第4話「『核の番人』としてのIAEA」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

印刷用ページ

「核不拡散はNPTの要」、そして「核の番人IAEAは核不拡散の要」

 「核軍縮(nuclear disarmament)」、「核不拡散(nuclear non-proliferation)」、「原子力の平和的利用(peaceful uses of nuclear energy)」は、NPTの3本柱と言われる。
 本年4~5月にニューヨークで開催されたNPT運用検討会議でも、おおむねこの3つの分野に即した形で、3つの主要委員会が組織され、最終成果文書の作成に向けた交渉が行われた(今回のNPT運用検討会議が、中東非大量破壊兵器地帯設置のための国際会議を巡る対立により、最終成果文書の不採択という結果に終わったことは周知の通りである。)。
 この中で、日本で最も注目されるのは「核軍縮」であろう。これは、広島・長崎における戦争被爆の惨禍という歴史に鑑みれば当然のことである。
 もっとも、NPTは、あくまで「核兵器の不拡散に関する条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)」であって、「核軍縮に関する条約」でも、「原子力の平和的利用に関する条約」でもない。その名が示す通り、NPTは本来、核兵器の不拡散を目的とするものである。NPT策定の推進力となったのは、米ソを中心とした核兵器国における、これ以上の核兵器の拡散を防止するとの共通利害である。「核軍縮」に関する核兵器国を含む全ての締約国による交渉義務(第6条)と「原子力の平和的利用」に関する全ての国の奪い得ない権利としての認知(第4条)という2つの要素は、世界の国々を核兵器国と非核兵器国に区分し、後者に非核兵器国としての法的義務を課すという、特殊な構造をもつNPTを各国に受け入れさせる交渉過程において、いわば「グランド・バーゲン」として盛り込まれたものである。
 したがって、「核不拡散」こそは、NPTの要であり、その強化なしに「核軍縮」や「原子力の平和的利用」を前進させることは難しい。(こうしたNPTの構造については、特に「核軍縮」を重視する立場からみれば、NPTの限界と映るかも知れない。現にそうした議論もあるが、本稿では立ち入らない。)
 また、前述の通り、NPTの核不拡散に関する規定では、NPT以前から保障措置を行ってきたIAEAの役割が明示的に位置づけられた。IAEAの保障措置が冷戦期の時々の国際政治力学に翻弄されつつも、核不拡散に関する米ソの共通利害のもとで体制が整備されてきた経緯については既に触れた通りである。核不拡散においては、各国の輸出管理レジームや法執行面での国際協力の強化など、様々なアプローチがあるが、IAEAによる保障措置はその要といえよう。
 こうした経緯からすれば、国際社会における目下の核不拡散の最重要課題であるイランの核問題に関する合意が、NPT上の核兵器国でもある国連安保理常任理事国の関与によって成立したこと、その合意の中でIAEAが中心的役割を果たすことになっているのは、いわば自然な流れといえる。
 このような核不拡散を中核としたNPTの構造と、その中でIAEAが中心的役割を果たしていることについてどう考えるべきか。現在のNPTの構造について如何なる評価に立つにせよ、核不拡散の強化と、そのためのIAEAの役割の強化は、「核兵器の無い世界」を目指す上で、十分条件とは言えないにせよ、必要条件とは言えるのではないか。かつての南アフリカの核兵器放棄に至るプロセスはその成功例である。
 また、核不拡散体制の強化は、それ自体、日本の安全保障に直結する課題である。今回のイランの核問題に関する合意は、日本が安全保障上の利害を有する中東地域の安定に深く関わるものである。また、北朝鮮の核問題が日本を含む北東アジアの安全保障環境を左右する問題であることは言うまでもない。
 「核の番人」IAEAは、国際的な核不拡散体制においてのみならず、日本の安全保障にとっても不可欠な役割を果たしているといえるのである。

(*本文中意見にかかる部分は執筆者の個人的見解である。)

【参考資料】

“History of the International Atomic Energy Agency: the First Forty Years” (1997 David Fischer) 保障措置関連部分
http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/Pub1032_web.pdf
IAEA ウェブサイト(保障措置関連部分)
https://www.iaea.org/safeguards
「NPT 核のグローバル・ガバナンス」(2015 秋山信将編 岩波書店)

記事全文(PDF)