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新型コロナウイルスの科学(1)

放射線防護との類似と相違


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師


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 今般世界中に甚大な影響を与え続けている新型コロナウイルスによるパンデミック災害。専門家の方は日々新しい情報を発信し、政府機関は対策を強化しています。しかし情報の目まぐるしい更新の中、専門外の方々は今の対策にあまり納得を得られていないのではないでしょうか。
 私が特に心配するのは、他分野でのハザード対応に詳しい方々の反応です。今回のパンデミック対策は、例えば放射線防護とはその方法がかなり異なります。原子力発電所事故後の福島県では、大規模な被ばく線量測定がいち早く行われました。この測定が住民の方々に安心を与えたことも知られています。一方で今回のアウトブレイクでは、検査を受けるために厳しい条件が設けられています。これは政府のダブルスタンダードなのではないか。そのような不信を覚える人もいるかもしれません。
 新型コロナのパンデミックを収束させるためには、今取られている対策の意味を社会全体が理解し、協力する必要があります。しかし、専門家の先生方は現在多忙を極め、一般の方々に十分なリスクコミュニケーションを行う余裕がありません。その結果、社会では一部の方から「陰謀論」まで持ち出される状況に陥っており、パンデミック対策に影を落としています。
 そこで本稿では新型コロナウイルス対策を放射線防護と対比することでその特性を説明し、対策の背後にある理論につき現在分かる範囲で解説を試みます。

「確率的影響」と「クラスター」

 放射線防護と新型コロナウイルス防護で一番異なるのは、確率の均質性です。
 放射線被ばくには「確率的影響」というものがあり、「この量の被ばくならこれくらいの確率で健康被害が生じ得る」という予測がある程度可能です。被ばく線量の測定が防護のために大切なのはそのためです。しかし新型コロナウイルスにおいては、
「この集団に何人の患者がいたら何パーセントの確率で感染する」
という予測は困難です。なぜなら、ある患者が他の人に感染させる確率が一定ではないからです。
 図1は別のコロナウイルスであるSARSウイルスの感染が伝播する様子を図に示したものです(文献1改変)注1)。個々の〇は感染者を表しています。これを見ると、感染した方の多くは周りにうつさない、あるいはうつしても少数にとどまることが分かります(黄丸)。しかし、一部の患者さん(スーパースプレッダー:赤丸)は、その周囲にさらなる集団感染を引き起こし、その一部が更に感染を連鎖させます。この感染集団が「クラスター」と呼ばれます(緑破線)。

 この状況を別の視点から説明したものが図2です。たとえば5人の患者が発見され、その5人が合計50人の人間と濃厚接触したことが判明したとします。図では濃厚接触者のうち10人が発症しています。しかしその集団における発症確率を単純に20%、ということはできないでしょう。なぜなら感染したのは、スプレッダーである感染者5の周囲だけだからです。この結果、感染者5の周囲にはクラスターが形成される可能性が高くなります。この新たなクラスターの中で、どのような人がスプレッダーになるのかは今のところ明らかではありません。

 このように不均一な拡散を起こす感染症を封じ込めるためには、一刻も早くクラスターとスプレッダーを見つけ、さらなるクラスターを発生させないことが最優先事項となります。

クラスターを見つける

 ではこのクラスターやスプレッダーはどのように見つけるのでしょうか。現在の日本の人的資源を考えれば、全国民を網羅的に調査することはできませんし、非効率的です。そこで行われるのが、新型コロナウイルス感染と診断された患者さんの追跡調査です。つまり一人の患者さんをみたら、その接触者の中に必ず「スプレッダー」が存在する、と考え、詳細な聞き取り調査・行動追跡調査をするのです。専門家がスクリーニングの際に「接触歴」にとてもこだわるのはそのためです。
 たとえば複数の新型コロナウイルス感染患者さんがいて、接触歴があった場合、誰かがスプレッダーだと仮定して調査を行います。そうすることで、クラスターの中心にいるのが誰か、ということが徐々に見えてきます。この追跡調査を繰り返し、スプレッダーが同定されれば、そのスプレッダーと接触した方は、たとえ無症状であっても他者との接触を避けていただくことになります。なぜなら感染しても症状が出ない方や、症状が出るまでに時間のかかる方がいて、その中にスプレッダーとなる人もいるかもしれないからです(図3)。

最悪のシナリオを想定する:原発事故からの学び

 日本では、今のところこの方法によりクラスターは比較的小規模に抑えられており、爆発的な感染増加は起きていません。しかし、これを「日本人の衛生観念の高さ」「医療の優秀さ」のような神話的な発想で楽観視してはならないと思います。原子力発電所事故と同じく、最悪のシナリオはその油断から生じ得るからです。前述のように、1人でもスーパースプレッダーがいた場合には一旦おさまりかけた感染が一気に広がることもあります。現状に甘んじることなく常に最悪のシナリオを想定しておくことが必要です。
 では最悪のシナリオとはどのようなものでしょうか。それは、あるスプレッダーが非常に多くの人に感染させ、大きなクラスター(メガクラスター)ができてしまうことです。クラスターが大きければ大きいほど新たなスプレッダーの数も大きくなります。このため一気にたくさんのクラスターが形成されてしまい、感染が爆発的に増えるのです。これをオーバーシュートと言います。
 このオーバーシュートは、原子力災害でいうところのシビアアクシデントに相当します。既に他の国ではこのオーバーシュートが発生しています。そして日本でも、一度でもメガクラスター形成が起きれば、全く同じ状況に陥る可能性は充分あるのです。
 もちろん医療機関はこの最悪のシナリオに備える必要があり、そのための準備を既に始めているところも多いでしょう。しかし、一旦オーバーシュートが起きてしまえば、医療崩壊は必須と推定されています注2)
 福島の事故に関心をお持ちのは、この「万が一」の恐ろしさを良くご存知と思います。是非周りの方々に油断をしないよう、また下記の対応をしていただくよう伝えていただければと思います。
 

クラスター形成を防ぐ

 そんな一触即発の状況で、感染者の接触歴だけを地道に聞き取るだけの方法は、非常に不安定な対策に見えるでしょう。
「自分が誰と接触したか、なんて完全に分かるものではない」
と考えるのが普通ではないでしょうか。
 実はこのクラスターの同定の過程で必要な認識は、完璧を目指さないことにあります。つまり「一人二人の取りこぼしは止むを得ないと考えること」です。これはとても無責任に聞こえるかもしれません。しかし、このような考え方はむしろ、放射線防護でも良く知られる深層防護・多重防護のために重要な認識なのです。
 次稿でも述べますが、検査も含め一つの手段でリスクを100%下げることには必ず限界があります。また一つの手段に頼りすぎることにより、一旦網の目をすり抜けた時にはその発見が遅れ、甚大な被害を引き起こす危険もあります。つまり、防護には抜けがあることを十分意識した上で、様々な予防手段を取ることが大切なのです(図4)。

 この図をご覧いただければ分かる通り、最初の防護と追跡調査から漏れた後の防護は、専門家ではなく皆さんにしていただかなければいけないことです。特にスプレッダーが新たなクラスターを発生させないため、もしクラスターを発生させても小規模にとどめるためには社会全体の協力が必須です。
 皆さんにしていただきたいことは、クラスター形成のリスクを高める下記3つの条件がそろった環境を避けていただくことです。

換気が悪い密閉空間
人が密集した空間
近距離で会話や発声が行われる空間

 繰り返しますが、これらの条件を避けることは皆さんご自身にしかできません。専門家や医療者がクラスター発生を防止することはできないということをくれぐれもご理解いただければと思います。

他の健康被害とのバランスも重要

 そうはいっても、やみくもに家に閉じこもることは決して健康にいいとは言えません。原発事故後の福島でも、放射能を恐れて全く外に出なかったお子さんに健康被害が出たり、高齢者の運動不足が深刻な健康被害をもたらしたりしたことは既に知られています。
 また、原発事故後の避難指示と同じく、このような指示は解除のタイミングが読めません。今回の自粛についてもいつまでかかるか、今現在誰も予測がつかないでしょう。数週間家にこもるくらいであれば大きな健康被害は出ない可能性もありますが、これが数か月、場合により数年にわたる可能性も見据え、バランスの取れた自粛が必要だと思います。
 たとえばオープンスペースで体を動かしたり少数の方々で会話を楽しんだり。そのような活動は控え過ぎないよう、お互いに声を掛け合うことも大切だと思います。

病院受診は控えるべきか?

 実は上記の3条件を非常に良く満たすのが、混雑した病院の外来です。しかも病院には感染しやすい高リスクの方がたくさんいらっしゃいます。私も外来患者さんを大分お待たせしてしまうことがあるのですが、そのときに待合室で咳が聞こえてくると、マスクをしてくれているだろうか、とついハラハラしてしまいます。感染リスクを下げるためには具合が悪い方以外は通院を控えていただく、というのも一つの方法かもしれません。
 しかし、疾患によっては具合が悪いかどうかは病院で検査をしないと分からないものもありますので、これも一概には言えません。くれぐれも自己判断で通院を中止することなく、通院の要否については担当の先生とよく話し合っていただければと思います。そしてもし通院された場合には、帰った後に充分手洗い、うがいをお願いします。
 次稿では、上記の対策方針を踏まえ、今何かと物議を醸している新型コロナウイルスの検査の運用方法とその賛否につき説明しようと思います。

次回「新型コロナウイルスの科学(2)」につづく。

注1)
https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5218a1.htm
注2)
新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 .「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年3月19日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000610566.pdf