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いま再び、水素エネルギーの重要性について


国際環境経済研究所主席研究員、元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」サブ・プログラムディレクター


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 東京ビッグサイトで開催された「水素・燃料電池展」は、今年も大勢の人で賑わっていました。ただ、私は普段、こういう展示会にあまり行かないこともあって、水素、燃料電池に対する関心が引き続き盛り上がりをみせているのかどうかは、この展示会からだけでは正直言って良く分かりませんでした。というのも、最近、水素エネルギーに対する懐疑論を耳にすることが多くなったような気がするからです。

 確かに、水素ステーション(以下、水素STと略す)の整備が計画通り進まないとか、エネファームの価格が思うように下がらないという現実の困難に直面して、そういった声が出てくるのも、むべなるかなとは思います。しかし、2014年末に「ミライ」が世界で初めて販売されたことなどを契機に盛り上がった、水素エネルギーに対するフィーバーのような状況が少し沈静化すると、とたんにこうした懐疑論などが大手を振って語られるようになるのは、日本人の熱しやすく冷めやすい悪い性癖であろうと思います。何故なら、そうした懐疑論もまた、その時々の気分に流されて語られる「木を見て森を見ていない」ものが多いと思うからです。

 私はこれまでに、既にいろいろなところで水素エネルギーの重要性について書いていますが、ここでこういった懐疑論に対し水素エネルギーが重要と考える理由を、再度整理しておきたいと思います。

【日本が直面しているエネルギー・環境制約】

 日本の将来を考えたとき、エネルギー・環境分野で私たちが克服していかなければならない課題とリスクは極めて明確です。

 日本は2012年以降、一次エネルギー供給の93 %を化石燃料に依存しています。この状況は、エネルギーの供給構造としてサステイナブルなものではありません。世界の化石燃料の需要は2050年に向けて増加の一途をたどり、現在の約1.7倍に増加すると見られています注1)。近年、化石燃料価格の下落や米国のシェールガスの増産など、化石燃料資源の需給緩和傾向もみられますが、中長期的に化石燃料資源の賦存量に限界があることに変わりはありません。特にアジアには中国、インドといったエネルギーの大消費国があります。いずれはエネルギー消費国間で化石燃料資源の確保競争が一層熾烈化し、価格が上昇していくリスクは決して小さくないと考えられます。ですから、2050年に向けて化石燃料への依存を大幅に低下させていくことは、日本にとって極めて重要なことです。

 加えて日本は、2050年までに温室効果ガスの排出量を80%削減することを目指しています注2)。この目標については、いろいろな条件が付されているという解釈もあるようですが、目指していくべきことは明確です。

【エネルギー・環境制約の克服の方途】

 こうしたことから、日本は一次エネルギー消費構造を大きく変えていかなければなりません。一次エネルギーは化石燃料、原子力エネルギー、そして再生可能エネルギー(以下、再エネと略す)で構成されますが、このうちCO2を排出しないエネルギー源は、原子力エネルギーと再エネです。

 CO2排出量を80%削減するということは、ざっくり言って化石燃料の消費量を80%減らすということとほぼ同義です。ただ、2050年の一次エネルギー消費量全体は、おそらく減少する注3)ので、その分CO2を排出しないエネルギー量を増やさなければならないということにはなりませんが、それでも、化石燃料以外のエネルギーを大量に導入することが必要であることは間違いありません。

 このうち原子力エネルギーについてみると、原子力発電所(以下、原発と略す)の新設や建て替えがない限り、2050年に向けてその設備能力は、その稼働年数に係る制約から、今後減っていくことにならざるを得ません。現在、建設中または停止している原発のすべてが順調に稼働または再稼働し、廃炉宣言されているもの以外のすべての原発(46基)が稼働年数上限の60年間稼働したとしても、2050年にはその設備能力はほぼ半減します。実際には40年またはそれ以前の年限で稼働を止める可能性が高い原発もあるので、このレベルにも達しない可能性も大きいと考えられます。(仮に原発がすべて40年で稼働を停止した場合には、2050年には原発の設備能力は2015年の約1割となります注4)。)つまり、このままで行くと原発の新設や建て替えが行われない限り、一次エネルギーのうち、原子力エネルギーによるエネルギー供給量は最低でも50%以上減ることになるのです。

 日本のエネルギー・環境制約を克服する観点からは、安全を確保したうえで原子力エネルギーを利用していくことは重要ですが、原発をめぐる厳しい世論を考えると、2050年に向けて建て替えや新設が大幅に進んで、原子力エネルギーへの依存が高まるということはなかなか考えにくい状況です。そうであるならば、原子力エネルギーの供給量が時間とともに減っていくリスクに備えておく必要があります。

 となると2050年に向けて化石燃料資源の需給ひっ迫のリスクに備え、CO2排出量を80%削減することを目指すためには、再エネの供給量を大幅に(本当に大幅に)増やしていかなければなりません。

 もちろん、いろいろな不確定要因はありますし、こういったエネルギー・環境制約を克服するためのさまざまな努力はなされるでしょうから、「これしか道はない」と断言することはできませんが、上記のような明らかに予見される将来のリスクを回避するためには、私たちは今、精一杯、再エネの導入拡大に取り組むことが必要です。つまり、日本は「原発か再エネか」ではなく、「原発も再エネも」しかるべき量を確保していくための努力が求められているのです。そして、エネルギーシステムの変革には時間を要するので、そうした取組みは今から進めていかなければなりません。

注1)
「アジア/世界エネルギーアウトルック 2012」、(財)日本エネルギー経済研究所(2012年11月)
注2)
2012年4月、閣議決定。また「パリ協定」を受けて現在策定中の「地球温暖化対策計画(案)」でも、同様の目標を掲げることになると言われています。
注3)
一次エネルギー消費量は、人口、経済成長率、エネルギー消費原単位及び構造等の変化により左右されるので、その減少の程度の予測は簡単ではないのですが、まず、減少するという方向性は間違いないでしょう。2050年の一次エネルギー消費量の予測については、例えば、「2050年の低炭素社会に向けた水素エネルギーの位置づけと見通し」 (財)日本エネルギー経済研究所 (2013.4)を参照。
注4)
現在建設中の原発3基はすべて稼働と仮定。

【再エネの大量導入を図るために必要なこと】

 再エネの導入のために国内に賦存する再エネ資源を可能な限り活用していくことは重要です。しかし日本は、その地理的環境(日射量、日射強度、風況等)から、国内の資源は質的にも量的にも恵まれていません。再エネの中で賦存量の大きな太陽エネルギー、風力エネルギーの賦存状況を見ると、この事実は明白です(図1及び2)。実際、このことはこれらのエネルギーのコストにも表れています。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によると、日本の太陽光発電のコストは世界の約2倍、陸上風力発電は約3倍のコストです注5)。中東地域の太陽光発電コストの約6倍という情報もあります注6)

 国内の再エネ資源の活用を図ることは重要ですが、経済や国民生活に大きな負担を強いることなく導入できる量は限られています。先に見たように、日本が再エネの大量導入を図ることが必要な状況におかれていることを考えると、資源に恵まれた海外の再エネ資源の利用を図る手立てを持たなければなりません。

 ところで、海外へのエネルギー依存を高めると日本のエネルギーセキュリティが損なわれるのではないかと懸念する見方があります。しかし、太陽,風力エネルギーの資源量はほぼ無尽蔵に存在しており、また(図1及び図2)から分かるように、これらのエネルギー資源は政情の安定している地域にも広範囲に賦存していますから、海外に再エネ資源を依存しても、日本のエネルギーセキュリティを現在よりも高めることはあっても損なう懸念は小さいと考えられます。

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(図1)世界の年間日射量マップ

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(図2)世界の風資源マップ

【水素エネルギー導入の意義】

 海外の再エネの大量導入が不可欠という認識に立つならば、それを運んでくる方策を考えなければなりません。太陽,風力エネルギー等の再エネは、ふつう電気や熱エネルギーに変換されて利用されますが、海外から大量の電気や熱を長い時間をかけて長距離輸送することは困難です注7)。さまざまなエネルギー形態の中で輸送、貯蔵に優れているのは化学エネルギーです。よく、電気を貯める手段として蓄電池が挙げられることがありますが、電力を蓄積できる量、時間の長さともに、蓄電池は化学エネルギーに大きく及びません(図3)。

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(図3)各種エネルギー貯蔵媒体の比較

 水素は、その化学エネルギーとして重要なのです。水素は、地球上に豊富に存在する水と再エネから作ることができます。水素はエネルギーとして利用可能であり、燃焼時にCO2を排出しません。再エネから作られた水素の利用によって、再エネを大量に導入することが可能となり、日本は、今後厳しさを増すことが確実なエネルギー・環境制約を克服する手段を手に入れることができる可能性があります。そして、水素エネルギーの導入は、他の手段と比較しても経済的にも安価で有力な手段になり得ると分析されています注8)

注5)
“NEDO再生可能エネルギー技術白書(第2版)”(2014年3月)によるとメガソーラー、陸上風力による発電コストの最低値は、日本: 太陽光 37.6¢/kWh、風力 12.4¢/kWh; 世界: 太陽光18.7¢/kWh、風力 4¢/kWh。
注6)
ドバイのDubai Electricity & Water Authorityの太陽光発電による電力価格は6¢/kWh。(出典: MENA Solar Outlook 2015, Middle East Solar Industry Association, January 2015)
注7)
一定の距離までは、電気を送電線により送電するという方法がありますが、送電線の建設コスト、送電中のロス、テロ等のリスクを考えると、日本では送電線による再エネの輸送可能範囲は限られます。
注8)
先の(注3)に引用した(財)日本エネルギー経済研究所の研究レポートを参照。

【水素エネルギーをめぐる懐疑論について】

 ところで水素エネルギーに関して、最近、疑問を耳にすることがあります。その主なものは以下のようなものでしょう。

1.
水素エネルギーと言っても、水素STに供給される水素は化石燃料から作られた水素であり、こういった水素の利用拡大をいくら図っても化石燃料消費量もCO2排出量もほとんど減らない。
2.
水素エネルギーは、一次エネルギーから電気や熱を経て作られる二次エネルギーであり、利用の際にはそれを再び電気や熱エネルギーに変換して使われるというように多段階のエネルギー変換を要することから、エネルギー利用効率が悪く、エネルギーシステムとしての合理性に欠ける。

 確かに化石燃料から製造した水素を利用する限り、その効果が限定的であることは事実ですが、この指摘は水素エネルギーの導入の目的を正しく理解していないものです。先にも述べたとおり、水素エネルギー導入の意義は、大量の再エネを導入するための手段ということにあります。しかし、そういった水素エネルギーによる新たなエネルギーシステムは、一朝一夕にはできません。当面、化石燃料から製造する水素を利用するエネファーム、燃料電池自動車(FCV)等の導入効果は限られたものだとしても、まずこれらの水素エネルギー利用機器を普及させ、水素の供給チェーンの整備と水素エネルギーに対する社会からの受容の獲得を図ることは、きわめて重要なステップです。そのための取り組みが、現在行われていると理解すべきなのです。将来的にエネファームやFCVの燃料を再エネから製造された水素とすべきことは、エネファームやFCVの普及拡大に取り組んでいる人たちの視野には当然に入っています。

 二つ目の指摘も、それ自体はもっともな指摘です。確かに水素エネルギーの利用にあたっては、他のエネルギーシステムに比べて多くのエネルギー転換が必要となります。さらに、そのままの形では運搬、貯蔵が容易でない水素を、エネルギーキャリア注9)という手段を用いて運んでくるには、さらに液化、合成、脱水素等の追加的なプロセスが必要となります。こうしたプロセスが多ければ多いほど、個々のプロセスにおいてエネルギーロスが発生し、エネルギー供給チェーンのエネルギー効率が下がることも事実です。

 しかし、再エネから製造される水素は、ほぼ無尽蔵に存在します。ロスが多少あっても、エネルギー量の確保という観点からは、それは大きな問題にはなりません。

 一方、コストには供給チェーンのエネルギー効率は関係します。ロスが少なければ少ないほど、余計なコストは節減できるはずです。ただここで重要なことは、エネルギーを利用する段階で、水素エネルギーが他のエネルギーと比べてコスト競争力があるかどうかということです。実際、エネルギーコストは、供給チェーンのエネルギー効率だけでは決まらず、当該エネルギーの市場構造や設備・装置コストが大きく影響します。ですから、利用段階でのエネルギーコストの競争力を評価することにより、水素エネルギーシステムの有用性は判断されるべきです。なお、エネルギーのコストは安いに越したことはありませんし、コストには、その製造から利用段階に至る各段階のエネルギー効率が関係することは間違いありませんから、これを高める取り組みを行っていくことの重要性を否定するものではもちろんありません。

【必要な取組み】

 実際、この利用段階でのエネルギーコストについて見ると、再エネ由来の水素エネルギーコストは、まだまだ高いのが実情です。このため再エネから水素エネルギーへの変換効率の向上、関連する設備機器コストの低減、そして水素エネルギーの運搬、貯蔵を容易にするためのエネルギーキャリアの開発等に引き続き取り組んでいかなければなりません。

 ただ幸いなことに、そうした努力が実を結ぶまでの時間を利用して、水素エネルギーの効果を先取りしつつ、(時間と資金を要する)供給チェーンの構築に取り組んでいける方策があります。それは、事実上再エネ由来の水素エネルギーと同様の効果を発揮するCO2フリー水素の利用です。しかも、化石燃料などと競合可能なコストでCO2フリー水素の利用可能性があることが複数の文献注10)により示されています。それが未利用の化石燃料資源(例えば、安価で豊富に存在する褐炭や中小ガス田からの天然ガス)から水素を製造し、発生するCO2はCCS(炭酸ガス地下貯留)等により取り除いた「CO2フリー水素」の活用です。

 そうしたCO2フリー水素の活用から始めて、水素エネルギー利用機器の普及と供給チェーンの整備を行いつつ、本来のCO2フリー水素、すなわち再エネ由来の水素エネルギーをより安価に入手できるようにしていくことが必要です。このように水素エネルギーの利用には、戦略的な取組みが必要となります。

 私は、水素エネルギーの導入は、日本が直面しているエネルギー・環境制約を克服するための、数少ない実際的な方途であると考えています。しかし、それを実現するには、以上に述べたように長期的な視点に立った戦略的な取組みが必要です。一時的な気分でぶれることなく、日本全体が一体となった取組みをしっかりと続けていくことが強く望まれます。

注9)
エネルギーキャリアについても、前記注の連載解説「水素社会を拓くエネルギーキャリア(1)~(12)」を参照されたい。
注10)
例えば、「水素・燃料電池戦略ロードマップ」 (2014年6月) 資源エネルギー庁 水素・燃料電池戦略協議会、「低品位炭起源の炭素フリー燃料による将来エネルギーシステム(水素チェーンモデル)の実現可能性に関する調査研究」、NEDO委託調査(2011年)などを参照。

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