低炭素燃料のエタノールでトランプ大統領は「エネルギー覇権」を握ることはできるか!
小島 正美
科学ジャーナリスト/メディアチェック集団「食品安全情報ネットワーク」共同代表
米国のトランプ大統領は就任早々から脱炭素政策を排し、化石燃料重視を打ち出した。となれば、ガソリンに混合されて普及する低炭素燃料のエタノール(アルコール)にも暗雲が忍び寄るのではと予想していた。ところが、米国へ行ってみたら、その予想は見事にはずれた。なぜ、エタノールは化石燃料重視の中でも生き残れるのか。
米国では「E10」が標準ガソリン
いま米国のガソリンスタンドでは、「E10」、「E15」、「E85」と表示されたガソリンがごく普通に販売されている。この「E」はトウモロコシの澱粉を発酵して作られるエタノール(アルコール)のことだ。エタノールが10%混合されたガソリンが「E10」だ。すでに米国ではガソリンと言えば、この「E10」が標準ガソリンだ。
エタノールの魅力はガソリンよりも安いことだ。たとえば、「E85」の価格は全米平均で1ガロン(1ガロンは3.78リットル)あたり約3.2ドル(1リットルあたり約85セント)。「E10」ガソリンよりも平均で2割ほど安い。
エタノールは、米国ではトウモロコシが原料になるが、ブラジルではサトウキビが主な原料となる。ガソリンに混ぜて燃やした場合、二酸化炭素(CO2)が発生するが、このCO2はトウモロコシなどの植物が成長するときに大気中のCO2を吸収したものなので、差し引きゼロでカーボンニュートラルと言われる。もっともトウモロコシを栽培する過程やエタノールを生産する工場では化石燃料を使うため、CO2の発生が純粋にゼロとは言えないが、CO2の発生量はガソリンに比べて、およそ半分だ。だから、エタノールは低炭素燃料として流通している。
トウモロコシは過去最高の生産量
では、なぜ、エタノールの価格は安いのか。それはひとえに原料のトウモロコシが米国内で大量に安く作られるからだ。2025年のトウモロコシの生産量は約4.3億t。これは60年前に比べて、約4倍も多く、史上最高の生産量だ。この記録的な生産量は、農地が増えたから達成されたのではない。驚くべきことに、農地の面積は1930年代とあまり変わらない。にもかかわらず、生産量が史上最高を記録したのは、農地面積あたりの生産量が飛躍的に上昇したためだ。ちなみに米国のトウモロコシの1haあたりの平均生産量は約12tだ。この生産性の高さも過去最高の記録だ。ちなみに日本のコメの平均収量は、トウモロコシの半分以下の4.5~5.5tだ(農林水産省調査)。
食料と「競合」せず
意外に知られていないが、エタノールの原料となるトウモロコシはデントコーン(デント=dentは「くぼみ」や「歯」の意味)と言って、主に家畜の飼料向けだ。ちなみに人が食べるスイートコーンは年間約300万トンでトウモロコシ全体の1%にも満たない。よく食の専門家からは「食料のトウモロコシからエタノールを作れば、人の食べ物と競合し、食料の供給に影響する」との声を聞くが、これは誤解だ。米国の現状を見る限り、「競合」は起きていない。
競合するどころか、エタノールの製造過程では澱粉を取り除いた後に発酵粕(醸造粕)が残る。これをDDGS(Distiller’s Dried Grains with Solubles の略)という。このDDGSはタンパク質やミネラルなど栄養価が豊富な家畜飼料になる。つまり、仮に100万tのトウモロコシをエタノール向けに利用すると、約3分1がエタノールになり、さらに約3分の1が家畜飼料(DDGS)になる計算だ。
言い換えると、おおよその計算だが、100万キロリットルのエタノールが生産される場合、同時に約75万tの家畜飼料ができあがるというわけだ。米国でエタノールの生産が始まってから約30年たつが、エタノールの生産が原因で家畜の飼料価格が上がったという事実はない。エタノールは人の食料とは競合せずに持続的に生産されていることをぜひ覚えておきたい。
エタノールは自国のトウモロコシだけで調達
現在、米国にはエタノールの生産工場は約200カ所あり、年間の生産量は約6240万キロリットル。これは世界で生産される全エタノールの約52%を占める。言うまでもなく米国の生産量は世界1位だ。このエタノールの生産に必要なトウモロコシの量は1.8億t前後になるが、エタノール混合ガソリンが普及し始めた2005年以降から、これまでにトウモロコシの生産量は1.5億tも増えている(図表1)。つまり、米国ではトウモロコシの生産量が増えた分でエタノールの生産をまかなっている。しかもエタノールの生産に利用したトウモロコシの約3分の1が家畜飼料になっていることを考えると、エタノールの生産が家畜飼料や人の食料と奪い取っているという事実はない。
こうしたトウモロコシとエタノールの関係について、米国農務省のエコノミストや幹部に聞いたところ、「重要なことは、米国で消費するエタノールは、米国内で生産されるトウモロコシで賄っている点だ。これは国内のエネルギーは国内でまかなうというエネルギーの安全保障の確保につながっている」と話した。これは私なりに解釈すると、米国では今後もトウモロコシの生産性上昇が続くため、エタノールの生産も拡大し続け、同時に海外へエタノールを輸出する余力もまだまだあるという意味として受け止めた。
エタノール工場で進むCCS
エタノールの強みはまだある。
現在、エタノールの生産工場では、CO2の排出を減らす試みも進む。その大きな柱が、工場で発生したCO2を分離回収して、圧縮し、地下深くの安定した地層に貯蔵するCCS(Carbon dioxide Capture and Storageの略)事業だ。直訳すれば、「二酸化炭素・回収貯留」技術だ。回収したCO2をドライアイスや合成燃料などの原料として有効活用する方法もあり、その場合は、CCSに「U」(utilization)」を加え、「CCUS」ともいう。
いま米国のエタノール工場では、このCCSやCCUSがいくつか見られるようになってきた。たとえば、2年前に訪れたイリノイ州のADM社(4大穀物メジャーのひとつで農産物加工・食品原料メーカー)はすでにCCS事業を実施していた。
今年6月上旬、イリノイ州にあるマークイス社を訪れたところ、ちょうどCCS事業を計画しているところだった。同社は、もともとは家族経営のトウモロコシ・大豆の生産農家だったが、2005年からエタノールの生産を始め、めきめきと頭角を現し、いまでは年間約150万キロリットルのエタノールを生産する大企業(従業員約500人)にのし上がった。エタノールの約9割を海外へ輸出している。
CCS建設コストと税控除
現在、自社の敷地内にCCS施設を建設する予定だ。工場で発生する100年分のCO2を貯蔵するのだという。問題は建設コストだ。会社幹部に聞くと、正確な数字は濁したが、「何億ドルはかかるかなあ」という返答が来た。日本円に換算すると、ざっと100億円以上のコストになるが、その建設コストがエタノールの価格上昇に跳ね返ってくる恐れはないのか。その点を聞くと、幹部は「税の控除が受けられるので、巨額の投資分はもどってくる可能性もある」と説明した。
米国財務省と内国歳入庁は26年2月、国内のクリーン燃料製造業者を対象とする「セクション45Zクリーン燃料製造税額控除」の適用指針案を公表した。この「45Z控除(クリーン燃料生産税額控除)」とは、インフレ削減法(IRA、2022年成立)に基づき、温室効果ガスの排出削減に貢献するクリーン燃料を国内で生産する事業者に適用される税額控除のことだ。
その後、トランプ大統領のもとで2025年7月に成立した「ワン・ビッグ・ビューティフル法」(OBBB)で脱炭素事業(太陽光や電気自動車など)への助成は大幅に縮小されたが、エタノールなどバイオ燃料への助成は縮小されなかった。つまり、巨額のCCS事業を展開しても、そのコストは税控除で大きく元がとれるのでは、と私は感じた。
工場で発生したCO2が地下に貯蔵されれば、その工場から出荷されるエタノールは、従来のエタノールに比べて、さらにクリーンな低炭素燃料となる。つまり、CCSを経たエタノールは、カーボンニュートラルどころか、大気中のCO2を地下に閉じ込めて実質的に減らすわけだから、カーボンゼロかマイナスにもなりうる。そういう超低炭素エタノール(私の造語)が今後、米国で生産され、海外へ輸出される時代がやってくるかもしれない。そんな印象をもった。
エタノールの覇権の武器か
トランプ大統領は、25年1月、大統領に就任した初日に「国家エネルギー緊急事態」を宣言し、米国が世界のエネルギーの主導権を握るという方針を国民に伝えた。26年1月には、気候変動対策の国際的な枠組みの「パリ協定」から離脱し、地球温暖化対策に対して否定的なメッセージを送った。
しかし、地球温暖化対策に貢献するエタノールは、一見、トランプ大統領の方針と矛盾するようにきこえるが、エタノールは米国が自前で賄える自国産エネルギーだ。自国のエネルギー安全保障の強化につながるエタノールで世界のエネルギーの覇権を握ることができるのであれば、脱炭素とはなんら矛盾しない。米国のエタノール業界は、今後、海運船舶の燃料にもエタノールを売り込む構えだ。自国産エネルギーを覇権の武器に使うトランプ大統領のしたたかさを垣間見た思いがする。











