第3話「原子力安全のための国際的なルール作り」


在ウィーン国際機関日本政府代表部 公使

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ウィーンは原子力をめぐる国際ルールづくりの一大拠点

 国際原子力機関(IAEA)が本部を置くウィーン国際センター(VIC)では、日々様々なイベントが行われる。
 本年4月15日の昼、このVICの一角のオープンスペースで、日本の北野充大使、米国のローラ・ケネディ大使を含む6ヶ国の大使による「鏡開き」が行われた。この日、1997年の採択以来、長年の課題であった「原子力損害の補完的な補償に関する条約」(CSC: Convention on Supplementary Compensation for Nuclear Damage)が正式に発効したのを受け、6締約国(日、米、アルゼンチン、モロッコ、アラブ首長国連邦、ルーマニア)の共催による記念セレモニーである。これに先立つ1月15日、日本は6番目の締約国として条約の署名及び受諾書寄託を行い、条約発効に決定的な役割を果たした。そうした経緯もあり、条約の門出を祝いつつ和食文化のPRも兼ねて、日本酒とお寿司を提供したのである。セレモニーでは、6ヶ国代表部大使に加え、この条約への参加に強い意欲を持つカナダとインドの大使もスピーチを行った。セレモニーの模様は、日本のメディアでも報道された。

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CSCの発効を鏡開きで祝う、各国の大使達。(写真出典:在ウィーン国際機関日本政府代表部)

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IAEA本部でCSCに署名する日本の北野大使(中央)。左は天野IAEA事務局長。(写真出典:IAEA/Calma)

 国際社会で様々な問題を処理するにあたっては共通のルールが必要であり、原子力も例外ではない。IAEAが本部をおくウィーンでは、原子力に関する様々な分野において、国際ルールづくりの取り組みが行われている。
 ひとくちに国際ルールといっても、「条約」、「議定書」、「協定」といったように、各国に対し法的拘束力を及ぼすものもあれば、法的拘束力を持たないまでも、各国に一定の措置をとることを推奨する「行動計画」や、各国規制当局が自国内で規制を作る上でのめやすとなる「指針」、「基準」といったものなど、様々な性格のものがある。
 また原子力といっても、保障措置(Safeguards)、核セキュリティ(Nuclear Security)、原子力安全(Nuclear Safety)など、様々な分野がある。
 このうち安全の確保については、原子力特有というよりは、あらゆるエネルギー関連インフラにおいて求められるものであるが、軍事利用から出発した特殊な経緯からも、原子力利用における安全の確保は、特別な注意を必要とする課題である。
 今回は、2011年3月の福島第一原子力発電所の事故を受け、国際的な関心を集めた原子力安全の分野における、国際ルールづくりを巡る動きを紹介することとしたい。

原子力安全強化に向けた国際ルールづくりのあゆみ

 「核の番人」であるIAEAは、原子力安全においても役割を果たすことが設立当初から想定されていた。IAEA憲章には、IAEAの機能として原子力安全に関する基準策定が謳われている(憲章第3条A.6)。IAEA設立翌年の1958年には、最初の安全基準として放射性同位体の扱いに関する文書が作成、公表されている。IAEAが原子力安全に関与する必要があったのは、各国への核燃料供給の役割が想定されていたこと、また、各国の原子力施設への査察(保障措置)を円滑に行う上で、対象施設が安全であることが欠かせないとの事情による。
 もっとも、当初は原子力安全への関心はそれほど高くはなかった。炭鉱やダムなど、事故で多数の犠牲者を出していた他のインフラと比べて、原発のリスクが著しく高いとは認識されていなかったことや、当初の構想と異なり、IAEAが各国の核燃料供給の主たる役割をになうことはなかったといった事情もある。このため、原子力安全におけるIAEAの対応も、当初は規制色の薄いアプローチが中心となった。