水素社会を拓くエネルギー・キャリア(3)

日本のエネルギー・環境制約と水素エネルギー(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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 前回、日本が2050年に向けてエネルギー・環境制約を克服していくためには、原子力発電に引き続き一定程度依存したとしても、再生可能エネルギーを一次エネルギー供給の数十%を占めるほど大量に、かつ、安価に導入することが必要であることを述べた。

 そのためには、日本は、海外に賦存する再生可能エネルギーの利用拡大を図らなければならない。日本国内に賦存する再生可能エネルギーは、残念ながら量的にも質的にも限られているためだ。

 地球上に賦存する再生可能エネルギーの中では、太陽エネルギーの賦存量が圧倒的に大きく、それに次いで風力エネルギーの賦存量が大きい注1)。これらが1年間にもたらすエネルギー量は、ともに世界の年間エネルギー消費量を上回る。しかし、太陽エネルギーと風力エネルギーの賦存状況は、【図1】【図2】に示されているとおりで、中緯度に位置し、湿潤で温和な気候地帯にある日本は、質、量ともにこれらの資源に恵まれていない。

 こうした太陽、風力エネルギー資源の質と量の差は、それらから得られる電力の発電コストに跳ね返る。2011年のIEA(国際エネルギー機関)の調査によると、日本の太陽光発電の発電コストは世界の約2倍(日本 0.376$/kWh:世界 0.187$/kWh)注2)、風力(陸上風力)の発電コストは約3倍(日本 0.124$/kWh:世界 0.04$/kWh)注3)となっている。発電コストの絶対値は技術進歩による機器の効率向上や価格の低下により下がる可能性があるが、資源量の質や量に起因する日本の太陽、風力エネルギーのコスト面での劣位は如何ともしがたい。

 最近、FIT(再生可能エネルギー固定価格買取制度)の導入によって、日本国内でも太陽光発電、風力発電の設備機器の導入が大幅に増大していると言われる。しかし、前回書いたように、「2030年までに太陽光発電の設備容量が2005年比の40倍、風力発電のそれが同10倍に増加したとしても、2030年において一次エネルギー供給に占める再生可能エネルギーの割合は4%増加する程度」である。そして、この程度の太陽、風力エネルギーの利用拡大を図ろうとするだけでも、設備利用効率の低さや必要な出力変動対策のために発電コストが上がっている。

 国内に賦存する再生可能エネルギー資源の活用を、経済性の許す限り図ることは重要であるが、ここで忘れてならないことは、量に関して正しいスケール感をもつことである。私たちが導入することが必要なのは、一次エネルギー供給の数十%を占めるほど大量の再生可能エネルギーである。そのような規模のエネルギーコストは、当然のことながら日本の競争力に大きく影響するので、国際的な価格と遜色のない水準であることが必要だ。こうした条件を満たす再生可能エネルギー資源は、残念ながら日本の国内にはほとんど存在しない。

 このため、日本は海外の資源に恵まれた地域から大量の再生可能エネルギーの導入を図ることが必要となる。ところで海外の資源の活用が必要と言うと、日本のエネルギー・セキュリティが気になりそうだ。しかし、太陽、風力エネルギー資源は、ほぼ無尽蔵に賦存すること、【図1】【図2】を見ればわかるように米州や豪州大陸などの政情の安定した国々を含む広大な地域に資源が賦存することなどを考えれば、再生可能エネルギー資源を海外に依存しても、天然ガスの輸入依存度97%、石油の中東諸国への依存度85%を超える水準にある現状(2011年)に比べれば、日本のエネルギー・セキュリティは、むしろ向上するといえるだろう。

 海外から再生可能エネルギーを大量に導入する必要があるという認識に立てば、次に取り組むべき課題は明らかだ。そのエネルギーを日本に安価に、かつ、安全に輸送する方策を確立することである。太陽エネルギーも風力エネルギーも、そのままの形ではエネルギー源として利用することはできないので、太陽エネルギーは電気や熱に、風力エネルギーは電気に変えて利用することが一般的だが、電気や熱エネルギーを大量に、かつ、遠距離運ぶのは難しい。電気エネルギーは送電線を建設することによって、物理的には輸送が可能となるが、送電線の建設コストや送電ロスなどの技術的、経済的問課題がある。加えて社会的な困難もある。例えば、サハラ砂漠の太陽熱、風力エネルギーを電力に変え、直流高圧送電線網を建設して地中海を越えてヨーロッパに送電するというDESERTEC構想注4)が提案されているが、送電線の建設コスト、送電ロスの問題に加えて、発電、送電施設に対するテロ攻撃に対する懸念などからその具体化は進んでいない。送電線の建設に対する地域住民の反対もある。また、利用時に不可避的に発生する大量の余剰のエネルギーを電気エネルギーや熱エネルギーの形で貯めておくことは難しい。

注1)
地球上に賦存する再生可能エネルギーは、【参考図】に示すように太陽エネルギーの量が圧倒的に大きい。このほか、風力エネルギーが、世界の年間エネルギー消費量を上回る規模で賦存している。

地球上の一次エネルギーの賦存量

【参考図】地球上の一次エネルギーの賦存量


出典: A Fundamental Look at Energy Reserves for The Planet (Richard Perez & Mark Perez).
図中、再生可能エネルギーの賦存量は太陽エネルギーを始めとする中央の列で示されている。これらは年間に発生するフローのエネルギー量である。右列は、化石燃料、ウラン資源などで、これらは地球に賦存しているストック量で表されている。なお、図中にも示したように左側の小さな球は、世界の年間エネルギー消費量を示す。

注2)
NEDO再生可能エネルギー技術白書(第2版)(2013.12)、表2-4
注3)
同上、表3-4
注4)
DESERTEC Foundationと欧州の企業連合が推進している構想。

 特に日本の場合には、太陽、風力エネルギー資源に恵まれた地域からの距離が遠いことから、これらのエネルギーを大量に輸送、貯蔵する手段を開発することがきわめて重要な課題となる。

 さまざまなエネルギー形態注5)の中で、輸送、貯蔵の観点から最も優れた性質を有しているのは、化学エネルギーである。これは化石燃料のことを考えてみると分かりやすい。化石燃料は、太古の太陽エネルギーが炭化水素という物質に姿を変えた化学エネルギーであり、エネルギー密度が大きく、輸送、貯蔵が容易なものである。化石燃料(=化学エネルギー)が世界中で流通し、現代社会生活の基盤を支える主要なエネルギー形態となっているのには、こうした理由がある。

 そこで、太陽、風力エネルギーを化学エネルギーに変換することを考える必要がある。化学エネルギーとしては、地球上に豊富に存在する水を利用して、太陽、風力エネルギーなどの再生可能エネルギーから生成することのできる水素が、化学エネルギーへの変換の出発点として重要である。さらに、水素自体は燃焼してもCO2を排出することはなく水を生成するだけなので、水素は無尽蔵で、かつ、地球環境にも優しい究極のエネルギーとなるポテンシャルをもっている。

 「水素社会」に対する期待が大きい理由はここにある。しかし、水素を何から製造するかによっては水素の利用拡大が、イコール資源、環境制約フリー社会とは必ずしもならないということには注意する必要がある。また、水素は輸送、貯蔵が容易な物質ではないため、水素をさらに別の物質に変換することによって、水素エネルギーを活用していくことも考える必要がある。これらのことは、次回以降、この連載の中で説明していくが、こうした問題を常に念頭におきながら、「水素社会」への歩みを続けていく必要がある。なお、水素自体は化学物質であるが、二次エネルギーの「水素エネルギー」という側面もある。物質とエネルギーのどちらの側面を強調したいかに応じて、以下では「水素」と「水素エネルギー」の用語を適宜使い分けていきたい。

 最後に海外の太陽、風力エネルギー資源の活用の重要性を述べたこととの関連で、話はやや横道にそれるが、日本における太陽、風力エネルギー関連機器開発の現状の問題点と考えられることを書いておきたい。

 海外の質の高い太陽光・熱、風力エネルギー資源から安価な水素を製造するためには、海外資源の特徴や状況に合ったエネルギーの収集技術を開発する必要がある。例えば海外の太陽エネルギーは、利用可能な時間帯、エネルギーの強度、利用可能な波長域などが日本国内のそれとは異なる。ところがこれまでのところ、国の研究開発などにおけるこれらの機器開発の重点は、国内資源の利用を前提とした技術開発におかれているように見える。それでは、再生可能エネルギー利用の主戦場となる太陽、風力エネルギー資源に恵まれた地域で日本の技術は遅れをとってしまうだろう。現に、風力発電の風車、太陽熱の集熱管などの枢要な機器や部品の分野では、デンマークやドイツなどの製品が市場において圧倒的なシェアを占めている。再生可能エネルギーの利用技術開発も太陽、風力エネルギー資源の豊富な地域での利用を前提に進められる必要がある。市場の主戦場は海外にあるのだから。

世界の年間日射量マップ

【図1】 世界の年間日射量マップ
(出典:NEDO再生可能エネルギー技術白書第2版(2013.12)に引用されている次のURL:
http://www.soda-is.com/img/map_ed_13_world.pdf)

世界の風資源マップ(解像度5km x 5km;3TIER, 2009)

【図2】世界の風資源マップ(解像度5km x 5km;3TIER, 2009)
(出典:IPCC再生可能エネルギー源と気候変動緩和に関する特別報告書(2011.5) 第7章)

注5)
エネルギーには、電気エネルギー、熱エネルギー、化学エネルギーのほか、光エネルギー、機械エネルギー(位置エネルギー、運動エネルギー)、核エネルギーなどの形態がある。

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