EUの2030年40%削減目標は野心的か?(第1回)

EUの現在までの実績の内実は?


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

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 去る1月22日、EUは2030年に向けての気候変動とエネルギーに関する新たな目標の案を発表した。今後この目標案はEU内部で欧州理事会(European Council)、EU議会(European Parliament)の審議を経て2014年末までに加盟各国間による正式に合意することを目指している。EUとしては2015年の早い時期に国連交渉の場で新目標をコミットして、2015年末にパリで開催されるCOP21での合意を目指す、2020年以降の新たな国際脇組みに向けた交渉をリードしていこうということであろう。
 今回EUが掲げた具体的な目標は、「2030年に90年比で温室効果ガス(GHG)排出量をEU全体で40%削減する」というものであり、従来EUが掲げてきた「2020年までに90年比20%削減」という目標に対して数字上は倍増していて、一見大変野心的なものに見える。温暖化交渉をリードしてきたEUの面目躍如といったところだろう。この目標がEU内で合意できれば今後の国際交渉の場で、「EUはこれだけ野心的な目標をコミットするのだから、他の国々も同様に大きな削減量を掲げるべき」と主張して、交渉を牽引していけるというわけである。
 しかし、である。国際交渉においては、こうした一国(地域)の先行する動きについては、その意図や背景を慎重に分析して見る必要がある。そもそも今回の発表はあくまで欧州委員会(EC)の提示した「案」であり、今後欧州議会や加盟各国の中で審議されていく中で、否定されたり修正されることもありうる。欧州委員会のプレスリリースの文面を見ると以下のような記述がある。
 “The Commission invites the Council and the European Parliament to agree by the end of 2014 that the EU should pledge the 40% reduction in early 2015 as part of the international negotiations on a new global climate agreement due to be concluded in Paris at the end of 2015.”(「2015年にパリでの合意を目指す国連交渉の一環として、2015年の早い時期までにこの40%削減目標をプレッジすることについて、2014年末までにEuropean Councilと欧州議会で合意することを欧州委員会は招請する。」)
 つまり、EU内部でも本格的な議論はこれからなのである。1月21日付英Guardian紙の報道によれば、欧州委員会の中で40%目標に反対し35%目標とすべきと主張した委員が少なくとも5人いるということである。40%目標に正式合意するためには、具体的に加盟各国がどれだけの削減目標をコミットしなければならないかという、削減量の配分と、それを国内対策で裏打ちして法的にコミットする加盟各国の国内議論の進展が前提となるので、今回の発表はまだそうした長いEU内部の政治プロセスの始まりに過ぎないと見るべきだろう。
 また本案が発表されるや、たちまち欧州産業界は、厳しい排出キャップの強化とエネルギーコストの上昇により、欧州産業が国際競争力を失って壊滅的な打撃を被り、雇用も失われるとの警告を発している。従ってこれが正式なEUの新目標になるかどうかについては、少なくとも今年末まで続くEU内の議論の推移を見ていかなければ見通せない。
 とはいえ、今回発表された数値目標がEUの新目標設定のベースとなり、ひいては国連気候変動交渉の「相場感」を示すものとなることは否定できない。(環境派が主導しているとされる欧州委員会の意図もそこにあるのだろう。)したがって本稿では、この「2030年までに90年比40%削減」というEUの新目標がどういう意味合いを持つのか、それが本当に野心的な目標なのか、について論考していくことにしたい。

今日までの実績

 まず、検討を行うにあたってEUの現状を正しく認識する必要がある。図1はEU加盟27カ国の1990年から2011年までのGHG削減量を、国別に示したものである。EU27カ国の総削減量は10.26億トンと、90年比で18.4%の削減であり、2020年目標の20%削減に対して11年時点で既に目標の92%を達成していることがわかる。興味深いのはこの10.26億トンの総削減量のうち3.34億トンがドイツ、2.14億トンが英国の貢献であり、さらに4.02億トンの削減量が2004年以降にEUに加入した旧東欧諸国によってもたらされていて、この2カ国+東欧だけでEUの総削減量の実に93%を占めているということである。図を見ればおわかりのとおり、スペインやポルトガルなどはむしろ排出量を増やしており、EU全体で90年比18.4%削減といっても、内実は加盟各国でかなりばらばらだということである。
 お気づきの読者もおられるかもしれないが、京都議定書第一約束期間(08年~12年)に8%削減をコミットしたEU15カ国は、2011年までに14.7%の削減実績を上げて、大きく超過達成しているが、後に東欧諸国が加わりEU27となることで3.7%も上積みされて18.4%になったわけである。東欧は旧ソ連体制が崩壊して90年代に入って急激な民主化が進み、西側資本と技術の導入により、旧共産主義圏の非効率で老朽化した発電所や生産設備を廃止し、劇的に生産性、効率性を改善した。東欧がEUにもたらした90年比4億トンの削減量は、環境政策の結果ではなく、こうした東欧民主化の自然な副産物だったと見ることができる。

 EU15の削減をリードしている英国とドイツであるが、これらの国の排出削減の内実については、独フラウンホーファー研究所(ISI)、SPRU、DIWという欧州の3つの研究所が共同で発表した研究報告 ”Greenhouse gas reduction in Germany and the UK – Coincidence or policy induces?” (Report prepared for the COP6, 2001) に詳しく分析されている。結論だけ紹介すれば、90年から2000年までのドイツの削減量2.4億トンのうち、1.13億トン(47%)は東独の統合と東独内のリストラによる効果であり、また同時期の英国の削減量1.56億トンのうち同じく47%(0.72億トン)は、エネルギー市場自由化政策と、従来の石炭依存から北海油田産の天然ガスへの燃料転換効果によっており、温暖化対策の結果ではないという。こうした効果が2000年以降にも継続して出ているとすれば、EUの削減量は90年という、たまたま東欧民主化がはじまり、英国サッチャー政権の新エネルギー政策(Dash for Gas)が始まった時期を「基準年」とすることで、温暖化対策の努力とは基本的に関係なくもたらされた、膨大な削減量の「下駄」を履いた形で報告されているわけである。

2020年目標

 次にEUが現在カンクン合意に基づいて掲げている2020年目標(90年比20%削減)について考察してみる。この目標は、京都議定書のEU15ではなくEU27として掲げているものであるが、前述のとおり2011年のEU27の実績を見ると、既に90年比18.4%の削減を達成している。つまり2020年までに今後追加的に行わなければならない削減量はわずか1.6%に留まるのである。(もしこれをEU15 で達成しようとした場合、2011年までの削減実績が14.7%なので5.3%の追加削減が必要となる。~図2参照)欧州経済危機による経済の落ち込みから回復基調にあるEUにとって、こうした今後の追加削減量が厳しいものであるかどうかについては、議論が分かれるところであろうが、大勢は既に達成しているとみてもよいだろう。

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