CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性(その9)

-SIP「エネルギーキャリア」の成果-


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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CO2フリーアンモニアの特長と日本にとっての重要性

 これまで8回にわたり、水素エネルギーキャリアとしてのNH3の魅力と可能性について説明してきました。水素エネルギーの導入については、このほかにもいろいろな方法が提案され、そのいくつかのものについては、日本の国内でもその実装に向けた具体的な取り組みも行われています。今回は、それらの中でも、CO2フリーNH3による水素エネルギーの導入が、日本のようなエネルギー環境にある国にとっては、重要かつ優れた手段と考える理由をご説明したいと思います。

1.水素エネルギーの導入手段を考える際に重要なこと

 ここで、「日本のようなエネルギー環境にある国にとっては」を強調して書いたのには重要な理由があります。何故なら、水素エネルギーの最適な利用方法は、国や地域によって大きく異なるからです。その原因は水素エネルギーの本質的な特性によるものです。IEA(国際エネルギー機関)は、それを次のように記述しています。

「水素は、電気と同様にエネルギーを運ぶ媒体であり、それ自体はエネルギー源ではない。水素と電気が大きく異なるのは、水素は分子による(化学)エネルギーの運搬媒体であり、(電気のように)電子によるエネルギー運搬媒体ではないことだ。この本質的な差が、それぞれを特徴づける。分子だから長期間の貯蔵が可能であり、燃焼して高温を生成することが出来る。また炭素や窒素等の他の元素と結合して、取扱いが容易な水素エネルギーキャリアに変換することが出来る注1) 」。

 このような特徴を持つ水素は、多様なエネルギーシステムを可能とします。このため、合理的な水素エネルギー利用のあり方は、その製造、輸送、利用方法によって異なることになります。さらに水素エネルギーシステムの「合理性」は、水素エネルギー関連資源注2) の賦存状況、地理的環境、エネルギーインフラの状況等によっても異なりますから、水素エネルギーの最適な利用方法は、当然のことながら、国や地域の環境によって大きく異なるのです。
 こういったことを書く理由は、水素エネルギーの導入方法に関連して、よく欧州の例が引き合いに出されるのですが、それは時として日本の参考にはならないからです。欧州は、①域内に豊富な風力や水力等の再エネ資源があり、余剰の再エネ電力が存在する、②水素の需要地が再エネ電力の賦存地域に比較的近接している、③域内には送電線網やガスパイプライン網が構築されている、そして、④暖房用のガスパイプラインを利用した水素の熱エネルギー源としての需要も大きい等、ある意味、特殊な環境にある地域です。そういった地域では、余剰の再エネ電力を水素に変え、水素を気体のまま(エネルギーキャリアを用いることなく)ガスパイプラインやタンクローリー等で輸送し、利用することが合理的であり、かつ、経済的です。しかし、こうした欧州とは環境の大きく異なる日本で同じことが当てはまる訳ではありません。むしろ欧州は、この面では世界でも例外的なエネルギー環境にある地域と言えるでしょう。
 この点に関連して、IEAの“The Future of Hydrogen”は、水素エネルギーのコスト競争力に影響を及ぼす大きな要因のひとつは、その輸送、貯蔵コストであり、水素エネルギーの輸送距離とその方法によって、水素エネルギーのコストは大きく異なることを詳細に分析、説明しています注3)
 私たちは、したがって、日本がおかれている水素エネルギー関連資源の賦存状況、地理的環境、エネルギーインフラの状況等を踏まえて、その合理的な導入のあり方を考えなければなりません。
 そこで、ここで日本にとっての水素エネルギー導入のもっとも重要な意義を思い返してみたいと思います。それは、(連載の第2回で説明したように)GHG排出量の80%削減目標の達成に向けて、海外の水素エネルギー関連資源に恵まれた地域から、CO2フリーエネルギーを発電用エネルギー源として大量に導入する手段として用いることでした。つまり、提案されているいくつかの水素エネルギーの導入方法が、この「発電用」、「大量に」という要件に照らしてどのように評価されるかということが、それらの長所と短所を見きわめる際の重要な判断基準になるということです。なお、水素エネルギーというと、日本ではその用途として燃料電池自動車(FCV)、家庭用燃料電池コジェネレーションシステム(エネファーム)が一般的にはよく知られていますが、これらの用途は水素エネルギーの重要な用途ではあるものの、これらの用途向けに当面、必要となる水素エネルギーの量は高がしれており、そのために、わざわざ海外から水素エネルギーを導入するための手段を整備することは喫緊の課題ではありません注4)

2.日本の水素エネルギー大量導入の手段:水素エネルギーキャリア

 これまでも指摘してきたように、水素エネルギー関連資源に恵まれた地域から遠隔の地にある日本のような国が、大量に水素エネルギーを導入するには、体積エネルギー密度の小さな水素を、輸送、貯蔵の容易な物質や状態に変えて-すなわち水素エネルギーキャリアを利用して導入することが必要不可欠です。
 2014年から開始されたSIP「エネルギーキャリア」では、水素エネルギーキャリアとしてこれまで本連載で説明してきたNH3に加え、液化水素、メチルシクロヘキサン(MCH)が研究開発の対象として取り上げられました(なお、液化水素については1993年から、政府による研究開発が続けられています)。以下では、この3つの水素エネルギーキャリアによる水素エネルギー導入手段についての比較を試みたいと思いますが、その前にそれぞれの水素エネルギーキャリア(液化水素、メチルシクロヘキサン(MCH)、NH3)のもつ本質的な性質に由来する主要な特徴を整理しておきましょう注5) 。【表1, 2】と併せて以下の説明をご覧ください。(なお、2017年の12月に政府によって取りまとめられた「水素基本戦略」では、これらに加えてCO2フリーメタン(CH4)が、水素エネルギーの利用手段として取り上げられました。しかし、IEAの“The Future of Hydrogen”では、CO2フリーCH4を含む合成炭化水素を水素エネルギーの導入手段の検討対象から外しています。このCO2フリーCH4の説明と、これをIEAが検討対象から外した理由については、この記事の最後に【補論】として付しておきます)。

①液化水素
 液化水素は、液化することにより水素の体積を1/800にして(水素の体積エネルギー密度を800倍にして)水素エネルギーを輸送しようというものです。このキャリアの利用においては、水素が-253℃という極低温の下でしか液化しないという、水素の本来的性質に起因する問題の克服が主な課題となります。
 FCV燃料向け程度の規模の液化水素の国内輸送手段は、既に実用化されていますが、発電用に大量の液化水素を利用するためには、現状の気体冷凍技術には限界があるため、液化に要するエネルギー量がより小さい新たな液化技術と、液化水素を大量に製造することが可能な装置開発が必要と考えられ、そのための取り組みが行われています注6) 。さらに、そうした極低温の液体水素を海外から大量に輸送し、取り扱うためのインフラを、液体水素専用の輸送船を含めて新たに開発・整備しなければなりません(整備が必要となるインフラの規模については後述します)。

② MCH
 MCHは、【表1】の注にあるようにトルエンに水素を添加しMCHとすることにより、水素の体積エネルギー密度を500倍の液体にして水素を輸送するものです。MCHから脱水素したのちに生成するトルエンは、再びMCH製造の原料として使います。この系では、MCH及びトルエンとともにガソリン用の輸送インフラが使えます。ただ、MCHの水素エネルギー密度が小さいこと、MCHに加えてトルエンの貯蔵インフラも必要となる注7) ことから、必要なインフラの規模が大きくなります。
 さらに、MCHから水素を取り出す(脱水素)ためには、その物性から比較的大きなエネルギーを要するため、そのエネルギーの確保と、脱水素プロセスの効率化が重要となります。
 また、MCHの脱水素後に生成するトルエン中には、トルエン以外の分解生成物が不純物として若干量生成するため、トルエン⇔MCHのサイクルを繰り返す中で蓄積する不純物量の管理が必要です。

液化水素、MCHの発電燃料としての利用
 液化水素、MCHとともに、発電燃料として利用する際は、水素として利用します。水素混焼率約10%(熱量ベース。体積ベースでは約30%)の天然ガス/水素混焼ガスタービンは開発、実証されていますが、水素専焼のガスタービンは、【表2】中に記した課題の克服に向けて現在、開発中です。

③ NH3
 NH3ついては、この連載第3回目で記していますので、そちらをご覧ください。

④ エネルギーキャリアの安全性
 これらの水素エネルギーキャリアは、【表1】の「その他の特性」の欄に記したとおり、有害性の内容はそれぞれ異なるものの(引火性、爆発性、急性毒性等)、いずれのキャリアも何らかの比較的強い有害性を有しているため、それらの有害性からもたらされる懸念のあるリスクをしっかり管理することが必要です。ただ、同様のリスクは、現在私たちが大量に使用しているガソリンや重油を始めとする多くの化石燃料についても存在します。そして、私たちは、これらの化石燃料のリスクをこれまで適切に管理し、使いこなしています。

3.エネルギーキャリアを利用した水素エネルギー導入手段の比較

 さてここからは、これらの水素エネルギーキャリアを利用した水素エネルギー導入手段について、それぞれの特徴を比較していきましょう。以下の比較では、連載第5回で述べた「脱炭素化に資するエネルギー技術となり得る技術の要件」注8) を念頭におきつつ、検討を進めます。

(1) 必要となるサプライチェーンの規模
 いずれの水素エネルギーキャリアも、原理的には、それらを利用した水素エネルギーの導入可能量の制約はありませんが、実際的には、導入に当たって構築が必要となるサプライチェーンの規模が社会実装の際の制約要因となる可能性があります。この構築が必要となるサプライチェーンの規模について見たものが【表3】です。ここでは、60万kWの水素またはNH3専焼発電所で必要となる水素またはNH3燃料の量を扱うために必要となる設備規模と、現存するそれら設備の規模について見ています。
 水素エネルギーキャリアの中では体積水素密度の大きなNH3であっても、水素エネルギー系燃料のエネルギー密度は化石燃料のそれに比べて小さいので、発電用途に必要となる需要量に応えるためには、現存するインフラの大幅な拡充が必要です。
 ガソリン用のインフラが使えるMCH(及びトルエン)に関しては、輸送、貯蔵インフラに係る技術面での課題はないので、需要量に応じた設備を整備すれば良いのですが、MCHの脱水素設備に関しては、相当数の大型脱水素設備の新設が必要となります。
 液化水素のサプライチェーンの構築には、液化設備、液化水素輸送船、貯蔵タンクに係る技術の大幅なスケールアップと、新たに大規模なインフラを建設、建造することが必要です。

(2) サプライチェーンを構成する技術の成熟度
 各水素エネルギーキャリアのサプライチェーンの構築に向けて解決する必要のある、現状の技術課題とその内容を、それぞれ【図1】と【表4】に示しました。ここにあげた技術課題は、2019年3月に水素・燃料電池戦略協議会がとりまとめた「水素・燃料電池戦略ロードマップ」中の「ロードマップ」及び「アクションプラン」において示されているものです。

 NH3チェーンについては、数百MWクラスの大型ガスタービンでのNH3混焼利用技術開発には、もうしばらく時間を要するものの、同チェーンを構成するその他の輸送技術、利用技術は成熟度の高い状況にあることが分かります。

(3) 水素エネルギー導入コスト
 次に、これらのエネルギーキャリアを用いて水素エネルギーを日本に導入する際のコストを見てみましょう。まず、IEAが“The Future of Hydrogen”で示した結果を【図2】に掲げておきます。この図の詳しい説明は、既に別の記事でも書きました注9) ので、ここでは、そのポイントのみ記します。


【図2の説明】
 
この図は、再エネ水素が日本のユーザーに届くまでのコスト(USD/kg-H2)を分析したもの。右側の3つの棒グラフは、オーストラリアの安価な再エネを用いて製造した水素を3つの異なるエネルギーキャリアを用いて日本のユーザーに届ける場合のそれぞれのコスト比較を示している。
エネルギーキャリア別にみるとNH3を用いた場合が、ユーザーに届くまでに要するコストがもっとも安価。
NH3は、燃料として直接用いることが出来るので、図の赤茶色の部分のコスト(再転換に要するコスト)が不要。これにより再エネ水素をNH3の形で運び、利用する方法のコスト面の優位性はさらに高まる。

 次にSIP「エネルギーキャリア」の研究の一環で行ったコスト比較の分析結果も示しておきましょう。なお、SIP「エネルギーキャリア」では、中東地域の天然ガスを原料として用いるケースについて検討しています。具体的には、天然ガスの改質とそこで排出されるCO2をCCSに貯留することによって、CO2フリーとした水素を製造。そのCO2フリー水素を3つのエネルギーキャリアを用いて日本に運んでくる場合の日本のユーザー着の水素コスト(円/Nm3-H2)を比較しています【図3】(⑤のグラフだけ少し異なりますが、その説明は以下で)。


【図3の説明】
 
棒グラフの①~③は、中東で3.8 $/MMBtu の天然ガスを改質し、改質プロセスで排出されるCO2をCCSにより除去することによって製造されたCO2フリー水素をそれぞれのキャリアを使って日本のユーザーまで輸送し、水素として利用する際のユーザー着の水素コスト。
このうち③はCO2フリー水素を、NH3をキャリアとして用いて日本に運ぶケース。このCO2フリーNH3(③)は、水素を取り出すことなく、直接、発電燃料に使えるので、そのコストは④となる(「脱水素精製」部分が不要のため)。
⑤は、①~④と異なり、CO2フリー水素からではなく、先の天然ガスを原料としてNH3を製造し、プロセス中で排出されるCO2をCCSで除去したCO2フリーNH3を発電燃料として日本のユーザーで利用する場合のユーザー着のコスト(水素等価コストに換算)。(NH3の原料に用いた天然ガスの価格は、①~④のCO2フリー水素の原料として用いた天然ガスと同じ価格を仮定)。
なお、お気づきのとおり、⑤のケースでは、日本のユーザー着の水素コストは、既に「水素基本戦略」が掲げる2050年の水素目標コストの20円/Nm3に近い水準となっている(このより詳しいコスト推計結果については、本連載第6回をご参照ください)。

 いずれの分析においても、CO2フリーNH3として水素エネルギーを導入することがコスト的にも優位であることが示されています。なお、液化水素を利用した場合の日本ユーザー着の水素コストは、【図3】の図中にも記したように、【表4】に示される液化水素チェーンに係るいくつかの技術課題が解決された後の、個々のプロセスに係る推計コストを用いて計算されものであることに注意が必要です。

(5) ライフサイクルのCO2排出
 最後に、これらの手段による水素エネルギーの導入が、日本のエネルギーシステムのバリューチェーンの脱炭素化にどれほど寄与するかを評価した既存の研究結果に触れておきましょう。
 結論を先に言うと、連載第7回の「5. CO2フリーアンモニアはライフサイクル全体で脱炭素化に寄与するか」で記したように、こうした評価を行うためのLCA分析には、まだ、改良すべき点があることもあって明確なことは言えないが、既存の研究成果注10) からは、海外において水素エネルギーキャリアの製造の際に用いる電力や熱源の種類によっては、ライフサイクル全体で見るとCO2排出量が、LNG専焼発電のそれに比べて減らない(あるいは、かえって増えてしまう)ケースがあることが、液化水素、MCHのバリューチェーンについても示されています注11)
 液体水素をエネルギーキャリアとして、水素を水素専焼(100%)発電の燃料として用いた場合、及びMCHをエネルギーキャリアとして用いた水素を水素専焼発電の燃料として用いた場合のバリューチェーン全体のライフサイクルCO2排出量の推計値を上述の研究結果から、それぞれ【図4】、【図5】として引用しました。なお、この研究では、比較の基準となるLNG専焼発電のライフサイクルCO2排出量は432g-CO2/kWhと算出されています(NH3についての分析結果は、前回(第8回)に記したとおりなので、ここでは省略します)。

 これらのことから、水素エネルギー導入のためのサプライチェーンを構築する際には、サプライチェーン全体のライフサイクルCO2排出削減効果を評価することが重要であることが分かります。

4.CO2フリーアンモニアによる水素エネルギーの導入

 これらの分析結果を見ていただくと、「発電」用途に、「大量に」水素エネルギーの導入を図るには、CO2フリーNH3を用いることが、総合的に見て、現実的で、かつ、有力な手段であることがお分かりいただけるでしょう。加えてCO2フリーNH3は、石炭との混焼が可能であることを考慮するとCO2排出量が大きいからと言って、直ちには止めることのできない既設の石炭火力からのCO2排出を低減できる、数少ない有力な手段となります。
 こうしたことと、比較的インフラの構築が容易なCO2フリーNH3であっても、そのサプライチェーンの構築は徐々に進めていくことが現実的であることを考え合わせると、CO2フリーNH3による水素エネルギーの導入は、まず、既設の石炭火力向けから始まり、火力発電分野全体に広がっていくのではないかと思います。
 ここで繰り返しになりますが、以上の評価は、「発電」用途に、「大量に」水素エネルギーの導入を図る場合の評価です。これが日本にとってはもっとも重要な水素エネルギーを導入することの意義ではありますが、水素エネルギーはこのほかにも、系統の「調整力」を維持するための蓄エネ手段や、再エネの地産地消の手段としての役割を担うことが出来ます。この場合には、圧縮水素やNH3以外のエネルギーキャリアの利用を含め、水素エネルギー導入の目的と利用環境に適した導入方法が選択される必要があることを改めて記しておきたいと思います。
 最後に本稿では触れませんでしたが、CO2フリーNH3の、もう一つの可能性について指摘しておきたいと思います。日本のエネルギーシステムの脱炭素化を図るためには、本稿で取り上げた電力分野の外に、産業分野と熱エネルギー分野の脱炭素化もきわめて大きな課題です(この問題についてのより詳細は、別の論考注12) をご参照ください)。これらの分野の脱炭素化においても、大量の水素エネルギーが必要になると考えられるのですが、その場合、やはり大量の水素エネルギーをどのように入手するかが大きな問題となります。この水素エネルギーの輸送手段(すなわち、本稿でもっぱら議論してきたCO2フリー燃料としてのCO2フリーNH3ではなく、水素キャリアとしてのCO2フリーNH3)としても、CO2フリーNH3の有用性と可能性が海外の調査研究では指摘され始めており、この技術的、経済的可能性についても、今後、検討していく必要がある注13) と考えられます。

【補論】 CO2フリーCH4についての説明

 CO2フリーCH4とは、化石燃料の燃焼排ガス中のCO2を分離・回収し、CO2フリー水素と反応させて製造するものです。CO2フリーCH4を燃焼すると、CO2が排出されますが、このCO2の元は排ガスから回収したものなので、CO2の排出総量を減らすことが出来ます。また、CH4はほぼ天然ガスと言っても良いので、CO2フリーCH4の利用においては現在のLNG(液化天然ガス)の輸送・貯蔵インフラや燃焼機器がそのまま使えます。さらに原料のCO2として、バイオ燃料からのCO2を使えば、地球上のCO2総量を増やすこともありません。
 こういった良い面もあるのですが、CO2フリーCH4には、①CO2フリーCH4の製造に多量の水素を要する、②バイオ燃料の資源量が限られる、③原料のCO2とCO2フリー水素の入手可能な場所の地理的関係によってその利便性・経済性が大きく異なる等の問題があることから、IEAは“The Future of Hydrogen”では、CO2フリーCH4を含む合成炭化水素を、水素エネルギーの導入手段の検討対象から外しています。
 これらの問題点について、もう少し解説しましょう。まず、CO2フリーCH4の製造は、

   CO2 + 4H2 ⇒ CH4 + 2H2O -165 kJ

といった反応によりますが、この反応式から分かるように、CO2フリーCH4の1分子のCH4を合成するのに4分子の水素(H2)を必要とします。このために、仮に出力100万kWのガス火力発電所から排出されるCO2を原料としてCH4を生産する場合、CH4は年間95.6万トン生産することができますが、そのために必要となる水素量は年間47.8万トンで、その水素を再エネ電力による水の電気分解で得ようとすると、年間267億kWh(=ほぼ、出力380万kWの発電所の年間発電量)が必要となります。
 バイオ資源を原料として使うことの問題は、バイオ資源にはその資源量と資源の集積密度に制約があることです。資源の集積密度が小さいため、一般的にバイオ資源は、その収集・運搬に多くのエネルギーを要します。また、資源の集積密度を増やそうとすると「土地利用改変(Land Use)」の問題という、別の環境問題を惹起することが懸念されています。
 最後の問題については、CO2が(火力発電所等から)大量に入手可能な地域と再エネ資源に恵まれている地域が近い、あるいは、送電線やパイプラインで結ばれているといった条件が整っている(欧州のような)地域は良いのですが、(日本を含む)その他の多くの地域では、そうした環境には恵まれていません。なお、欧州地域は、余剰の風力エネルギーが得られるため、CO2フリーCH4の製造に大量の水素を要することもあまり大きな障害とならないといった条件にも恵まれています。
 これらの理由から、IEAの“The Future of Hydrogen”では、CO2フリーCH4を含む合成炭化水素を、水素エネルギーの導入手段の検討対象から外しています。

注1)
“The Future of Hydrogen” IEA, June 2019 の第1章にある記述を抜粋・意訳しています。
注2)
より具体的には、CO2フリー水素を再エネ電力による水の電気分解によって製造する場合には太陽、風力、水力、地熱等の再エネ資源。また、CO2フリー水素をCCS/EORを利用して製造する場合には、天然ガス資源があり、加えてCCS/EORが可能な地質的環境ということになります。
注3)
“The Future of Hydrogen,” IEA June 2019 の第3章。そこでは、水素の輸送・配送距離によっては、そのコストは、水素の製造コストの3倍に上ることが指摘されています。
注4)
「海外の再エネ由来導入を」、塩沢文朗、2015年4月21日付け日本経済新聞経済教室;「水素エネルギーの重要性と戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)『エネルギーキャリア』」、塩沢文朗、エネルギーと動力、Vol.66, No.286, pp58-71 (一社)日本動力協会(2016年春季号)や、この国際環境経済研究所のコラム「水素社会の構築に向けて持つべきスケール感」(http://ieei.or.jp/2013/11/column131125/)などをご参照ください。なお、これらの記事中のFCVの普及目標(200万台程度)は、その後策定された「水素基本戦略」(2017年12月)では2030年までに80万台の普及と大きく縮小改訂されているので、当面、これら用途に必要となる水素量はさらに減っています。
ちなみに80万台のFCV燃料に必要となる水素量は年間約8億Nm3/年(7万トン-H2/年)ですが、この水素量が出力60万kWの水素専焼発電タービンで燃料として用いられた場合には、その発電タービン一基の約3.5か月分の燃料量にしかなりません。
注5)
各水素エネルギーキャリアの特徴については、本サイトの別の連載解説「水素社会を拓くエネルギーキャリア」の第8~11回でより詳しい説明を書いていますのでご覧ください。
http://ieei.or.jp/2015/02/expl150206/
http://ieei.or.jp/2015/02/expl150218/
http://ieei.or.jp/2015/03/expl150317/
http://ieei.or.jp/2015/03/expl150330/
注6)
現状の気体冷凍技術による水素液化技術には、圧縮機や液化方法に原理的な非効率性があるため、2018年11月から(国研)物質・材料研究機構において、原理的に高い冷凍効率が期待できる磁気冷凍法を用いた、①液化効率50%以上、液化量100kg/day以上を実現する中・大型高効率水素液化機、②液化水素ゼロボイルオフを目指した小型・省電力な冷凍機の開発が行われています。なお、液化量100kg/dayの液化機で製造できる液化水素量は年間約30 ton-H2といった量です(稼働率80%と仮定)。
注7)
輸送船やトレーラーは、MCHとトルエンの輸送において共用することが可能。
注8)
「脱炭素化に資するエネルギー技術」となり得る技術の要件とは、次のようなものでした:
① エネルギーシステムの脱炭素化に量的に意義あるインパクトをもたらすものか、
② 10~20年程度のうちに社会実装できるような技術的成熟度をもつものか、
③ 社会実装のコストが、社会が負担し得るレベルのものか、そして
④ エネルギーシステムのバリューチェーン全体の脱炭素化に寄与するものか。
注9)
「IEAの水素レポート、”The Future of Hydrogen”」、塩沢文朗、IEEI、解説 (2019年7月24日)(http://ieei.or.jp/2019/07/expl190724/) の【図3】。
注10)
Akito Ozawa, Yuki Kudoh, Naomi Kitagawa, Ryoji Muramatsu: “Life Cycle CO2 emissions from power generation using hydrogen energy carriers”, International Journal of Hydrogen Energy, 44(2019) 11219-11232.
注11)
上記文献の図12と図8(液化水素)、図9(MCH)、図10(NH3)を合わせてご覧ください。
注12)
「産業分野、熱エネルギーの脱炭素化-電化と水素エネルギーの重要性と可能性-」、塩沢文朗、太陽エネルギー、Vol.46, No.3, pp48-58 (2020年);この記事は、以下のURLからもご覧いただけます:
http://www.jeh-center.org/asset/00032/20200610Solar/03_kiji_electrification.pdf
注13)
CO2フリーNH3を水素キャリアとして利用する場合には、NH3をクラッキングして水素に転換するというプロセスが追加的に必要となるので、クラッキングのための設備とそのためのエネルギーの投入、そして水素の用途によっては、さらにクラッキングで生成した水素の精製が必要となります。これは、CO2フリーNH3が直接、燃料として使用できるという、CO2フリーNH3の大きな利点の一つが活かせなくなるということなので、水素キャリアとしてのCO2フリーNH3の合理的な利用法については、改めて技術的、経済的な分析が必要となります。