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第5話「気候変動交渉の舞台裏(2):『悪魔は細部に宿る』」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使


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1年の気候変動交渉の集大成は「COP決定文書」

 1年間の気候変動交渉の議論の結果は、最終的には年末のCOPの決定文書に集約される。それまでの様々な国際会議で作成される膨大な数の文書は、基本的には中間的な成果物である。もちろんG8サミットで作成される首脳文書は相当の重みを持つものだが、G8のみが当事国であり、中国やインドなどから「自分達とは関係ない」と言われればどうしようもない。あくまで全ての締約国が関与するCOP決定文書(京都議定書締約国会合の場合はCMP決定文書)が最も高いレベルの正統性をもつことになる。しかもCOPは継続的プロセスである。その年のCOP最終日に採択されたCOP決定が、翌年の交渉のベースとなり、その影響は何年も続く。条約や議定書の改正、新たな議定書の策定といった、ルールメイキングにつながる可能性もある。
 したがって、COP決定文書を巡る交渉プロセスは熾烈を極める。特に各国閣僚級が現地入りするCOP本番の第2週後半の数日間は、主要国閣僚クラスが入り乱れての激しいやりとりが繰り広げられる。最終日の金曜日の日付が変わっても激論が続くことも珍しくない。成果文書の文言については、文字通り一言一句、本文のみならず、脚注から引用文書に至るまで、微に入り細にわたる検討がなされるのである。
 そして最終的に出来上がった文書は、各国の様々な立場の微妙なバランスを反映した玉虫色の表現が数多く盛り込まれたものになる。よく、国内での日本政府の文書について、関係省庁の協議を経た玉虫色の表現をもって「霞ヶ関官庁文学」と揶揄されることがあるが、気候変動交渉における成果文書を巡る文言交渉過程の激しさは、国内の比ではない。各国の交渉責任者の間の丁々発止のやりとりを経て、膨大な「COP文学」が生み出されるのである。

気候変動交渉のハイライト:ドラフティング・セッション

 技術的だが、ドラフティング・セッションとよばれる、具体的な文書案をもとに、成果文書をつくる最後の過程が国連の気候変動交渉の核心といってもよい。
 まず、文書案がテーブルにのる前から交渉は始まっている。文書案を提示する立場の議長に対して様々なルートで自国の立場をインプットし、議論の土台になる議長提案の文書案に自国の立場が反映されていればいるほど、それだけ有利になる。
 実際に交渉のテーブルに文書案がのせられたら、その字句、表現をみて、限られた時間で自国の交渉ポジションに照らして問題ないかどうかを素早くチェックする。受け入れ可能かどうか、受け入れ困難ならどういう代替案なら可能かを判断しなくてはならない。「悪魔は細部に宿る(The devils are in the details)」というとおり、どこに落とし穴があるか分からないので細心の注意が必要である。そして、自分の座席の前の「JAPAN」のネームプレートを立てて発言を求め、自国の立場を論理立てて主張するのである。
 当然、各国からも自国の立場に従って、様々な主張がなされる。一つの字句、表現を巡って何度も応酬がなされることも往々にしてある。複数の表現がオプションとして並記されたり、コンセンサスが出来ていない表現をブラケット(カッコ)に入れたりすることもあるが、最終段階で大人数がこれをやり出すと収拾がつかなくなる。このため、議長国は極力議論の拡散を避けようとする。主要論点毎に分割して少数の関心国で表現を固めて最後に一本化したり、議論の流れを踏まえて議長提案の2次案、3次案を出したりして収束を図ろうとするのである。前者がCOP16でメキシコが、後者がCOP17で南アフリカがとった手法だが、特に決まったやり方があるわけではない。どういう流れになろうと、臨機応変に対応しなくてはならない。
 そこには事前に用意されたステートメントを読み上げるのではない、真剣勝負の世界がある。こうした議論についていけなければ、国際交渉では太刀打ち出来ない。
 各国首脳が集まったコペンハーゲンCOP15では、コペンハーゲン合意の中の表現における、途上国の温暖化対策の検証のあり方が焦点となり、最後は米中間のやりとりで固まった。京都議定書「延長」問題がクローズアップされたカンクンCOP16では、先進国の温暖化対策を将来枠組みと京都議定書の双方に如何に位置づけるかが焦点となり、日本側代表団が成果文書の表現に最も腐心したのも、この点についてであった。ダーバンCOP17では、目指すべき将来枠組みの法的性格についての表現を巡ってEUとインドが最後まで争った。
 今回は、COP15からCOP17までの成果文書において焦点となった箇所を題材に、気候変動交渉の一端を紹介することとしたい。
 さて、ここで読者に一つ質問である。英語での文章表現交渉に自信や関心がある方、コペンハーゲン合意の一節に関する以下の2つの案文の違いが見分けられるだろうか?日本の立場を守るためには、どちらかの案には絶対に同意してはいけない。それはどちらで、どういう理由からだろうか。
 答えは、添付の本文を参照願いたい。

(案1)
AnnexⅠ Parties commit to implement individually or jointly the quantified economy-wide emissions targets for 2020, to be submitted in the format given AppendixⅠ by AnnexⅠ Parties to the secretariat by 31 January 2010 for compilation in an INF document.
AnnexⅠ Parties that are Party to the Kyoto Protocol will thereby further strengthen the emission reductions initiated by the Kyoto Protocol.

(案2)
AnnexⅠ Parties commit to implement individually or jointly the quantified economy-wide emissions targets for 2020, to be submitted in the format given AppendixⅠ by AnnexⅠ Parties to the secretariat by 31 January 2010 for compilation in an INF document.
AnnexⅠ Parties that are Party to the Kyoto Protocol will thereby further strengthen the emission reductions under the Kyoto Protocol.

カンクンCOP16における小人数会合の会場(日本側代表団関係者撮影)

別添:第5話「気候変動交渉の舞台裏(2):『悪魔は細部に宿る』」
*本文中意見にかかる部分は執筆者の個人的見解である。



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