環境省「長期低炭素ビジョン」解題(1)


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール技術企画部理事 地球環境グループリーダー


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長期大幅削減の考え方

 この第一回の後、「ビジョン小委員会」では内外の有識者からのヒアリングを約半年間にわたって計9回行った。招聘された有識者からは、80%削減目標がいかに必要であり、またそれが技術的に可能であるとか、あるいは温暖化対策を進めることで経済が成長し、雇用も拡大して、日本社会の抱える様々な課題が同時に解決できる、といったバラ色のシナリオの紹介があり、さらに再生可能エネルギーのコストが劇的に下がってきている中、低炭素社会は今や手の届くところに来ているとの楽観論と、一方で温暖化という外部不経済をもたらす炭素排出にはきちんと価格付けをして化石燃料の使用を制限するために、カーボンプライスの導入・強化が必要だという、実は相矛盾した論点が様々紹介された。それらのヒアリングの詳細は環境省のホームページに紹介されているので、関心がおありの向きは参照いただきたい注3)
 一連のヒアリングが終わった12月13日に行われた第10回の小委員会では、これらのヒアリングを通じた論点のとりまとめが行われ、長期大幅削減の可能性や長期戦略の意味づけについて議論が行われた。あたかも80%削減が容易に実現可能であるかのような議論や、それにはカーボンプライスの導入が必要であるとの内外の論者の矛盾したプレゼンテーションに違和感を覚えた筆者としては、大きな視点から以下のような反論を述べさせていただいた。

 「膨大な資料なので、3点だけ集約してお話しします。80%削減の意味、カーボンプライス、それからヒアリング全体に対するコメントです。
 まず80%削減についてですけども、ここでいろいろな専門家の方からお話を伺っていると、日本にとって80%削減というのは、現実に実現可能な数字であるかのような、非常にポジティブなお話しがたくさん展開されていたと思いますが、現実問題、向こう35年間で現状の排出量約14億トンを10億トン以上も削減するというのは、非常に難しいというか、非現実的な話じゃないかと思う訳です。
 これができるということをお話しされている方は、いろいろな前提とか仮説を持たれて話されているのだと思います。例えば新しい技術が実用化されて普及するであるとか、あるいは国民生活が今とはまるで違ったものに変わっていくといったことを前提とされていると思うのですけども、必ずしもそういう前提条件がこの場で共有化された上で、「出来る」という話になっていなかったのが気になります。そうしたメリットが実現する裏には必ず、それに伴うコストあるいは課題といったことも出てくるわけですから、そういう議論がなされないで聞いていると聞きっ放し、あるいはお話しされているほうは言いっ放しになってしまうということが気になります。
 例えば、「技術的に可能である」ということと、「社会的にそれが実装されていく」ということとは必ずしも同じではありません。例えば月に人類が行くということだけであれば、1969年のアポロ11号から技術的には可能なのですけども、誰も新婚旅行で月に行こうと思わないですね。それはコストとベネフィットの帳尻が合わないからなわけです。
 日本の排出量の9割以上がエネルギー起源ですから、35年間でこれを8割以上削減するということは、エネルギー関連のインフラ、これは供給側だけじゃなくて需要側も、総入れ替えに近いことをやらなきゃいけないわけですけども、これを現実を踏まえてどうやって実現していくのか、あるいはそのときに使われなくなるインフラや設備をどうやって除却したり損切りしたりするか、そのための原資をどこから持ってくるかといった点を含めて、社会全体の帳尻の総合的な議論をちゃんとしないと、夢が夢で終わってしまうリスクがあるのではないかという気がいたします。
 2番目にカーボンプライスについてですけども、これも非常に勇気づけられるお話を何度も伺いました。再エネは既に化石エネルギー並みにコストが下がっている、あるいはこれからも大幅にコストダウンするというお話がありましたけども、もし再エネが化石燃料よりも低コストになってきているというのが現実であれば、その際にカーボンプライスは要らないわけです。一方でカーボンプライスが必要だという議論をされた方というのは、恐らく再エネはまだ石炭を初めとする化石燃料よりも高コストだから、下駄をはかせないと普及しないということをお話しされていたのかと思います。
 石炭よりも安価なエネルギーが本当に技術的に実現すると、これは自動的に普及するわけです。例えばアメリカではシェールガス革命が起きまして、実際に石炭よりも安くてクリーンな国産天然ガスエネルギーが手に入るようになりました。したがって2005年以後10%超の排出削減が炭素価格制度のような強制的な措置を使わずに実現しているわけです。
 一方で環境税とかETSとかFITなど、さまざまな炭素価格政策を導入しているドイツでは、11月2日のヒアリングにありましたけども、石炭火力の比率が高止まりしていて、2005年以後の排出は横ばい、ないしは微増という皮肉な現象が起きているわけです。ETSの排出権が安いので米国で余った安価な石炭を輸入して排出権を付けて燃やしても採算があってしまうという皮肉です。ということで、温暖化対策に絶対的に足りないのは安価なクリーンエネルギー技術だろうと思われます。
 そういう意味で、安価なクリーンエネルギー技術がまだ存在していない、これを開発しなければいけないという危機感をきちんとここで共有しないと、この先の議論を誤るのではないかと懸念いたします。日本が今後、高額の炭素価格を国内で導入して、無理やり高コストな再生可能エネルギーを導入するという形で政策を進めていきますと、日本だけで人為的にオイルショックを引き起こすということをやってしまうようなもので、これは日本社会全体が抱えているさまざまな構造的問題に対処するための原資を奪う、あるいは低炭素社会の実現に向けた投資の原資を奪うという、かえって逆の結果を招く懸念がございます。そういう意味でカーボンプライスに関しては慎重に検討していかなければいけない。特に温室効果ガス排出の削減というのは、メリットが日本だけでなく世界全体で共有される、つまりフリーライダーの構造がある問題でございますので、日本だけでこれを行うということの環境政策的な合理性はほとんどないわけです。カーボンプライスという政策は、世界全体で同水準のカーボンプライスをかけていくという意味での、グローバルな課題として位置づけるべきだと思います。
 3番目の点で、今回のヒアリングについてですけども、皆さんおっしゃっているとおり、私もここで海外を含めていろいろな有識者のお話を伺って大変勉強になりました。ただ、今申し上げたように再エネのコスト、あるいは欧州の政策に関しては、実はうまくいっている面もあればそうでない面もあるということで、多様な意見や評価があるかと思います。この場では比較的ポジティブな意見のご紹介が多かったと思いますけども、そうではない視点や見解を持たれている方からのヒアリングも、特にメリット、デメリットを対比するような議論を紹介していただきたかったと思います。つまり今後の我が国の政策の参考にするという意味では、いい話だけを聞いているというのでは、ちょっと片手落ちかなと思います。
 具体的に申し上げますと、日本では生産ベースの排出が減っていないというお話がありますけれども、例えば日本ではエコカーのような低炭素製品を非常に多くつくっているわけです。そうした低炭素製品は国内外で使用される際に、排出削減に大きく貢献しているわけですが、一方でそうした低炭素の製品をつくろうとすればするほど高付加価値、高品質、高機能の素材なり部品なりを集約していかなければいけならず、そうした高機能製品の生産に要するエネルギーは相対的に大きくなるわけでして、国内での生産ベースの排出は増えてしまうという皮肉が起きるわけです。つまりライフサイクル全体、あるいはバリューチェーン全体で見たときに、長期的に見て何が本当に地球規模の排出削減になるかといった観点は、今回のヒアリングでは少し欠けていたのではないかとの懸念を持ちます。こういった視点も入れて、今後世界全体で大幅な低炭素社会を実現するために、日本が低炭素技術でどういう貢献ができるかというような議論に展開していただければと思います。」

注3)
ヒアリングの内容については以下の環境省ホームページのうち第2回~第10回小委員会の配布資料を照会されたい:
http://www.env.go.jp/council/06earth/yoshi06-18.html

次回:「環境省「長期低炭素ビジョン」解題(2)」へ続く