新型コロナウイルスの科学(3)

検査という知られざる戦場


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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前回:新型コロナウイルスの科学(2)

 “We have a simple message to all countries – test, test, test. Test every suspected cases”
(我々が全ての国に送るシンプルなメッセージ‐検査、検査、検査。疑わしき症例は検査)

 3月16日、世界保健機関が世界へ向けこのような発信をしました注1)。この発言により、検査件数の少ない日本の現状に焦りを覚えた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 たしかに今日本で検査が充足しているとは言えず、検査を拡充しよう、という声ももっともです。しかし、その焦燥感の中、私たちが決して忘れてはいけないことがあります。それは
「検査は精度が命」
ということです。

病院の台所

「〇〇さん、血糖が高いから薬替えますね」
「A型の輸血用意して!」
「腫瘍マーカーが下がってきました。治療が効いてますね」
 病院で日々行われるこのような診療業務。当たり前のように用いている検査結果が実は間違いだったら、これらの治療は全て誤診につながり、患者さんの生命すら脅かします。
 検査部はいうなれば病院の台所です。多くの医療者が何気なく「口に」している検査に一旦エラーという「毒」が混入すれば、病院診療全体の機能に影響が出ます。1日数千件、数万件とオーダーされる検査にエラーを出さない為に、検査技師は日々厳密な管理を行っています。
 そして、有事とはいえ、いえ、有事だからこそ、新型コロナウイルスの検査もまた、精度をしっかりと管理しなくてはいけません。精度の低い検査による誤った検査結果が報告されれば、誤った感染対策にもつながります。たとえば偽陽性の方を大量に入院させたり、偽陰性の方が油断して外出してしまったり、などが起これば、むしろオーバーシュート(感染爆発)を加速する可能性すらあるでしょう。
 幸い日本では今のところ現場の努力により検査の精度はかなり厳密に管理されています。しかし、今後「抗体検査キット」が市販されるようになれば、その状況は変わり得ます。その時身を守るのは皆さん自身です。
 その為に、本稿では皆さんに新型コロナにおける知られざる戦場、検査の実情について少し詳しく説明をさせていただきます。

RT-PCRと測定誤差

 新型コロナウイルス感染といえばRT-PCRですが、これは検体の中にいる遺伝子を検出する検査です。
 ごく簡略化していうと、RT-PCRは新型コロナウイルスのRNAをDNAという物質に変換した上でそのDNAを増やす方法です。試薬を混ぜたDNAを装置に入れ、温度を変えていくことで複製を始める標識(プライマー)をDNAにくっつける、DNAを複製する、二本鎖になったDNAをはがす、という作業を繰り返します(図1)。1回の複製の過程を1サイクルと呼びます。最近は温度以外の条件でこのサイクルを回す方法も開発されていますが、いずれの方法でも1サイクルの間に検体の環境を3~4回変えます。

 新型コロナウイルスのPCRの場合には、これを40サイクル回します注2)。つまり単純計算でDNAが2の40乗に増幅されることになります。40サイクル以下では微量のウイルスが検出できず、また40サイクル以上ではウイルス以外の混入異物 (コンタミネーション)を間違えて増やしてしまう危険があります。40サイクルが終了した時点でDNAが増えていることが確実であれば、PCR陽性と診断されます。

閾値を決めるのは人間

 ではこの温度条件や反応時間、40サイクルという数字はどうやって決めるのでしょうか?それを決めるのは人間です。つまり、研究者が試行錯誤した結果、偽陽性や偽陰性を最小にする条件を定めるのです。しかし、入念に設定してもごく微量の値については、陽性なのかコンタミネーションなのかの判定困難な状況が生じ得ます(図2、左図)。
 似たような問題は、ホールボディーカウンター(WBC)を用いた内部被ばく測定の時にも起こりました。WBCは人の出している放射線量を測る検査ですが、測定時には室内にある自然放射線も一緒に測定してしまいます。このため、測定した線量から室内の線量を差し引いて患者さんの放射線量とします。しかし患者さんの被ばく線量がごく低線量だった場合、差し引く分の線量の計算を少しでも間違えると本来検出されるセシウムが検出ができなかったり、あるいは検出の値が高すぎたりしてしまいます(図2、右図)。福島台地原発事故の後には様々な場所にWBC装置が設置されました。室内の線量が設置場所ごとに設定が異なるため、WBC導入当初はずいぶんエラーが出たことも知られています。
 このように、自動化された高度な検査機器であっても、「陰性」「陽性」を決める際には人の手が入ることが多い、ということがお分かりいただければと思います。

 ではエラーをどうやって見つけるのでしょうか。PCRの場合には、検体を測定するときに、同時に陽性コントロール(必ず陽性に出なくてはいけない検体)と、陰性コントロール(絶対陽性になってはいけない検体)も測定します。陽性コントロールが陰性になったり、陰性コントロールが陽性になったりしたときには、それは信頼できない結果と判断されます。
 米国では2月の初めにCDCがPCR簡易キットを配布しましたが、陰性コントロールのコンタミネーション、つまり陰性コントロールまで陽性と出てしまうエラーが相次ぎました。このため検査が大幅に遅れたことが知られています注3)
 

試行錯誤の精度管理

 平時であれば、これらの精度管理は大手企業等により標準化され、厚労省の認可を受けて初めて臨床に用いられます。しかし、今回はその時間がないため、本来認可を待つべき精度管理が医療現場に委ねられることになりました。これは実はとても危険なことです。診療を受ける施設によってウイルスの検出率が全く違う、という可能性も出てくるからです。
 国立感染症研究所はかなり早い時期に、標準的なPCRの方法を公表し、精度管理に必要な陽性コントロールの提供も行いました。更に日本臨床検査医学会や日本微生物学会などの学会では、PCR検査の標準化への提言を行ったり注4)Webミーティングによる情報共有を行う注5)などして、全国で均一な検査を提供できるよう働きかけています。
 しかし、それでも施設によっては初めのうち上手く陽性コントロールが出ない、同じ検体を別の機械で測ったら結果が異なった、などの例が少数ながら生じました。最近では徐々に検査方法が安定し、また試薬も手に入りやすくなったことから検査は軌道に乗りつつあります。3月後半になり検査件数が増加している背景には、このような事情もあるのです。
 検査とはスイッチを押せば出てくる「ガラポン」ではなく、このような努力なしには信頼できる値が得られない、ということを多くの方に知っていただければと思います。

抗体検査キットの信頼性は

 日本における検査はこのように慎重に行うが故に拡充のスピードが遅いのは事実です。このため最近ではより簡便な「抗体検査キット」を望まれる声もよく聞かれます。
 抗体検査キットは多くの場合カード式の検査キットで、このキットの上に少量の血液を載せるだけで陽性かどうかが線で示されます。十分な量の血液を自分で取ることができればご家庭で検査をすることも可能であり(図3)、値段も1キット数千円で入手可能です。現在、海外の会社(中国が多いようです)がこの抗体検査キットを次々と日本に売り込んでおり、実際に購入している医療機関もあるようです。

 ではなぜこの抗体検査キットを国や専門家が未だに推奨していないのか。それはこのキットに①抗体検査そのものの限界 ②精度管理の困難という二つの障壁があるためです。

抗体検査の原理

 抗体検査とは、その名の通り患者さんの中にできたウイルスに対する抗体を測定するものです。私たちの体は、あるウイルスやばい菌に感染すると、その外敵の一部(抗原と呼びます)を認識する抗体が作られます。この抗体にはいくつか種類があります。最初に作られるのが、IgMという抗体です。この抗体はごく簡単に言ってしまえば、抗原にくっつきやすいけれども弱い抗体です。その後徐々に、特性が高く強い抗体であるIgGが作られ始めます(図4)。
 現在市販されている抗体キットには、IgG用、IgM用の2種類があります。IgMが陽性であれば比較的最近ウイルスに感染した可能性、IgGが陽性であれば、ウイルスを攻撃するための免疫体制が作られた可能性を示すことになります。

 この抗体検査について、時折聞かれる誤解で大きな2つの誤解は以下のようなものです。

IgM抗体を測ることで早期診断に役立つ
IgG抗体を測ることで、「免疫がついた」ことを確認できる


 
 しかし、血液中にIgMやIgGが出てくるタイミングと実際の症状が出るタイミング、患者さんが他の人に感染させ得るタイミングがどのような関係にあるのかについて、十分な知見はそろっていません。
 抗体産生は感染してから2週間以内くらいという報告があります注6)が、では症状が悪化する前にIgMが出るのか?感染が過ぎてどのくらいIgGが出続けるのか?IgGが出てしまえば人に感染させなくなるのか?などの疑問にはまだ答えは得られていません。
 また、体がIgGを作っても、その抗体すべてがウイルスを退治するだけの強さがあるわけではありません。つまり「IgGができている」ということと、「ウイルスを退治できる」ことはイコールではないのです。
 つまり、抗体検査を行う前以下のことを知っておく必要があります。

1.
IgM抗体が陽性だからといって現在感染しているとは限らない。
2.
無症状の方でIgM/IgG抗体が陽性でも、今後も症状が出ない保証はない。
3.
無症状でIgG抗体陽性になったからといって人にうつさない保証はない。

抗体検査キットの精度

 このような抗体検査自体の限界に加え、簡易キットの信頼性についても注意が必要です。簡易キットは、板の上に新型コロナウイルスの成分(抗原)を貼り付けておいて、そこに患者さんの血液中のIgMやIgGがくっつくかどうかを調べるものです(図5)。

 この簡易キットにつき、少なくとも以下の信頼性を確認する必要があります。

使われている抗原が新型コロナウイルスに特有のものなのか(他のウイルスも認識しないか)
患者さんのIgMやIgGをきちんと標識できているのか
キットが保存状態や使用環境によってどれだけ劣化するのか

 市場に出回るキットについて、この3点の質は必ずしも担保されません。この抗体検査キットが今のところ医療用ではないため、体外診断薬として厚労省の承認を受ける必要がないからです。(その代わりこの結果を元に臨床を行えば法律違反となります)。
 たとえば
「これは××国の政府に承認を受けたキットだ」
などと売り込まれても、その真偽は確かめられませんし、××国の承認基準もわかりません。また、
「新型コロナ患者さんの99%で陽性でした」
と売り込まれても、どのような状態の何人の患者さんに測定した結果なのかもわかりません。実際、精度管理されない多くの不良品が海外にも流通しているとのニュースもあります注7)
 英国は3月初めに、この簡易キットを住民に配布する、と発表しましたが注8)、実際の配布は遅れているようです。その理由も、もしかしたらこのような質の担保にあるのかもしれません。
 私は抗体検査が疫学調査やコミュニケーションツールの一つとして用いられることには反対しません。ただし、承認されていない機器による誤診リスクを知らずに安易に用いられることには強く反対します。

正解のない不安の中で

 今世界中を巻き込む不安の中、多くの方が唯一絶対の正解という救いを追い求めています。検査拡大による「数値情報」を切望する声が大きいのもこのためでしょう。しかし、その数値情報にも実は正解はない。そのことを多くの方に知っていただきたいと思います。
 もちろん検査が足りないのは事実ですから、現状に甘んじてはいけないでしょう。ただし、「やるべき」ことと「できること」を混同するあまり、「神話」を謳う劣悪品の蔓延が社会混乱を起こすことだけは避けるべきです。それは、これまでPCRの精度を支えてきた検査技師の努力を無に帰することにもなります。
 私たちが今やらなくてはいけないことは、この災害に対し私たちは正解を持たない、という謙虚さをもつこと。その中で最良の方法を模索することではないでしょうか。正解のない中紆余曲折する検査の現場を後付けで攻撃する人々もいます。しかし限界と現実を認めない正義は暴力でしかない、と私は思います。
 今、新型コロナウイルスとの戦争の現場には、「勝利」の見えない検査という戦場があります。報道されることのないこの戦場と、そこで戦う検査技師の方々への理解が少しでも進めば幸いです。

次回「新型コロナウイルスの科学(4)」につづく。

注1)
https://www.who.int/dg/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-19—16-march-2020
注2)
国立感染症研究所.病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.9.1
https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/2019-nCoV20200319.pdf
注3)
CDCのある米国が新型コロナ検査で失態を演じた理由.MIT Technology Review 緊急特集:新型コロナウイルス.p32.
https://cdn.technologyreview.jp/wp-content/uploads/sites/2/2020/03/23163714/MITTR_eMook_Vol26_l10fralz.pdf
注4)
日本臨床検査医学会.新型コロナウイルスに関するアドホック委員会からの提言.
https://jslm.org/about/jslm/20200316.pdf
注5)
http://www.jscm.org/m-info/268.html
注6)
Zhao J, et al. Antibody responses to SARS-CoV-2 in patients of novel coronavirus disease 2019. The Lancet (Preprint)
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=3546052
注7)
https://www.jiji.com/sp/article?k=2020032800196&g=int&fbclid=IwAR0vTVDwTbJ63j7H42n1R5ts54Y0p8VfX2rvXV_F8_ncGAdMqt7irI648uk
注8)
Sarah Boseley. UK Coronavirus home testing to be made available to millions. The Guardian 25 Mar 2020.
https://www.theguardian.com/world/2020/mar/25/uk-coronavirus-mass-home-testing-to-be-made-available-within-days?fbclid=IwAR23PkNtk74TgD9I7FFSrp_-FVk6iI1v45wvKuNXclfle_u8QVHtp4yCWZk