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環境省「長期低炭素ビジョン」解題(3)


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)


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温暖化対策は万能薬?

 「長期低炭素ビジョン」素案に関する4番目の論点は、「温暖化対策を進めることで経済は成長し、日本がかかえる様々な長期の社会的課題(少子高齢化、地方過疎化等)の同時解決が可能となる」との論旨に対する疑念であった。

 「最後の論点は、気候変動対策による経済成長ということが書かれている点についてです。再生可能エネルギーは燃料を使わないので、日本の資金が海外に流出しないが、化石燃料を使うと資金が流出するという記述がありますが注4)、2016年の第2・四半期の実績データを見ますと、国内に設置された太陽光モジュールの65%は海外からの輸入品でございます。そういう意味で、燃料費は出ていきませんが、資本費が海外に出ていっているわけです。もっと言いますと、日本国民が長期にわたって負担するFITの賦課金、これは現状で年間総額1.8兆円と言われていますけれども、その一部が海外に流出しているということは、必ずしも国民には理解されていないのではないかということを懸念いたします。
 また「温暖化対策によるコスト上昇は、付加価値を高めることで単価を引き上げることができるので、ビジネスチャンスになる」ということが何度か第3章で引用されていますけれども、これは安価な同種製品が、炭素価格の安い海外から流入してくることを抑止するものではないと思います。最終消費者が基本的に炭素価格を払う状況、つまり炭素価格が最終製品に転嫁されるという状況にならないのであれば、実際は炭素価格が安い国から入ってくる同等の安価な商品に代替が進むだけで、結果的に企業は炭素価格を転嫁できないという状況が生まれるのではないかということを危惧いたします。消費者は、企業の提供する製品やサービスを使うことで、最終的に炭素を排出する最終汚染者ということになるので、消費者に対して、そのプライスメッセージが伝わるような形になっていないと、(カーボンプライスの)価格効果による抑制ということは期待できないのではないかということです。
 ここで申し上げているのは、単純にカーボンプライスの導入をするべきではないということではなくて、日本が気候変動対策による経済成長が実現できるとすると、その最も基本となる前提条件は、国際的なイコールフッティングを確保・維持しながら、こういう低炭素政策をとっていくということが必要だということです。それによって初めて、日本企業が自由な市場で健全な競争、技術開発、イノベーションを進めていくことができるわけでして、その場合、主要貿易相手国であるアジア・太平洋地域の各国との間で、温暖化対策、カーボンプライスといった政策がイコールフッティングとなる状況を確保し、その中で、低炭素製品を開発・生産・供給し、国際的な温暖化対策をリードしていくというのが理想の姿です。こうしたレベル・プレイング・フィールド(公平な活動の場)を確保するということが日本政府の役割ではないかと考えます。
 なお、温暖化対策と経済成長を両立させる唯一の鍵は、化石燃料よりも安く、安定供給可能なエネルギー技術を開発することでございます。実際、本委員会でも何度も紹介された、先進的な炭素価格制度等を導入されていますドイツの2015年の排出量実績は、2009年を上回っているわけで、実際の効果は出ておりません。一方、二歩寧々ルギー経済研究所の調査で見ても日本の半額以下の実効炭素価格にとどまっているアメリカでは、2005年から2015年に10%以上の排出削減を実現しております。これはなぜできているかというと、シェールガス革命ということで、石炭よりも安い低炭素燃料が社会に潤沢に供給できるということが実現しているからでございます。
 つまり、技術革新によって、既存の化石燃料よりも低炭素なエネルギーを潤沢に、かつ安定的に社会に供給できるようになることが、自然体の市場メカニズムでもって社会の低炭素化を実現する解決策ではないかと考えます。そういう意味で、技術開発、イノベーションといったものは、温暖化対策の最終的な、最も重要な鍵になると考える次第でございます。」

誰が温暖化の最終汚染者か

 以上が2月3日の第12回委員会で示された「長期低炭ビジョン(素案)」に関する論点であった。これに続く3月1日の第13回小委員会では、前回の論点を踏まえて修正された「長期低炭素ビジョン(案)」注5)が提示され、これについて引き続き意見聴取が行われた。この「ビジョン(案)」においては、筆者を含めた経団連や電気事業連合会など、産業界を代表する委員が「ビジョン(素案)」に対して行った意見について、本文ないしは脚注部分に相当程度反映いただいており、いわば両論併記の形で異論があることも明記されていて、一応の見解の相違に関するバランスは確保されるものとなっていた。
 しかしその一方で産業界以外の多くの委員からは、この両論が併記されていた部分について、同意できない部分が多いとして不満の声が挙げられた。これは本小委員会のそれまでの審議のプロセスを考えると、ある意味でもっともな批判ではある。というのも「ビジョン小委員会」では、ヒアリング実施時には時間の制約もあり、委員の個々の意見表明は制限され、基本的に外部講師に対する質問や事実確認の発言しか認められず、また11回以降に事務局が用意したドラフト資料の説明に対しても、各委員の発言機会が1~2回に限られる中で、意見の異なる委員同士でディスカッションしたりコンセンサスを追求するといった、相互コミュニケーションのプロセスはなかった。つまり本小委員会のプロセスでは、基本的に各委員からそれぞれの考え方を一方的に述べさせていただいたものを事務局が汲み取って、最終報告に盛り込んでいくという方式をとっており、従って異なる見解を持った委員の意見が両論併記されることは当然の結果だったと言える。第13回の小委員会の場では、両論併記となったのは自然な展開であったと思い、筆者としてはまずこの点を指摘させていただいた。
 そのうえで、特に筆者の行った発言が物議をかもした点につき、紹介しておきたい。第13回小委員会で事務局から提示された「ビジョン(案)」では、第12回の場で、カーボンプライスが消費者に対して価格シグナルを送るべきという点について筆者の行った「消費者は、企業の提供する製品やサービスを使うことで、最終的に炭素を排出する最終汚染者ということになる」という発言について反映いただき、P37の脚注で「小委員会においては、気候変動問題における汚染者負担の考え方については、企業は消費者のために製品を製造して販売しているが、温室効果ガスの排出は現状ほぼすべての工業製品の生産に伴い不可避的に発生していることから、従前の公害問題とは異なり、最終的な汚染者はそうした製品を使用する消費者と考えるべきで、汚染者負担原則も消費者の負担転嫁の受容にかかってくる、との意見もあった。」と注記されたことについて、複数の委員会ら「消費者が最終汚染者とは何事か。企業の責任逃れではないか。」とのご批判をいただいたので、その場であらためて以下のようなコメントをさせていただいた。

 「・・そうした両論があるということを含めた形でこのビジョンを大きな方向として示していただいていると理解しているのですけども、ただ、1点だけ、37ページの脚注65についてですが、これは前回私が申し上げた点なんですけれども、これについて消費者が最終汚染者というのはおかしいというご批判をいただきましたのでちょっと追加のコメントをさせていただきます。これは、「環境政策の原則の観点」という項目の中にこれが書かれてしまっているので、大きな誤解を生んでいるのではないかと思います。私から、究極的な汚染者は消費者ではないかということを申し上げたのは、第12回でカーボンプライシングの議論をしている場でございます。カーボンプライスというのは、炭素排出に対して価格をつけることによってその排出を抑制していくという制度ですが、例えば企業が汚染者としてカーボンプライスを課されて、その生産・販売活動に制約がかかったとしても、最終製品に価格が転嫁されていかないと、最終的な消費者の行動変化にはつながらないわけです。価格転嫁が進まなければ、企業は利益が落ちて、消費者は行動が変わらないという現象が起きるのじゃなかという問題を指摘させていただいたわけです。実際、消費者自身が生活の中で車を購入して運転したり、石油ストーブをたいたり、冷凍食品を食べたりということで、炭素を排出するという行為を行っているのだと思いますけれども、そうした消費ベースで見たときに、その消費行動をどう変えるかというところまで議論しないと、温暖化対策に繋がらないのではないかという観点でこれを申し上げたつもりでした。そういう意味で、「環境政策の還俗の観点」の項目に書かれているということが誤解を生んでいるのかもしれないと思います。例えば「カーボンプライシングのあり方」といったところに記載されるほうが適切だったのかもしれないなと思います。」

 以上の経緯を受けてか、最終的に公表された「ビジョン」では、この最終汚染者に関する記述は削除されてしまっている。カーボンプライスを論じる際に、事業活動を通じてCO2を排出する生産者、事業者にカーボンプライスを課すことが、暗黙の了解のように議論されることが多い。しかし、そうして生産された財を買って消費して便益を受けているのは最終消費者であり、企業はそうした消費者の需要に応えるように生産活動をしている訳なので、社会全体の長期の低炭素化を追求するという「長期低炭素ビジョン」の主旨からすると、消費者の最終的な消費行動を変えていくような形で課されるカーボンプライスでないと意味がないはずである。経済活動の結果排出される温室効果ガスが引きおこしている温暖化問題においては、そのバリューチェーンの最下流にいて受益する消費者が最終的な汚染者であり、その消費行動が汚染をもたらすと認識することは、この温暖化問題に取り組むうえで重要な論点であり、この論点が「ビジョン」から削除されたことは大変残念なことである。

注4)
「長期低炭素ビジョン」素案 p24
注5)
http://www.env.go.jp/council/06earth/y0618-13/mat02.pdf

次回:「環境省「長期低炭素ビジョン」解題(4)」へ続く