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地獄への道は善意のレンガで敷き詰められている

石炭バッシングで世界が失う未来


九州大学大学院経済学研究院 准教授


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理想へのアプローチはイノベーションで効率的に

 気候変動による影響を抑制するために「450シナリオ」が示す理想を目指すことはいずれ必要であるが、その実現が求められるデッドラインまでにはまだ数十年の長期のリードタイムが与えられている点を活用するべきだ。なぜならその間、新たなイノベーションが生まれ、革新的な対策方法が生まれる可能性が存在するためである。大切なことは現在存在する選択肢を排除せず、幅広くイノベーションを促す制度を構築することである。理想と現実のギャップを埋めるためにはイノベーションを通じた、対策コストの低減による効率化が不可欠である。その意味で石炭を問答無用で排除しようとする風潮は改められるべきである。石炭の高いCO2排出強度を軽減するイノベーションが思ってもみない方向から生じることも期待できるのに、石炭利用を制限することはそうした技術開発の芽を摘む懸念がある。
 もちろん対策を全て後回しにすれば良いと言っているわけではない。その点から、各国が背伸びをすれば達成可能と考えたパリ協定はイノベーション促進に有効であるため、実現に向けて米国もコミットするべきだろう。具体的な措置として、例えば炭素税のように環境負荷のコストを価格に内部化することは、環境面のコストも含めた石炭の真のメリットとデメリットを明確にし、イノベーション創出に向けた投資リターンを企業が判断する上で有用である注4)。イノベーションの担い手である企業にとっては、突然石炭利用が禁止され、「座礁資産」になる懸念が存在する状況では投資に踏み切れないが、削減すべき排出量が明確にされ、そのためのコストが税率という形で示されれば、企業はコストとリスクを勘案し、必要な投資判断を行える。
 現状は石炭利用に付随するリスクを政治的要因で不当に高くすることで、イノベーションに向けた投資が大きく毀損されている。例えば、過去10年、再生可能エネルギーには8000億ドルの補助金が投じられたのに対し、CCS(炭素貯留・分離、Carbon Capture and Storage)への投資はわずか200億ドルに止まる。こうした歪みを正し、イノベーション支援はイコールフッティングにすべきである。
 再生可能エネルギーの導入を進めるとしても、ドイツの経験などが明らかにしていることは電力供給の安定性を確保するためには間欠性のある再生可能エネルギーの導入には自ずと技術的な上限量があり、出力調整が可能な電源を相当量今後も運用し続けていくことになるという見通しである。そうだとすると、再生可能エネルギーの導入支援にばかり経済的資源を集中させ、化石燃料からの排出対策であるCCSへの支援を怠ってきたことは結局長期的な排出削減ポテンシャルを毀損してきた可能性もある。CCSが実用化すればより大きな量の削減をより安価に達成できるかもしれなかったということだ注5)

「環境原理主義」のくびきから脱し、真に持続可能な対策を

 確かに固定価格買取制度を中心とする導入支援によって再生可能エネルギーのコストは大幅に低下してきた。しかし割高なコストと消費者が支払う電力価格とのギャップを埋めるために投じられた補助金は莫大な金額であり、その資金を他の技術開発に回していればより効果的な排出削減が得られたかもしれない、という観点から買取制度の効果と是非を検証するべきなのである。そして繰り返しになるが、その資金の振り向け先は何も気候変動対策でなければいけないわけではない。従来型の大気汚染のようにいままさに直接人々の健康に悪影響を及ぼす問題ならともかく、気候変動より優先すべき課題が途上国はもちろん、先進国でも多数存在しているのである注6)
 それにもかかわらず、「環境原理主義」は環境が中心で全てに優先するという信念に基づき行動する。しかしながら、例えば国連の持続可能な開発目標(SDGs)には17の目標が掲げられており、低炭素な再生可能エネルギーの利用と気候変動対応はそのうちの2つ(目標7と目標13)に過ぎない注7)。目標1は貧困からの脱却、目標8は経済成長による雇用確保であり、国連はこれらの目標の均衡ある同時達成を求めている。「環境原理主義」はその均衡ある達成を実質的に否定するものといわざるを得ない。新政策シナリオと450シナリオとの間に埋められないギャップがある状況において、すなわち解決のための現実的な技術を有しない現状においては、化石燃料を最も効率的にかつ最低限必要な量を利用する権利はどの国にも等しくあると言うべきであろう注8)
 CCSの孤立無援に比して、再生可能エネルギーが偏重されてきたことが示すのは、社会に「環境=絶対善」というイメージが広がっているために、「環境原理主義」のそうした行動は制されることなく、許容されがちであるということである。「環境原理主義」は錦の御旗を振りかざし、化石燃料からの投資撤退を投資家に迫り、石炭火力を「座礁資産」であると脅すまでにエスカレートしている。本当に石炭火力が「座礁資産」になるとしたら、それは「環境原理主義」が政治的に立ち回ってそこに追い込むからだろう、まさにマッチポンプである。彼らは気候変動を解決することが世界をリスクから解き放つという善意に突き動かされて行動しているのかもしれないが、地獄への道は善意のレンガで敷き詰められているという言葉が頭に浮かぶ。
 善意の暴走の結果、社会はより重要な問題に取り組むための経済的資源を侵食され、より効率的に気候変動に対処することを可能にするイノベーションの芽を摘み取られる。そして世界は本来実現したはずの未来よりも、多様なエネルギー・技術がより効率的な、経済性のある対策を目指して競争する場合よりも悪い状態となる。百年先にデッドラインが来る問題を優先したがゆえに、一刻も早く取り組むべき問題の解決が遅れてしまう。気候変動という長期的な問題に対処する際には、当面は多様な技術の選択肢の幅を狭めることなく、様々な選択肢の間でイノベーション競争を促進すべきである。石炭利用を問答無用で排除しようとする画策を放置してはならない、我々のより良い未来が犠牲にされるのである。

注4)
現時点の1トンのCO2排出が将来にわたって及ぼす環境被害額(炭素の社会的費用という)を割引率3%で現在価値にすると、約40ドルとする試算がある。気候変動とそのもたらす被害の予想には不確実性があるのでこの試算が唯一絶対のものではないが、炭素税率の一案となりうるだろう。ただし、最近の欧州の炭素価格(5ユーロ前後)や米国の一部州の炭素価格(北東部5ドル前後、カリフォルニア州13ドル前後)と比べて法外に高く、先進国でさえ、高額の炭素価格設定が容易ではないことを示している。また、米国のニューヨーク州とイリノイ州は既設の原子力発電所への補助制度を今年開始し、補助額の算定に約40ドルという炭素の社会的費用を用いているが、税ではなく、補助金であるがゆえに導入可能であったと思われる。
将来時点のCO2排出はより大きな被害を引き起こしうることから、仮に税率を40ドルに設定できたとしても、その数字で固定せず、徐々に引き上げていくべきとの議論もあるが、筆者は引き上げには慎重であるべきだと考える。その理由は本文でも主張している通り、対策を断行しなければならないデッドラインまでまだリードタイムがあり、当面は世界の経済をより成長させる用途に資金を回す方が社会の負担を小さくできるためである。
また石炭には安定供給の面で優れているという特性もあり、その利点を価格に反映することは容易ではないが、メリットとして勘案すべきとも思われる。
以上の点は、電力中央研究所社会経済研究所の上野貴弘主任研究員から示唆を受けた
注5)
但し、残念ながら、CCSの実証プロジェクトは近年中止、撤退が相次いでいる。IEA [2010]では450シナリオにおける2035年に向けた必要削減量のうちCCSは26%の貢献が見込まれていたが、IEA [2016]での2040に向けた必要削減量に占めるCCSの割合はわずか8%にまで低下した。他方、再生可能エネルギーは18%から39%に上昇している。しかしこの結果は決して再生可能エネルギーがCCSよりも効率の良い削減技術であったことを全く意味しない。本文で指摘した通り、再生可能エネルギーを偏重し、導入を促進する政策がとられてきた結果に過ぎない。
注6)
先進国でも石炭火力という選択肢を排除すべきではない理由のひとつに、本文でも述べた通り、パリ協定の下でも今後途上国で石炭利用は拡大すること、しかも現在の主要な石炭消費国に代わって新たな国々が消費を拡大する見通しである点が指摘できる。新規の石炭利用国の技術レベルは低く、従来の石炭消費国、特に日本を始めとする先進国からの技術移転がそうした国々の排出量を抑制することが期待できる。すなわち、先進国でも石炭利用を継続することは石炭利用技術のイノベーションを生み、途上国への技術移転を通じて世界全体の排出削減にきわめて重要な役割を果たす可能性がある。
注7)
しかも目標7は「すべての人々に手ごろで信頼でき、持続可能かつ近代的なエネルギーへのアクセスを確保する」という内容であり、「手ごろで」という表現で経済性の重要性についても配慮がされている。
注8)
この論点については、本部和彦・東京大学公共政策大学院客員教授より示唆を頂いた。

<参考文献>

有馬純 [2016]「オックスフォード大の石炭火力座礁資産化論に異議有り」国際環境経済研究所オピニオン、
http://ieei.or.jp/2016/05/opinion160526/
有馬純 [2017]「オックスフォード大の石炭火力座礁資産論に異議あり ー後日談ー」国際環境経済研究所オピニオン、
http://ieei.or.jp/2017/02/opinion170227/
柳美樹 [2017]「化石燃料投融資撤退、『Divestment』の潮流-日本へのインプリケーション」(一財)日本エネルギー経済研究所 第63回研究報告・討論会「世界のエネルギーミックスと石炭の役割 ~逆風下にある石炭の位置づけを考える~」報告会資料
http://eneken.ieej.or.jp/data/7278.pdf
Arabella Adviser [2016] “The Global Fossil Fuel Divestment and Clean Energy Investment Movement,”
https://www.arabellaadvisors.com/wp-content/uploads/2016/12/Global_Divestment_Report_2016.pdf
International Energy Agency (IEA) [2010] World Energy Outlook 2010, OECD/IEA
International Energy Agency (IEA) [2014] Africa Energy Outlook: A Focus on Energy Prospects in Sub-Saharan Africa, OECD/IEA
International Energy Agency (IEA) [2016] World Energy Outlook 2016, OECD/IEA