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CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性(その8)

-SIP「エネルギーキャリア」の成果-


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター


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CO2フリーアンモニアのバリューチェーン構築に向けて

 今回は、CO2フリーNH3のバリューチェーン構築に向けた内外の動向と、バリューチェーンの構築を早期に実現するための政策課題等について考えたいと思います。

1.CO2フリーNH3のバリューチェーン構築に向けた内外の動向

 前回までの解説でCO2フリーNH3は、日本のエネルギーシステムの脱炭素化の道を拓く新たなエネルギーとしての要件を満たし、有望な新燃料になり得るものであることを説明してきました。世界ではこうした理解が、すでに「常識」となりつつあります。
 この一つの契機は、2019年6月にIEA(国際エネルギー機関)がとりまとめ公表した、水素エネルギーに関する包括的な評価レポート”The Future of Hydrogen”注1)(この連載でもこのレポートの分析を何回か引用しています)だったのではないかと思います(ところで、このレポートにあるNH3のCO2フリー燃料としての可能性に係る記述の多くは、SIP「エネルギーキャリア」の成果情報をもとに書かれたものなので、IEAの発信力の大きさを痛感します)。
 CO2フリーNH3についてのこうした理解は、この解説記事を連載している間にも日本を含む国際社会でさらに大きく進み、その社会実装に向けた取り組みもすでに始まっています。例えば、英国の王立協会(The Royal Society)は、「グリーンアンモニア」(=CO2フリーNH3)が、脱炭素社会への移行において大きな役割を果たすことを指摘した”Ammonia: zero-carbon fertilizer, fuel and energy store”と題する政策提言を2020年2月に発表注2)しました。
 オーストラリアでは、既にCO2フリーNH3の国内利用のみならず、新たな輸出資源としての可能性に着目した民間企業の動きが出始めています。オーストラリア国内での再エネ水素製造用の水電解設備の建設・設置計画は、2020年4月の時点で700MWありますが、そのうち400MWの設備がCO2フリーNH3製造向けのものであると報じられています注3)。さらに、これに加えて、計4GWに上るCO2フリーNH3向けの再エネ水素製造のための電解設備の建設計画が具体化しようとしています。これは、CO2フリーNH3を年間約180万トン製造できる規模の計画です。
 日本では、2020年3月に「新国際資源戦略」注4)が経済産業省によって策定されましたが、同戦略において「燃料アンモニアの利用拡大」は、気候変動問題とエネルギーアクセスの両立を実現する重要な手段として位置づけられました。そして、同戦略を実行に移すためにCO2フリーNH3の調達と発電利用に関する詳細なフィージビリティスタディや、火力発電、工業炉、船舶での利用に関する実証事業が実施されることになりました注5)。これはSIP「エネルギーキャリア」の成果を契機に始まった、以下のような民間セクターの動きを反映したものでもあります。

2.グリーンアンモニアコンソーシアム(GAC)

 SIP「エネルギーキャリア」(2014~18年度)では、技術開発や研究調査の成果が出始め、NH3が発電タービンやボイラー、燃料電池用のCO2フリー燃料として直接利用できる可能性が見えてきた2017年の段階から、その社会実装を視野に入れた活動を始めています。複数の研究テーマから成るプロジェクトでは、ともすれば研究チーム間で情報が分断されがちですが、SIP「エネルギーキャリア」では研究開発に参加する幅広い分野の関係者の間でCO2フリーNH3関連の研究開発、調査全体の進捗状況の把握を容易にするため、研究チームを越えた情報共有の場を設けたのです。加えて、海外を含む外部の企業や機関に対しても、可能な範囲で研究の進捗状況や成果に関する情報の提供を積極的に行いました。バリューチェーンの構築に向けて、国内外の幅広い分野の関係者による協働とタイムリーな取り組みを促すことがその狙いでした。
 SIP「エネルギーキャリア」が終了した2019年4月には、この場を発展させる形で、「CO2フリーNH3の供給から利用までのバリューチェーン構築を目指し、技術開発/評価、政策提言、国際連携等を実施」することを目的とする注6)(一社)グリーンアンモニアコンソーシアム(GAC)が、SIP「エネルギーキャリア」の参加者の有志により設立されました。その際GACは、SIP「エネルギーキャリア」の参加企業・機関以外にも参加の道を開いています。2020年4月1日現在、GACには内外の68企業、16の公的(研究)機関等が参加しています(【図1】)。メンバーには、CO2フリーNH3の導入がもっとも早期に進むとみられる電力業界から主要な電力会社が参加しているのを始めとして、主要な供給者となる可能性のある海外企業や海外の公的機関、そして商流を担う商社、海運会社、さらにはNH3の燃焼機器・設備メーカーといったバリューチェーンの構築に必要となる関連セクターの企業群が名を連ねています。


【図1】(一社)グリーンアンモニアコンソーシアム

【図1】(一社)グリーンアンモニアコンソーシアム

 ところで、海外企業や海外の公的機関には、豊富な再エネ資源を保有する国だけでなく、これまで化石エネルギー資源の市場で主要な役割を果たしてきた国の機関や企業も含まれています。後者は、エネルギーの脱炭素化の動きをにらんで、自国の化石エネルギー資源を(CCS/EOR等を利用して)CO2フリーエネルギーに変えて輸出することにより、将来にわたって自国に賦存、あるいは自社が権益を有する資源の活用を図ろうとしているのです。
 GACは、【図2】のようなタイムラインを念頭にバリューチェーンの構築に向けた活動を行っています。このタイムラインは政府の「水素基本戦略注7)」や「統合イノベーション戦略注8)」に整合したもので、2020年頃までに小規模のCO2フリーNH3専焼発電(CO2ゼロエミッション発電)のデモンストレーションを行い、2025年頃までに既存の石炭火力発電所、中規模のガスタービン発電へのCO2フリーNH3導入(混焼発電)を実現することを目指しています。


【図2】 CO2フリーNH3バリューチェーンの構築タイムライン

【図2】 CO2フリーNH3バリューチェーンの構築タイムライン

 GACは、それ自身が商取引の主体とはなり得ませんが、GACは、国や業種の垣根を超えた幅広い関係者間の緩やかな交流や連携のプラットフォームとして機能していくことになるでしょう。また、バリューチェーンの技術的基盤の構築に必要となる活動、例えば、CO2フリーNH3とそうでないNH3を識別するための「CO2フリーNH3」の定義と識別方法の標準案の開発注9)などに取り組むことが期待されます。さらに、CO2フリーNH3がCO2フリーであるが故に現在、直面しているコスト面でのハンディキャップ注10)を軽減するための支援措置や、CO2フリーNH3を社会実装する際に必要となる既存の規制等の合理化等に係る政府への要望のとりまとめ等もその重要な活動となるでしょう。

3.CO2フリーNH3のバリューチェーンの構築に向けて

 これまで見てきたとおりCO2フリーNH3は、そのバリューチェーンの構築には技術的には大きな障害はなく、また、CO2フリーの「環境価値注11)」が生まれるような環境のもとでは、燃料としてのコスト競争力を発揮できる潜在力をもっています。加えて連載の第6回で記したようにCO2フリーNH3の需要、供給の両サイドともにメリットを享受できるような取引関係が形成できる可能性があることも確認されています。
 そうしたCO2フリーNH3のバリューチェーンの構築は、それに事業機会を見出す企業によってビジネスベースで進めていくことが基本でしょう。しかし、CO2フリーNH3のようなエネルギー用途のバリューチェーンの構築には、必要となる投資額が非常に大きいため、民間企業だけでそのリスクをとることは難しいことも事実です。特にCO2フリーの環境価値についての将来の見通しが不透明な現段階では、なおさらのことでしょう。
 ここで、必要となる投資額がどれほどのものになるか、既存の石炭火力発電所にCO2フリーNH3を導入する場合を例として見てみましょう。連載第5回の2で見たとおり、国内でNH3混焼の導入が想定される石炭火力発電設備(7発電所の21基(出力16.8GW))の全部でCO2フリーNH3を20%混焼する場合、その必要量は一日当たり約1.5万トン、年間で約450万トン注12)となります注13)。この規模の量のCO2フリーNH3を供給するためには、現在の標準的なNH3製造プラントが大体2,000トン/日(年産73万トン)なので、新規のプラントを約7基建設することが必要です。NH3の製造プラントの建設費はプラント本体だけ(ユーティリティ設備費用を除く)でも、その費用は1基当たり大体300億円程度になると言われていますし、これに加えてCO2フリーとするための再エネ水素製造設備、または、CCS/EOR関連設備の建設も必要ですから、石炭火力発電所における混焼用のCO2フリーNH3を製造するだけでも、その必要投資額は相当な規模となります。
 他方、利用サイドでは、CO2フリーNH3の利用を可能とする既設石炭ボイラーの改造注14)の費用はそれほどかからないものの、発電所でのCO2フリーNH3の荷揚げや受け入れ用の設備、貯蔵用のタンク、新たな配管の敷設等は必要となります。このために発電所毎に数十億円規模の投資を行うことが必要となるでしょう。さらに大量のCO2フリーNH3を受け入れる場合には、以上に加えて港湾の整備も必要となる可能性があります。
 事業として成り立つ見通しがあれば民間企業による投資は進みますが、政府の脱炭素社会構築に向けた本気度と構築の具体的スケジュール等が見えない現時点では、事業をとりまく経済環境があまりに不透明であり、民間企業にとって、この規模の投資決断に伴うリスクは大き過ぎるというのが実態でしょう。
 こうした投資リスクを軽減するために政府や公的セクターが出来ることは、資金面での支援だけではありません。私は、次の2つのことが重要ではないかと考えています。
 その一つは、民間企業の将来に向けた合理的な行動を促すために、事業環境の予見性を高めることです。CO2フリーNH3の市場は、これまで見てきたようにCO2の環境価値次第ではその需要者、供給者の両者の間でWin-winの取引関係の形成が可能な市場であり、また、きわめて大きな市場に成長する潜在性をもっています。この市場にはそうした潜在的な魅力があるので、事業環境の予見性が高まりさえすれは、たとえ市場参入に必要となる初期投資規模が大きくても、民間企業による自律的な投資が進む可能性があります。
 二つ目は、需要側だけでなく供給側の政府を含めた関係者間でCO2フリーNH3バリューチェーンに係る将来ビジョンを共有し、必要な場合には両者が呼応する形で、双方において生じる初期投資リスクを軽減するための政策的措置を、それぞれが講ずることです。このためには、国境を越えた関係者間の安定的な協力関係-例えば、政府間の国際協力枠組み等-の構築が必要となるでしょう。特に先に紹介した、現在オーストラリアで起きている企業の動き等を見ていると、こうした政策的措置の必要性を強く感じます。
 一方、民間企業サイドでもCO2フリーNH3のメリットを活かして、こうした投資リスクを軽減できる方策があります。ここで「CO2フリーNH3のメリット」とは、NH3の製造、輸送、貯蔵、利用の各段階で、既存の設備が使えることです。例えば、再エネ水素などのCO2フリー水素を既存のNH3製造プラントに原料として供給すれば、その分だけCO2フリーNH3が製造できます。これにより、新たなプラントを建設することなく、CO2フリーNH3の供給チェーンを立ち上げ、それを段階的に大きくしていくことが可能です。需要側でも段階的な設備の建設や整備が必要であることを考えると、このように段階的に供給チェーンの拡大を図れることは大きなメリットです。これによって、事業の初期の投資リスクを軽減しつつ、技術の信頼性や習熟度の向上に応じて、必要な追加投資を行っていくことが可能となります。民間企業としては、事業環境が整うのを待つだけではなく、可能な範囲でこうした努力を行っていくことが必要と思います。それによって、需給両面で波及効果が生まれ、市場が広がっていくことも期待できます。
 以上見てきたように、CO2フリーNH3のバリューチェーン構築は、基本は民間企業が主体となるべきものの、投資判断に必要となる将来の事業環境に係る予見性の向上、投資リスクの軽減のための政策的支援、そして産消国間の協力の枠組みの構築等における政府の役割は大きいと思います。

 2050年までにまだ30年あるとは言っても、この規模の投資と設備建設を伴うような事業には、少なくとも10年単位での時間を要します。さらに、上述のような取り組みは、脱炭素社会の構築に向けて発電分野で必要となる取り組みのごく一部にしか過ぎません(例えば、先述した既存の石炭火力発電所へのCO2フリーNH3の導入で削減できるCO2の量は、連載の第5回で見たように、約2,000万トン、日本全体のCO2排出量の2%弱程度です)。水素エネルギーの導入は、脱炭素社会に移行するための重要かつ有力な手段の一つであることは(連載の第2回で見たように)間違いないのですが、具体的にその導入の方策について考えてみると、他の導入手段に比べて障害が少なく有望と考えられるCO2フリーNH3による導入ですら、これくらい大変なことだということなのです注15)。ですから、私たちに残されている時間はもうあまりありません。本気で排出削減目標の達成を目指すのであれば、(これくらいのことには)すぐにでも取り組むことが必要です。

 さて、これまで8回にわたりCO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのNH3の可能性について説明してきましたが、これでその解説はひととおり終了です。今後は、あと2回ほどこの紙面をお借りして、CO2フリーNH3以外の水素エネルギーキャリアとの比較、そしてSIP「エネルギーキャリア」とは何だったのかについて書かせていただきたいと考えています。

注1)
IEAが、水素エネルギーに関する初めての包括的レポートとして、2019年6月に公表したもの。このレポートでは、「水素ベース燃料」の中でNH3は輸送性に優れていることから、水素エネルギーの製造コストが安価な地域から(日本のような)遠隔の地に水素エネルギーを輸送し、利用する場合は、CO2フリーNH3の形での利用がコスト面で優位性があること、さらにはSIP「エネルギーキャリア」の研究開発成果に着目して、CO2フリーNH3は、世界の石炭火力発電を含む発電用途向けの有望なCO2フリー燃料となることが記述されています。このレポートの概要については、このサイトの別の解説記事、IEAの水素レポート“The Future of Hydrogen”」(2019年7月24日掲載)をご参照ください。
注2)
“Ammonia: zero-carbon fertilizer, fuel and energy store,” The Royal Society, February 2020.
注3)
“Ammonia producers dominate hydrogen pilot projects in Australia,” Rystad Energy newsletter, April 2020.
注4)
「新国政資源戦略」、経済産業省、2020年3月
注5)
個人的な感想になりますが、こうした状況を見ていると、NH3のCO2フリー燃料としての有用性についての理解の広まりは、SIP「エネルギーキャリア」が始まった2014年の頃と比べると隔世の感があります。
注6)
https://greenammonia.org/ を参照。
注7)
2017年12月、再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議決定
注8)
2019年6月、閣議決定。この「統合イノベーション戦略」では、2030年までに300万トンのCO2フリーNH3を導入することが目標として掲げられています。
注9)
連載第7回の4(5)を参照してください。
注10)
連載第7回の4(4)を参照してください。
注11)
連載第7回の4(4)で引用した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」(2019年3月)の記述を参照してください。
注12)
発電効率40%、年間稼働率80%程度と想定。なお、50万kWの石炭火力発電ボイラー一基でCO2フリーNH3を20%混焼する場合、その必要量は、一日当たりでは約50トン、年間で約13,000トンとなります。
注13)
「CCS/EOR技術を軸としたCO2フリーアンモニアの事業性評価」、(一財)日本エネルギー経済研究所、2019年1月。併せて、連載第5回の2を参照してください。
注14)
基本的には、燃料燃焼バーナーの改造で良いと言われています。
注15)
なお、バリューチェーンの構築に要する初期投資額が大きくなるのは、水素エネルギー全般に共通する問題です。水素エネルギーは、化石エネルギー(炭化水素系のエネルギー)に比べて、その本来的性質として、体積当たりの含有エネルギー量が小さいために、整備が必要となるバリューチェーンの規模が大きくなるからです。その中でNH3は、体積エネルギー密度がもっとも大きく、また、既存の輸送・貯蔵インフラが利用できることから、バリューチェーン構築に必要となる投資額は他と比べて小さくてすみます。