原発事故の子どもへの健康影響(その2):放射線被ばく量


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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※ 原発事故の子どもへの健康影響(その1):その特性

 健康問題といってまず話題に上るのは、どうしても放射線の被曝量です。本稿では子どもの放射線被ばく線量について外部被ばく線量・内部被ばく線量・甲状腺の被ばく線量の3種類についてまとめてみます。

外部被ばく線量

 原発から最も近い居住区である福島県南相馬市で2012年3月~9月にガラスバッジによる外部被ばく線量測定が行われました(1)。参加した520の学生(小学生~高校生)の3ヶ月の合計被ばく線量の平均値は0.34mSv(1.36mSv/年)です。ガラスバッジでは自然放射線量とセシウムなどの汚染による線量の合計が測定されます。つまりこの時期南相馬で暮らすことによる被ばく線量は日本全国の自然放射線被ばく量の平均値よりも同等かそれ以下だったということです。
 さらに、この被ばく量の分布は右に長い尾を引いています(図1)。これが何を意味するかというと、数人の線量の高い子どもが平均値を引き上げているため、大半の子どもは平均値よりも低い値の被ばく量であるということです。

 この論文では更に、どのような生活形態がリスクになり得るかということを解析していますが、性別や住んでいる地域、通学方法(バスか徒歩か、など)、外遊びの長さなどの因子は線量に有意な影響を与えてないという結果が得られています。またこの論文で示された一番高い線量(1.1 mSv/3ヶ月=4.4mSv/年)においても、日本人の年間自然放射線被ばく量よりは高いものの、空気中にラドンを多く含むヨーロッパで暮らすのとほぼ同程度の被ばく線量となります。つまり、震災1年後の時点でも、南相馬市で普通に暮らすことは外部放射線被ばく線量の増加にはつながらなかったということです。
 同様のことは、福島高校の学生たち自身による論文(2)でも示されています。この論文は2014年に福島県内・県外・国外の高校生らが協力して各々の地域に暮らすことによる外部被ばく線量を測定し、比較したものです(図2)。この中にはベラルーシの高校生も参加していましたが、彼らも含め、いずれの地域においても外部被ばく線量には差がないことが分かると思います。高校生らの手によって書かれたこの論文は、既に世界中で6万件以上ダウンロードされている、超メジャー論文となっています。

内部被ばく線量:セシウム

 では内部被ばく線量はどうでしょうか。南相馬市のホームページに掲載されているホールボディーカウンターの結果によれば、2011年に検査を受けた中学生以下の子ども579名のうち218名(48%)が、体内の放射性セシウムを検出しています(3)。しかしそのうちほとんどの子どもの被ばく線量は5-15Bq/㎏以下であり、最高値は30-35Bq/kgとなっています。その検出率は年を追うごとに急速に減少し、2年後の2013年には中学生以下の子ども3,390名のうち、検出した子どもは1名、その被ばく量も5-10Bq/kgとなっています(4)
 では最高値である35Bq/kgという数値は、どのくらいの量なのでしょうか。たとえば3ヶ月のお子さんが1Bqのセシウムを摂取した場合の実効線量(70歳になるまでに被ばくする線量の合計)はだいたい0.026μSvです(5参照)。年齢が高くなると、平均余命が短くなること・代謝が遅くなることの2つの理由から、この実効線量は下がっていき、15歳以上になると同じ1Bqの実効線量は約0.019μSvとなります。仮に35Bq/kgを検出したお子さんが3ヶ月児、体重10kgだったとして、実効線量は35x10x0.026=9.1μSv。つまり一生涯を通じての被ばく線量の合計が0.0091mSvとなります。このお子さんが15歳、70kgであったとすると、35x70x0.019=47μSv=0.047mSvです。
 ただし、当時3か月のお子さんは実際問題としてホールボディーカウンターを受けることはできませんでした。ホールボディーカウンターの欠点として、検査の間3分ほどたっていなくてはいけないこと、個体あたり150Bq以下の被ばく量は計測できない、ということがあります。つまり体重の軽い人、たとえば5kgのお子さんであれば30Bq/kg程度の被ばくをしていない限りセシウムを検出できません。また小さいお子さんは、大きな機械の中で一人でじっとしていることができないでしょう。このような乳幼児の測定を行うために、早野龍五・元東大教授は「ベビースキャン」というお子さん用のホールボディーカウンターをデザインしました。実際の測定は2014年から始まりましたが、現在に至るまで小さなお子さんでセシウムを検出した方はいらっしゃいません(6)

内部被ばく量:ヨウ素

 上記の外部・内部被ばくとは異なった被ばく形態をとるのが、放射性ヨウ素です。ヨウ素は吸入・経口によって体内に取り込まれるとその99%は甲状腺という20g程度の小さな臓器に濃縮されます。このため、極少量の被ばくでも甲状腺への被ばく量は多くなってしまいます。
 それだけでなく、放射性ヨウ素の半減期は8.1日とセシウムに比べ非常に短く、震災の混乱の中急性期に実際の被ばく線量の測定をできた子どもはあまりいませんでした。このため放射性ヨウ素の被ばく量データの多くは「推定値」であり、これが住民の不安の原因ともなりました(7もご参照ください)
 ただし、実測を行ったデータも少数ながら存在します。2011年の3月末までに川俣・飯舘・いわきに住む15歳以下の子どもを対象に行われたスクリーニングでは、約半数は測定感度以下、1名が0.1μSv/h相当の被ばくをしています(8)。甲状腺に対する100mSvの被ばくに相当する値は0.2μSv/hですので、この1人のお子さんはやや高めの被ばくをしていた、と言えます。
 同様の結果は福島沿岸部から県外へ避難された子どもの調査でも示されており(9)、20歳以下の子どもの甲状腺の被ばく量は吸入による被ばくで最大23mSv、食べ物からの被ばくで最大25mSvとなっており、もし吸入・経口両方の方法で最大限に被ばくすると約50mSvの被ばくとなります。
 ただし、別稿(10)でも述べた通り、たとえ体内に取り込まれる放射性ヨウ素の量が同じであっても、その時に子どもがヨウ素不足であったか否かによって甲状腺被ばく量は異なります。ヨウ素不足の子どもであればその分被ばく量が多くなり、逆に甲状腺がヨウ素で一杯であれば、被ばく量も少なくなるからです。このように個人の被ばく量にはかなりの差がみられるため、実際のデータを見せられたとしても、自分の子どもがどうだったのか、と心配されるお母さんには十分な安心材料にはならないかもしれません。
 そこで福島県平田村にある平田中央病院では、実際に子どものヨウ素欠乏がどの程度存在するのかを調べました。これは10歳以下の子どもの体内のヨウ素量(放射性ヨウ素ではありません)を調べたものです(11)。4,410名が参加したこの調査で、世界保健機関(WHO)の定義するヨウ素欠乏症(<20 μg/L)に該当する子どもは一人もおらず、16.6%が軽度のヨウ素欠乏(20-100μg)を示したのみでした。勿論100%の断言はできません。しかし、ヨウ素による被ばく量・ヨウ素欠乏の子どもの数のいずれを見ても、福島での甲状腺被ばく量はチェルノブイリとは大幅に異なるということが分かります。

データ解釈の落とし穴

 しかし留意すべきことは、この「疫学データ」を持って、100%のお子さんが「安全であった」ということはできない、ということです。稀な確率であっても、放射性感受性の高いお子さんがいて、他の人よりがんを発症しやすいかもしれません。また、たまたまヨウ素不足かつ放射性ヨウ素の被ばく量が多かったお子さんがいる可能性も、完全に否定することは不可能です。「正しい知識」によって「低い確率」であることが証明されたとしても、それが必ずしも親御さんの安心へつながるわけではない、ということを私たちは忘れてはいけないと思います。

<参考文献>

(1)
Nomura S, et al. Dependence of radiation dose on the behavioral patterns among school children: a retrospective analysis 18 to 20 months following the 2011 Fukushima nuclear incident in JapanJournal of Radiation Research, 2016; 57:1–8.
(2)
Adachi N, et al. Measurement and comparison of individual external doses of high-school students living in Japan, France, Poland and Belarus—the ‘D-shuttle’ project—Journal of Radiological Protection 2016;36:49–66.
(3)
https://www.city.minamisoma.lg.jp/index.cfm/10,2023,61,344,html
(4)
https://www.city.minamisoma.lg.jp/index.cfm/10,16987,61,344,html
(5)
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/details/Internal.html#5
(6)
https://www.city.minamisoma.lg.jp/index.cfm/10,30178,61,344,html
(7)
http://ieei.or.jp/2015/03/opinion150312/
(8)
Hosokawa Y, et al. Tyroid screening survey on children after the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident. Radiation Emergency Medicine 2013;2:82-6.
http://crss.hirosaki-u.ac.jp/wp-content/files_mf/1465542161vol2_rem_13_yoichirohosokawa.pdf
(9)
Tokonami S, et al. Thyroid doses for evacuees from the Fukushima nuclear accident. Scientific Reports 2012; 2(507).
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4990119/pdf/rrw061.pdf
(10)
http://ieei.or.jp/2015/03/opinion150312/
(11)
Tsubokura M, et al. Assessment of Nutritional Status of Iodine Through Urinary Iodine Screening Among Local Children and Adolescents After the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant Accident. Thyroid. 2016; 26: 1778-85.

次回:「原発事故の子どもへの健康影響(その3):肥満」へ続く