脱炭素との両立に向けた循環経済の新たな課題


東海大学政治経済学部経済学科教授

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1 はじめに

 我が国において2000年は循環型社会元年と呼ばれている。この時期に個別リサイクル法など、静脈経済を制御する多くの法制度が導入されたためである。この段階の意思決定において、我が国の静脈産業は、ほとんど諸外国の政策の影響を受けていなかったと言える。誤解を恐れずに言えば、国内の課題解決を最優先すれば良かったのである。その後、EUから循環経済(Circular Economy: CE)なる概念が発表されると、日本のみならず、世界に大きな影響を与えることになった。直近では、G7会合でも取り上げられるなど、CEはカーボンニュートラル(CN)・脱炭素と並び、世界中で重視されている。このCEの概念は決して斬新なものではなく、我が国が長く「資源循環型社会」と呼んできたものとほぼ同一である。あえて差異を指摘するとすれば、CEの方が経済政策としての位置付けが強く、マテリアルとしての循環をより重視した立場をとっている点が異なる。そして、そのような差異が生まれた背景には日本の静脈行政の歴史が影響していると筆者は考えている。

2 廃棄物処理法が出発点となる日本のリサイクル

 明治時代に公衆衛生の観点から整備が進んだ廃棄物行政は、幾度かの変遷を経て、1970年に制定された「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(廃棄物処理法)という形で現在に至っている(こうした歴史は、環境省(2014)に詳しい)。1970年の第64回臨時国会はいわゆる「公害国会」であり、廃棄物処理法に期待される役割も「いかに適正処理を担保するか」という点が重要であった。
 振り返ってみると、廃棄物処理法は、その後の静脈経済の制度設計において重要な役割を果たし続けてきた。その結果、リサイクルに代表される資源の循環利用に関する法制度の整備においては、一旦、廃棄物処理法上の廃棄物となった後の使用済み製品を前提とした制度設計とすることが前提となっていたようにみえる。確かに、バブル期を経た1990年代ごろの時代背景やインターネット普及前であったことなどを考慮すれば、廃棄されるものについて、適正な処理を行うことが重要であったのかもしれない。
 その一方、現状のリサイクル法制度ではリサイクルに回ってきたものは、一旦廃棄されたものであるため、たとえまだ使えるものであったとしても、リサイクル料金を徴収済みであるとすれば、リサイクルに回さずにリユースすることはほとんど不可能である。これは、動脈経済と静脈経済が大きく分離されているという見方もできるだろう。その点、EU発のCEは、(少なくとも制度上は)動脈経済と静脈経済をより一体的に考えているような印象を受ける。もちろん、その他の要素もあると考えられるが、廃棄物処理法の存在感の大きさが、日本とEUの静脈産業の視座の相違を生んだ一因となったことは間違いないであろう。

3 見えてきた新たな課題

 CEの浸透でいよいよ資源循環政策も国際的な協調が本格的に進められることになってきた。実際、ISOにおける規格化の動きも進んでいる。世界各国が同時にカーボンニュートラルという別の環境目標も掲げる中で、CE推進における新たな課題が見えてきた。

3.1 CEとCNのトレードオフ
 Financial Times誌が世界各国で実施したアンケート注1)で、「CO2削減に最も貢献する行動は次のうちどれか?」という問いに対して、世界の多くの国で「recycling as much as possible」が最も回答が多かったという。もちろん、リサイクルがCO2削減に貢献する場合もあるが、可能な限りリサイクルをするということが、可能な限りマテリアルとしての再利用を追求するということであるとすると、次第にリサイクルに必要なエネルギー利用が大きくなり、CO2削減どころか増加となってしまう。
 ある面で環境にやさしい行動は、他の側面からも環境にやさしいはずだ、という誤解が世界各地で共通にみられるようだ。今後、CEとCNの両方を同時に進めていく必要がある中で、意図しない環境負荷を発生させないように、CEとCNの間のトレードオフについての理解を浸透させていく必要がある。

3.2 修理する権利
 前述のように、EUのCEでは、製品の長寿命化として、廃棄物になる前から積極的に関与していく姿勢がみられる。そのための政策的サポートが「修理する権利」である。例えば、EUは2023年3月に修理を促進するための新たな指令を打ち出した(日本貿易振興機構,2023)。この指令では、販売者は修理の提供あるいは消費者自身が修理をする際に必要な情報の提供が義務化される(交換よりも高価な場合を除く)。
 製品の長寿命化は、マテリアル利用の延命と考えられ、CEの観点からは望ましい。しかしながら、修理アクセスへの利便性から、製造時の規模の経済性を犠牲にするような必要が生じれば、製造段階でのCO2排出量は増加してしまうかもしれない。また、エアコンのような製品の場合、エネルギー効率が短期間に大きく向上している場合もあり、長寿命化によるマテリアル利用の維持と利用段階でのCO2削減効果を天秤にかける必要があるが、消費者の生活スタイルも影響する問題であり、簡単に答えを出すことはできない。
 とはいえ、EUだけでなく、アメリカでも一部の州で携帯電話等の「修理する権利」の法制化が進められており(日本経済新聞2023年6月23日)、今後、「修理する権利」に関する議論はさらに高まるものとみられ、その動向に注視していく必要がある。

注1)
https://www.ft.com/content/c5e0cdf2-aaef-4812-9d8e-f47dbcded55c

【参考文献】

[1]
環境省(2014)「日本の廃棄物処理の歴史と現状」(https://www.env.go.jp/recycle/circul/venous_industry/ja/history.pdf,最終アクセス日:2023年6月15日)
[2]
日本経済新聞(2023)「スマホ「修理する権利」、米で保護法メーカー独占に風穴–NY州で初発効–」,2023年6月23日(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN16D2M0W3A610C2000000/,最終アクセス日:2023年6月23日)
[3]
日本貿易振興機構(2023)「欧州委、製造事業者に製品の修理を義務付け、消費者の「修理する権利」法案を発表」『ビジネス短信』,2023年3月27日,(https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/03/4c640764c9b4d540.html,最終アクセス日:2023年6月15日)

※ 本研究の一部は(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF21S11906)により実施したものである。