欧州委員会が狙う電気自動車の三重の効果


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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(「エネルギーレビュー」からの転載:2021年5月号)

 欧州委員会(EC)は電気自動車(EV)の導入に熱心だ。2030年に、乗用車を中心に3000万台のEVと、電動化が困難な大型車両を中心に八万台の燃料電池車をEUに導入する計画を明らかにしている。欧州自動車工業会は、EU内での充電ポイントの整備が必要なことから3000万台の導入目標に懐疑的だ。内燃機関自動車より高価格なEV導入を進めると買い替えを躊躇する消費者が増えることにより、全体として燃費の改善が遅れる可能性も工業会は指摘している。

 ECがEV導入に熱心な理由は、EUの全CO2排出量の約1/4を占める運輸部門からの排出量を削減するためだ。EUのCO2排出量は減少しているが、運輸部門からのCO2排出量は1990年6億7300万トンから2019年8億3200万トンに大きく増加している。運輸部門の中で大きな比率を占める自動車のCO2削減を進めるには、電源の非炭素化が前提のEV化が必要だ。

 もう一つ大きな目的がある。欧州主要国、独、仏、英、伊、西では自動車産業は大きな雇用と付加価値額を持つ基幹産業だ。EUの国内総生産額の7%を自動車産業が作り、直接間接の雇用者数は1460万人とされている。自動車産業の国際競争力を維持することは大きな課題だが、ハイブリッド自動車、燃料電池車では、日韓の自動車メーカーとの厳しい競争に直面し、技術的には欧州メーカーが先行しているとは言えない。稼働部分が全く異なるEVであれば、競争することが可能になる。

 EV化の大きな問題の一つは、工程が3割から4割減少するため自動車産業の雇用に大きな影響を与えることだが、EV製造分野で米韓日に先んじ世界市場で大きなシェアを握れば雇用も維持できると踏んでのことだろう。中国市場で存在感を発揮しているフォルクスワーゲンは欧州メーカーの中でもEV導入に最も熱心だ。2019年には、EV導入に熱心ではないドイツ自動車工業会を脱退すると脅したことがあるほどだ。熱心な理由は世界市場でのシェア維持、拡大にはEV導入で主導権を取ることが必要と考えているからだ。

 ただ、EVを導入しても電源からのCO2排出量が減少しなければ効果は薄い。電動化と同時に電源の非炭素化を進めることが重要になる。米バイデン政権が2050年ネットゼロに先立ち2035年に電源の非炭素化目標を設定しているのは、電動化の前に電源を非炭素化する必要があると考えてのことだろう。

 EV導入により電源の非炭素化を進める国もある。コロナにより電力需要が大きく落ち込んだ英国では昨年、風力など再生可能エネルギーからの発電を抑制する出力制御量が増加した。需要に合わせ発電できない再生エネでは仕方がないことだが、EV導入により出力制御される電気をEVの蓄電池に貯めるべきとの意見が出てきた。EV導入により再生エネ発電量を有効活用する考え方だ。

 脱炭素、製造業振興、再生エネ導入。まさに、EVの三重の配当だ。内燃機関車の製造では日独に勝てない自動車製造国にとっては、EV導入は大きなチャンスだ。そう考えたスペインは、コロナ禍からの復活を担うEUの対策資金をまずEV製造、EV関連設備整備に投入すると発表した。最初に資金を投入するのは、EV用蓄電池製造を行う50億ユーロの官民共同プロジェクトと産業・貿易・観光大臣により発表された。

 日産自動車が閉鎖を発表したバルセロナ工場を蓄電池製造に転用する案が浮上していると報道されているが、関与するのは韓国LGグループなどとされている。EV導入には、車体価格の上昇、自動車産業の雇用減の問題などが指摘されているが、ハイブリッド、燃料電池などで先行する日本企業が、EV製造に思い切って踏み切れないうちに、自動車製造で後れを取っていた国に巻き返されることになるかもしれない。