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環境省「長期低炭素ビジョン」解題(4)


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)


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エピローグ:スティグリッツ教授のメッセージ

 環境省はこの「長期低炭素ビジョン」最終版を取りまとめて発表した後、今年度に入って議論を継続する方針を示し、あらためて「長期低炭素ビジョン小委員会」を再開し、引き続き有識者ヒアリングを行っていく方針を示した。またその一方で、カーボンプライスに関しては、学識経験者のみから成る「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」を新規に立ち上げている注10)。その設置の主旨を示した『「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」の設置について』(平成29年6月29日第一回検討会 資料2)の中では、
 「3 月に中央環境審議会地球環境部会においてまとめられた「長期低炭素ビジョン」でも、「長期大幅削減に向けたイノベーションを生み出す国内での取組を加速化する上でいかなる制度の在り方が我が国にとって適しているか、具体的な検討を深める時期に来ている。」とされたところである。」
とした上で、
 「有識者から構成される「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」を設置し、有識者、経済界等からの意見も聴取しつつ、長期大幅削減と経済・社会的課題の同時解決に資するような我が国のカーボンプライシングの活用のあり方について、大局的な見地から論点を整理し、様々な方向性について検討を加える。」
としている。あくまでカーボンプライシングを今後日本で導入していくことを目指して、検討準備を続けていくということのようである。
 実は昨年度の「長期低炭素ビジョン小委員会」では、「ビジョン」の最終とりまとめを行った第13回小委員会の後、追加的に3月16日に第14回小委員会が開催された。そこではノーベル経済学賞を受賞し、世界的に高名な経済学者であるジョセフ・スティグリッツ コロンビア大学教授をゲストに招き、ご講演をいただいた。同教授は持論として、気候変動問題への対処のためには、世界的にCO2排出トン当たり50~100ドル程度のカーボンプライスの導入が有効であるとの主張をされており、同様の考えをもつ学識経験者があつまって、国際的な検討が進められている注11)。当日の講話の中でも同教授は、そうしたカーボンプライスを歳入・支出中立の形で導入することで、つまり税収を所得税減税の形で全額社会に還元することで、社会全体で環境投資が喚起されて、企業投資が低迷する日本経済にとってもプラスになるだろうという論を展開された。
 この講話に関して小委員会の場で、筆者とスティグリッツ教授の間で交わされた質疑応答について、最後に紹介させていただく。

 筆者「先生がおっしゃっているこのカーボンプライシングの有効性については、そのとおりだろうと思います。逆に言いますと、実は日本は、このカーボンプライシングを過去40年にわたって非常にうまく使って今日に至っている国じゃないかと思っています。といいますのは、日本の場合、化石燃料への上流課税として石油・石炭税というのを1978年から導入しておりまして、現在、年間の税収が5,000億円超の規模になっています。これが毎年税収として入ってきて、その半分を省エネ対策、研究開発補助金等に使っております。それゆえ、産業ベースで比較したとき、日本企業の総合的なエネルギー効率は世界トップクラスになっており、日本の自動車の燃費も世界でトップクラスを達成しているのではないかと思うわけです。そういう意味で、日本は既にカーボンプライシングが有効に機能している国なのではないかと思います。
 問題は現状でこのエネルギー諸税に加えてさまざまな税金あり、エネルギーにかかっている税金は日本全体で4.8兆円になっています。これを日本のエネルギー起源のCO2排出量の11億トンで割り戻しますと、CO2トン当たり4,000円のカーボンプライスが、既に日本社会にはかかっています。先生のおっしゃっているカーボンプライシングですが、これをどこまで上げることによって、どれだけの限界的なリターンがあるというふうにお考えでしょうか?つまり、日本はかなりの省エネを既にやってきてしまっている中で、限界的にどういうリターンを求めることができると思われるかということについて、ご見解を教えていただきたいと思います。」

 ジョセフ・スティグリッツ教授「はい、いい質問ですね。今おっしゃったところは、幾つかのポイントを強調していらっしゃると思うからです。
 今おっしゃったように、エネルギーに高い価格を、例えば石油に対しては高い価格を設定してきたということ、これに対してその影響があったということで、炭素価格は機能したということです。ただこれは、全ての経済のセクターに満遍なく適用されるべきものなわけです。それがまず第1点ですね、この炭素価格というのは。
 それから、炭素価格の一部(註:ガソリン税)は、道路への投資と結びつけられてきました。つまり公共輸送機関にではなくて、道路建設に紐づけられていたりしました。エネルギーを削減するための公共輸送機関にはならなかったということです。そして、そのインフラの部分が必ずしもそれに対応するものでなかったということです。ですから紐づけをやめて、より均一に、全体に影響が行くようにしなければなりません。そして価格としてはもっと高くしなければいけないと思っています。この点については、まだ(国際検討)委員会のほうでも合意を見ていませんけれども、コンセンサスとしては大体CO2 1トン当たり50から100ドルという数字です。まあ、日本の現状よりも少し高い数字でしょうか。
 それがもう一つの点につながるのですけれども、日本が本当の意味での炭素価格の制度を入れるとなりますと、既にここまでなさっている、多分7割~8割ぐらいまではもうやっていらっしゃるわけですから、ほかの国に比べたら、それほどやりにくい、苦しいことでもないかもしれないということです。もしかしたらほかの国にとって、(日本は)模範になれるかもしれないと思います。
 それからこの非明示的な価格というのも全体のストーリーの中で重要な部分を果たしていると思います。やはり化石燃料の使用を何とか減らしたいというのが我々の目的ですから。それは日本では非常に高いですよね、輸入しなければならないわけですから。それからまた規制もあります。また、暗示的な価格といったものもあったりします。よく議論するのが、例えば街の設計もこの暗示的な形で炭素価格を使っていると言えるかもしれません。というのも、街づくりということによって例えば人口密度が高くなったりということになります。それから公共輸送機関、これも公共投資なわけですが、考えてみると結局人々が個人の車ではなくて公共輸送機関を使うようにと促進をすることは、炭素の排出が減るわけです。
 その費用便益の比較をしますと、公共輸送機関のほうがいいということです。つまり、非明示的なやり方ではありますけれども、これでも結局はやりたいことにつながるわけですから、目的に近づくわけですからいいことです。よりグリーンな経済へのビジョンを達成するために、非明示的な形であってもいいと思います。というのも、民間の人々の振る舞いにそれが影響を及ぼすわけですから。ですからそういった全体のバランスといったものを見失わないことが重要だと考えます。

 つまりスティグリッツ教授は、日本のカーボンプライシングについては、世界に先駆けて既に「必要と思われる水準の7~8割まで」実施されており、「他国の模範になれる」と発言されているわけである。ただ、日本だけがこの高い水準のカーボンプライスを交易相手国に先駆けて一方的にかけ続け、ましてや今後その引上げを図ろうとすれば、当然国際競争力の低下という懸念が生じることになる。同教授が推奨しているのは、「世界全体で」共通に50~100ドル/CO2-t のカーボンプライスをかけていくということなので、先行している日本のなすべきことは、既に7~8割の水準を達成している国内でさらに税率を引き上げるということよりも前に、周辺諸国や交易相手国に対して、まずは日本と同水準のカーボンプライシングを導入するように促していくことだろう。
 他国に対して相対的に高コストの輸入エネルギーを使わざるを得ない上に、そうしたエネルギー使用に対して高率のエネルギー税が既に課されているという現実の中でも、省エネルギーによってそのコストハンデを緩和して、様々な優れた工業製品を国際社会に輸出し続ける競争力を維持している日本の産業構造とそれを支える技術は、今後近代化、工業化を進めていくことを目指すインドや東南アジアの新興国にとって、「環境と経済を両立」させた発展を実現するためのモデルを示しているということができる。まさにスティグリッツ教授がおっしゃる通り、日本はそうした国々に対して「模範になれるのかもしれない」のである。われわれは先ずこのことをきちんと認識し、正しい国際的な立ち位置を確認した上で、地球環境と経済の両立という、全ての国が希求する問題に対して、日本としていかに貢献できるか、そのような模範を示せるかについて自問自答する必要がある。その上で日本として、地球規模での温暖化問題の解決に向けて、国内対策に焦点を当てた「長期低炭素ビジョン」を超えて、どのような国際的な「長期ビジョン」を世界に対して提唱していくことができるか、ということこそが問われることになるのである。

注10)
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/cp/arikata/index.html
注11)
“Report of the High-Level Commission on Carbon Pricing”(May 29, 2017, Carbon Pricing Leadership Coalition)
https://static1.squarespace.com/static/54ff9c5ce4b0a53decccfb4c/t/59244eed17bffc0ac256cf16/1495551740633/CarbonPricing_Final_May29.pdf