第4話「『核の番人』としてのIAEA」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

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NPTとIAEA

 こうしたIAEAによる保障措置体制の充実の流れは、核兵器不拡散条約(NPT)の採択、発効により一層強化されることになる。
 1970年に発効したNPTは、全ての非核兵器国のNPT締約国に対し、IAEAとの間で保障措置協定を結ぶことを義務づけている(第3条)。これにより、IAEAの保障措置の役割には、一層の国際的普遍性が与えられることになった。翌1971年には、NPTを踏まえて改訂された、新たな保障措置システム(IAEAの関連文書番号(INFCIRC/153)をとって、「153型」とよばれる)が導入された。これは、当該国における「全ての」平和利用の核関連施設における、「全ての」核物質が対象とされることから、「包括的保障措置協定(Comprehensive Safeguards Agreements)」とよばれる。現在、日本を含む174ヶ国が、この包括的保障措置協定をIAEAと結んでいる。
 このほか、NPTにおける核兵器国5ヶ国(米、英、仏、露、中)は、一部の民生原子力施設を対象にした「自発的協定(Voluntary Offer Agreements)」をIAEAと結んでいる。したがって、前述の「個別的保障措置協定」、「包括的保障措置協定」とあわせ、現在あわせて182ヶ国による、3つのタイプの保障措置協定が並存している状況にある。

冷戦後の保障措置:イラク、北朝鮮の教訓と追加議定書の策定

 冷戦後に発覚したイラクと北朝鮮の核開発疑惑は、IAEAの保障措置システムに重大な課題を突きつけることとなった。
 イラクは、IAEAとの間で包括的保障措置協定を結び、IAEAの査察を受けていた。しかしながら、1991年の湾岸戦争後の国連安保理決議687に基づく現地査察の結果、未申告施設において大規模な核開発計画が進んでいたことが発覚し、同年7月のIAEA理事会では、イラクによる保障措置協定違反が認定された。IAEA理事会において保障措置協定の違反が認定されたのは、1959年に保障措置が開始されて以来、初めてのことである。
 北朝鮮は、1985年のNPT加入後、1992年にIAEAと包括的保障措置協定を結んだものの、未申告の2つの施設に対するIAEAの特別査察を拒否、1993年3月にNPTからの脱退表明の通告を行った。同年4月のIAEA理事会で、北朝鮮も保障措置協定違反が認定されることとなる。米国の説得で北朝鮮のNPT脱退発効は中断されるものの、IAEAの査察に対する妨害は続き、1994年6月にはIAEAからの脱退通告を行った。緊張が高まる中、カーター元大統領の平壌訪問を契機とする1994年8月の「合意された枠組み(Agreed Framework)」により、朝鮮半島情勢を巡る危機は、一旦回避されることとなる(その後、2000年代に入って以降、北朝鮮が3回にわたる核実験を行い、また2009年にIAEAの査察官を退去させて現在に至っていることは周知のとおりであるが、本稿では立ち入らない。)。
 一方で、かつて核兵器開発を進めていたものの方針を転換し、1991年にNPTに加入、IAEAと包括的保障措置協定を結んで、査察を受け入れた南アフリカのような成功事例もあった。
 こうした経験をもとに、ハンス・ブリクス(Hans Blix)第3代IAEA事務局長の下、IAEAの保障措置システムの更なる強化の検討が1993年より始められ、この見直し作業は、1997年の「追加議定書(Additional Protocol)」雛形の採択に結実した。この追加議定書は、核物質を伴わない原子力関連施設など、保障措置の対象を大幅に拡充し、また短時間の事前通告による査察(補完的アクセス)を導入することで、IAEAによる保障措置をより効率的、効果的に行うことを可能にするものである。現在、IAEAと126ヶ国及び1国際機関(ユーラトム)との間で追加議定書が締結されており、ほか20ヶ国が署名(ただし未締結)の段階である。
 冒頭のイラン核問題の関連では、イランは追加議定書の署名・未締結20ヶ国に含まれており、包括的共同作業計画でも、イランによる追加議定書の実施が重要な柱とされている。

近年の保障措置の課題:効率化の取り組み

 原子力発電の普及をはじめとする、原子力の平和利用国の増大に伴い、IAEAの保障措置業務も拡大し、限られた人的、資金的リソースの中で、如何に効率的、効果的に保障措置を行うかが大きな課題となっている。
 2004年から導入された、「統合保障措置アプローチ(Integrated Safeguards Approach)」と呼ばれる手法は、上述の包括的保障措置協定及び追加議定書をIAEAと結んでいる国の中で、一定の条件を満たした国に対する査察を軽減するアプローチである。すなわち、「申告された核物質の転用が無く」、かつ「未申告の核物質及び原子力活動がない」との結論(「拡大結論(Broader Conclusion)」と呼ばれる)が導かれた国に対しては、通常査察の負担を軽減するというものである。いわば、運転免許証において無事故・無違反の優良ドライバーに有効期限の延長などの優遇措置を与えることで、交通安全行政コストを軽減するやり方に似ているといえる。
 毎年6月のIAEA定例理事会では、過去1年間のIAEAの保障措置の実施報告(SIR: Safeguards Implementation Report)が事務局から提出され、そこで各国に対する査察結果を踏まえた評価が示される。これは毎年更新される。本年6月の報告では、日本を含む65ヶ国がこの「拡大結論」が得られたことが報告された。
 この他にも、個別施設よりも対象国全体をとらえて効率的な保障措置を考えていく、「国レベル概念(SLC: State Level Concept)」という新たなアプローチの導入や、ITインフラ投資による業務の一層の効率化など、様々な取り組みがなされている。