環境省「長期低炭素ビジョン」解題(2)


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

印刷用ページ

※ 「長期低炭素ビジョン」解題(1)

「ビジョン」取りまとめのプロセス

 一連のヒアリングに関する意見取りまとめを行ったこの第10回小委員会に引き続き、本年1月19日に行われた第11回小委員会では、「長期大幅削減・脱炭素化に向けた基本的な考え方」、「長期大幅削減の絵姿」、「長期大幅削減の実現に向けた政策の方向性」の3点の資料が事務局から示され、各委員の意見が求められた。これ以後の委員会での議論は、最終的な「長期低炭素ビジョン」にも何らかの形で取り込まれていくことになる様々な考え方や政策の方向性について、事務局から示された案の妥当性、有効性に関して各委員から意見表明を行う形となっていく。
 そうした中で先ず事務局から示された資料「長期大幅削減・脱炭素化に向けた基本的な考え方」(「ビジョン小委員会」第11回資料2注1))では、「(世界で排出できる累積排出量に炭素バジェット1兆トンという上限がある中で)経済成長を続けていくためには、「炭素生産性」を大幅に向上させなければならない。そのためには「量ではなく質で稼ぐ経済」への転換が重要である。」としており、新たな経済指標として「炭素生産性」なる概念が紹介された。

図10 経済成長の「量から質へ」への転換

図10 経済成長の「量から質へ」への転換
(出典:中央環境審議会地球環境部会「長期低炭素ビジョン」(平成29年3月)p35)

 そして各国比較のグラフを示し、我が国は「かつて世界最高水準だった我が国の炭素生産性は、現在、大きく順位を下げている。」とし、日本経済が「量から質」の経済への転換に乗り遅れている可能性を指摘している。さらに労働生産性と炭素生産性の関係についても各国の状況を散布図で示し、「労働生産性が高い国は炭素生産性が高い現象が見られる」と指摘している。

図11 労働生産性(付加価値生産性)と炭素生産性との関係

図11 労働生産性(付加価値生産性)と炭素生産性との関係
(出典:中央環境審議会地球環境部会「長期低炭素ビジョン」(平成29年3月)p35)

 ここで「炭素生産性」という、経済学的にも一般的ではない新たな概念を持ち出して、それが社会の効率性を反映した指標であるかのように見せた上で、日本の「炭素生産性」が見劣りしているという論を展開しているわけである。これについて筆者が行ったコメントは以下のとおりである。

 「今、炭素生産性の向上が必要ということをご提示いただきましたが、これはぜひやっていかなければいけないと思います。ちなみに炭素生産性の式なのですけども、「GDP割ることの炭素投入量」ということですが、これは実際の我々の行動を考えるにはもう一回因数分解して、「GDP÷エネルギー投入量」×「エネルギー投入量÷炭素投入量」とした方がわかりやすいと思います。つまり炭素生産性の式は実は、どれだけのエネルギーでGDPを生み出すかという「エネルギー効率」と、どれだけのエネルギーを、どれだけの炭素投入量でつくるかという「エネルギーのクリーン化」の、二つの項目に分かれるわけですが、これはいわゆる茅恒等式注2)そのものです。
 問題は低炭素のエネルギーを安く作れるのかどうかです。つまり低コストの低炭素エネルギーが投入されるのでなければ、必要十分なエネルギーを投入してGDPをつくり出すことができていかないと考えることも当然できるわけです。
 図11の散布図、これは「必ずしも因果関係を示すものではない」と注釈されていますが、よく見ますと、実際に炭素生産性が高くて労働生産性も高いという国は、スイス、スウェーデン、オーストリア、ノルウェーといった、水力発電や原子力が潤沢にあって、単に安い低炭素電源が大量に投入できている国だということを示しているだけではないかと思います。それらの国を除いてしまうと、実はこの散布図というのはばらばらで、いわゆる有意な回帰線が出てこないような気がいたします。
 つまり事の本質は、化石燃料よりも低コストの低炭素エネルギーをつくれるかどうかということです。先ほど、カリフォルニアの再エネ普及を紹介された委員がおられましたが、カリフォルニアと日本では気象状況とか自然環境が大分違うと思います。したがって我が国で意図的に高コストの低炭素電源をどんどん入れていくと、GDPは棄損していくことになるのではないのかなと思います。
 ちなみにFITの成果で今、太陽光発電がだいぶ広がってきていますけども、平成28年度の賦課金の総額はネットで1.8兆円ということですから、消費税1%分ぐらいのコストが国民の使っている電気に乗っかっているわけです。逆に言いますと消費税2%の増税を、景気が悪くなるからといって先送りした効果の半分は、このFIT賦課金で足を引っ張っているという現象が起きているのではないのかと思います。
 そのようなことが起きるということを念頭に置いて、少ないエネルギー消費量でGDPが生み出せる、つまりエネルギー効率が改善していくスピードと、より高コストな低炭素電源を入れていくスピードというのを一致させない限り、GDPは減っていくのではないのかという観点でこの炭素生産性を見ていく必要があると思います。
 先ほどイノベーションというのは、今考えていないようなものを入れなければいけないというお話があったと思いますけども、要は化石燃料よりも低コストで安定供給可能なクリーンエネルギーがきちんと開発されて、社会に広がっていかないと、環境か経済かのどちらかがひずんでくるという結果をもたらすということが懸念されます。
 また日本の炭素生産性が最近下がってきているという話がありましたが、これは2011年の震災以後、原発が全停止しているために急激に下がっているということは明らかだと思います。原発という、既にサンクコストになっている巨大な低炭素エネルギー源が、全国で停止を余儀なくされているという状況が、こういう結果をもたらしていることを考えると、いかに安価で安定的な低炭素電源を社会に広げていくことが重要かということが、はっきりと見えてくるのではないかと思います。」

注1)
http://www.env.go.jp/council/06earth/y0618-11/mat02.pdf
注2)
東京大学名誉教授で地球環境産業技術研究機構(RITE)理事長の茅陽一氏が提唱した恒等式で、CO2の排出量は実は、GDPのエネルギー原単位とエネルギーの炭素原単位、GDPの積に分解され、GDPが拡大する中でCO2排出を抑制するにはエネルギー原単位の改善(省エネ)とエネルギーの低炭素化が必須であることを示している。