原発事故の子どもへの健康影響(その1):その特性


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師


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 福島第一原発事故の後、注目を浴びつつも数値データを示した報告が少ないものの一つに、子どもへの健康影響があります。私自身も「専門外である」という理由により、この話題についてはすこし避けてきたきらいもあります。
 子どもの健康問題について語ることが難しい理由は、専門家が少ない、ということだけではありません。本稿ではまず、子どもの健康影響が大人と異なる点につき、疫学的・社会的な難しさも含めて述べた上で、次稿以降で実際の子どもの放射線被ばく量や健康問題について解説したいと思います。

子どもの特性

 子どもは大人と比べ、体も心も発達段階にあること、心身ともに自立していないことなどから、相対的に容易に「災害弱者」となり得ます(1)。子どもへの健康影響を考える際には以下の点に留意が必要です。

(ア) 身体的特徴
 心身ともに発達段階にある子どもたちは、大人よりも環境汚染の影響を受けやすい状態にあります。たとえば体表面積当たりの酸素・水の必要量が多く、脱水を起こしやすくなったり、大気汚染・水の汚染の影響が蓄積しやすくなったりします。また子どもは外遊びや土いじりをすることも多く、周りにある者をすぐに手に取ったり口にしたりします。海外で不発弾をおもちゃにして遊ぶ子どもたちの映像などを見られた方もいると思いますが、大人であれば口にしないような汚染源が体内に入ることもあり得るのです。

(イ) 能力的特徴
 また子どもは大人に比べ言語表現が十分でなく、自身の苦痛をうまく説明できません。感情の制御能力や置かれた状況を認識する能力もまた大人よりも低いため、災害時のストレスが心身に蓄積してしまう傾向もあります。このようなストレスは、積極的に調査しない限り中々見つけることの難しい問題です。
 それだけでなく、子どもは大人を手本として成長するため、大人の行動や健康の影響をも受けやすい、ということも特徴です。たとえば紛争地域の子どもたちが「戦争ごっこ」「処刑ごっこ」などの遊びをすることが報道されることがありますが、このような行動もまた、大人から強い影響を受けた結果と言えるでしょう。孤児となることによる社会的な不利、両親による家庭内暴力による被害も子どもに特有の問題です。極論を言えば、周囲の大人たちが心身ともに健康であることは、子どもが健康であるための必要条件なのです。

疫学的な難しさ

 このように災害の影響を受けやすい子どもたちですが、その健康問題を明らかにすることは大人ほど容易ではありません。たとえば子どもは大人よりも疾病の罹患率がとても低いため、ある疾病の増加を統計学的に明らかにするためには、膨大なサンプル数が必要となります。また、子どもの健康問題は発病までに時間がかかることが多いため、健康問題が疾病という形で明らかになるまでには大人以上に時間がかかることも、証明が困難な理由です。
 さらに、ある疾病が起きた時に、そのリスク因子(その疾病に影響を及ぼしたと思われる因子)についても、子どもは大人よりも複雑です。子ども自身の生活だけでなく、親の食生活・経済状況・精神状態なども子どもの健康に影響を及ぼし得るからです。学校生活が世界の大半を占める子どもたちにとっては転居・転校といった環境変化によるストレスも、大人の転居以上に大きな影響を与え得るでしょう。
 このような理由から、ある健康影響が起きた時に原因が本当に原発事故のせいであるのか、あるいは放射能のせいであるのか、偶発であるのか、という判定をつけることは困難です。このために専門家であればあるほど容易に発言ができなくなってしまう、という側面もあるのかもしれません。

社会的「自粛」

 疫学上の問題だけでなく、子どもの健康影響について語ることは、社会的にも「面倒くさい」問題です。その面倒くささの原因は、子どもへの健康影響が「ある」と言っても「ない」と言っても、「世間」という正体の分からない何かに叩かれる、ということにあります。発言をすればするほど割を食う状況下で、専門家が次第に発言を自粛するムードに追いやられてしまう。これは福島に限らず、デリケートな健康問題すべてに見られる傾向です。
 このような自粛は、福島に住む子どもたちに対してお話しをする時にも見られます。たとえば子どもに放射線についての話をするときに、放射能はなぜ怖いのか、ということを知るためにはがんの話は避けて通れません。しかしその時に、

「がんの画像は衝撃的過ぎるので消した方が良い」
「死ぬという言葉は使わないでほしい」

などと頼まれることもあります。
 子どもたちに徒に恐怖を与えることは良くない、ということには私も賛成です。しかし、子どもたちに正確な情報を提供しないことは、大人への情報提供不足以上に長期的な問題をもたらし得ます。現在の政策や社会的介入には子どもの意見が全く反映されません。その結果、施策の正当性は評価されないままに過ぎてしまいます。
 このような政策の正当性以上に、子どもたちへの教育の機会もまた奪われてしまうことも問題です。放射能教育は、それをきっかけにがんや死について考えるよい機会です(2)。しかし、過剰なタブー視によって子どもたちにとって倫理観・死生観を学ぶ貴重な機会が失われてしまうかもしれません。
 もちろん子どもの健康問題は慎重に扱われなければならない問題です。また、健康問題が「ある」「ない」という議論をすれば水掛け論になり、誰も得るものがない、という結果に陥る可能性もあります。そこで次稿以降では、極力客観的データを示しつつ、そのデータの落とし穴についても解説していこうと思います。

<参考文献>

(1)
https://www.cdc.gov/childrenindisasters/differences.html
(2)
http://ieei.or.jp/2015/03/opinion150306/

次回:「原発事故の子どもへの健康影響(その2):放射線被ばく量」へ続く



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