MENUMENU

新型コロナ「エンデミック」と暮らすために(2)

-家庭の感染対策-


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師


印刷用ページ

前回:新型コロナ「エンデミック」と暮らすために(1)

 エンデミック期の感染症と戦う時にまず知っておくべきことは、「これさえやれば100%勝てる」という必殺技はない、ということです。
 そういうと「それは敗北宣言ではないか」と不快に思う方もいるかもしれません。しかし私は逆に、限界を認めることこそが新型コロナエンデミックへの「宣戦布告」なのだと考えています。なぜならリスクがゼロにならないと認めることによってはじめて、ゼロリスクの追求ではなく「リスクを低減する」という戦略を選ぶことができるからです。

2軸で考える感染リスク

 ウイルス感染と細菌感染の大きな違いは、ウイルスは物の表面では増えない、という点にあります。もちろんものの表面で長く活性を保つことはあるのですが(1)、「少しの拭き残しがあればどんどん増える」ものではない以上、注意が必要なのはあくまで人と人との接触の場です。
 しかし私たちは人との接触を0にすることはできません。少なくともデジタルネイティブではない私の年代以上の方々は、人との接触を減らすことで心身に多大な健康影響を被るでしょう(2)。つまり人との接触はワンゼロで考えるのではなく、接触程度によるグラデーションで考える必要があるという事です。
 さらに新型コロナの重症化リスクは個人の身体的リスクによって大きく異なります。高齢者や基礎疾患のある方は高リスク、若者は低リスクですが、これもまた明確な境界はないということが分かると思います。
 この身体的リスクと生活場面のリスクの2つの軸をイメージ図としたものが図1です(※未来医療研究機構 長谷川敏彦氏未公開資料を参考の上改変)。上へ行くほど個人の重症化・死亡リスクが高く、右へ行くほどウイルスの暴露量が高い行為となります。感染対策において、この図の右上が感染対策の最優先領域である、という事が分かると思います。

 では右上の領域とはどこでしょうか。それはリスクの高い方が人と密接に接触せざるを得ない場所、すなわちご家庭と介護・福祉の現場です。このことは、年代別の感染経路を示した東京都のデータをみても明らかです(3)。図2は文献3からの抜粋ですが、高齢者のほとんどはご家庭や施設で感染しているという事が分かります。つまりこの2つの場面での感染防護こそが感染対策の最優先課題なのです。

家庭の対策は「暴露量低減」

 感染者全体で見ても半数以上を占める家庭内感染。この感染経路は、なぜ注目されていないのでしょうか。
 それは多くの人が「家庭での感染防護は無理」とあきらめているからではないでしょうか。家庭に持ち込まれてしまったウイルスは、自分でコントロールできない。この無力感が、感染を「持ち込む」人々への差別・排除を生む一因になっているのではないかと思います。
 たしかに感染を「感染するか・しないか」というゼロイチで考えてしまえば、家庭内感染を防ぐことは非常に困難です。では、感染症対策の最終的な目標を「感染しないこと」ではなく「重症化を極力防ぐこと」に置き換えてみればどうでしょうか。
 これまでの報告で、コロナウイルスの重症化リスクは、ウイルスの暴露量が多いほど高いということが知られています(4)。つまり、たとえ感染を防げない場面でも、
「暴露量をなるべく減らして重症化リスクを下げる」
という行動は可能なのです。

家庭の環境除染は日用雑貨で可能

 では家庭内でその暴露量を減らすにはどうすればよいのか。それは「日用雑貨の活用」に尽きます。
 新型コロナウイルスを失活させるためには70%アルコールでなければ意味がない、とよく言われます。しかし高濃度のアルコールは日用品として売られておらず、引火性などの問題も生じ得ます。このため次亜塩素酸ナトリウム(いわゆるハイター)を用いる方もいますが、この物質は毒性も強いため、直接肌に噴霧することは大変危険です。またお子さんの口に入るかもしれないものの消毒には不向きと言えるでしょう。実際に高濃度のエタノールを誤って飲んでしまった、換気の悪いところで次亜塩素酸ナトリウムを使用して吸入してしまったなどの事故が世界中で相次いています。
 実は最近の研究では、高濃度のアルコールがなくても「日用雑貨」で充分新型コロナウイルスが不活化することが分かっています。北里大学で行われた「医薬部外品および雑貨の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)不活化効果について」という研究によれば(5)、下の表に示すような一般的な日用雑貨で十分な賦活化効果が得られています。

 なぜアルコール濃度の低いと思われる日用雑貨でも不活化効果が得られるのでしょうか。それは、多くの日用品にはアルコールだけでなく、コロナに有効な界面活性剤(いわゆる石鹸の成分)など、他の成分が含まれているからです。つまり

「ふき取り効果(洗濯による希釈効果)+消毒薬+界面活性剤」

という複合的な作用により、低濃度でも十分な不活化効果が得られるのです。
 新型コロナウイルスの除染に必殺技はありませんが、その代わりに、特別な技も必要ない、という事です。エビデンスのはっきりしない高額な除染装置を購入することは誤った安心感を得るだけでなく、リスクを増すこともあり得ます。お子さんやお年寄りが誤って触れたり口にしても危険の少ない日用品でこまめに掃除をすることが大切です。

暴露量低減に必要な「多重防護」

 感染対策でもう一つ重要なポイントは、一点豪華主義の対策よりも「多重防護」を行うことです。一つの対策でリスクがゼロにできない以上、色々な防護策を組み合わせることで安全性を高める必要があるからです。
 たとえば体温測定やPCR検査をどんなに頻回に行っても、感染の侵入を完全に防ぐことはできません。しかし皆がマスクを着けることで暴露量を減らせます。もしマスクを着けられない高齢者や幼児がいる場合には、手指消毒をする、ウェットシートでまめにテーブルや床を拭く、などの様々な防護策をこまめに行うことにより、一つの対策をすり抜けたウイルスを別の方法でブロックし、暴露量を低減することができると思います(図4)。

当たり前のことを、馬鹿にしないで、ちゃんとやる

 これまで述べたことはあまりに目新しくないことなので、拍子抜けされた方もいるかもしれません。前稿の冒頭で私が新型コロナ対策を「ゲリラ戦」と呼んだのはこのためです。エンデミック期のウイルス対策は、ウイルスの多そうな場所を小さな武器でこまめに退治する。それが一番の戦略だからです。たとえウイルスが変異して感染性が高まっても、この基本的な対策は変わらないでしょう。
 どんな災害でも必ず終わりがある以上、コロナ禍もいつか終わります。それまでの間に私たちはコロナにかからないだけでなく、心身ともに健康であり続けることが大切です。エンデミック期の新型コロナウイルス感染にゼロリスクはない。それでも「ある程度のコントロールはできる」という自信を失わず、日々を暮らしていただければな、と思っています。

<参考文献>

(1)
http://ieei.or.jp/2020/04/expl200415/
(2)
http://ieei.or.jp/2020/05/expl200502/
(3)
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/012/857/29kai/2021012104.pdf
(4)
http://www.epiprev.it/materiali/suppl/2020_EP5-6S2/152-159_INT-Calisti.pdf
(5)
https://www.kitasato-u.ac.jp/jp/news/20200417-03.html