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新型コロナウイルスと健康リスク


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師


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 新型コロナウイルスの緊急事態宣言が続くに伴い、公園の使用制限やランナーのマスク装着、買い物の回数制限など、自粛の要請は弱まるどころか日々厳しくなっているように見られます。このような活動制限は経済だけではなく様々な形で人々の健康へも影響を与えます。そして自粛が長期に及ぶほど、この影響は大きくなるでしょう。パンデミックの「二次災害」を拡大させないためには、新型コロナウイルスのリスクだけでなく、ウイルスを避けることにより招き得る健康リスクについても考えることが大切です。

災害時の健康リスクとは

 災害対策の一番の目的は、災害によって起こり得る全ての健康リスクを総和した上で人々の命と健康を最大限に守ることです。災害による健康被害は直接被害にとどまりません。たとえば先の東日本大震災やそれに引き続く原子力災害においても、避難行動や避難生活、風評被害、地域社会や地域医療の崩壊など様々な因子が間接的に人々の健康に影響を与えました注1)。災害時の健康被害を防ぐためには、このような間接被害についても知る必要があります。
 これは新型コロナウイルスのパンデミックでも同様です。パンデミックは、感染という単一の事象ではありません。それに伴う差別や流通の停止、報道の暴露、社交の停止など、様々な因子が直接的・間接的に健康に影響を及ぼします(図1)。健康を守るためには、これらの健康リスクを可能な限り幅広く視野に入れた上でその大きさ、タイミング、どのような人のリスクが高いのかを知り、各々が優先順位を付けて行動することが重要です。

 もちろん間接影響の中には経済低迷・雇用喪失など個人では避け得ない健康リスクもあります。また食習慣や生活リズムを整えることなど、知識があれば比較的簡単に予防できるリスクもあるでしょう。
 一番難しいのは、あるリスクを回避することで別の健康リスクが生じ得る、そんな二律背反のリスクを選択しなくてはいけない局面です。

二律背反リスク(リスクトレード・オフ)

 たとえば原発事故後の福島では、放射線の被ばくリスクを避けるため家に引きこもる、野菜や魚やキノコを食べないなどの行動が、別の健康リスクを招く可能性がありました。この選択はどちらが正解というものではありません。ただし、後者のリスクを知らなければ、放射能への恐怖から偏った選択をしてしまう可能性があります。
 今回のパンデミックでも、感染リスクばかりが誇張されることで感染回避リスクは見落とされがちです。二律背反リスクの選択においては、両者を知った上で、個人が価値観や人生観に基づいて選択していくことが重要だと思います。
 では新型コロナウイルス感染を避ける健康リスクにはどういうものがあるのでしょうか。以下に想定される例を幾つか挙げます。

高齢者の運動不足

 新型コロナウイルス対策で最も良く聞かれるフレーズが、「家にいよう」という言葉です。これは行楽施設などへの密集を防ぐためのメッセージだと思います。これを額面通りに受け止め、文字通り一歩も外に出なくなってしまった方もいます。このような「引きこもり」は、特に高齢者にとって非常に大きな健康リスクになり得ます。
 高齢者が家に引きこもることにより下肢の筋力低下や認知機能の低下を来せば、転倒・骨折のリスクが上昇します。そして、高齢者の骨折は寝たきリスクだけでなく死亡率へも影響を与えるのです。80才以降に大腿骨頸部骨折を起こすと死亡率が約2倍に上昇するという報告もあります注2)。引きこもりによる高齢者の死亡リスクの上昇は、仮設住宅生活などでも繰り返し懸念されてきた問題なのです。
 高齢者は感染の重症化リスクも高く、もちろん人混みや集会は避ける方が望ましいでしょう。しかし、ウイルスは感染者の飛沫から、あるいは感染者が触れた物に触った手で、口、鼻を触ることで感染するものですから、人との距離がきちんと取れ、手洗いができるのであれば、屋外は多くの人が集まった室内よりもむしろ安全とも言えるでしょう。また同居されているご家族同士であれば、連れ立っての外出でお互いの感染リスクは上がりません。高齢者の方にとって、ご家族と一緒の外の散歩などはむしろ望ましい場合もあるのです。

子どもへの影響

 お子さんへの影響を考える際には直接の健康だけでなく情緒・教育への影響も考慮する必要があります。
 小さなお子さんはすぐに色々なものに触り、その手を口に持っていってしまいます。今、お子さんの外出は大人以上に気を遣う行為でしょう。親御さんの中には、お子さんを遊具で遊ばせない、極端な場合には外で遊ばせない、という方もいらっしゃるようです。
 これが2,3週間という期間であれば、健康への影響はそれほど大きくはないかもしれません。しかし、これが数か月、1年と続くと、どうなるでしょうか。
 成長段階にあるお子さんは、環境から大きく影響を受けます。たとえば福島県では原発事故の後、長期にわたって子どもの外遊びが制限されました。その翌年には、遊具から落下するなど子どもの怪我が多発したそうです。また幼稚園では、原発事故から数年経っても「砂場でのお山づくり」などの協調的な遊びができないお子さんが多かった、とのお話も聞きました。今回のパンデミックでは原発事故の後以上にお子さん同士の交流も減っていると思います。自粛が長期に及んだ時、このようなお子さんの心身発達上の問題も起こり得るかもしれません。
 もう少し身近な健康被害として、福島県では原発事故の後、子どもの肥満の増加も顕著となりました注3),注4)。子どもの肥満や運動能力の低下は糖尿病などの疾患リスクだけでなく、将来的な学力やキャリアパスにも影響すると言われています注5),注6)。過剰な外遊びの制限によりお子さんが運動不足にならないよう注意も必要だと思います。
 長期の休校は学習面などにも大きな問題になり得ます。海外においても、自然災害や教師のストライキによる学校閉鎖が子どもの学力格差、退学率、10代の妊娠率などに影響を与えたとの報告もあります注7)
 学校は、幼少期の学習能力の格差をなくすために非常に重要な場です。もちろんオンライン授業で必須項目を教えることはできますが、学習が遅れがちな生徒さんへのきめ細やかな指導は困難でしょう。
 子どもは感染による重症化リスクは比較的低いと言われていますが、100%ではありません。一方で、子どもだからこそ10年、20年先の長期的な視野に立ったリスク選択も必要です。非常に難しい選択だからこそ、教育者や小児保健に詳しい方々との密な対話が必要だと感じています。

消毒のリスク

 また、今回の災害に特有の問題として過剰な消毒によるリスクがあります。米国では、今年に入り消毒薬による急性中毒患者が増加したそうです注8)。換気の悪いところで次亜塩素酸ナトリウム(いわゆるハイター)を使用したり、子どもの手の届くところに高濃度のアルコールを放置してしまったり、などが原因のようです。私の患者さんでも実際にハイターを飲んでしまったという方もいました。
 今、ウイルスを持ち込まぬよう玄関先で色々なものに消毒薬を噴霧されている方も多いようです。しかしマンションなどでは玄関の換気は必ずしも良くありませんし、消毒薬は吸入すると有害であるものが大半です。さらに、手や口の過剰な消毒は皮膚や粘膜に炎症を起こし、むしろ免疫力を落とす結果にもなり兼ねません。ハンディタイプの紫外線ランプなども市販されていますが、これも人に直接当ててしまわないよう注意が必要です。

交通事故リスク

 都会では、3密となりやすい電車通勤やバス通勤から自転車・自動車による通勤に切り替えた方もいるのではないでしょうか。私自身、天気の良い日は片道10㎞あまりの自転車通勤をすることにしました。しかし、都心の自転車・自動車通勤は交通事故リスクを伴います。
 2001年に米国で起きたテロリスト事件では、ハイジャックされた航空機がビルに激突するという衝撃的な画面が繰り返し報道されました。この事件の後、米国では、かなりの数の人が航空機の使用を恐れ、自動車で国内移動をするようになったそうです。この結果、事件後1年間で約1600人の交通事故死の増加がみられた、といわれています注9)。これはテロによる直接死者数の約半数に当たります。
 日本においては交通事故リスクはそれほど高くありませんが、交通事故は感染症と同じく他人を巻き込み得ます。疲労・飲酒などリスクの高い日には公共交通機関というリスクを選択することも大切だと思います。

精神的ストレスと差別

 また、過剰な感染リスク回避行動は、他者への糾弾・差別へつながります。 
 完璧主義の方は、自分だけでなく他人にも「ゼロリスク」を強要しがちです。公園に集まって遊ぶ子ども、マスクを着けずジョギングする人、手を洗わずに公共物に触る人を糾弾するなど、ご自身の「常識」を他の方強要するような発言をしばしば見かけます。更には医療関係者の家族の公園の出入りを断る、といった差別まで生じています。
 新型コロナウイルス感染のリスクを減らすという一点だけを見れば、それは「正しい」対応かもしれません。しかし、これまで述べた通り、リスク回避は別のリスクを招きえる、という点で、その行動がその方や社会の健康につながるとは限りません。むしろ差別・糾弾を受けた方々の精神疾患リスクを増加させるのではないでしょうか。
 精神疾患については専門でないので具体的な対策は述べることができませんが、ゼロリスクが存在しないことを許容し、時にはリスクを忘れることも大切なリスク管理の一つなのかもしれません。

リスクは正解・不正解ではなくバランス

 以上、新型コロナウイルスの回避に伴う健康リスクにつき、幾つか例を挙げてみました。実際には経済的影響も健康リスクを及ぼすので、これは健康リスクのほんの一部だと思います。では私たちはこの「前門の虎、後門の狼」といった状況と、どのように付き合ったら良いのでしょうか。
 私見ですが、福島の原子力災害の後と同じく、まずはリスクはゼロにならないこと、リスク選択に正解はないことを多くの方が知ることが大切だと思っています。
 外に出る・出ない、人に会う・合わない、子どもを遊ばせる・遊ばせない…どちらを選択しても健康リスクを伴います。またリスクの大きさは日により、状況により変化します。1か月であれば回避行動が望ましいけれども3か月だと回避に伴うリスクが高い、3か月までは許容できるけれども半年は無理、などのバランスは、個人の背景や価値観によっても異なるでしょう。私たちは感染リスクと感染回避リスクの両者を天秤にかけ、その中でも常に自分の心と体の健康、そして社会への影響を考えながらリスク選択をする必要があります。

他害リスクもゼロにはならない

 このような話をすると、
「ウイルスは他人にうつす危険があるのだから、他のリスクと一緒にすべきではない」
と言われる方もいるでしょう。たしかに感染は他害リスクが高いという特徴があります。
 しかし、他害のリスクを伴う行動は、感染症に限ったことではありません。たとえば私たちは交通事故のリスクを知りながら運転をします。それは他の人を交通事故に巻き込むリスクを許容しているということです。喫煙もまた、場所によっては二次喫煙により他者に発がんリスクを与え得る行為です。飲酒も他者への暴行などのリスクを高めるでしょう。肥満や抑うつも周りの人へ伝播するという報告もありますから、これも他害リスクといえるかもしれません。究極的には、健康リスクを伴う行為全てが、限られた医療資源を消費するという間接的な他害リスクであるとさえ言えるのです。

他者のリスクを許容する

 全ての人の行動が自分にも他人にも害を及ぼし得る。そんな中でもう一つ大切なことは、自分の価値観と異なるリスク選択をする人々や社会を許容する、ということです。
 たしかに、理想的な感染防護は存在します。全員がマスクを着け、外出を控え、集会もしない。そうすれば感染自体は封じ込めるかもしれません。しかし、完璧を求めすぎる対応は人々の鬱憤を蓄積させ、結果的に違反者や隠蔽者を増やし、むしろ社会をコントロール不能な状況に陥らせてしまう危険もあるでしょう。
 「過去と他人は変えられない」という言葉があります。たとえ家族であろうと、私たちは自分以外の人々のリスクを完璧にコントロールすることはできません。もちろん話し合いにより歩み寄れる部分もあるでしょう。しかし、その話し合いの場で他者を説得したり、強要することは、他人にダイエットを強要したり禁煙を強要するのと同様マナー違反とも言えます。
 どんなに糾弾しても、変わらない人間が一定数いるのが現実社会です。この違反者を包含しなければ、どんな対策も「絵に描いた餅」となってしまうのではないでしょうか。

発展的復興を目指して

 以上をまとめると、今知っていただきたいことは、以下の4点です。

1.
新型コロナウイルスのリスクと同時にそれを避けるリスクがある
2.
どの選択にもゼロリスクはない
3.
自分で選べないリスクもある
4.
全ての人に自分と同じリスク選択を強要することはできない

 これを知ることは、私たちがこの不完全な社会・不完全な人間を受け入れることと同義なのかもしれません。
 パンデミックとの厳しい戦いはまだまだ続きます。その中でせめて災害から学び、寛容な社会・リスクに強い社会を築くことで、この災害に一矢を報えれば、と願っています。

注1)
http://ieei.or.jp/2015/04/opinion150413/
注2)
Tsuboi M, Hasegawa Y, Suzuki S, Wingstrand H, Thorngren KG. Mortality and mobility after hip fracture in Japan: a ten-year follow-up. J Bone Joint Surg Br. 2007;89(4):461–466. doi:10.1302/0301-620X.89B4.18552
注3)
http://ieei.or.jp/2017/09/special201706008/
注4)
Yokomichi H, et al. BMJ Open 2016;6: 3010978.
注5)
Mesa JL, et al. Nutr Metab Cardiovasc Dis 2006; 16(4): 285-93.
注6)
Haapala EA, et al. Vaisto J, Lintu N, et al. Physical activity and sedentary time in relation to academic achievement in children. J Sci Med Sport 2017; 20: 583-589 2016
注7)
Closing schools for covid-19 does lifelong harm and widens inequality.The Economist 27 April, 2020.
https://www.economist.com/international/2020/04/27/closing-schools-for-covid-19-does-lifelong-harm-and-widens-inequality
注8)
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/69/wr/mm6916e1.htm
注9)
https://www.theguardian.com/world/2011/sep/05/september-11-road-deaths