MENUMENU

CO2フリー燃料、水素エネルギーキャリアとしてのアンモニアの可能性(その7)

-SIP「エネルギーキャリア」の成果-


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター


印刷用ページ

4.CO2フリーアンモニアのコスト(つづき)

 前回の記事で、CO2フリーNH3のコストは、既に現時点でも「水素基本戦略」が掲げる「将来」のプラント引き渡しベースの水素コスト目標の20円/Nm3-H2をほぼ実現できる可能性が十分にあることをご説明しました。ここでは、それが意味することについて考えてみましょう。

(4) 現時点で将来の水素コスト目標を実現できる可能性があることの意味

 「水素基本戦略」に掲げる水素コストの将来目標について2019年3月の「水素・燃料電池戦略ロードマップ」(水素・燃料電池戦略協議会)は、次のように説明しています:

 「IEAのWorld Energy Outlook 2018では日本における2040年のLNG価格は10 $/MMBtu 程度(CIF価格)と予測されている。これらを踏まえ、従来エネルギーと同等のコスト競争力を実現するために目指すべきコスト水準としては、LNG価格 10 $/MMBtu (CIF価格)を熱量等価で水素価格に換算した 13.3 円/Nm3 に環境価値を考慮した水準が目安となる。また、環境価値については、さまざまな試算があるが、2040年の東アジアのCO2価格は World Energy Outlook 2018 の「新政策シナリオ」を踏まえると 44$/t-CO2 となる。
 こうしたことから、水素エネルギーの本格的な社会実装に向けては、 20円/Nm3 という将来目標を目指すとともに、環境価値を含めて既存のエネルギーと遜色ない水準まで一層深掘りしていく必要がある。」

 つまり、水素が燃料として競争力を持つためには、LNGを燃料として用いる際のコストを下回ることが必要だが、LNGを燃料として用いるコストは、2040年時点のLNGの予想価格(10 $/MMBtu)に環境価値(CO2排出コスト:CO2排出1トン当たり$44)を加算したコストとなることが予想されるので、このコストを水素が下回るためには、水素価格は20円/Nm3-H2以下に低減することが必要ということです。
 しかし、現時点でCO2フリーNH3のコストが、「将来」の水素コスト目標である20円/Nm3-H2を実現できたとしても、現時点でCO2の環境価値はコストの形で具現化していませんし、LNG価格も安価なレベルにあるので、LNGに対するコスト競争力は劣り、市場原理に任せていてはその導入が進まないことになります。
 CO2フリーNH3には既存のインフラ技術が利用可能という大きな利点がありますが、その供給体制の構築や設備機器の増設等にはどうしたって一定の時間を要します。それらに要する時間を考慮すると2050年に向けて、もうそれほど時間がある訳ではありません。将来の環境価値を含むLNGコストの予測に基づきつつ、「水素基本戦略」の目標を早期に実現するためには、上記の現在CO2フリーNH3がおかれている状況に即した政策的支援注1) の検討と具体化が強く望まれるところです(【図1】を参照)。
(なお、上述の「水素・燃料電池戦略ロードマップ」の記述から、私は「将来」とは2040年を指すと解釈していたのですが、資源エネルギー庁は最近、「将来」の時点を2050年と説明しており、連載第6回の注2に記した「ここでの『将来』とは2040年頃を指すものと考えられる」との記述は正しくないことが分かったので、ここにお詫びして、訂正させていただきます。)


【図1】CO2フリーNH3のLNGに対する価格競争力の変化と必要な政策支援

 ところで、ここで、「水素・燃料電池戦略ロードマップ」で議論されている「CO2の環境価値」は、かなり控えめな水準の予想であることに留意する必要があります。「CO2の環境価値」とは、政府の報告書らしい、熟慮の末に工夫された用語だと思いますが、これはCO2排出がもたらす環境負荷コスト、逆に言えばCO2排出のコストを明示化する”Carbon pricing”に当たるものでしょう。Carbon pricingの水準については、様々な提言が行われていますが、2050年頃には100 $/t-CO2程度の水準を考えておく必要があると言っても、今ではだれも驚かないと思います(その実際的な導入方策があるのか、あっても現実的に導入可能かどうかは不明ですが・・・)。例えば、Carbon pricingの導入を推奨する国や国際機関、企業等の連携の枠組みで、ノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学スティグリッツ教授が議長を務めるHigh-Level Commission on Carbon Pricesは、2017年にパリ協定の目標達成に向けた炭素価格の役割についての報告をとりまとめましたが、その中で「パリ協定の気温目標に一致する明示的な炭素価格の水準は、2020年までに少なくとも40~80 $/t-CO2、2030年までに50~100 $/t-CO2」となるとの提言を行っています。また、国内でも(公財)地球環境産業技術研究機構(RITE)が、2030年度の日本のGHG排出削減目標(2013年度比▲26%)を達成するためのエネルギー起源のCO2の限界排出削減コストは260 $/ton-CO2に上るという分析結果注2) を発表しています。いずれも2050年ではなく、2030年の数字としてそのコスト水準が語られていることに注意が必要です。

(5) CO2フリーアンモニアの市場の特徴

 実際のCO2フリーNH3の取引価格は、もちろん関係する事業者間の交渉で決まることになりますが、ここで、価格形成に影響すると考えられる、CO2フリーNH3市場の特徴を見ておきましょう。
 「水素基本戦略」からも分かるように、本格的な水素エネルギーの利用は、発電分野で始まると考えられます。そしてCO2フリーNH3は、利用技術の成熟度、CO2排出削減の喫緊性等から、日本では、まず既存の石炭火力発電所において、石炭との混焼用燃料として導入が始まるでしょう。それで日本のCO2フリーNH3のユーザーは、当面は電力事業者ということになります。他方、CO2フリーNH3の供給者は、基本的には海外で天然ガス権益とCCS/EOR可能なサイトを保有する事業者、または、大規模な再エネ発電設備を持つ事業者となるでしょう。
 この市場では、資源を保有する供給者の力も大きいですが、発電用燃料の取引きでは、大量の燃料の長期、安定的な取引きが指向されることから、購入者側も、長期大量購入を行うという交渉上のレバレッジを持っています。また、先に述べたように、CO2フリーNH3の原価コストの透明性は高く、容易に推計できるという交渉材料もあります。加えて、大量供給可能な供給ソースは限られるものの、CO2フリーNH3の供給ソース、供給技術に関する選択肢も複数存在します。こうしたことから、CO2フリーNH3の市場は、競争的でありながらも、原料価格水準を反映した、長期、安定的な取引価格をベースとした市場となるものと考えられます。
 ところで、現在、肥料原料として年間約2,000万トンにのぼる国際間取引が行われているNH3には、主に肥料需要の季節的要因、天候、原料価格等によって変動する国際市況があり、取引価格はそれをベースとして決まっています。しかし、CO2フリーNH3に関しては、(物質としてはNH3とまったく同じ物質ですが)いったん発電燃料としての使用が始まるとその市場規模は肥料原料よりも圧倒的大きくなることや、上述のような市場の特徴によって、CO2フリーNH3の市場は従来のNH3とは別に形成されると考えられます。ただ、脱炭素化の波は肥料用途向けのNH3にも及び始めていて、世界最大のNH3、肥料メーカーであるYARA注3) は、それらの脱炭素化を今後の大きな取り組み課題としていることから、NH3の市場は中長期的にはCO2フリーNH3の市場に収れん・吸収されていくのではないかと考えられます。
 また、この市場では大量で安定的な取引きが指向されることから、LNGのケースで見られたように、需要家側において天然ガス田権益の確保、大規模再エネ発電設備の保有等、原料資源の確保を図る動きが出てくる可能性もあると思います。
 なお、コストの話からは離れますが、取引きされるCO2フリーNH3は、物質としては従来のNH3と同じなので、CO2フリーのNH3とそうでないNH3を区別して取り扱う必要性が生じます。ですからCO2フリーNH3の市場の整備に当たっては、CO2フリーであることを保証するための何らかの国際的な仕組みが必要となるでしょう。

5.CO2フリーアンモニアはライフサイクル全体で脱炭素化に寄与するか?

 コストについての議論が長くなってしまいましたが、ここからは、連載の第5回で「エネルギー脱炭素化技術が社会実装されるための要件」の最後の要件、「バリューチェーン全体の脱炭素化に寄与するもの」との関係でCO2フリーNH3はどのように評価されるか見てみましょう。


【図2】CO2フリーNH3のライフサイクルCO2排出量

 【図2】は、UAE(アラブ首長国連邦)の天然ガスとCCSでCO2フリーNH3を製造し、日本の火力発電所まで輸送し、発電燃料として燃焼、排気されるまでのバリューチェーン全体でのCO2排出量(CO2フリーNH3のライフサイクルCO2排出量)について、バリューチェーンを構成する個々の技術やプロセスの排出インベントリをもとに推計した調査研究注4) の結果です。
 図の左側は、ガスタービン発電のライフサイクルCO2排出量に係る分析で、LNGを燃料とする(通常の)ガスタービン発電(LNG専焼発電)では、1kWh発電する際にLNGのバリューチェーン全体で432 gのCO2が排出(432 g-CO2/kWh)されることが示されています。一方、ガスタービン発電をCO2フリーNH3の専焼で行った場合は、それが96 g-CO2/kWh、LNGに20%CO2フリーNH3を混焼した場合では368 g-CO2/kWhになると推計されています。CO2フリーNH3の専焼でCO2排出量がゼロにならない、あるいは、20%減の346 g-CO2/kWhにならないのは、発電以外の部分で、CO2フリーNH3の輸送、製造や燃料投入の際に必要となるエネルギーの消費に伴って排出されるCO2があるからですが、この分析結果から明らかなようにCO2フリーNH3の利用によるCO2排出削減効果は、そのバリューチェーン全体で見ても明らかに表れています(同様の結果は、図の右側の石炭火力発電の場合でも同様です。ただし、石炭火力発電では、NH3専焼というケースはありません)。
 上述のライフサイクル分析(LCA分析)では、以下に述べる理由で数値の詳細に着目してもあまり意味はないのですが、そういった限界を考慮しても、CO2フリーNH3は、バリューチェーン全体の脱炭素化に寄与するものであると評価できるでしょう。
 なお、LCA分析については、特に将来の技術に関する見方について改良の余地があると言われています。具体的な例を記すと、この調査研究では、ここに挙げた外にUAEで太陽光発電による電解水素を原料として製造したCO2フリーNH3のライフサイクルCO2排出量も推計しているのですが、それによるとガスタービン発電でそのCO2フリーNH3を20%混焼した場合のCO2排出量は412 g-CO2/kWh、石炭火力発電でそのCO2フリーNH3を20%混焼した場合のCO2排出量は846 g-CO2/kWh と、先のケース(天然ガス+CCSからのCO2フリーNH3を使用した場合)よりも、かなり大きな値となっています。この原因としては、再エネ(太陽光)水素製造に用いられる太陽光パネル、電解設備の製造、そしてそれらの建設・設置にともなって生ずるCO2の排出量等が影響していると考えられます(その推計に当たっては、既存の設備・技術のCO2の排出インベントリを用いて算出しています)。しかし、この方法論については、IEAの専門家等からは異論が呈されています。その理由は、これらの設備については、今後、技術進歩によって大幅なコストダウンが起きると予測されているが、そのコストダウンはこれらの技術のコストダウン、すなわち、設備機器製造や建設・設置に係る技術革新と合理化によってもたらされるものなので、それにもかかわらず、既存技術の排出インベントリの数値を使って排出量を推計することは不適当と考えられるという理由からです。

6.CO2フリーNH3の社会実装の可能性とその意義(まとめ)

 ここまで連載5~7の3回に渡り、CO2フリーNH3のCO2フリー燃料、水素キャリアとしての社会実装の可能性とその意義について、次の4つの要件、すなわち、CO2フリーNH3

エネルギーシステムの脱炭素化に量的に意義あるインパクトをもたらすものであること、
10~20年程度のうちに社会実装することができるような成熟度をもつものであること、
社会実装される際のコストが、現実的に社会が負担し得るレベルのものであること、そして
適用される新たなエネルギーシステムにおいて、エネルギーの採取から使用、廃棄に至るバリューチェーン全体の脱炭素化に寄与するものであること。

に照らして評価をしてきました。

 以上に述べてきた分析と評価から、CO2フリーNH3はこれらの要件を満たし、日本が今後、脱炭素社会を構築していく中で、きわめて重要な役割を果たし得るものであることがお分かりいただけたのではないかと思います。

 次回からは、こうしたCO2フリーNH3のバリューチェーンの構築に向けた内外の動向と、それを早期に実現するための政策課題等について考えていきたいと思います。

注1)
例えば、その政策的支援策の考え方として、以下のようなものが考えられます: 将来予想されるCO2排出コスト(44$/t-CO2)に、その時々のLNGの現状価格と将来予想価格(10$/MMBtu)の差分を加えた額の経済的支援をCO2フリーNH3に付与するなどの施策。実際には、こうした経済的支援措置により、CO2フリーNH3の導入がいったん始まるとその利用拡大によってコストが下がり、こうした経済的措置がなくとも導入が自律的に進んでいくことが考えられます。
注2)
佐野 史典、秋元 圭吾、本間 隆嗣、徳重 功子、”日本の2030年温室効果ガス排出削減目標の評価” エネルギー・資源学会論文誌 Vol.37, No.1, 2016, p. 51-60.
注3)
YARA:YARA International ASA、ノルウェーに本社のある会社。
注4)
Akito Ozawa, Yuki Kudoh, Naomi Kitagawa, Ryoji Muramatsu: “Life Cycle CO2 emissions from power generation using hydrogen energy carriers”, International Journal of Hydrogen Energy, 44(2019) 11219-11232