米国債務上限問題とエネルギー環境政策


環境政策アナリスト

印刷用ページ

 米国債務上限問題については、バイデン大統領と下院マッカーシー議長の合意により、6月1日に米国上院は政府の債務上限の適用を一時的に停止する法案を可決し、デフォルトを回避することができた。この間のバイデン大統領、下院マッカーシー議長との間の交渉でさまざまな社会保障に関する歳出削減の攻防もあったが、エネルギー問題も大きなテーマのひとつであった。本稿では債務上限問題で注目されたエネルギー政策についてご報告したい。

バイデン大統領のスタンスと野党共和党の対応

 5月1日イエレン財務長官が、早くて6月1日には債務上限を超えて米国連邦政府の国債発行など借金をしないとデフォルトに陥ると議会に通知を行った。1917年以来債務上限は議会の承認を得て上限を引き上げることになっているためである。ちなみに債務上限はフーバー大統領以来ほとんどすべて大統領の元で引き上げられ、現時点では31兆4,000億ドルである。
 バイデン大統領は、債務上限の引き上げにあたってはすでに予算化されているものを削減するべきではないと主張し、一方共和党は上限の引き上げに際しては、すでに法制化された支出項目の削減も行うべきであり、昨年8月に成立したインフレ抑制法の下で認められたクリーンエネルギープログラムも対象とするべきであると主張していた。共和党は同法に盛り込まれているバイデン大統領の各種環境政策支出を削ぎ落すことを最初から狙っていた。
 当初、下院共和党はすでに4月26日に下院を通過していた法案「抑制・節約・成長法案」に盛り込まれたクリーンエネルギー支援の削減案をもとに以下をバイデン大統領に要求した。

  • インフレ抑制法で認められた各種エネルギー関係生産税控除、投資税控除を無効とすること。より具体的にはこれらの税制優遇には原子力、再生可能エネルギー、国産電気自動車、水素製造、風力・太陽光が対象となっている。石油・ガス生産事業者に対する「メタンフィー」や環境正義ファンド、エネルギー効率化リベートプログラムのカットも対象としていた。
  • 加えてすでに下院で通過していた「エネルギーコスト低下法案」に盛り込んだ、化石燃料の製造・輸出および重要鉱物採掘・精錬拡大政策またエネルギーインフラプロジェクトの承認手続き迅速化を要求。

 環境・再生可能エネルギーに関連してエネルギープロジェクトの許認可改革については、共和党・民主党ともに進めることとしていたが、共和党は石油、天然ガス、他の化石燃料プロジェクトに焦点を当てていた。一方民主党はクリーンエネルギーおよび高圧送電線建設の促進に焦点を当てていた。また、共和党はプロジェクトの遅延の原因となる環境評価および法廷手続きのタイムラインを2年に限定する旨提案していた。民主党は連邦エネルギー規制委員会(以下FERC)に長距離送電線の計画およびコスト負担を決めさせる権限を与えることに優先順位を置いていた。
 さらに5月2日上院エネルギー天然ガス委員会のマンチン委員長(ウェストバージニア州選出民主党)が、すでに提案されているエネルギープロジェクト許認可改革を今後の上院での議論のスターティングポイントとするべく「アメリカエネルギーセキュリティー構築法案」を提出していた。同法案でポイントとしているのが環境評価のタイムライン設定、過度な法廷闘争による遅延問題の解決、戦略的に重要なプロジェクトの指定、州際水素パイプライン・貯蔵・輸出入施設のFERCの管轄権、州際送電線許認可に対する連邦権限強化、ウェストバージニア・バージニア州間のマウンテンバレーパイプライン建設などの論点である。
 上述のようにさまざま提案された法案のうち下院の「抑制・節約・成長法案」および「エネルギーコスト低下法案」については両院を通過する可能性はなくいわゆるメッセージング・ビルと見られていた。

エネルギー政策の妥協

 5月27日バイデン大統領とマッカーシー議長は、債務上限の適用を2年間停止する原則合意に至ったことを発表した。案の定「抑制・節約・成長法案」は棚上げとされた。バイデン大統領はマッカーシー議長側の米国経済を人質にとるような瀬戸際戦術には憤懣やるかたなかったと報道されている。結局、ウェストバージニア州からのガスパイプライン建設促進に関連して許認可改革がポイントとなった。このマウンテンバレーパイプラインプロジェクトは2018年に始まった66億ドルのプロジェクトである。アパラチア山脈のシェールガスをウェストバージニア州からバージニア州まで480キロメートルかけて輸送しようとするものである。しかしながら反対派はいくつもの渓流・湿地帯、数キロメートルにおよぶ森林地帯など自然環境に影響があるとしてプロジェクトに反対してきていた。バイデン大統領とマッカーシー議長の合意ではプロジェクトに必要なすべての許認可を含め、両院で合意する法案にこれを盛り込むことにした。一方、インフレ抑制法で規定されていた各種のクリーンエネルギー税額控除の撤廃は含まれず、バイデン大統領はクリーンエネルギー政策の維持に成功した。マウンテンバレーパイプラインプロジェクトはウェストバージニア州選出のエネルギー天然ガス委員会のマンチン委員長が長年支援してきたプロジェクトであった。逆に共和党側は社会保障関連の支出の大幅カットを勝ち取ることができてバイデン大統領、マッカーシー議長ともに勝利宣言を行うことができた。エネルギープロジェクト許認可改革を盛り込んだ法案は下院を314対177で通過、上院は63対36で通過、大統領の署名へと進んだ。民主党シューマー院内総務は「アメリカは安堵の息をつける」。共和党のミッチ・マッコール院内総務は「遅滞なく支持できたことを誇りに思う」とそれぞれ歓迎の意思を表明している。しかしながら、共和党保守派は十分な歳出カットができなかったことから反対の姿勢を崩さず、民主党議員左派は社会保障上重要な支出を犠牲にしたことに対して懸念を表明した。上院で共和党はリー議員(ユタ州選出)、パラッソ議員(ペンシルバニア州選出)らが反対、民主党はマーキー議員(マサチューセッツ州選出)、ウォーレン議員(マサチューセッツ州選出)、サンダース議員(バーモント州選出)らが反対している。また、ケイン議員(バージニア州選出)は法案からマウンテンバレーパイプラインに関する合意を取り除く提案をし、抵抗した。

今後の見通し

 結局、今回の債務上限問題は与野党の中間派議員らの支持により合意にこぎつけることができたが、米国の債務上限によるデフォルトの危機を2025年に先延ばししたに過ぎなかった。またそのため2024年の大統領選挙への影響は回避したが、その大統領選挙における両院の構成によっては同じ問題を2025年当初から繰り返すことになりかねない。また、今回の合意に盛り込まれた、エネルギープロジェクトの許認可改革についても、マッカーシー議長は「われわれはすべてのエネルギーを必要とするのだから、その進めかたについてバイデン政権およぶ民主党と引き続き協議を進めていく」と述べているが、一方でマウンテンバレーパイプラインプロジェクトという「ミニディール」(ユーティリティーダイブ紙)のために、逆に全体の許認可プロジェクトが前に進まなくなるのではないかと早くも懸念が出始めている。

出典:
国際技術貿易アソシエイツ
5月30日付ユーティリティーダイブ
5月29日付けロイターズ記事