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「自動車新時代戦略」から考える、気候変動問題に対するわが国の貢献


国際環境経済研究所理事・主席研究員


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(「環境管理」からの転載:2018年10月号)

 前回、パリ協定の下に各国が提出している長期戦略を概観し、気候変動に対して各国がどのように貢献しようとしているのかについて述べた。各国の長期戦略にはいくつかの共通項が見い出せたが、運輸部門からの排出削減の重要性について触れていることもその一つだ。それも当然で、化石燃料の燃焼に伴うCO2排出量の1/4は運輸部門が占める注1)。わが国でもCO2排出量の約18%を自動車・船舶等の運輸部門が占めており注2)、これまで以上の排出削減が求められている。
 しかし、ドイツの長期戦略に書かれている通り、「移動は人間の根源的な欲求」であると同時に、グローバル化が進んだ現代社会においてはその必要性はより一層高まっている。運輸部門からの排出を削減するためにはどのような対策があり得るのだろうか。
 選択肢は多様であろうが、その一つとして政府が先日中間とりまとめを発表した「自動車新時代戦略中間整理」注3)を材料に、わが国の貢献のあり方について考える機会としたい。

大幅なCO2削減のカギは電化

 明確に「目標」として位置付けているかどうかは別として、各国が長期戦略の中で言及している2050年の削減水準は、米国が2005年比で80%またはそれ以上、ドイツが1990年比で80~95%、英国が1990年比80%、フランスが1990年比75%、カナダが2005年比80%、墨が2000年比40~70%となっており、わが国の80%削減(地球温暖化対策基本計画のなかでは、基準年について言及なし)も含めて、非連続で大幅な削減が必要とされている。
 しかし、こうした大幅な削減に向けた技術的オプションはそれほどない。唯一ともいえる手段が、つくり方次第ではCO2を出さずにエネルギーを手に入れることができる「二次エネルギー」の活用だ。電気あるいは水素といった二次エネルギーは、再生可能エネルギーや原子力、化石燃料を使うときにはCCS(Carbon Capture and Storage)を併設するなど、つくり方によってはゼロエミッションのエネルギーだ。なお、電気も水素もその意味で期待できるエネルギーであるが、水素は運ぶインフラがまだないので、電化が先行する。IEAのWorld Energy Outlook 2017年版でも、エネルギー供給はこれから電化に向かうこと、冷房や電気自動車、デジタル化がこの流れに拍車をかけるであろうことが記載されているし、ドイツやアメリカなど各国が、今後の低炭素化に向けてセクターをまたいだ電化の重要性を掲げている理由はここにある。今後わが国でも、需要側の徹底した電化と、電源の低炭素化の「掛け算」が進展することとなるだろう。これは昨年9月に上梓した『エネルギー産業の2050年 Utillity3.0へのゲームチェンジ』(竹内、伊藤、岡本、戸田。日本経済新聞出版社)で主張した通りであり、本書では2050年におけるわが国のエネルギーを見通すにあたり、車についてはすべてEV化すること、給湯はヒートポンプ式給湯器にすべて置き換えることなどドラスティックな需要の電化を進めると、最終エネルギー需要は半減し電力需要は逆に25%程度増加すると見込んだ。このときの電源構成として、55%を再生可能エネルギー、10%を原子力、残りの35%を火力発電とすれば、72%のCO2が削減になるとの試算結果となった(図1)。

図1/最終エネルギー消費と電力消費、CO2排出量の見通し(出典:『エネルギー産業の2050年Utility3.0へのゲームチェンジ』(日本経済新聞出版社))”

図1/最終エネルギー消費と電力消費、CO2排出量の見通し
(出典:『エネルギー産業の2050年Utility3.0へのゲームチェンジ』(日本経済新聞出版社))

 これだけ大量の再生可能エネルギーを導入するには、蓄電技術の導入が不可避となる。しかし、電気を貯めるしか能力のない蓄電池を導入するのは、コスト負担に比してメリットが薄い。そこで、単に電気を貯めるだけではなく、「移動の価値」も提供することができるEV車のバッテリーの一部を、充放電を電力システム安定のためにコントロールできれば、再エネの大量導入に伴う安定化コストが大幅に改善すると期待される。本書の試算では、2050年時点で全国に4,000万台の自動車が走っており、そのすべてがEVであること、そのうち20%について充放電を電力供給のためにコントロールできれば、再生可能エネルギーの出力抑制はほとんど回避できると考えた。ラフな計算ではあるが、方向性としてはわが国の長期戦略の下地になるものと自負している。

各国が進める自動車の低炭素化

 電化は多様な部門、機器において進むが、既にその動きが明確になってきているのが自動車だろう。昨年7月初旬にフランス政府が2040年までに国内のガソリン車とディーゼル車の販売を禁止する方針を明らかにしたのに続き、同月末にはイギリス政府も同様に、2040年までに石油を燃料とするガソリン車とディーゼル車の販売を禁止すると発表した。こうした流れは欧州だけのものではない。いまやドイツを抜いて世界第4位の自動車大国となったインドも、英仏に先んじて、2030年までに販売する車をすべてEVにすることを打ち出していたし(ただしその後撤回されている)、中国も手厚い補助金やナンバー発行の優遇措置等によりEVやPHVの導入を進めている。
 各国が急速に従来型のガソリン・ディーゼル車の禁止を打ち出したのは、悪化する大気汚染や、欧州について言えば2015年に発覚したVolkeswagen排出ガス規制不正問題に端を発するディーゼル乗用車への信頼低下がきっかけではあろう。しかし、世界全体の化石燃料の燃焼に伴うCO2排出量の1/4は運輸部門が占める現状を鑑み(IEA CO2 Emissions from Fuel Combustion Highlights 2017)、運輸部門の低炭素化の要請も強まっており、こうしたトレンドが相まって、自動車産業の構造変化が近づきつつある。
 こうした中で本年8月に中間整理が発表されたわが国の「自動車新時代戦略」は、自国内で販売する自動車を規制するにとどまらず、日本が世界に供給する自動車1台あたりの温室効果ガス8割削減(乗用車については9割削減)という目標を掲げた。この目標は実質的には、乗用車の電動車率を100%とすることを意味する。
 世界で走る自動車の約3割は日本メーカーのブランドである。インドやASEAN諸国では5割以上のシェアを誇る。わが国の基幹産業の大きな方向転換であるとともに、世界の温暖化対策に大きな影響を与える施策であるとして、内外から大きな注目を集めた。

自動車新時代戦略の意義

 前述した通り、各国の乗用車CO2規制は大きく変貌しつつある。規制への対応も含めて、「市場で何が求められるのか」を判断することは、本来、民間企業の経営に委ねられるべき話であろうが、自動車インフラを根底から変えていくには、バッテリー技術開発やその製造に必要な希少資源の調達、充電インフラ普及やリユース制度の構築など様々な点で官民が一体となって取り組むことが必要だ。同戦略を議論する委員会を経済産業大臣が主催し、トヨタ自動車や日産自動車、本田技研工業、マツダなど各社のトップも参加した上で、新たな方向性が示されたことには大いに期待したい。
 さらに、基幹産業の方針転換を通じて、世界の低炭素化に貢献するというコンセプトにも期待が持てる。自国内の排出削減に拘泥すると、産業のリーケージをもたらすだけで、世界の低炭素化は進まないという事態が起こりやすい注4)ことはこれまでも再三指摘してきた通りだ。低炭素化に貢献する製品を供給することで、世界の低炭素化に貢献するという視点は、製造業を強みとする日本ならではの戦略であり、各国からの期待も高い。
 来年6月には大阪でG20が開催される。2020年にパリ協定がスタートする直前でもあり、ホスト国としてわが国が世界の低炭素化にどう貢献するか、そのメッセージは会議の成否にも関わるところである。自動車の脱炭素化を日本の「キラーコンテンツ」として、わが国の長期戦略が示されることを期待したい。
 なお、報道では乗用車の電動化達成目標が注目を集めたが、筆者が考えるこの中間整理の最大のポイントは「Well-to-Wheel」の考え方を掲げたことである。自動車のCO2規制の対象範囲については、エネルギー製造時(Well-to-Tank)から使用時(Tank-to-Wheel)までをあわせた(Well-to-Wheel)を対象とするケースと、使用時(tank-to-Wheel)のみを対象とするケースがある。自動車産業の規制としては、エネルギーの低炭素化まで視野に入れるのは難しい。メーカー側の視点に立てば、「つくる自動車には責任を持てても、売った自動車がどんな電気で走るかまでは責任を持てない」というところであろう。そのため、例えば欧州や中国は、使用時のCO2排出量のみを規制対象としている。しかし、電気自動車は使用時の排出量はゼロだが、充電する電気の電源構成によっては、排出量の削減にほどんど寄与しないどころか、むしろネット増になってしまうこともある。皮肉なことに、EVを積極的に推進する中国でも、まだ石炭火力比率が高いため、EVよりもHVのほうがCO2削減に資するのだ。目的が低炭素化であるならば、「需要側の電化と電源の低炭素化」を車の両輪として進めなければ意味がないのであり、困難は承知として、「Well-to-Wheel」を前面に掲げたことは評価すべきだろう。

図2/“Well-to-Wheel”での各種自動車の CO2排出量の評価(出典:IEA「World energy balance 2017」、エネルギー・経済統計要覧2017 等をもとに試算)(出所:自動車新時代戦略 中間整理)”

図2/“Well-to-Wheel”での各種自動車の CO2排出量の評価
(出典:IEA「World energy balance 2017」、エネルギー・経済統計要覧2017 等をもとに試算)
(出所:自動車新時代戦略 中間整理)

今後の課題

 「自動車新時代戦略」は戦略と呼ぶには総花的な内容になっているとの批判もある。また、前項で「困難を承知として」と表現した通り、電動車率100%は、Well-to-Wheelでのゼロエミッション化へのチャレンジのまさに第一歩だ。2050年に向けた脱炭素化は運輸部門だけで達成可能なものではなく、車の使い方のイノベーション、エネルギーの低炭素化とあわせた3本柱が必要である。「Well-to-Wheel」は運輸部門の変革ではなく、社会変革なのだ。この中間整理を、自動車新時代の戦略として高めていくために今後議論すべきことについて、3点述べたい。

(1)消費者目線に立った社会変革の起点を
 社会変革はつくり手の側から起こせるものではない。利便性や経済性などにおいて消費者がメリットを実感し、それを生活に取り入れることで初めて社会全体が動いていくこととなる。「安い」、「便利」、「楽しい・楽」といった消費者の実感が社会を変えるのであり、単に「排出するCO2が少ない」では、残念ながら消費者を動かすに十分とはいい難い。
 その観点からすれば、今回の中間とりまとめは「つくり手側の理論」に留まっている。次のステップとしての「消費者目線」で、今後自動運転等を含む交通サービス全体、場合によっては都市計画にも踏み込んだ議論に繋げていくことが肝要であろう。

(2)大きな社会課題の解決に向けての政府の役割
 (1)で述べたような社会変革は、単一の技術やサービス、例えば、狭義の自動運転の技術やコネクテッド・サービスによって引き起こされるものではない。そうした技術やサービスの導入をきっかけに、エネルギーなど関連するインフラや技術が徐々に整い、それに伴って変革に対する社会的受容性が拡大し、広義の自動運転技術やコネクテッド・サービスが開発され、さらにそれを受け入れる社会になっていくのではないか。変革へのスパイラルを途切れさせないことが重要であり、それには、業界をまたいだイノベーションの創出や新たなサービスの提供を可能にする、柔軟な規制の在り方が必要だ。
 エネルギー業界が典型だが、安定供給や安全性、消費者保護の観点から「規制の塊」となっており、現在の電気事業法や計量法は、分散エネルギー資源を起点としたビジネスに十分対応できていない。例えば10年に一度すべての計器が検定を受けることや、売り手と買い手の面前で計測結果が提示できる面前計量を義務付ける計量法は、今後政府が実現を目指しているSociety5.0の足かせとなる懸念がある。従来の規制にも意味があるので、一概に緩和するべきだと主張するわけではない。しかし社会が新たな変革をより必要としているのであれば、新たなフィロソフィーの下での規制活動が求められる。特にわが国では、新たな技術で何か事故や失敗があれば、「羹(あつもの)に懲りてなますを吹く」になりがちであるため、「一歩進んで二歩下がる」にならないために、初期の段階で目指す社会像を共有し、そのもとで規制のあり方を模索していくべきであろう。

(3)エネルギー政策についての国際協調
 Well-to-Wheelの考え方を前面に掲げたことは評価すべきであるが、それでは、世界のエネルギーの低炭素化にわが国としてどう貢献していくのか。そのカギが、蓄電池の技術開発にあることは間違いないだろう。電動車はモジュール化の典型といわれるが、蓄電池自体は多くのすり合わせを必要とする。日本の強みが活きる分野でもあり、蓄電池技術開発、そして、リユースなど社会システムも含めて、協調領域としてこの開発に取り組むことが求められる。今後、再生可能エネルギーから供給される電力は急増する。この変動を運輸部門が率先して利活用していくことで、エネルギーのゼロエミッション化がけん引されることとなる。蓄電池を「日本の次世代の米」として、基幹事業に育てていくことが必要だろう。

注1)
IEA CO2 Emissions from Fuel Combustion Highlights 2017
注2)
国土交通省ホームページ 運輸部門における二酸化炭素排出量
http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html
注3)
自動車新時代戦略会議中間整理平成30年8月31日
http://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/jidosha_shinjidai/pdf/20180831_01.pdf
注4)
公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)の資料によれば、通常その国の「排出量」としてカウントされる「生産ベースCO2(化石燃料を燃焼した国でCO2を計測)」だけでなく、輸入製品が製造される段階で発生したCO2も差し引きする「消費ベースCO2」を考慮すると、実はEUはCO2排出削減に成功してきていないと指摘されている。「気候変動リスクマネージメント戦略の視点を軸としたALPSIIのまとめ」スライド20
http://www.rite.or.jp/system/research/alps2/data/ALPS2_outline.pdf


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