水素社会を拓くエネルギー・キャリア(3)
日本のエネルギー・環境制約と水素エネルギー(その2)
塩沢 文朗
国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター
特に日本の場合には、太陽、風力エネルギー資源に恵まれた地域からの距離が遠いことから、これらのエネルギーを大量に輸送、貯蔵する手段を開発することがきわめて重要な課題となる。
さまざまなエネルギー形態注5)の中で、輸送、貯蔵の観点から最も優れた性質を有しているのは、化学エネルギーである。これは化石燃料のことを考えてみると分かりやすい。化石燃料は、太古の太陽エネルギーが炭化水素という物質に姿を変えた化学エネルギーであり、エネルギー密度が大きく、輸送、貯蔵が容易なものである。化石燃料(=化学エネルギー)が世界中で流通し、現代社会生活の基盤を支える主要なエネルギー形態となっているのには、こうした理由がある。
そこで、太陽、風力エネルギーを化学エネルギーに変換することを考える必要がある。化学エネルギーとしては、地球上に豊富に存在する水を利用して、太陽、風力エネルギーなどの再生可能エネルギーから生成することのできる水素が、化学エネルギーへの変換の出発点として重要である。さらに、水素自体は燃焼してもCO2を排出することはなく水を生成するだけなので、水素は無尽蔵で、かつ、地球環境にも優しい究極のエネルギーとなるポテンシャルをもっている。
「水素社会」に対する期待が大きい理由はここにある。しかし、水素を何から製造するかによっては水素の利用拡大が、イコール資源、環境制約フリー社会とは必ずしもならないということには注意する必要がある。また、水素は輸送、貯蔵が容易な物質ではないため、水素をさらに別の物質に変換することによって、水素エネルギーを活用していくことも考える必要がある。これらのことは、次回以降、この連載の中で説明していくが、こうした問題を常に念頭におきながら、「水素社会」への歩みを続けていく必要がある。なお、水素自体は化学物質であるが、二次エネルギーの「水素エネルギー」という側面もある。物質とエネルギーのどちらの側面を強調したいかに応じて、以下では「水素」と「水素エネルギー」の用語を適宜使い分けていきたい。
最後に海外の太陽、風力エネルギー資源の活用の重要性を述べたこととの関連で、話はやや横道にそれるが、日本における太陽、風力エネルギー関連機器開発の現状の問題点と考えられることを書いておきたい。
海外の質の高い太陽光・熱、風力エネルギー資源から安価な水素を製造するためには、海外資源の特徴や状況に合ったエネルギーの収集技術を開発する必要がある。例えば海外の太陽エネルギーは、利用可能な時間帯、エネルギーの強度、利用可能な波長域などが日本国内のそれとは異なる。ところがこれまでのところ、国の研究開発などにおけるこれらの機器開発の重点は、国内資源の利用を前提とした技術開発におかれているように見える。それでは、再生可能エネルギー利用の主戦場となる太陽、風力エネルギー資源に恵まれた地域で日本の技術は遅れをとってしまうだろう。現に、風力発電の風車、太陽熱の集熱管などの枢要な機器や部品の分野では、デンマークやドイツなどの製品が市場において圧倒的なシェアを占めている。再生可能エネルギーの利用技術開発も太陽、風力エネルギー資源の豊富な地域での利用を前提に進められる必要がある。市場の主戦場は海外にあるのだから。
【図1】 世界の年間日射量マップ
(出典:NEDO再生可能エネルギー技術白書第2版(2013.12)に引用されている次のURL:
http://www.soda-is.com/img/map_ed_13_world.pdf)
【図2】世界の風資源マップ(解像度5km x 5km;3TIER, 2009)
(出典:IPCC再生可能エネルギー源と気候変動緩和に関する特別報告書(2011.5) 第7章)
- 注5)
- エネルギーには、電気エネルギー、熱エネルギー、化学エネルギーのほか、光エネルギー、機械エネルギー(位置エネルギー、運動エネルギー)、核エネルギーなどの形態がある。