私的京都議定書始末記(その22)

-AWG-KPとはどんな場か(2)-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 160ヶ国近くが参加する国連温暖化交渉であるが、キープレーヤーはおのずと限られてくる。12回にわたって参加したAWG-KPにおいても、毎回必ず発言する「会議の顔」のような人々がいる。今回はAWG-KPの主要な登場人物の何人かを紹介しよう。

途上国の交渉官達

 AWG-KPはその性格上、途上国が先進国に対して厳しい削減目標を迫る場であり、途上国の交渉官にとっては腕の見せ所である。

 南アのアルフ・ウィリス交渉官は白髪頭をポニーテールにした巨漢であり、AWG-KPにおける途上国交渉官のスタープレーヤーの一人であり、理路整然とした議論の進め方は「敵ながらあっぱれ」であり、先進国交渉官からも一目おかれる存在である。落ち着いた口調で先進国の歴史的責任を説き起こし、先進国の削減目標については「そのうち国内削減分はどれだけか?」と釘を刺すのを忘れない。EUのルンゲメツカー交渉官と同様、スモーカーであり、休憩時間に三人がよく一緒になった。

 インドのプロディプト・ゴッシュ博士は、先進国の歴史的責任、先進国と途上国の公平性(equity)の問題を、謹厳な口調で主張する。AWG-KPのワークショップの際、「先進国のこれまでの歴史的責任を考えれば2020年時点で90年比70%以上削減してもらわねばならない」とプレゼンし、思わずメモを取る手が止まったことを良く覚えている。彼を含め、概してインドの交渉官は難しい言い回しを使うことが多く、加えてインド訛りの英語のイントネーションは聞き取りづらい。にこりともせず、近寄り難い雰囲気を感じるが、2009年6月にAWG-KPで「麻生目標」をプレゼンした後、彼にアプローチし、「日本は真面目に削減ポテンシャルを積み上げて目標を作った」と述べたところ、謹厳な顔で「日本が真面目なことはよくわかっている」と言ってくれた。

 ブラジルのミゲス交渉官は、私が2000年代初めに京都議定書の細目を交渉していた頃、既に主要プレーヤーであったベテランだ。CDM理事会のメンバーとして京都メカニズムにも通暁している。「AWG-KPでまず先進国全体の削減幅を決めるべきだ」というのが彼の持論であり、「米国のいないAWG-KPで米国を含む附属書Ⅰ国全体の削減幅をどう決めるのか」という私とよく論争になった。そのやり取りは次回に譲る。

 ミクロネシアのMJ・メイス交渉官は、「お雇い外国人交渉官」である。島嶼国連合(AOSIS)のスポークスパーソン的な立場で、元来が弁護士なので非常に弁が立ち、しかも早口なのでノンネイティブ泣かせでもある。毎回、先進国が表明した削減目標の一覧表を席上配布し、その合計が「科学が要求する削減幅」に比べて、いかに不十分かを立て板に水の調子で論ずる。私が首席交渉官の頃はミクロネシア代表だったが、その後、サンタルシア代表に転籍した。今はどこの国の交渉団をしているだろうか・・・
 
 中国交渉団もAWG-KPでの発言が多い。向かって左側、日本代表団の間で「イガグリ頭」のニックネームで通っていたチャン・グオチャン 交渉官はポズナンのCOP14の際は着任したてで、今ひとつ自信なさげであったが、その後、精進よろしきを得て(?)立派な先進国バッシャーに成長した。私がAWG-KPで京都第2約束期間に批判的なポジションをとる度に、それを受けて日本を名指しで批判することもしばしばであった。

 アフリカグループを代表してしばしば発言していたのはガンビアのオスマン・ジャル交渉官である。島嶼国と並んで地球温暖化の被害を最も受けている地域であるとの観点から、アフリカ諸国の舌鋒も鋭かった。しかし、会合の外で彼とコンタクトすると相好を崩して「自分はJICAの研修プログラムで日本に滞在したことがある。日本の環境技術、環境管理のレベルはすばらしい」と握手を求めてきた。積善は大事だと改めて思った次第である。

 産油国を代表してしばしば発言していたのがサウジアラビアのタウラ交渉官である。AWG-KPにおける産油国のポジションは微妙だ。巨額のオイルマネーを手にする富裕な国である一方、途上国グループに属し、先進国に対峙する立場にある。他方、先進国で温暖化対策が進めば、石油ガス需要が低下することになる。それが温暖化対策の進展に伴う遺失利益を保証せよという主張につながってくる。タウラ交渉官はサウジ原油の上得意である日本に親しみを持っているらしく、「自分たちは他の途上国と違って先進国に○%削減しろとは言わないんだ」と話しかけてくることもあった。

 途上国の中で一際、異彩を放つのが反米中南米諸国のグループ、ALBAである。AWG-KPでスポークスパーソン的な立場にいたのがベネズエラのマリエン交渉官であり、「母なる地球(mother earth)」というキーワードを駆使しながら、先進国に高い削減義務と巨額な途上国支援を求める。途上国の中でも最左翼と言っても良いだろう。ALBAはCOP15においてコペンハーゲン合意を「採択」ではなく、「留意」に追い込み、一躍有名になる。