原油だけでなく、ナフサや基礎化学品など製品輸入に対するリスクとして発現する。医療・製造業向けを含めた特定の石油化学製品の流通が滞ることによる二次的影響を、政策当局はかつてないほど真剣に検討せざるを得なくなっている。

2.国際協調とわが国の対応

戦争勃発から2週間も経たない3月11日、IEA加盟32カ国は臨時会合を経て、4億バレルの協調放出を決定した。3月19日にIEAが公表した内訳では、加盟国合計の拠出は約4.26億バレルに達し、米国が約1.722億バレル、日本が約7,980万バレルを拠出となっている。IEAは、設立以来最大規模の協調放出の背景として、ホルムズ海峡を通じた原油・石油製品輸出量が紛争前の10%未満に落ち込んでいることを指摘した(IEA[2026年3月11日]、IEA[2026年3月19日])。なお、IEA非加盟の中国は、協調放出の枠外にある。潤沢な在庫の活用と、ロシア等からの追加調達によって独自対応を進めているが、インドもロシア産原油の輸入を維持・拡大しており、中印間でロシア原油をめぐる調達競争が顕在化していると報じられている。

わが国は、IEAの協調放出決定に先んじること数時間、高市首相が3月16日から民間備蓄義務量15日分を引き下げて放出を促し、3月下旬に国家備蓄1カ月分を放出する措置を講じると発表した。極めて早い判断だったと言えよう。さらに3月19日には、ガソリンの全国平均小売価格を170円/リットル程度に抑えるため、燃料油価格激変緩和措置を再開した。軽油・重油・灯油にも同様の支援を行い、航空燃料にはガソリン支援水準の40%相当の支援を行うとした。経済産業省は、民間事業者による代替調達も支援していくことを明らかにしており、ゴールデンウィークには赤澤経済産業大臣がサウジアラビアやUAEを訪問するなど資源外交に精力的に取り組んでいる。こうした成果もあって、5月12日に開催された「中東情勢に関する関係閣僚会議(第7回)」において、5月は、現時点で約6割の代替調達が実現できる見込みであることに加え、6月は、現時点で約7割以上の調達に目途がついたことが示された。特に増えているのは米国からの調達であり、その量は前年比約8倍となる見通しだ。

このように、これまでのわが国の対処は、①代替調達のできる限りの確保、②国内サプライチェーンにおける目詰まりの解消、③補助金によるエネルギー価格抑制、が柱となっている。

補助金によるエネルギー価格抑制策において、日本は石油元売向けの補助によって、業種・所得を問わず全消費者に薄く広く還元している。業種による不公平感が生じることもなく、行政コストが低く抑えられるうえに即効性が高い反面、価格シグナルを弱めるため、需要側の節約行動や燃料転換のインセンティブを削ぎやすい。

そもそもわが国における燃料補助(燃料油価格激変緩和対策事業)は、2022年1月、ロシア・ウクライナ危機前からの原油価格上昇への対応として始まった。当初は危機対応としての色合いが強く、元売事業者に補助を講じることで小売価格を抑制し、ガソリン全国平均価格を一定水準以下(170円/リットル程度)に維持するという仕組みであった。

当初は比較的限定的であったが、その後上限額引上げや対象燃料の拡大などをしつつ延長を繰り返してきた。2024年以降は、電気・ガス料金補助も始まり、総合物価対策の色彩が強まったと言えよう。中東危機を受け、こうした補助制度は再び拡充されているが、累計財政負担は電気・ガス補助を含めると十数兆円規模になるとされる。

3.欧州の対応――対象を絞った支援と構造改革

欧州の動きはより構造的である。その特徴は、対象を絞った支援と電化による脱化石燃料推進という構造改革への挑戦だ。

欧州委員会は4月29日、「中東危機に対応する暫定国家補助枠組み(Middle East Crisis Temporary State Aid Framework:METSAF)」を採択した。これは農業、漁業、道路輸送、域内短海運といった影響の大きいセクターを対象として、2026年2月28日比で増加した燃料・肥料価格の一部を加盟国政府が補塡することを認める設計であり、実費ベースでは追加コストの最大70%、簡素な定額方式では最大5万ユーロの支援を認めるものだ(European Commission[2026年4月28日])。

あわせて、2025年6月に採択された「クリーン産業ディール国家補助枠組み(Clean Industrial Deal State Aid Framework:CISAF)」についても、電力価格高騰に対応するための暫定的な柔軟化が示されたが、対象はエネルギー集約型産業に絞ったものであり、危機による追加的な電力コストの一定割合を補助する方向だという。家計全般や全産業一律ではなく、競争力・雇用・供給網上の影響が大きい部門に絞った設計となっているのが特徴的だ。ドイツやスペインでは燃料税の引き下げなど対象を制限しない支援も行われてはいるが、欧州委員会は明確に「広範な燃料値下げは望ましくない」とのスタンスを示している。欧州委員会の経済・生産性、実施・簡素化担当委員であるヴァルディス・ドンブロフスキス氏は2026年5月、「支援措置は一時的・対象限定的であり、総需要を増やしてはならない」、「燃料税減税のような「全員向け措置」は、最も影響を受ける層に集中していない」と発言したことが報じられている(Reuters[2026年5月5日])。

欧州の対策のもう一つの特徴が電化の推進である。4月22日に公表した「Accelerate EU」は、輸入化石燃料への依存度を低減することを目的とする戦略だ。冬場に向けたガス貯蔵の協調的補充、石油・ガス共同調達、エネルギー価格高騰から消費者・企業を守る仕組みなど広範な取り組みではあるが、電化目標や産業・運輸・建物部門における電化の障壁除去などをこの夏までに取りまとめ、輸入化石燃料ではなく域内の再生可能エネルギー・原子力などの脱炭素電源を活用していくことが明示されている(European Commission[2026年4月22日])。

もう一つAccelerate EUの特徴を指摘したい。データの把握と連携だ。同戦略は、域内外の燃料供給、在庫、輸入、精製能力を常時モニタリングする体制整備を進めることを明らかにしている。グローバルサプライチェーンは複雑化しており、こうした危機的状況になる前には政府として把握できていなかったデータも多くあったのだろう。わが国は過去のエネルギー危機の経験から、データ把握はスムーズだったとされる。しかし、この危機の影響が多岐にわたることから、改めてデータ把握・連携の体制を確認しておくことが望ましい。なお、エネルギーに関わる情報は安全保障上あるいは競争上、安易に公開すべきではないことは留意が必要だ。

4.今後日本が採るべき政策――三つの転換軸

化石燃料の備蓄量や精製能力の差、代替調達ルートへのアクセスやその国の産業構造なども影響し、イラン戦争によるエネルギー危機への対処は各国によって異なる。東南アジアを中心に非常事態宣言を出したり、欧州は支援対象を限定したりするなかで、わが国は国民への危機の伝え方においては特異なほど抑制的だ。省エネの呼びかけも行わず、激変緩和措置として補助金を継続している。しかし、エネルギー価格が抑制されれば消費者は危機を肌で感じない。長期化の懸念が高まりつつある今、日本も対応方針を再考すべきではないか。三つの転換軸を提起したい。

第1に、補助制度の見直しと省エネの促進だ。補助金による価格抑制を全否定するつもりはない。低所得世帯や運送業・農業・漁業などエネルギーコストの影響が大きい業種への激変緩和措置は不可欠だ。加えて、ここまで代替調達が確保できたことも、補助制度の効果だと言えよう。補助金によって170円の固定価額が維持されるので、元売はリスクなく高い原油を買うことができた。しかし、危機発生から既に3カ月が経過したいま、補助対象業種を欧州並みに絞り込むこと、一般消費者には省エネ要請・支援に切り替えることを検討すべきではないか。電力需要が高まる夏が近づくタイミングで省エネを呼びかけることは、消費者にとって受け入れやすいと考える。

わが国も1970年代の第1次・第2次オイルショック時には、業種別対応を制度化した経験を持つ。商業施設の閉店時間前倒しや深夜のテレビ放送中止に至るまで、強制的な省エネ促進策も採られている。

今回の危機では、未だ省エネを呼びかける段階にないと政府が判断する背景には、石油市場のグローバル化により代替調達が以前より模索しやすくなったことや、当時に比べて既に相当省エネが進展していることなど、複数の理由があるだろう。しかし、このエネルギー危機は長期化する可能性が高まりつつある。コスト上昇をある程度飲み込まざるを得ない代替調達や補助金による価格抑制という対症療法ではなく、国民に「適切な危機認識」を求め、構造改革に向けた本質的な対処に切り替えるべきだろう。

第2に、電化戦略の正面化である。欧州委員会が指摘するとおり、化石燃料依存から抜け出す主要な道筋は、需要側の電化と電源の脱炭素化の同時進行である。電源を再エネと原子力を含む脱炭素電源へ転換し、経済全体で電化を進めることは、気候変動対策のセオリーとされてきたが、エネルギー安全保障を高めるセオリーでもある。わが国の最終エネルギー消費に占める電力比率は、IEA統計では2023年に約30%にとどまる。じりじりと上昇を続けているが飛躍的な伸びは見られていない。家庭・商用・産業の各部門で、ヒートポンプ、電気自動車、電気炉、電気ボイラーといった電化技術の導入を加速させる「日本版電化アクションプラン」の策定が急務であろう。5月11日の日本経済新聞によれば、次回車を買う際にエンジン車を選ぶと答えた人は全体の77%と、23年に実施した前回調査より13ポイント増えた一方で、バッテリー電気自動車(BEV)は10ポイント減の3%にとどまったという。運輸部門の電化は、車両価格や利便性、消費者の嗜好等が複雑に絡み合う問題ではあるが、運輸部門のエネルギーセキュリティを高める上でも、電化戦略の立て直しが必要ではないだろうか。

第3に、重要な脱炭素電源でありながら十分に活用されていない原子力の立て直しだ。本誌の4・5月合併号への寄稿でも述べた通り、欧州連合(EU)のフォンデアライエン委員長は本年3月10日、欧州の脱原発政策は「戦略的な誤りだった」と述べて、SMR導入に向けた取り組みを進めることを公表している。

新規制基準下で再稼働を着実に進めると同時に、革新軽水炉、SMR(小型モジュール炉)、高温ガス炉といった次世代技術の実装計画を、欧州が示す危機対応のスピード感で議論する必要がある。

危機発生から数カ月が経過するが、これまで大きな混乱なく過ごすことができているのは、政府や関係事業者の方々の尽力によるもので、心からの感謝と敬意を表したい。しかし、今回の危機によって消費者は、エネルギー安全保障の重要性とその確保には一定程度のコストがかかることを実感することができた。これは構造改革のチャンスだ。危機こそが構造改革の機会たり得るのであり、この機を逃さず、レジリエントなエネルギーシステムへの転換を進めたい。

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