水素社会を拓くエネルギー・キャリア(1)

「エネルギー・キャリア」とは?


国際環境経済研究所主席研究員


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 エネルギー・キャリアの開発と利用に向けた取組みが、政府において省庁横断型科学技術イノベーション創出プログラムとして始まった。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program:SIP)のテーマのひとつ、「エネルギー・キャリア」がそれである。

 エネルギー・キャリアは、日本のエネルギー・環境制約の克服につながる水素社会への道を拓くものだ。その道のりはエネルギー・システムの変革を伴うものだけに、決して容易なものではないが、その意義と可能性の大きさを考えると、追求するに値する道であると私は思う。そして多くの方々に、そうしたエネルギー・キャリアの可能性、重要性について知っていただきたいとも思う。そういった思いで、これからエネルギー・キャリアについて、何回かに分けて書いていきたい。

 まず始めに、「エネルギー・キャリア」とは何かについて説明することが必要だろう。

 “エネルギー・キャリア”を字義どおり解すれば“エネルギーを運ぶもの”ということになる。が、ここでは「エネルギー・キャリア」は、水素エネルギーを輸送、貯蔵する手段という意味で使っている。

 水素を燃焼させることによって得られる水素エネルギーは、燃焼時にH2O(水)しか排出しない。そして水素は、再生可能エネルギーと地球上に豊富に存在する水から、無尽蔵につくることができる注1)。水素エネルギーは、そういった夢のエネルギーなのだが、水素の利用にあたっては、その基本物性に由来するいろいろな問題を解決する必要がある。

 燃料としての水素の問題の一つは、水素は重量当たりの発熱量はガソリンの約3倍に上るほど大きい注2)が、水素は常温(25℃)で1m3あたり約82 gの密度しかないため、ガソリン1リットル燃焼したときに得られる発熱量32.9 MJと同じ発熱量を水素から得ようとすると、水素約3,000リットルが必要となることだ。体積当たりの水素密度が低すぎるのである。これでは実用的な燃料とはとても言えない。また、次回以降の連載で説明するように、水素は、輸送、貯蔵などの取扱いが非常に難しい物質でもある。

 そこで水素を液化、圧縮するなどによって体積当たりの水素密度を高めるといった方法や、体積当たりの水素密度が大きく取扱いが容易な別の物質に変換し、燃料として使用する際にその物質から水素を取り出して利用するといった方法が考案されている。特に後者のようにして用いられる物質は、従来から「水素キャリア」(水素を運ぶ物質)と呼ばれていた。【表1】にSIPの「エネルギー・キャリア」で取り上げられている水素キャリアを掲げる注3)。利用する観点からは、取扱い易さという点で常温に近い条件のもとで液体であり(すなわち、沸点があまり低くない)、体積当たりの水素密度が大きな(水素を多く運べる)物質が物性的に優れた「水素キャリア」注4)と言える。

水素キャリアの例

注1)
水素は、石炭、原油や天然ガスなどの化石燃料を分解することによっても製造できる。また、化石燃料を分解して利用する生産プロセス(石油精製、石油化学プロセス等)や食塩水の電解プロセス(苛性ソーダの製造プロセス)などのプロセスから、副生物としても生成する。
注2)
水素の重量当たりの発熱量(LHV):120 MJ/kg、同ガソリン:44.9 MJ/kg。なお、LHVとは低位発熱量基準の発熱量を表し、燃料により生成された水分の凝縮熱を含まない発熱量。
注3)
このほかにも、メタノール、ジメチルエーテル、ギ酸、メタンなどが提案されているが、これらの物質は分子中にC(炭素)を含むことから、エネルギーとして利用する際にCO2を排出する。また、水素吸蔵合金などに水素を吸着させて水素を運ぶという考え方もあるが、この場合、必要な量のエネルギー量を運ぶ際の重量が大きくなるという問題がある。
注4)
エネルギー・キャリアとしての有用性は、これらの物性のほか、物質のもつその他の性質、社会に導入される場合のコスト、製造、輸送、貯蔵、利用等の関連技術の進展の度合いなどの総合的な評価によって決まる。
注5)
MCH(C7H14)は、トルエン(C7H8)に水素を付加して製造し、使用時にはMCHから水素を外して利用する。(水素原子(H)6つ分の水素分子(H2)3分子分が利用可能となる。)その際に生成するトルエンは、MCHの原料として再利用される。