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最終話「IAEA事務局長」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使


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(「途上国初の事務局長」:モハメド・エルバラダイ(第4代1997-2009)

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写真出典:IAEA

 第4代の事務局長には、エジプトの外交官出身のモハメド・エルバラダイ(Mohamed ElBaradei)が就任した。初の途上国出身の事務局長である。
 エルバラダイ事務局長の選出過程は、理事会のクローズド・セッションで行われたため、詳らかになっていない。公開記録では、1997年6月の理事会でエルバラダイ候補の任命が全会一致で決定されたこと、同決定が、同年9月の総会で同じく全会一致で承認されたことが簡潔に記されているのみである。それまでの事務局長選が、上述したように、総会での投票に持ち込まれたり、数ヶ月にわたって理事会で投票が延々と繰り返されたりして、過度に先鋭化した教訓を踏まえたものである。
 エルバラダイ事務局長の第1期目最後の年の2001年9月11日に米国で起きた同時多発テロは、9月定例理事会2日目の最中だったIAEAにも直ちに一報が伝えられたが、この事件はその後のIAEAにも大きな影響を与えた。翌2002年から始まった核セキュリティ計画の策定に代表されるように、核を用いたテロに対処するための核セキュリティ対策がIAEAの活動の大きな柱となった。

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写真左:2002年12月にイラク、イラン、北朝鮮についてブリーフィングを行うエルバラダイ事務局長(出典:IAEA)
写真右:2005年にノーベル平和賞を授与されるエルバラダイ事務局長(出典:IAEA)

 また、ブッシュ(子)米国大統領(当時)が2002年に「悪の枢軸」として名指しして批判した、イラク、イラン、北朝鮮の核問題への対応もIAEAの重要任務となった。3カ国がその後たどった道は三者三様であり、IAEAの果たした役割(とその限界)も様々である。イラクはIAEAの査察活動の半ばの2003年に戦争に突入という結果となった。イランは外交交渉とIAEAによる査察の継続の後に一昨年の包括的核合意(後述)に至り、現在はIAEAによる合意実施の監視・検証の段階にある。北朝鮮はIAEAの査察官を現地から追放し、昨年までに5度の核実験を行うに至っている。
 2005年には、IAEAの活動に対し、IAEAとエルバラダイ事務局長それぞれに対し、ノーベル平和賞が授与された。

(天野之弥(第5代)2009-現在)

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写真出典:IAEA

 第5代事務局長に就いたのは、日本外務省で長く軍縮・不拡散・原子力畑を歩み、日本の原子力外交をリードしてきた天野之弥である。2009年の事務局長選挙当時は在ウィーン国際機関日本政府代表部大使の任にあった。
 天野事務局長の選出も、エルバラダイ前事務局長選出の際に確立した手続きに則って行われ、選出過程の大部分は理事会のクローズド・セッションで行なわれている。主たるライバルは、南アフリカ出身の候補であった。2009年3月理事会から始まった理事国の3分の2の票をめぐる選挙戦は、結局7月理事会まで続いたが、最終的には、理事会での事務局長任命、9月総会での承認とも全会一致で決定された。
 天野事務局長時代において、日本との関連で特筆されるのは、2011年3月11日の福島第一原発事故であろう。この事故は、日本のみならず、世界の原子力関係者に大きな衝撃を与え、以後、原子力安全の強化が大きな課題となった。天野事務局長の下、IAEAは事故直後からの初動対応、事故当事国の日本に対する様々な協力と並行して、世界の原子力安全強化のための行動計画の策定・実施や、IAEA福島報告書作成による教訓の特定とフォローアップといった措置をとってきた。そのプロセスは事故から6年経った今も続いている。

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写真左:福島第一原発事故直後の2011年3月に訪日し、日本政府関係者と協議を行う天野事務局長(出典:IAEA)
写真右:福島第一原発事故の影響調査のため、2011年5月に派遣されたIAEAミッション(出典:IAEA)

 また、天野事務局長就任と同じ年に発足したオバマ政権により始まった核セキュリティ・サミットと並行する形で、IAEAも核セキュリティ国際会議(閣僚級)を2度(2013年、2016年)にわたって開催し、この分野での対策の強化を進めた。昨年5月の核物質防護条約の改正の発効はその成果の一つである。
 長年の懸案であったイランの核問題は、2013年のローハニ政権成立から新たな進展が見られ、2015年7月の包括的共同作業計画(JCPOA)の合意により、大きな節目を迎えた。翌2016年1月からは合意の実施段階に入っている。一連の過程においてIAEAは、イランの過去の核の軍事転用疑惑の解明や、イランによる合意の実施の監視・検証において不可欠の役割を果たしてきている。また、天野事務局長が、米国、イランを始めとする関係国政府の指導者との間で、陰に陽に協議を重ねてきたことは言うまでもない。

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写真左:2014年8月のイラン訪問の際、サーレヒ副大統領・原子力庁長官と記者会見に臨む天野事務局長(出典:IAEA)写真右:2015年7月、イランの過去の軍事転用疑惑解明のためのロードマップ合意に署名した天野事務局長(出典:IAEA)。同年12月のIAEA特別理事会でこのロードマップ合意の作業が区切りをつけたことを受け、翌年1月、包括的核合意の実施が始まることとなった。



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