放射線とがん教育(その2)


相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師

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(前回は、「放射線とがん教育(その1)」をご覧ください)

発がんリスクとは

 大切なことは、フリーラジカル産生以下のがん化のシステムは、放射線以外の発がんリスク、例えば喫煙・化学物質・糖尿病などでも共通だという事です。つまり放射線は様々な発癌リスクのうちの「one of them」とも言えます。せっかくがんを語るのであれば、放射能だけでなくこのthemについてもよく知っておくほうがよいでしょう。

 実は、私たちの日常生活にはあまりに発がんリスクが溢れており、がんの「ゼロリスク」という状態は現実的にあり得ないといっても過言ではありません。一番有名な発がんリスクは喫煙ですが、それ以外の生活習慣、例えば肥満、運動不足、野菜不足、心的ストレス、塩分過多などの生活因子は、癌のリスクを1.05-1.2倍ほど増加させるという報告もあります。また赤身肉、特に加工肉(ソーセージなど)を食べすぎるとやはり癌のリスクが上がるようです。野菜は発がん率を下げると言われますが、その野菜自体にも少量の発癌物質を含むことがあります。それ以外にも、食品添加物、化粧品など、我々が日常気づかず晒されている発がん物質もありますし、大気汚染、遺伝的要因など、個人の努力では避けがたいリスクも存在します。

 低線量被ばくが体に良い、というホルミシス効果はについては疑問視する声も多く、私もあまり推奨していないのですが、それでも低線量被ばくに関しては、日常にさらされる数多の発がんリスクという「ノイズ」に埋没してリスクは測定不能だろう、と思います。つまり

 「低線量被ばくによるリスクはない」

という表現については、

 「低線量被ばくによるリスクは日常我々が晒されている発がんリスクに比べてあまりに小さすぎるため測定できない」

と言い換えるべきではないかと考えています。

今は健康リスクを選ぶ時代

 疫学の発達によって毎年のように新たな発がんリスクが刷新されています。そのように考えれば、がんの「ゼロリスク」を達成することは現実的に不可能です。

 多くの場合、運動・健康な食生活・禁煙など、癌のリスクを避けるという行動は他の発がんリスクと相反することはあまりありません。しかし時折、二律背反のリスクというものがあります。先述した野菜と、野菜に含まれる発がん物質や農薬の関係などがそれに当たります。発がん物質が怖い、といってにんじん、せろり、ゴマなどを避け続けるあまり、野菜不足の発がんリスクを呼び込んでしまう。

 しかし日常生活で、大半の方は「野菜の発がん物質や農薬」というリスクを取り、「野菜不足」によるリスクを捨てようとします。ここには無自覚的なリスクの選択がありますが、通常これに関して深く考える人はあまり居ません。

 放射線によるリスクにもこれと同じことが言えます。放射線が発がんリスクとなることは明らかですので、他の生活条件を変えないのであれば放射線は避けるに越したことはない。しかし、特に高齢者にとっては、放射線回避行動が新たな発がんリスクを呼び込む可能性もあるので注意が必要です。

 たとえばもし外部被ばくを避けようと外出をせず、運動不足や肥満になれば、癌の相対リスクは1.2倍程度に上がります。これは100-200mSvの被ばくに相当します。喫煙にしても、飲酒にしても、私たちは健康リスクにどこかで妥協をし、自身でリスクを選んで生きています。例えばダイエットをするのに、お菓子を我慢する人もいればお菓子を食べる代わりにご飯を減らす人もいるでしょう。それと同じように、放射能とそれ以外の健康リスクを自分で選ぶ、という事が何より大切なのだと思います。年齢により、価値観により、どの程度のリスクを選ぶか。個々人の選択を尊重し、排斥しないことが大切だと思います。

福島から健康になろう

 福島の原発事故により、住民の方々は健康リスクに無理やり向き合わざるを得なくなりました。本当なら起きなければよかった事件です。しかしそれでも、私たちは前に進まなくてはなりません。そのためには、この逆風を利用し、人々が健康についてもっと深く考えてもらうきっかけを作れないだろうか。そのように考えています。
 福島の放射線教育の目指すところは何でしょうか。私は、この教育を通して人々が健康にならなければ意味がないと考えています。そのためにも、放射能をきっかけにがんやその他の健康リスクについて多くの人が興味を持って下されば、と思います。

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