MENUMENU

PM2.5連載企画 スペシャルインタビュー
東京女子医科大学 名誉教授 香川 順氏

「PM2.5問題の今」を聞く
大気汚染と健康影響:PM2.5による健康影響は全身に及び死亡率を高める


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授


印刷用ページ

動脈硬化、心筋虚血などPM2.5による健康影響は全身に及び、死亡率を高める

――PM2.5はどのような症状や病気を引き起こすのでしょうか?

香川:世界各地での研究結果をみると、発生源が異なるので、PM2.5の組成が違うのにPM2.5の重量濃度で評価すると似た結果が示されています。PM2.5は体に入ってくると活性酸素を放出しやすい。そのために肺に影響を及ぼし、肺の気道の炎症を起こします。血液に入ると、血液の凝固も起こしやすい。心臓に対しては心臓を規則正しく動かす自律神経機能や、冠動脈血管に影響を及ぼし、心筋虚血などの影響を引き起こします。冠動脈に限らず、全身の動脈硬化を促進します。血管を収縮して高血圧症を誘発したり、脳に対しては脳虚血など、全身に影響を及ぼします。

 EPAが2009年に公表したPMに関するISAでも、PM2.5は短期および長期間曝露の両方で心血管系への影響との因果関係を認めています。生殖および胎児の発達への影響もまだはっきりしていませんが示唆されています。また中枢神経系への影響、自閉症、アルツハイマー、パーキンソンなどにも関係してくるのではないかというデータも出ており、全身のありとあらゆる病気に関係している可能性があり、死亡率を高めることが指摘されています。

――PM2.5の有効な対策はないのでしょうか?

香川:PM2.5対策と言っても汚染源が多様化しているので、効率的効果的対策は難しいです。SO2やNO2などのガス状汚染物質から二次生成されるものに対しては、ガス状汚染物質の排出源対策が必要であり、元素状炭素のような自動車などからの排出物質の一次汚染物質に対しては粒子状汚染物質対策、さらに一次や二次性に生成される粒子状汚染物質には、幾つかの健康に有害な重金属も含まれているので、これらの重金属の排出源対策も必要になります。PM2.5の中の何が健康影響を引き起こしているかがわかってくれば、その物質を排出している排出源を規制するなど有効な対策につながります。
 アメリカではNPACT(National Particle Components Toxicity) study と言うプロジェクト研究がEPAとHealth Effects Institute(HEI)の支援で進行中で、PM2.5を含む粒子の成分を調べて、その成分と疫学研究結果との関連を調べた研究結果が本年末頃には発表される予定です。これはニューヨーク大学を中心にしたグループ、シアトルにあるワシントン大学を中心にしたグループおよびアルバカーキにあるLovelace Respiratory Research Instituteが一緒になって疫学研究と動物実験(中毒学的研究)とを結びあわせて、粒子状物質のどの組成が、どのような質の健康への悪影響を及ぼしているかを調査しています。
 今までは汚染物質を吸入したら呼吸器への影響が主であると考えられていたので、呼吸器系への影響が調査の焦点になっていましたが、PM2.5は呼吸系よりも心血管系により強い関連を示していることがわかってきました。NPACT studyでも心臓血管系に重点を置いて調査が開始され、一部結果が出てきています。

PM2.5はグローバルな“早死”原因第7位。米国では死亡原因全体の5.4%がPM2.5に依る。

――PM2.5の健康影響に関して具体的なデータはありますか?

香川:具体的なデータ、つまり地域住民を対象にした個別の疫学調査は数多くあり、EPAが2009(平成21)年に公表してるPMのISAには数多くの研究結果が示されています。これらの研究結果をもとに、PM2.5の健康影響を総合的に評価したものが最近公表されだしています。例えば、WHOは、2010年の死亡統計を世界的に調べ、本来の寿命よりも短く、早死にする人の原因をグローバルに評価したものを公表しています。それによると第1位は不適切な食事、2位は高血圧、3位は喫煙です。PM2.5などの粒子状物質は第7位にランクされています。
 アメリカではPM2.5により死亡すると考えられる割合は、死亡全体の5.4%と評価されています。この数字は公衆衛生学的に考えても重要と言えるでしょう。子供(18歳以下)への影響を見ると、PM2.5に関連した喘息による救急外来の受診者は11万人。8~12歳でPM2.5に関連する急性気管支炎患者は20万人、喘息の症状悪化が250万人とされ、PM2.5の対策が必要に迫られています。
 またアメリカの公衆衛生対策プログラムで行われている微小粒子とオゾンの削減対策は、米国内で16万人の早死を防ぐことができ、心臓発作で13万人、その他の病気での病院受診で8万6千人、仕事を休む労働損失を1300万日分、また170万のぜんそく発作を防止できていると評価しています。これは、アメリカの歴史で最も成功している公衆衛生対策プログラムの一つで、粒子状物質削減に1ドル投資すると30ドル以上の還元が得られていると評価されています。

――日本でもPM2.5による健康影響が気になります。

香川:日本の研究環境は欧米に比べると最悪で、先に述べた中公審の専門委員会報告書で「我が国の大気汚染は補償しないといけないような病気を発症あるいは増悪させるようなレベルではない」と評価して以来、現在では、特に医師で大気汚染の健康影響をライフワークにしている大学の研究者は、私が知る限り医学部で1人、他学部で1人しかいません。医師以外の研究者でも、大気汚染の健康影響をライフワークにしている研究者は、国立環境研究所でさえも数人です。民間の団体の日本自動車研究所でも、自動車排出ガスの健康影響の研究者は数人です。研究者の絶対数が不足しています。一方、欧米では、絶えず問題提起を行いながら研究を続ける研究者が数多くいて、PM2.5の健康影響の解明にも取り組み、上述のように科学的証拠に基づいたPM2.5を含めた大気汚染対策を進めています。
 一方、我が国では、上記のような状況ですから、2009(平成21)年に我が国で微小粒子状物質(PM2.5)の環境基準値を検討する際にも、我が国のPM2.5に関連した疫学データがないために、アメリカの基準値をそのまま採用する事態になっています。
 我が国も、若い研究者が大気汚染の健康影響問題に興味をもち、科学的証拠を蓄積し、科学的証拠に基づいた効果的効率的対策が実施できるような研究環境の整備が望まれます。

記事全文(PDF)



ゼロからわかるPM2.5のはなしの記事一覧