オックスフォード大の石炭火力座礁資産論に異議あり ー後日談ー


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院 教授


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 石炭悪玉論が跳梁跋扈している。石炭火力はSOX、NOX、ダストといった大気汚染物質の含有量の多さという弱点を有するが、これらの問題はクリーンコールテクノロジーの導入で克服してきた。ところが2000年以降はCO2排出が多いとの理由で環境派から目の敵にされてきた。「クリーンコールテクノロジーをどれほど導入しても石炭はクリーンではない」というわけである。最近ではこれに加えて「石炭火力に新規投資しても座礁資産化して大損するだけだ」という新手の議論が出てきた。昨年5月12日、ファイナンシャルタイムズからの転載として日経電子版に「石炭火力を大幅に増強するという日本の計画は誤った予測に基づき、日本は600億ドル超の座礁資産を背負い込むになる」というセンセーショナルな記事が出た。その出所となったのがオックスフォード大学のスミス企業環境大学院から出された「Stranded Assets and Thermal Coal in Japan」という論文である注1)

 この論文を読んでみると、俎上に上がっている石炭火力新設計画が「全て」実現し、それが5-15年で「全て」座礁資産化するという非現実的な前提によって座礁資産額を計算しており、あまりにも内容が粗雑であったため、昨年5月26日、国際環境経済研究所のサイトにおいて「オックスフォード大の石炭火力座礁資産化論に異議有り」を出し、これを率直に批判したところである注2)が、これには後日談がある。

 今年に入ってオックスフォード論文の著者 Ben Caldecott 氏から筆者のところにメールが舞い込んだ。「貴殿の書いたペーパーが自分のところに回されてきた。貴殿は自分たちがレポートの中で述べていることを誤って伝え(mischaracterize)、strawman argumentを展開している。また我々がレポート内で示している但し書きを全く無視している。自分は1月末に来日するので、会って話をしたい」との「果たし状」が届いた。彼は1月31日にBloomberg主催で開催される「座礁資産フォーラム」出席のために来日することになっていたのである。Strawman argument とは「議論において相手の意見を正しく引用しなかったり、歪められた内容に基づいて反論するという誤った論法」を指すものであり、穏やかではない。そこで「喜んで会って議論しよう。その前に自分のペーパーのどこがオックスフォード大論文を誤って伝えているのか教えてほしい」と返事した。しかし、筆者のペーパーそのものに対する具体的な問題提起がないまま、1月31日に開催された座礁資産フォーラムで彼と対面することになった。

 彼との議論に入る前に、同フォーラムで聞かれた石炭火力座礁資産化論を紹介しよう。石炭火力座礁資産化の一つの論拠は「再生可能エネルギーコストがどんどん安くなっており、経済的に石炭火力は駆逐される」というものである。海外のスピーカーの中には「今後、化石燃料の上流投資や化石燃料火力に投資する者は確実に座礁資産リスクを負うことになる。2020年には再生可能エネルギーが化石燃料に取って代わる」というものである。もう一つの論拠は「2度目標を達成しようとすれば、厳格なカーボンバジェットに基づく管理が必要で有り、対策が遅れれば、バジェット達成のために規制が急に強化され、非連続的な座礁資産リスクが発生し、金融システムにシステミックリスクが発生する」というものである。

 前者は欧州の環境関係者からよく聞く話であり、環境系のニュースサイトがインド等での太陽光発電の入札結果を引用し、「太陽光が石炭火力より安価になった」と盛んに発信している。放っておいても再生可能エネルギーがそれほど競争力が増し、化石燃料火力を駆逐するのであれば、気候変動問題は解決したも同然だ。その割には、「このままでは2度目標が達成できない。炭素価格を導入し、どんどん引き上げねばならない」という議論が聞かれるのはどういうことだろうか。そんなに急速にコスト削減が進むのであれば、FITを通じて割高な買い取り価格を設定し、膨大な補助コストをかけなくても、導入が進むはずだ。20年近くも買い取り価格を固定するようなFITは急速にコストが低下するコストの支援制度として費用対効果的ではないと思う。ところが再エネ論者に上記のような議論をぶつけると「日本ではまだ再エネは割高でありFITが不可欠」という答が返ってくる。これは良い所どりの議論ではないか。海外の立地兆件の良いところでメガソーラーの発電コストが石炭火力並みになる事例があるのは事実だ。しかし安価なメガソーラーは需要地から遠いために送電線の敷設が必要になり、その莫大な費用負担が問題になることも多い。系統に占める割合が高くなると系統安定化対策に費用もかかる。これらは発電コストには出てこない「隠れたコスト」である。条件に恵まれた海外の事例を一般化したり、隠れたコストには口をつぐんで、「再生可能エネルギーが化石燃料並みに安くなっている」と論ずるのはミスリーディングであろう。

 後者の議論は「2度目標中華思想」であり、あらゆる政策は2度目標達成のために従属すべきというものである。そもそも地球レベルの2度目標達成のために、各国が設定すべきカーボンバジェットなど一義的に設定できないのだが、この点はここではとりあえず捨象する。だとしても、ある期間のカーボンバジェットを達成すべく、期間前期の対策の遅れを取り戻すために期間後期に規制が急に強化される、それによって化石燃料火力が座礁資産化するという想定には疑問がある。温暖化対策は必然的にエネルギーコストの上昇を招く。足元の経済・雇用情勢が思わしくないために時の政府がエネルギーコストの引き上げを緩和するため、厳しい温暖化対策の導入を見送ったとしよう。それが全体のカーボンバジェット達成に不十分だという理由で、期間後期に急激に温暖化対策を強化し、エネルギーコストを急に引き上げるということが政治的・経済的にあり得るだろうか。景気後退への懸念から消費税増税が二度に亘って見送られている事例を引用するまでもない。

 このようにフォーラムで聞かれた議論には首をかしげるものが多かったのだが、Ben Caldecott氏との面談に話を移そう。彼の議論は要約すれば以下のようなものである。

気候変動による移行リスクの中には政策によるもの、技術進歩によるものも含まれ、年々、強まっている。エネルギーシステムは市場の力、政策、炭素制約、大気汚染等を背景に急速に変化している。例えば英国では電力供給に占める再エネのシェアは5%だったが5年で30%に拡大した。欧州の電力会社はドイツでもスペインでも限界削減費用ゼロの再エネの導入により非常に厳しい状況に陥っている。ドイツではCCGTが座礁資産化している。
自分たちの報告書の要点は、こうしたリスクエクスポージャーを評価する手法を提示することだ。その中でも最もリスクの高い石炭に焦点を当てた。レポートの中ではリスク要因を提示し、関係者の意見も取り入れながら、反復的なプロセスでとりまとめた。リスク計算には色々な方法が、自分たちは20のリスクにウェートをつけずにありのまま提示した。
再エネコストの低下によるエネルギーシステムの変化は予想以上に早く起きている。日本の石炭火力が5年~15年で座礁資産化するとした理由は、エネルギーシステムの変化のペースや炭素制約の強まりを考えたからだ。
石炭火力への新規投資は炭素制約と整合しない。パリ協定にあるネットゼロエミッションや1.5度目標に向けた炭素バジェットを破ることになる。個人的には、15年というのは長すぎると思っている。10年で石炭火力は間違いなく座礁資産化する。

 座礁資産フォーラムで聞かれた2つの議論と基本的に同じであるといって良いだろう。
筆者からは、

レポート内で提示された石炭火力に伴う様々なリスクについては大きな違和感はない。しかし、自分の反論ペーパーにもあるように、レポート後半で提示されている座礁資産の計算手法や前提条件については異論がある。遅くとも2030年で全ての石炭火力が日本の電力システムから取り除かれるという立論は、日本政府が提示したエネルギーミックスと全く異なっている。2030年時点の発電電力量に占める石炭のシェアはレポート中で引用されているBNEF(Bloomberg New Energy Finance) では23%、IEAの新政策シナリオでは27%、最も野心的な450シナリオでも13%となっており、0%などは一つもない。
日本は福島事故以後、ベースロードである原子力発電所を失い、自給率の悪化、貿易収支の悪化、電力料金の上昇、温室効果ガスの増大という四重苦に直面した。日本が直面する課題は温暖化問題だけではない。政府のエネルギーミックスは経済性、エネルギーセキュリティにも配慮して定めたものである。石炭火力はCO2排出が多いという問題がある一方、安価でエネルギーセキュリティに資するベースロード電源という側面もある。
再エネコストがそんなに急速に低下し、化石燃料火力を駆逐するのであれば、補助金を大幅に合理化して市場原理に委ねればよいのではないか。
石炭火力新設プロジェクトの大きな理由は原子力の再稼働が不透明なことであり、石炭火力新設を最小限にするためには原発の再稼動を着実に進めることが必要である。日本では福島以降、エネルギー政策をめぐる議論が捻じ曲がってしまった。再生可能エネルギーも原子力も温暖化防止のために不可欠なのに、「再生可能エネルギーか原子力か」という議論が横行している。環境団体は石炭火力新設を批判する一方で、原子力の再稼動にも反対しており、温暖化防止という点からは全く矛盾している。
カーボンバジェットを前提とした座礁資産論にも疑問がある。この議論は、対策が遅れれば、その遅れを取り戻すために後で急速な脱炭素化へのドライブがかかり、大量な座礁資産が発生するというものだが、現実的なものか。トランプ大統領の下で温暖化対策が遅れた場合、次期政権がその遅れを取り戻すために炭素制約を急に強化するか。そんなことは政治的には受け入れられないのではないか。

と反論した。カーボンバジェット論にせよ、再エネによる化石燃料駆逐論にせよ、議論は平行線であったが、一点、意見が一致したのは「原子力再稼動が進めば石炭火力新設プロジェクトにブレーキがかかることになる」という点くらいだった。

 合わせて「自分のペーパーが貴殿のレポートを正しく伝えていないと言われるが、どの部分が問題なのか具体的に示してほしい」と聞くと、「自分たちの論文の中では6.9兆~8.9兆という座礁資産額を例証的(illustrative) なものとしている。貴殿のペーパーではあたかも自分たち『必ずこうなる』と主張しているかのごとく書かれている」という答が返ってきた。

 しかし筆者のペーパーで批判しているのは俎上に上っている石炭火力プロジェクトが全て実現し、5-15年で全て座礁資産化するという方法論であり、「オックスフォード大論文が6.9兆~8.9兆を絶対確実な数値として出している」などとは一言も言っていない。むしろ、2016年6月6日付の日経ビジネスインタビュー記事で「我々の調査では今後5-15年以内に座礁資産となる石炭火力の価値は6兆8570億から8兆9420億円。これは電力会社全体の時価総額の2-3割分に相当する」と留保条件もつけず「断定的に」語っているのは彼の方である注3)。この点を彼に指摘すると「そのインタビュー記事は見ていない」とのことであった。

 また「オックスフォード大論文のデータソースとなっているPlattsのデータベースには日本の石炭火力新設計画が総計28GWなどという数字は入っていない。ある企業は自社の石炭火力新設計画として名指しされているプロジェクトの存在を承知していないといっている。そもそも論文中に名指しで座礁資産額を列挙された個別の電力会社に石炭火力計画の事実関係、検討状況等をインタビューしたのか」を行ったのかと聞いたところ、「自分たちのミッションはデータ集めではなく、分析である。個別企業へのインタビューはしていない」とのことであった。個別企業の名前をあげて座礁資産額を掲げているにもかかわらず、当該企業への事実確認を全く行っていないのは調査分析方法としていかがなものだろうか。

 このように彼との議論を通じても「オックスフォード論文の石炭火力座礁資産論に異議有り」という感想は変わらなかった。とはいえ論文の筆者と率直に意見交換できたことは有益な経験であった。彼と「10年後に日本の全石炭火力は座礁資産化するかどうか賭けよう」ということになった。筆者としては、再エネが大量に導入される結果、仮に10年後に石炭火力を含む化石燃料火力が大量に座礁資産化するリスクが顕在化するとしても、電力安定供給の観点から容量メカニズム等を通じてそれを防ぐと考えるが、果たしてどうなることか。

 蛇足であるが、最後に筆者から「自分の反論ペーパーに対する貴殿の批判は、自分のペーパーをmischaracterize したstrawman argument である」と一矢報いさせてもらったことを紹介して「後日談」を閉じることとしたい。

注1)
http://www.smithschool.ox.ac.uk/research-programmes/stranded-assets/publications.php
注2)
http://ieei.or.jp/2016/05/opinion160526/
注3)
2016年6月6日日経ビジネス「電力自由化が盛り上がらない3つの理由」中のBen Caldecott氏インタビュー記事「石炭火力9兆円分が座礁資産、負担は国民に」

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