水素社会を拓くエネルギー・キャリア(2)

日本のエネルギー・環境制約と水素エネルギー(その1)


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター

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 前回も書いたように「エネルギー・キャリア」は、水素エネルギーを輸送、貯蔵する手段として重要な役割を果たすことが期待されている。それでは、何故、水素エネルギーが重要となるのか。それを理解いただくには、日本が直面しているエネルギー・環境制約に関する中長期的展望から説明する必要があるだろう。

 日本は、現在、一次エネルギー供給の80%以上を化石燃料に依存している。原子力発電所のほとんどが止まっていた2012年度には、化石燃料への依存度は92%を超えた。

 今後、世界の化石燃料の消費は増加の一途をたどり、世界の化石燃料の消費量は2035年には現在の約1.5倍に増加すると見られている注1)。近年、米国などにおいてシェールガスのブームが起きているが、中長期的に化石燃料資源の賦存量に限界があることに変わりはない。いずれはエネルギーの消費国間で化石燃料資源の確保競争が一層熾烈化し、価格が上昇していくことは必至と考えられる。とくにアジアには中国、インドなどエネルギーの大量消費国があり、日本は大きな影響を受ける可能性がある。ここしばらくの間は日本もシェールガスの恩恵にあずかることができるかもしれないが、日本の将来を考えるならば、今から化石燃料への依存を大きく減らすための準備を進めていく必要がある。
 
 加えてCO2の排出量も大幅に減らしていかなければならない。大気中のCO2濃度は年々増加し、産業革命前の280ppmから、とうとう400ppmを超えるまでになった。IPCCの最新報告は、地球の気温上昇を2℃未満に抑える国際合意を達成するには、GHGの排出を2050年に2010年比40~70%減らす必要があると指摘している。日本のCO2排出量は世界の4%弱に過ぎないが、世界の経済大国の一員として応分の削減に取り組まなければならない。2050年までにCO2排出量を先進国全体で80%またはそれ以上削減する、世界全体で50%削減するという目標は、G8の首脳間で共有し注2)日本も堅持している目標である。日本は化石燃料への依存を大幅に減らさない限り、このレベルの排出削減を達成することはできない。

 そういった中で日本は、中長期的なエネルギー需給について、どのような見通しをもっているのだろうか。現在、存在する中長期的なエネルギー需給の見通しは、政府が2012年9月に決定した「革新的エネルギー・環境戦略」の基礎となっている分析である。ただ、それは2030年までの見通しにとどまっている。

 この戦略から得られる情報をもとに2030年の一次エネルギー供給量について推計してみると注3)、省エネを最大限(20%の省エネ)行い、再生可能エネルギーを最大限導入し、かつ、(原子力発電所の多くが稼動していた)2010年度【図-a】注4)と同程度(電源構成の25%)を原子力エネルギーに依存したとしても注5)、日本は2030年においても一次エネルギー供給量の76%を化石燃料に依存することになる【図-b】。(原子力エネルギーにまったく依存しない場合注6)には、化石燃料への依存率は83%【図-c】となる。)

日本のエネルギー需給の中長期の見通し

注1)
IEA(国際エネルギー機関)のEnergy Outlook 2012.
注2)
2009年のイタリア、ラクイラで開催された「G8首脳宣言」パラグラフ65。
注3)
「革新的エネルギー・環境戦略」では、一次エネルギー供給に占めるエネルギー源別の割合が示されていないため、同戦略に示されている2030年の電源構成、最終エネルギー消費量等から同割合を筆者が推計。
注4)
【図】の見方を念のため説明しておこう。各年/ケース毎に3本の棒グラフが並んでいるが、一番左の棒グラフが日本国内に供給される一次エネルギーの量と燃料種別の内訳。その一次エネルギーの一部は、電力や都市ガス等に転換された後、真ん中の棒グラフに示されるような形で国内で最終的に消費される(“最終E(エネルギー)消費量”)。その最終エネルギー消費の中で大きな割合を占める電力を生産するために使用された一次エネルギー(=電力に転換された一次エネルギー)の内訳が一番右側の棒グラフである。
注5)
「革新的エネルギー・環境戦略」の“25シナリオ。”
注6)
「革新的エネルギー・環境戦略」の“ゼロシナリオ。”

 2050年の日本のエネルギー需給の姿については、現時点で公的な見通しは存在しない。これに関しては(財)日本エネルギー経済研究所が行った試算注7)が見当たる程度であるが、詳細が公表されていないため、試算結果を示すグラフ等から数値を読み解くなどによって、日本のエネルギー需給の姿を推定せざるを得ない。そういった制約の下ではあるが、2050年における日本の1次エネルギー供給構造の姿を推計してみると、再生可能エネルギーによる発電量の比率を2050年までに2010年の約2倍の25%に増やし、省エネルギーをさらに10%程度進め、発電量の10~15%程度を引き続き原子力発電に依存するという対応を行ったとしても、2050年において、なお1次エネルギー供給の8割を化石燃料に依存するという日本の姿が見えてくる。

 この結果から見えてくることは、この程度の再生可能エネルギーの導入の拡大では2050年になっても化石燃料への依存を大きく減じることはできないということだ。もし原子力エネルギーへの依存をもっと減らそうとするなら、エネルギー源は化石燃料、原子力エネルギー、再生可能エネルギーの3種類で構成されるので、一層大量の再生可能エネルギーの導入を図る必要がある。CO2排出量については、化石燃料に1次エネルギー供給の8割を依存するという状況では、2050年までに排出量を50~80%という規模で削減することは到底できない。

 こういった状況を打開するために、日本は2050年に向けて大量の再生可能エネルギーを導入する必要がある。しかし、再生可能エネルギーを一次エネルギー供給の数十%を占めるほど増やすことは容易なことではない。例えば、2030年までに太陽光発電の設備容量が2005年比の40倍、風力発電のそれが同10倍に増加したとしても、2030年において一次エネルギー供給に占める再生可能エネルギーの割合は4%増加する程度のインパクトにとどまるからだ注8)

 それでは、どのようにしたら大量の再生可能エネルギーを日本は導入することができるか。しかも安価に。それが今後の日本のエネルギー問題の重要な課題となる。

注7)
この試算では2050年までの経済成長率約1%/年、2050年の人口約110百万人、原油価格の130$/BBL程度までの上昇等のマクロ経済環境に関する仮定がおかれている。
注8)
2014年9月10日の総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 新エネルギー小委員会の資料4「再生可能エネルギーの導入量等に関する検討」等の資料をもとに筆者が推計。

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