循環経済政策と競争政策は調和するか(2)


東海大学副学長・政治経済学部教授

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はじめに

 本小論の前編では公正取引委員会(2023)を取り上げ、使用済みペットボトルリサイクルについて、容リ協ルートと独自処理ルートの競合問題を検討した。静脈市場においても市場競争が重要な要素であることは言を俟たない。しかし、動脈市場とは性質が全く異なる静脈市場、とりわけ情報の非対称性が支配し、EPR(拡大生産者責任)の効果的な履行が決定的に重要な市場において競争政策を適用する場合には慎重にも慎重な考察と検討を要する。もし使用済みペットボトルリサイクルに単純に競争原理を適用したら、健全なリサイクルフローが阻害され、不適正処理・不法投棄・不適正輸出が起きる可能性があるからである。この点、公正取引委員会(2023)における容リ協への独禁法適用の可能性の示唆は、国民の経済厚生あるいは資源配分の効率性の観点から「木を見て森を見ず」の印象が払拭できない。容器包装リサイクル法の全体的整合性を見極めた上で、より説得的な論理展開をする事が望ましい(中村2024)。
 さて本稿では、公正取引委員会(2023)に加え、公正取引委員会(2010)および吉川・渡邊・中山・梶(2024)を批判的検討の対象として取り上げ、静脈市場における使用済製品・部品・素材の価格決定(あるいは処理・リサイクル料金の決定)という重要な問題について議論する。ここでも静脈市場における競争の質の問題が大きなテーマとなる。

随意契約よりも競争入札の方がなぜ優れているのか

 静脈市場で問題となるのがどのような取引きの下で、どのような価格決定がなされるべきかということである。情報の非対称性の支配する静脈市場では、必ずしも無制約な競争が効率的な資源配分をもたらすとは限らない(細田1999、2008、2015)。であるから、使用済ペットボトルリサイクルの独自処理ルートについても、一般競争入札と随意契約を比較して前者が必ず望ましいとは簡単には言えないはずだ。ところが公正取引委員会(2023)を読むと、経済理論的な根拠を明確な形で示すことなく、随意契約よりも競争入札の方が優れていると主張していると見られても仕方のない表現が散見される。
 たとえば、同報告書45ページに

そして、一般的に、随意契約ではなく一般競争入札等によれば、競争がより一層機能することが期待されるため、より効率的な委託先事業者とより有利な条件で契約することができると考えられる。したがって、随意契約ではなく一般競争入札等によることが適切ではないかという観点から、市町村においては、契約方式についての不断の検討を行うことが望ましい。

とある。この主張を正当化するつもりなのだろう、吉川・渡邊・中山・梶(2024)は、

随意契約ではなく一般競争入札等によれば、競争がより一層機能することが期待されるため、より効率的な再商品化事業者とより有利な条件で契約する事ができると考えられる。上述したとおり、経済分析の結果でも、契約方式が一般競争入札の場合には引渡価格が高くなる傾向が認められた。したがって、随意契約ではなく一般競争入札等によることが適切ではないかという観点から、契約方式についての不断の検討を行うことが望ましいとした。

と主張する。だが、現状の使用済みペットボトルの取引きにおいて情報の非対称性が支配し、良質なB2Bリサイクルを実現できる事業者の数が限られていることを考慮すると、以上のような競争条件が無前提で成立するとは到底思えない。
 そもそも、公取がどのような理論解析モデルを前提に論理を展開しているのか全く不明なのである。ここで留意したいのが、通常の部分均衡競争モデルや一般均衡モデルはここでは妥当しないということである。なぜか。まず、独自処理ルートにおいて使用済みペットボトルの供給者は市町村という独占体であり、しかも市町村は利潤最大化主体ではない。またB2Bリサイクルを実現できる事業者も寡占状態にある。いわば経済学で言うゲーム論的な状況が支配する可能性が高く、経済主体は戦略的行動を取るはずである。であるとしたら、通常の競争モデルは成立ち得ない。
 そのような状況では、一般競争入札価格が最適価格になる保証はどこにもない。仮に理論解析モデルがあれば、定性的に最適資源配分(パレート最適資源配分)状態とそれを支持する価格(最適価格)を導き出すことができる。そして、戦略的行動が支配する経済では、[一般競争入札価格]≠[最適価格]≠[随意契約価格]という不等号が成立するはずだ。初めの2つの項が等号で結ばれる可能性は極めて小さい注1) 。そこでもし、[一般競争入札価格]>[最適価格]>[随意契約価格]となった場合、なぜ「契約方式が一般競争入札の場合には引渡価格が高くなる」ことをもって「望ましい」とするのか筆者には理解できない。公取は以上の不等号が成立せず、加えて一般競争入札の方が望ましい(経済厚生が高まるあるいは資源配分の効率性が向上する)ということの経済理論的根拠を示す必要がある。
 ここで、公正取引委員会(2023)の最後にある実証モデルはその論拠とならないことに注意が必要である。本来計量経済モデルは、ベースとなる理論解析モデルを示しつつ、そのモデルの妥当性を統計学的に確かめるための手法である。理論モデルに基づかずに説明変数と非説明変数を選んで実証分析すること自体は決して意味のないことではなく、否定されるべきでもない。もちろんそのような実証結果にも一定の意味を見いだせることは疑いない。だが、理論モデルを欠いた実証モデルの場合、結果の解釈と経済的意義・評価をする場合には十分なる注意が必要であり、恣意的な解釈や評価は禁物である。とりわけ、経済厚生の大小、資源配分の効率性の比較を論じる場合、参照となるのは通常理論解析モデルである注2) 。通常の動脈市場において独占・寡占や優越的地位の乱用がもたらす経済厚生の損失、あるいは資源配分の効率性の歪みを論じることができるのも、確立された健全な経済理論モデルが根底にあるからである。
 もし仮に、以上のような戦略的な取引き構造ではなく、資源配分の効率性の観点から動脈市場でよく見られるような競争を促すべきだというのが公取の主張のポイントだとしてもその論理展開には無理がある。静脈市場の場合、多様な経済主体の市場参入を促した場合、インフォーマルな事業者が競争に参入する可能性が大きいからである。それを排除するために多大なる取引き費用が発生する。一体どのような施策によってインフォーマルな主体を排除し、そこで生じる取引き費用やシステムの管理運営費用は誰がどのように負担するのであろうか。ここでもより説得的な説明が求められる。
 尚、以上のような問題を極力抑え、堅固な制度的インフラストラクチャーのもと、健全な競争を担保しながら使用済みペットボトルの効率的なリサイクルを実現しようと意図したのが容リ協ルートによるリサイクルなのである。公取の主張はまさに容リ協ルートのリサイクルを支持することになっていることを指摘したい。「随意契約より一般競争入札を」という公取の主張に整合性を持たせるためには、第2の容リ協を作ってそこで「独自処理ルート」の競争的リサイクルをするということにもなりかねない注3) 。この点、使用済みペットボトルのリサイクルシステム全体を見渡した上での、より丁寧な説明責任が果たされてしかるべきである。

もう一つの問題

 静脈市場における価格決定について公取の主張にもう一つの問題がある。公正取引委員会(2010)「(2)価格に関する行政指導」に公正な取引を阻害するものとして次のような点を挙げている。

[2] 価格が低下している状況等において、安値販売、安値受注又は価格の引下げの自粛を指導すること。
 このような行政指導により、事業者が共同して、又は事業者団体が、価格の維持又は引上げを決定することになるおそれがある。

 動脈市場に慣れ親しんだものにとっては何気ない当たり前の文章だが、静脈市場に精通したものにとっては驚きを禁じ得ない文章である。なぜなら、インフォーマルな事業者を含めて多様な主体が参入する可能性のある静脈市場では、このような安値競争、価格切り下げ競争こそが不適正処理・不法投棄・不適正輸出の温床となるからであり、まさに資源の高度な循環利用の経済すなわち循環経済の妨げとなっているからである。静脈市場において不適正処理・不法投棄・不適正輸出の温床を是認するともとれるのが上記の引用文であり、筆者にとって非常に不可解である。
 こう書くと次のような弁解があるかもしれない。上記の文章はおもに通常の動脈市場を想定したものであり、静脈市場を想定したものではない。また、仮に静脈市場を想定した場合でも、価格切り下げ競争は望ましくないが、それを行政指導によって取り締まるべきではない、という弁解である。
 しかしそのような弁解を受け入れることは難しい。なぜなら、公正取引委員会(2010)は公正取引委員会(2023)で引用されており、とするなら、以上の引用文は静脈市場についても妥当するものとして捉えられるべきだからである。もしそうでないのなら、上記の文章は静脈市場には妥当しない旨明記すべきであろう。
 価格切り下げ競争に対する行政指導の点についてであるが、静脈市場において不適正処理・不法投棄・不適正輸出を除去するのに「価格に関する行政指導」は望ましくないが、その他の手法なら許されるとも解すことも可能かもしれない。だが、実際どのような手法をもって不適正処理・不法投棄・不適正輸出の温床となっている安値販売、価格切り下げ競争を防ぐのかが静脈市場の根本問題なのであり、深刻な政策課題として問われているのだ。この問題から目をそらして安値取引を是認するかのごとき主張は「グリーンな社会の実現を後押し」する事には絶対にならない。
 ココイチの冷凍カツ不法転売事件も、青森・岩手県境の大量不法投棄事件も、そして大量の廃プラスチックがアフリカ諸国に流出している事態も、その主要原因の一つが安値取引なのであることを忘れてはならない。このような状況を「競争政策的観点」から公取はどのように考えるのか、明確な説明責任を負うように思われる。

小括

 静脈市場においては、動脈市場のような健全な競争は成り立ちにくい。情報の非対称性の支配する市場では「悪貨が良貨を駆逐する」という、いわゆる逆選択の問題が起き、フォーマルな事業者がインフォーマルな事業者に駆逐される恐れがあるからである(細田1999、2015)。インフォーマルな事業者を排除する仕組みを作れば良いという声も聞こえそうだが、そのような制度を作るには相当の制度構築費用と管理運営費用がかかる注4) 。使用済みペットボトルのリサイクルについて言えば、まさに、インフォーマルな事業者を排除しながら競争のメリットを活かそうしたシステムが容リ協ルートの使用済みペットボトルリサイクルシステムだということを再度思い起こすべきだろう。
 また、現行の使用済みペットボトル取引きの状況で、一般競争入札が随意取引きよりすぐれているということを示す経済理論的根拠が公取の文章には読み取れない。理論解析モデルを欠いた実証モデルを提示し、一般競争入札価格の方が随意契約価格より高いことだけを示したことによって前者の取引きの方が優れているという結論は、少なくとも経済学的には導き出せない。より高度な説明責任が果たされるべきであろう。

総括

 静脈市場においても一定の範囲で競争原理を利用することのメリットは言を俟たない。しかし、情報の非対称性が支配し、逆選択のある静脈市場においては無制約な競争はインフォーマルな事業者の参入をもたらすことになりかねず、競争政策の適用には慎重な考慮と留意が不可欠だ。競争政策を適用を主張する場合には、どのような制度的ンフラストラクチャーによって健全な競争を支えるべきなのか示して然るべきである。
 使用済みペットボトルのリサイクルにおいて、EPRを果たすPROの容リ協の存在理由はまさにこの点にある。(1)追跡可能性(2)説明責任(3)透明性が担保され、全国津々浦々どの地域でも公平なペットボトルリサイクルが実現することを目指したのが容器包装リサイクル法なのであり、その枢要な役割を果たすのが容リ協なのである。このことを考えると、指定法人である容リ協の責任は単に競争政策上の観点からだけではなく、廃棄物政策上、資源循環政策上そして環境政策上からも総合的に評価されるべきであって、システム全体の観点からの評価が不可欠であることが理解される注5) 。
 また、静脈市場をつぶさに観察したとき、動脈市場とは異なった因子が作用して、競争がかえって資源配分の効率性を乱し、国民の経済厚生を損なうこともあり得ることに注意したい。繰り返し述べた通り、静脈市場においても一定の範囲で競争原理は作用すべきだが、動脈市場における競争の延長線上で物事を考えてはならない。
 加えて静脈市場において一般競争入札が随意契約よりも望ましいということを主張するためには、それを正当化する経済理論モデルが不可欠である。使用済みペットボトルの取引きにおいて、前者の取引価格が後者のそれより高いことをもって、前者の方が優れているとする主張にはかなりの論理の飛躍があるように思える。経済理論モデルに基づいた説得的な説明がなされるべきで、更に、その帰結を実現するような経済条件が使用済みペットボトルの取引き市場で実現されるかどうかの検討も必要だろう。
 重複を恐れず敢えて強調するのだが、静脈市場の性質および機能は動脈市場のものとは根本的に異なるところがあり、単純に動脈市場の競争原理を静脈市場に援用するというわけにはいかない。競争原理をどのように活かせば資源の高度な循環利用が進み、グリーンな社会の実現に貢献するのかは極めて微妙で奥行きの深い問題であり、より深い学術的な探求が必要である。資源の高度な循環利用を政策目的として掲げた日本において、今後市場競争と制度的インフラストラクチャーをどのようにバランスさせるか、我々研究者はこの問題に真摯に取り組まなくてはならない。それが35年に渡って静脈経済を研究してきた筆者の偽らざる印象である。

謝辞:
本論文は、2024年1月26日東海大学渋谷キャンパスで行われたTRIESオープンカフェ(サーキュラーエコノミーパートナーシップ企画)で報告した内容を拡張・修正したものである。本報告会の場で批判やコメントをして頂いた参加者すべてに謝意を表したい。また、本論文の草稿段階で多くの方々から批判とコメントを頂戴した。個別の氏名を挙げることは差し控えるが、心よりの謝意を表したい。

【参考文献】
(1)
織朱實(2024)「ペットボトルリサイクルを巡る検討:公正取引委員会ペットボトルリサイクル実態調査報告書を契機として」『公正取引』No.879、pp.37-43./dd>

(2)
公正取引委員会(2023)『使用済みペットボトルリサイクルに係わる取引きに関する実態調査報告書』公正取引委員会令和5年10月.
(3)
公正取引委員会(2010)『行政指導に関する独占禁止法上の考え方』公正取引委員会ウエッブサイト
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/gyouseishidou.html
(4)
中村真悟(2024)「Bottle to Bottleの浸透とPETボトルリサイクルシステムの質的変化 -『使用済みペットボトルのリサイクルに係わる取引に関する実態調査報告書』を踏まえて-」『公正取引』No.879、pp.44-50.
(5)
細田衛士(1999)『グッズとバッズの経済学』東洋経済新報社.
(6)
細田衛士(2008)『資源循環型社会-制度設計と制作展望-』慶應義塾大学出版会.
(7)
細田衛士(2015)『資源の循環利用とはなにか-バッズをグッズに変える新しい経済システム』岩波書店.
(8)
吉川泰宇・渡邊友浩・中山千明・梶頼明(2024)「使用済みペットボトルのリサイクルに係わる取引に関する実態調査について」『公正取引』No.879、pp.31-36.

注1)
もし、[一般競争入札価格]=[最適価格]となると主張するのであれば、それを証明する必要がある。
注2)
もちろん、厳密な定義さえあれば、実証解析だけで経済厚生や資源配分の効率性の大小の議論をする事は可能だが、公取(2023)の実証モデルはそうなっていない。
注3)
もとより、それも一つの考え方であるが、しかしそれは容器包装リサイクル法の抜本的見直しを必要とする。
注4)
莫大な費用をかけて作られた自動車リサイクル法のシステムにおいても、未だ安値競争、価格切り下げ競争の弊害が除去できていない。
注5)
システム全体と言ったとき、以上の政策的要素の他、使用済みペットボトルの取引きにおける(1)システム内での需給バランス調整(2)国民の経済厚生あるいは資源配分の効率性(3)システムがカバーする地理的領域・範囲の広さ(4)EPRを実現するためのリサイクルフローを制御する動静脈連鎖の整合性(5)安定的なリサイクルフローを担保する時間軸などが重要な要素として考えられる。