日本の2030年目標はどのように決まったか(2)
ー「国民運動」への期待(下)ー
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(前回は、「日本の2030年目標はどのように決まったか(2)ー「国民運動」への期待(上)ー」をご覧ください)
前回は、日本の掲げた高い温暖化目標を達成するには相当の省エネが必要であり、特に民生部門の省エネを確実に実施していかなければならないこと、しかし、民生部門の省エネには特有の「難しさ」があることをお伝えした。
今回はこれまでの「国民運動」の実績と今後に向け2点提言を行いたい。
【これまでの国民運動の実績】
では、これまで我が国ではどのような「国民運動」が展開され、どの程度の実績をあげてきたのであろうか。
京都議定書第一約束期間の目標達成に向けた「チーム・マイナス6%」に始まり、民主党政権が掲げた1990年比で2020年に25%削減達成に貢献することを目指した「チャレンジ25」、そして昨年からは「Fun to Share」と、温暖化問題に関する国民運動は目標の変化に応じてそのステージを変えてきた。環境省が第3回会合に提出した資料注1) には、これまでの国民運動の実績が記載されているので抜粋してご紹介する。
<チーム・マイナス6%>
2005年4月開始。チームリーダーは総理大臣、サブリーダーが環境大臣。チーム員数約316万人、チーム員企業・団体数約33,000団体。
<チャレンジ25>
2010年1月開始。個人チャレンジャー数約 115万人、企業・団体チャレンジャー数約 28,000団体。
<Fun to Share>
2014年3月開始。賛同企業宣言数約3,200。SNSでのシェア数約6,300。
Fun to Shareについてはデータが2014年12月時点のものであり、本稿執筆時点の6月10日現在、賛同企業宣言数5,897、SNSでのシェア数8,230までは増加しているが、筆者の周りですら運動の認知度は残念ながらほとんど無く、尻すぼみ感は否めない。
Fun to Shareのコンセプトは、「目標に向けてガマンしながら必死に頑張るのではなく、毎日を楽しく暮らしながら、低炭素社会をつくろうという発想注2)」であるという。そもそも、国民一般が温暖化目標の達成のために自発的に「ガマンし必死に頑張る」などということが実際に起こりえるとは考え難いのであるが、「我慢」を国が強制するわけにもいかないので、この運動は削減量の目標を掲げることもなく、あくまで「知恵や技術や取り組みをシェアする」ことを主眼としている。国民からすれば何を求められているのかわかりづらい。求められていることもはっきりせず、自分たちの活動に対するフィードバックも期待できないことが盛り上がりに欠ける原因ではないかと、委員会でも指摘されている(第3回議事録注3)。安井委員、中上委員他)
クールビズ、ウォームビズは削減効果を定量的に試算した結果が示されているが、国民運動全体を俯瞰すると、明確な目標値や目標達成に向けた管理プロセスを持たず、単発的なイベントや流れていくだけの広告に多くの予算が注ぎ込まれてきた印象がある。
【今後の国民運動に向けて】
政府は6月2日、新たな温暖化防止に向けた国民運動のロゴマークを決定した。対策の柱は省エネルギーであると位置づけ、省エネ型製品やサービスを選択することを促進することを呼びかける「クールチョイス」がそれだ。
このクールチョイス実施に向けて2点に絞って提案をしたい。
① outcomeの定量評価を
上記に紹介した国民運動の「実績」はoutput(結果)であってoutcome(成果・効果)ではない。「行政機関が行う政策の評価に関する法律」注4)は、効果的かつ効率的な行政の推進及び国民に対する説明責務を果たすために、行政機関による政策の評価について定めているが、その第3条第2項で「政策『効果』をできるだけ『定量的に』把握すること」を求めている。
国民運動に国民の税金を使うのであれば、当然のことながらその施策による成果・効果(温室効果ガス削減量)と、その施策の費用対効果に関する分析(1トンあたりの削減コスト)が、国民に示されなければならない。
これらを定量的に評価するのは簡単ではないが、手本は身近なところにある。日本の産業界の自主的取り組みである。「自主的」という言葉から、当初はその実効性に疑問が呈されたこともあったが、自主行動計画に参加する産業・エネルギー転換部門 34 業種の CO2排出量は、2008年度~2012年度の5年間平均で1990年度比 12.1%減を達成したのである注5)。それを可能にしたのは、業界内のピアレビューや政府の設置する委員会でのレビューといった、評価の枠組みとそこにおける知見の蓄積である。民生部門においてもまずデータを整理し、削減に向けた経験と知見を蓄積していくことが求められる。
大企業は自主的取組で掲げた目標に基づき、長期の投資計画や経営計画にそれを織り込んで、資金の投資を着実に進めてきたが、中小企業や業務部門ではそうした長期的投資戦略を立案するノウハウや投資回収が長期に渡る場合に投資に踏み切る財務的体力に不足している。政府が相当きめ細かな支援や指導、介入を行う必要があり、そのための体制づくりや公的資源の投入、それらの評価システムの構築が急がれる。
- 注2)
- Fun to Share のHP
http://funtoshare.env.go.jp/about/
- 注5)
- 経団連環境自主行動計画<温暖化対策編>総括評価報告
http://www.keidanren.or.jp/policy/2013/102_honbun.pdf
② 不便の甘受もあり得べきことを国民に説くべき
これまでの国民運動を見ても明らかな通り、政府は国民に我慢や不便を求めることには及び腰だ。しかし、これだけの高い省エネ目標をなんらの我慢も不便もなく達成することは不可能であり、国民に不便を甘受することを求めることも覚悟すべきである。
例えば「サマータイム」は、欧米を中心に64カ国で導入され注6)、我が国でも終戦直後にGHQ主導で実施されたり、一部の地方公共団体が試験的に導入したり(例えば、北海道庁が平成17年から4年間試行実施注7))と何度も議論されてきたが、全国的に実施されるには至っていない。長時間労働につながる懸念や、時刻設定の変更にかかるコストなどを理由に反対する声も多かったからだ。
平成19年の試算であるがサマータイムを導入すれば年間およそ119万トン のCO2削減効果があるとされる注8)。仮にこの試算が正しく、政府がサマータイム導入によって119万トンのCO2削減を図る必要があると判断するのであれば(サマータイムのメリットは他にも指摘されているが)、国民にそうしたマイナス面については許容するよう理解を求めなければならない。
もう一つ例を挙げるとすれば、インターネット通販の普及に伴い、宅配便の取り扱い件数は増加傾向にあるが、それにともなって再配達件数も増加している注9)。細かい時間指定も可能な再配達サービスは、消費者にとっての利便性は高いが、トラックの走行距離は伸び当然CO2排出量は増加しており、国土交通省が検討に乗り出した。
こうした「便利なサービス」は当然CO2排出増加につながることから、場合によってはサービスの廃止や一部制限も議論される可能性はあるだろう。便利さに慣れた消費者からは不満が出るだろうが、高い省エネ目標を掲げた以上、国民全体でライフスタイルのあり方を変えていく必要がある。それをリードするのは国の責務である。
京都議定書目標達成計画では、家庭部門・業務部門は当初期待された省エネ目標に対して大幅な未達となった。そのしわ寄せを受ける形で産業部門が対策の深堀りを行ったわけだが、2020年以降の枠組みにおいてまた同様の失敗を繰り返すことは避けなければならない。今後の国民運動が、削減という「実」を確実に得るものであることを期待する。