循環経済政策と競争政策は調和するか(1)


東海大学副学長・政治経済学部教授

印刷用ページ

はじめに

 2023年10月、公正取引委員会(以下公取と略す)は『使用済みペットボトルリサイクルに係わる取引きに関する実態調査報告書』を発表した。数多くの文献・聞き取り・アンケート調査に基づいた優れた実態報告書である。筆者もこの報告書を読んで多くのことを学んだ。だが、一方で専門家の間では物議を醸しているのも事実である。使用済みペットボトルのリサイクルを真面目に考え、研究し、実践してきた人々が困惑しているのである。しかし、ある意味でこの報告書は、循環経済政策と競争政策の整合性を考える上で絶好の機会を与えてくれているとも言える。
 もとより、静脈市場においても競争政策が一定の条件の下で有効であることは誰も否定しない。国民の経済厚生、資源配分の効率性を向上させる上で静脈取引きにおいてもなるべく競争原理を利用した方がよいのは明らかである。だが、競争政策的な観点のみから静脈市場を捉えると、経済社会像が歪んだものになり、政策を誤る恐れなしとは言えない。以下示すように、静脈市場と動脈市場とでは性質が非常に異なるのであり、動脈市場における競争の延長線上に静脈市場の競争はない。
 この点、同報告書の議論はやや粗雑の感が免れず、筆者には経済学的に理解できない面が少なからずある。そこで、公正取引委員会(2023)および同報告書に関連する以下の文章すなわち公正取引委員会(2010)および吉川・渡邊・中山・梶(2024)の文献を対象として批判的検討を行う。この作業を通じて循環経済政策と競争政策の両立性の議論に一石を投じることを目指したのが本小論である。
 但し、本小論は一経済学者の目から見た批判的検討であって、別の分野の研究者からは異なった見方もあり得る。そのような見方の例として、織(2024)、中村(2024)を紹介しておく。
 本小論は前編と後編の2部構成である。前半ではおもに公正取引委員会(2023)を議論の俎上に挙げ、資源の高度な循環利用に資する静脈市場の取引きフローの制御の在り方を中心に検討を行う。後半では、同報告書に加えて、公正取引委員会(2010)および吉川・渡邊・中山・梶(2024)を取り上げ、静脈市場における価格(処理・リサイクル料金)の決定問題ついて論じることにする。

容器包装リサイクル法の下でのペットボトルリサイクル

 まず論点を明確にするために、容器包装リサイクル法の成立の経緯について述べよう。1990年代に入ると、1970年代とは異なった形の廃棄物問題が現れた。バブル経済の影響もあり、消費が多様化するのに応じて廃棄物の内容も多様化したのである。その原因の一つとして、容器包装の種類が増えたことが挙げられる。かつては、清酒、ビール、焼酎、清涼飲料などガラス瓶を主流とした標準化された容器が利用されていたが、市場競争の結果、容器の素材や形状、色などが多様化したのである。
 とりわけそれまであまり用いられていなかった素材のペットボトルの導入は、多様化する廃棄物への対応を一層難しくした。使うときには便利だが、廃棄処理するときには多大な費用がかかる注1) 。生産者は廃棄の費用など考えることなくペットボトルを生産、流通させたが、廃棄されたときその処理の責任を負うのは市町村である。こうして市町村の廃棄処理費用の増加の要因としてやり玉に挙がったのが、ペットボトルなのであった。使用済みペットボトルは厄介者のバッズ(逆有償物)だったのだ注2)
 バッズあるいはグッズ(有価物ないし有償物)であっても潜在汚染性をもつ使用済製品・部品・素材については競争メカニズムが働きにくく(細田2015)、市場リサイクルが進まない注3) 。一方、従来型の廃棄物処理方法だと発生回避が進まず、処理費用が増えるばかりだ。そこでペットボトルやその他のプラスチック製容器包装については、生産者が処理・リサイクルに関して一定の責任を負うという拡大生産者責任(extended producer responsibility: EPR)を具現化した法律が導入された。これが容器包装リサイクル法である。
 同法の下、容器製造業者や飲料業者、流通業者などのいわゆる特定事業者が一定の責任(処理・リサイクルの委託料金を支払う責任)をもってリサイクルを行うシステムが実現した。市町村が分別収集した使用済みペットボトルについて、処理・リサイクル費用を生産者等が負担し支払をなすが、それがリサイクル業者の処理・リサイクル費用に充てられるわけである注4)
 だが、個別の容器包装製造業者や飲料・食品製造業者、流通業者などがこの一連の処理・リサイクルに関する管理業務を行うことは困難である。そこで、容器包装リサイクル法で定められた指定法人である日本容器包装リサイクル協会(以下容リ協と略す)が生産者責任機構(producer responsibility organization: PRO)としてEPRを果たすための代行機関の役目を果たすこととなった。市町村が分別回収した使用済みペットボトルを適格なリサイクル業者に入札をもって引き渡し、生産者等から徴収した費用を彼らに支払う役割を担うのである。
 このことは、競争経済のメリットを利用しつつも一定の制度的インフラストラクチャーで適正なペットボトルのリサイクルが担保される仕組みが出来たことを意味する。入札という競争原理が利用される一方、容器包装リサイクル法の下でEPRが実現し、容リ協というPROによって質の高いリサイクルフローが担保されるからである。
 それでは、使用済みペットボトルは具体的にどのようにリサイクルされるのだろうか。多くの使用済みペットボトルは家庭から排出されるが、家庭から排出されたバッズは一般廃棄物として分類される。一般廃棄物の処理責任は市町村にあるから、使用済みペットボトルは市町村の責任の下で分別回収され、ベール化されて再資源化の道筋をたどる。
 この先リサイクルルートはおもに容リ協ルートと独自処理ルートという2つのルートに分かれる注5) 。前者は容器包装リサイクル法のPROである容リ協の管理運営の下、市町村から引き取られたペットボトルが競争入札にかけられる。落札した事業者は、容リ協から処理・リサイクル費用を受け取り(当該物がグッズの場合は支払をなす)が、その費用はペットボトル製造業者、飲料・食品製造業者、流通などが拠出した委託金によってまかなわれる。
 容リ協の役割はそれだけではない。市町村によって分別収集されたペットボトルの質のチェック、リサイクル業者の能力のチェックを行うことによって、回収・リサイクルフローの(1)追跡可能性(2)説明責任(3)透明性が担保されることになる(細田2008)。但し、ここが重要な論点になるのだが、使用済みペットボトルがどのようにリサイクルされるかは原則リサイクル業者に委ねられ、市町村が再生利用の用途指定(例えば使用済みペットボトルをペットボトルに再生するというような指定)をすることはできない。
 もう一つのルート、独自処理ルートとは次のようなものである。市町村が容リ協ルートの枠外(つまり容器包装リサイクル法の枠外)で処理・リサイクルする方法である。現在ではおもに市町村や飲料業者などが連携協力して使用済みペットボトルの回収・リサイクルを行っている。ここでの特徴は、連携協力の下で再生利用の用途指定、とりわけ再生ペットボトル製造の用途指定がされる事が多いという点である。つまりボトルからボトルへの水平リサイクル(以下B2Bリサイクルと呼ぶ)が実現しているのだ。
 SDGsの流れもあってか飲料業者の環境意識が向上し、再生ペットボトルの利用に本腰を入れている。B2Bを前提としたリサイクルの加速化によって再生ペットボトルへの需要が急拡大している。このためバージン樹脂由来のペットボトルより再生ペットボトルの価格が高くなるという逆転現象も起きているほどだ。こうした状況の下、再生ペットボトルの原料となる使用済みペットボトルがグッズ(有価物)化している。容器包装リサイクル法の成立時には考えられなかったことが起きているのだ。

重要な論点:容リ協ルートのリサイクルと独自処理ルートのリサイクルの競合

 ここで今、大きな問題が生じている。容リ協ルートのリサイクルと独自処理ルートのリサイクルが競合するということだ。先に述べたとおり、もともと使用済みペットボトルが厄介者のバッズであることを前提に、バッズの適正な処理を1つの大きな目的としてできたのが容器包装リサイクル法である。また、仮にグッズになったとしても、異物などがあり処理に環境負荷性が伴うのが使用済みペットボトルだ注6) 。こうしたものに関しては競争メカニズムが働きにくい。競争経済には多様な事業者が参入するが、そのなかにはインフォーマルな事業者もいて、不適正処理・不法投棄・不適正輸出をしかねないからだ。
 独自処理ルートに参加する事業者が仮にすべて優良な事業者であっても、容リ協ルートのようなフロー管理ができるとは限らない。容器包装リサイクル法の考え方は、(1)追跡可能性(2)説明責任(3)透明性の担保された資源の高度な循環利用が重要だということであり、それを保証する組織がPROである容器包装リサイクル協会なのだ。独自処理ルートにはそのような堅固な組織がない。加えて、独自処理ルートは、民間主体によるものであるから、効率的に回収・リサイクルできるような地域でしかリサイクルをしないという「おいしいとこどり」になってしまう恐れも否定できない。容器包装リサイクル法の考え方は、以上の3要件を満たした、国民へのユニバーサルなサービスの提供であることを理解しておくことが重要だ。
 さて、この2つのルートの競合のなか、容リ協会が2021年10月、全国清涼飲料連合会(以下全清飲)に対して、独自処理ルートは容器包装リサイクル法に基づき定められた基本方針に沿わないので適切な対応を希望する旨の文章を送付した。これに対し公取は、飲料業者が独自処理ルートを採用することを躊躇させるような行為は「独占禁止法上又は競争政策上の問題を生じさせる可能性がある」(同報告書119ページ)と釘を刺したのである。
 だが、以上に引用した表現はやや曖昧でわかりにくく、具体的にどのような「独占禁止法上又は競争政策上の問題」が起きるのかを明確化する必要がある。また、その「問題」によって、なぜ国民の経済厚生が損なわれるのか、資源の効率的配分が阻害されるのかをより具体的に示す必要があるだろう。そうでないと、公取の指摘する「問題」の具体的内容が明確化されず、関係主体は対応に窮するに違いない。
 ここでこの問題を考える上で、そもそもなぜ容器包装リサイクル法ができたのか、再度検討してみることが大事だ。市場原理のみでは(1)追跡可能性(2)説明責任(3)透明性の担保されたリサイクルができず、発生・排出抑制や環境配慮設計なども実現しにくい。だからこそ、EPRを具現化した法律ができ、その責任の担い手としてPROである容リ協が設立されたのである。
 加えて、情報の非対称性の支配しやすい静脈市場では「悪貨が良貨を駆逐する」といういわゆる逆選択が起きる可能性が大きいことにも留意が必要だ(細田1999、2015)。インフォーマルな事業者を排除し、フォーマルな事業者にリサイクルの役を担わせるのが容リ法の基本概念ということができる。取引き費用注7) をなるべく抑えつつ、以上の3つの要件を満足させ、かつ逆選択を防ぐのが容リ協ルートの使命であると言えるだろう。
 もとより、確かに市町村および優良な飲料業者と優良なB2Bリサイクラーの協力による独自処理ルートのリサイクルは以上の要件を満たすようにも見える。実際そう期待するところだ。しかし、それを法的に担保する仕組みはほとんどないことに注意する必要がある。多様な業者のなかには今後インフォーマルな業者が紛れ込む恐れもあり、それを事前に排除するには多大な取引き費用がかかる。実際、かつて独自処理ルートの下で引き取られた使用済みペットボトルの一部は海外に流出した。海外ルートでのリサイクルはいわばブラックボックスへの流出であり、適正なリサイクルが行われたのか確認することは困難である。また、これによってEPRが果たされるとは思えない。すくなくとも容リ協ルートのペットボトルリサイクルに関してそのような事態は起こらない。

小括

 使用済みペットボトルのリサイクルについて容リ協ルートを選択するか独自処理ルートを選択するかという問題は、いかにEPRを効率的に実現し、資源の高度な循環利用を促進するかという問題としても捉えることができる。容器包装リサイクル法においては生産・流通に係わる主体の責任が問われていることを想起すべきである。であるとしたら、リサイクルルートの選択は動脈市場におけるような単なる競争的選択とは異なるはずだ。もとより一定の条件下での競争は必要であるとしても、もし「選択のすべてを競争に任せよ」ということになれば、そもそも容器包装リサイクル法の存在意義自体が問われることになってしまうだろう。容リ協ルートのリサイクルは単なるセーフティネットではないのだ。
 また使用済みペットボトルは状況によってグッズにもバッズにもなり得ることを忘れてはならない。そのような状況を考えたとき、容リ協ルートか独自処理ルートかというシステム選択を競争原理のみに委ねることは危険ではないだろうか。
 まとめるとこうなる。容リ協が全清飲に送付した文章の意味づけ、解釈、正当性の評価は容器包装リサイクル法のシステム全体の考察から判断されるべきで、競争政策上の観点のみからなされるべきものではないと考えられる。中村(2024)が正しく指摘するように現行の独自処理ルートのB2Bリサイクルは「部分最適化の動きであり、現状では不安定要因としても機能している」のである。(1)追跡可能性(2)説明責任(3)透明性の担保されたユニバーサルなリサイクルが容リ協ルートのリサイクルなのであり、これが独自処理ルートのリサイクルによって駆逐されるとしたら、国民の経済厚生を下げることにもなりかねない。静脈市場における競争政策のメリットを主張するとしたらそれなりの強固な経済学的論理が必要である。競争政策は国民の経済厚生あるいは資源配分の効率性を高めるための手段であって目的ではないのである。

謝辞:
本論文は、2024年1月26日東海大学渋谷キャンパスで行われたTRIESオープンカフェ(サーキュラーエコノミーパートナーシップ企画)で報告した内容を拡張・修正したものである。本報告会の場で批判やコメントをして頂いた参加者すべてに謝意を表したい。また、本論文の草稿段階で多くの方々から批判とコメントを頂戴した。個別の氏名を挙げることは差し控えるが、心よりの謝意を表したい。

【参考文献】
(1)
織朱實(2024)「ペットボトルリサイクルを巡る検討:公正取引委員会ペットボトルリサイクル実態調査報告書を契機として」『公正取引』No.879、pp.37-43.
(2)
公正取引委員会(2023)『使用済みペットボトルリサイクルに係わる取引きに関する実態調査報告書』公正取引委員会令和5年10月.
(3)
公正取引委員会(2010)『行政指導に関する独占禁止法上の考え方』公正取引委員会ウェブサイト
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/gyouseishidou.html
(4)
中村真悟(2024)「Bottle to Bottleの浸透とPETボトルリサイクルシステムの質的変化 -『使用済みペットボトルのリサイクルに係わる取引に関する実態調査報告書』を踏まえて-」『公正取引』No.879、pp.44-50.
(5)
細田衛士(1999)『グッズとバッズの経済学』東洋経済新報社.
(6)
細田衛士(2008)『資源循環型社会-制度設計と制作展望-』慶應義塾大学出版会.
(7)
細田衛士(2015)『資源の循環利用とはなにか-バッズをグッズに変える新しい経済システム』岩波書店.
(8)
吉川泰宇・渡邊友浩・中山千明・梶頼明(2024)「使用済みペットボトルのリサイクルに係わる取引に関する実態調査について」『公正取引』No.879、pp.31-36.

注1)
処理・リサイクルのためのシステムが未整備で技術が未発達の当時の状態では処理・リサイクル費用が相対的に高いのは当然で、現在では事情が大きく異なっている。
注2)
グッズとバッズの詳しい定義については、細田(1999)参照。
注3)
グッズである新製品・部品・素材の場合でも汚染性・環境負荷性の問題は生じる。だが、その生じ方は使用済製品・部品・素材の場合と異なり、しかも汚染者支払原則や製造物責任制度によって汚染性・環境負荷性の抑止が図られている。
注4)
使用済みペットボトルがグッズ(有価物)担った場合は、処理・リサイクル業者は使用済みペットボトルを有価で購入することになる。その分、容器包装製造業者や飲料業者、流通業者などは処理・リサイクル費用の負担が軽減される。
注5)
ここでは問題を明確化するため、極めて単純化して説明している。
注6)
リサイクルは、廃棄物処理と2次資源生産という2つの側面があることに留意が必要である。仮に使用済製品・部品・素材がグッズであっても、環境負荷を抑止した適正な廃棄物処理という要素も不可欠なのである(細田2014)。
注7)
ここでいう取引き費用とは経済学の専門用語で、グッズ、バッズそして用役(サービス)の取引きを遂行するために必要とされるあらゆる費用のことを言う。特に、的確な取引対象物や取引相手を捜すための情報・探索費用、取引きを実行するための交渉あるいは合意に至るのに必要な費用、合意された契約が遵守されているかどうか確認して時には法的措置をとるために必要となる費用などが主要要素である。通常、取引き費用を最小にするのが市場という制度であるが、バッズの取引きの場合はこの限りではない。