排出量取引制度の開始にあたって

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(「産業環境管理協会 環境管理2026年6月号 vol62 No6」より転載)

我が国では、GX実現に向け、先行投資支援と段階的なカーボンプライシングの導入を一体に講じる「成長志向型カーボンプライシング構想」が実行されている。そのうちカーボンプライシングについては、2025年5月、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の促進に関する法律」(GX推進法)が改正され、2026年4月からの排出量取引制度の導入が法定化されるともに、化石燃料賦課金徴収にかかる措置が具体化された。本稿では、この4月から開始した排出量取引制度について、改めて導入にかかる経緯や意義、制度の詳細設計を解説する。

成長志向型カーボンプライシング構想

我が国では、脱炭素への取組を成長の起爆剤として、産業競争力強化とエネルギー安定供給、脱炭素を同時実現しようとするグリーントランスフォーメーション(GX)政策を進めているところである。特に、2023年の「GX基本方針」策定以降、このGX政策の中核として、官民合計で150兆円超のGX投資の実現を目指す「成長志向型カーボンプライシング構想」という制度・支援一体型の政策パッケージが実行されている。具体的には、企業のGX投資を促進するため、GX経済移行債を活用し、10年間で20兆円規模の先行投資支援を行うとともに、排出枠の無償割当方式による排出量取引制度を2026年度から本格稼働、化石燃料賦課金を2028年度から導入、そして2033年度からは発電事業者への排出枠の有償オークションを導入することとしており、このように、カーボンプライシングを段階的に導入することとしている。

投資支援とカーボンプライシングは一体の政策であるため、20兆円のGX経済移行債の償還には、このカーボンプライシングの収入が用いられる。更に、上述のように、先行投資支援と時間差を付け、当初GXに取り組む期間を設けた後にカーボンプライシングを導入すること、またその導入を段階的に行い、当初低い負担から中長期的に炭素価格が上昇していく予見性を予め示すことで、先んじて排出削減を行うインセンティブを生み出し、事業者のGX投資を更に促進する設計としている。このように投資支援とカーボンプライシングを一体の政策として行う成長志向型カーボンプライシング構想により、150兆円超の官民投資を呼び込み、我が国のGX実現を目指すこととされている。

排出量取引制度の制度概要

そもそも、排出量取引制度とは、社会全体で費用効率的に排出削減を進めていくための仕組みであり、一定規模以上の排出を行う事業者を対象に、国が一定の基準に基づいて排出枠(排出を認められる上限量)を割り当てる制度である(図1)。我が国の制度では、CO2の直接排出量が前年度までの3カ年度平均で年間10万トン以上の事業者に対して、毎年度、自らの排出量を算定した上で、その排出量と同量の排出枠を期日までに保有することが義務づけられる。

図1 排出量取引制度の概要

その際、排出削減の進捗に応じて排出枠に余剰が生じた場合には、当該排出枠を排出枠取引市場で売却することができる一方、排出量が割り当てられた排出枠の量を上回り排出枠に不足が生じた場合には、排出枠取引市場を通じて不足分を調達することが必要となる。このように、排出枠の割当て、排出量の把握・報告、そして市場取引を通じた過不足の調整を組み合わせることで、各事業者の状況に応じた柔軟な対応を可能としつつ、社会全体として排出削減を効率的に達成する点に、排出量取引制度の特徴がある。

排出量取引制度の段階的な発展

先述のように、我が国では排出量取引制度を2026年度から本格稼働、その後も段階的に発展させていくこととされているが、排出量取引制度の本格稼働に先だって、国・企業双方が制度への知見やノウハウを蓄積するため、第1フェーズとして、GXに意欲的に取り組む企業が参加する枠組みであるGXリーグにおいて2023年度から既に試行段階としての排出量取引が実施されてきた(図2)。このGXリーグは参加企業のリーダーシップに基づく自主参加型の枠組みであり、企業が自主的に目標設定することで、説明責任が発生し、強いコミットメント・削減インセンティブを高める設計にされている。さらに、第2フェーズとして2026年度より開始する排出量取引制度を基礎として、2033年度からは第3フェーズとして有償オークションを開始する予定である。これは、発電事業者に対して、排出枠の一部を有償で割り当てるものであり、このオークションの収入が、GX経済移行債の償還財源に充てられることとなる。

図2 GX-ETSの段階的発展のイメージ

制度対象者および制度のスケジュール

我が国の排出量取引制度では、二酸化炭素の直接排出量が前年度までの3カ年度平均で年間10万トン以上の事業者に制度参加が義務づけられる。これにより、事業者数では300~400者、排出量では日本の総排出量の6割程度を捕捉できる見込みとされており、これは先行して排出量取引制度を導入するEU・韓国等の排出量取引制度と同規模の水準である。

対象企業は、毎年度、国に対して、第三者機関(登録確認機関)による確認を受けたうえで排出枠の割当ての申請や自らの排出量の報告を行う。スケジュールとしては、毎年度の9月末までに、確認を受けた排出目標量(その年度の排出枠の割当量)を提出し、翌年度の9月末までに排出実績量を報告、翌年1月末に排出実績と同量の排出枠を保有することが義務づけられている。保有義務量に対して排出枠が不足する企業は、期限までの間に排出枠取引市場等を通じて不足分の排出枠を調達することが求められる。

なお、本制度で排出量の控除に使用可能となるクレジットは、J-クレジットおよびJCMクレジットの2種類で、当面の使用可能量は実排出量の10%が上限となる。

排出枠の割当て

排出枠の割当ては、「ベンチマーク」と「グランドファザリング」のいずれかの方式による(図3)。前者は、特に業種特性を考慮する必要性の高いエネルギー多消費分野等を中心にベンチマーク指標(対象プロセスの排出量を活動量(対象製品の生産量等)で割ったもの)を定め、これに基づいて対象企業ごとの割当量を算定する。ベンチマーク指標を定める業種や、業種ごとのベンチマーク指標の算定式は、製造業や発電部門については経済産業省が設置した検討ワーキンググループにおいて、運輸部門については国土交通省が設置した委員会において議論された。

図3 排出枠割当ての二つの方式

ベンチマーク方式では、業種ごとに、各社の活動量あたりの排出原単位を比較し、同業種内の上位X%に相当する水準がベンチマーク目標水準とされるため、業種ごとの代替技術の導入状況等が考慮されることになる。ベンチマークの目標水準は、制度開始前(基準年度)の標準的な排出原単位である50%から開始し、5年後となる2030年度には上位32.5%水準まで引き下げられる予定である。これは、ある時点のトップランナー水準(上位15%程度)に業種全体として到達するには10年程度を要すると見込まれることから、基準年度における上位50%と15%の中間点として検討された水準である。

ベンチマークの設定が困難な業種については、基準となる年度の排出量に一定の削減率を乗じるグランドファザリング方式によって割当量を決定する。グランドファザリングの対象分野においては既に4割程度のエネルギーは排出係数の低い都市ガスに転換済みで、残りのエネルギーについても都市ガス相当までベンチマーク同様の時間軸(制度開始後10年間)で削減を進める場合には年率1.7%の削減が必要となることから、この年率1.7%がグランドファザリング分野の削減率として定められている。また、生産に伴い不可避的に発生するプロセス由来CO2はより削減手段が限定的であることから、年率0.3%(2030年度までの5年間で1.5%の削減)とされる。

加えて、その他の勘案事項として、①早期削減、②リーケージリスク、③研究開発投資の勘案、④活動量の変動に対する対応が措置される。早期削減については、制度開始前の早期の削減努力への対応として、グランドファザリング対象の排出源において制度開始以前に基準となる削減率を超えて行った排出削減量が基準年度排出量に加算される。リーケージリスクについては、排出量取引制度の導入が産業空洞化を招かないよう留意する必要があることから、主たる事業がカーボンリーケージ業種に該当し、収益に占める排出枠調達コストが一定水準を超える場合、その水準を超えて不足する排出枠のうちの50%が追加で割り当てられる。研究開発投資の勘案に当たっては、前年度に実施したGX関連の研究開発投資額に応じ排出枠の不足分の10%を上限に割当量が追加される。また、事業所の新設・廃止等や、生産量等の大幅な増減(±7.5%)が生じた場合にも、原則として割当量が調整される。

排出枠の上下限価格

更に、排出量取引制度によって我が国のGX投資を促進していくためには、排出枠の価格が段階的に上昇していくことについての予見可能性を高めることが重要である。そのため、短期的な価格の急騰・暴落等を防ぐ観点から、排出枠に上限価格および下限価格を設定し、必要な措置を講ずることとされており、令和8年度の上限価格は1トンあたり4,300円、下限価格は1,700円となり、また価格が段階的に上昇していく予見性を示す観点から、令和9年度から令和12年度までの上下限価格については、毎年度3%+物価上昇率の割合で引き上げられていくこととなった(図4)。

図4 上下限価格のイメージ

排出枠価格の高騰等により義務履行に支障が生じる状況として経済産業大臣が告示した場合、排出枠が不足する事業者については、上限価格×排出枠の不足分の費用の支払いによって義務を履行したものとみなされる。逆に、一定期間以上、市場価格が下限を下回って低迷する場合には、国はGX推進機構を通じてリバースオークションを行って排出枠の流通量を調整するとともに、それでも価格が低迷する場合等には、必要に応じて割当基準の強化を検討することとなる。排出枠の取引市場は、GX推進機構が設置・運営することが予定されており、制度対象者に加え、カーボンクレジットについて一定の取引経験を有する取引業者や、制度対象者からの依頼に基づいて取引を行う取引業者の市場参加が認められる方針である。排出枠取引市場の設置は2027年度後半に見込まれている。

排出量取引制度の発展の方向性

2026年4月1日をもって、排出量取引制度は本格稼働した。制度開始に向けて、2026年3月末に省令・告示・実施指針が交付され、手続全般、割当て、業種別ベンチマーク、算定、移行計画ガイドライン、合併・分割についてのマニュアルが公表された。もっとも、2026年度は排出実績量の算定期間と位置づけられており、同年度分の実績報告をもとに2027年度より排出枠の割当てが行われ、取引市場において取引されることとなる。排出量取引制度は導入すること自体に意義があるものではなく、排出量取引制度の下で炭素価格を公示し、成長指向型カーボンプライシング構想の一翼として、企業に脱炭素投資を促すインセンティブとして機能していくことが求められる。

加えて、長期間運用する中で設計当初に想定していた経済状況・社会情勢等からの乖離が生じ、制度設計の変更が必要となることが想定されるため、2026年度の制度開始後も必要に応じ機動的に制度の見直しを検討していく。