EUが導入する国境調整措置(CBAM)は機能するか(その1)


国際環境経済研究所主席研究員、JFEスチール 専門主監(地球環境)

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1.背景

 最近、気候変動対策に関する議論の中で国境調整措置CBAM(Carbon Border Adjustment Mechanizm)という言葉をよく目にする。日経新聞などのメディアでは、EUがCBAMを導入すると日本企業の競争力が奪われるとか、EU向け輸出が出来なくなる(・・従って日本もEU並みの高いカーボンプライスを導入すべきだ・・)といった、危機感を煽る記事が散見されるようになった。

 野心的な温室効果ガス削減目標を掲げているEUでは、産業部門の排出削減対策として2005年からキャップ・アンド・トレード型の排出権取引制度(EU-ETS)を導入し、対象製品にカーボンプライスを課すことで、温室効果ガス排出削減を進めてきた。そのEU域内の生産者に課されるカーボンプライスが上昇していくにつれ、生産コスト上昇が不可避となり、同様の厳しい対策を取らない、つまりカーボンプライスのかからない海外からの安価な輸入製品に市場を奪われたり、生産拠点の海外移転を招き、EU域内の産業基盤が喪失する懸念が指摘されるようになった。厳しい気候変動対策をとらない海外に生産が移転することは、CO2排出増をもたらし、結果として世界全体の温室効果ガス排出削減に逆行する~いわゆるカーボンリーケージを招く~ことになる。そうした事態を回避する対策として、EU域内に輸入される海外製品に対して、通関時に域内製品と同等のカーボンプライスを課すことで気候変動対策費用負担の均衡化を図る、というのがCBAM導入の目的である。

 このCBAMは、2019年12月にEUが発表した欧州グリーンディール政策注1) の中で、「2030年までに温室効果ガス排出量を1990年比で50~55%削減する」という厳しい目標を掲げるのと合わせて、導入検討が始まったものである。筆者はそのコンセプトが発表された直後の2020年3月に、CBAMのWTOルールとの整合性や運用上の課題に関して、「EUグリーンディールの提唱する国境調整メカニズムの影響と課題」という論考を本サイトに4編にわたって寄稿している注2) 。そこで指摘した内容は現状でも有効なものが多いので、本稿と合わせてご一読いただければ幸いである。

 EUの中ではその後、CBAM制度につき複雑なEUの立法プロセスに沿って、様々な検討や調整が進められてきたのだが、昨年末にはいよいよその具体的な制度の最終形が見えてきて、去る4月25日に開催された閣僚理事会で正式に最終決定された。そこで本稿ではその概要と、見えてきた課題や問題点について、あらためて4回シリーズで論じていくことにする。

2.CBAM制度導入に向けての経緯

 27か国の独立主権国家の集合体であるEUの立法プロセスは、複雑である。27か国を束ね、拘束する法律は、先ずEUの行政機関である欧州委員会(EC)がその法案のドラフトを作成し、それを加盟各国から選出された705人の議員によって構成される欧州議会で審議、修正される。さらにその修正案が各国の閣僚から成る欧州閣僚理事会に回送されて審議、修正され、そこで承認されることで最終的に法案成立となる。しかし多くの場合、EU全体の利益を代表するECの主張と、EU域内にある様々な政党の立場の利益を代表する欧州議会、さらには各加盟国の国益を代表する閣僚から成る閣僚理事会の利害は対立しがちで、これら3者による複雑な政治的調整や妥協プロセス(トリローグと呼ぶ)を経て、最終的な修正法案がまとめられ、それを欧州議会と閣僚理事会がそれぞれ可決することで最終的に法案成立となる。

 CBAMの場合、21年7月にECのドラフトが提示された後、必要な修正が施されて昨年22年6月22日に欧州議会で一旦可決され、さらに閣僚理事会との調整が行われたあげく、上記のトリローグの結果、昨年12月13日に最終的な修正案がまとまっている。その修正案が12月20日の閣僚理事会常駐代表委員会で可決。欧州議会では今年23年の2月9日に、所管する環境・公衆衛生・食品安全委員会(ENVI)で可決されており、この4月18日に本会議で可決され、その後、最終的に4月25日に開催された閣僚理事会で可決され、正式に成立した。その合意されているCBAMの概要は、以下に示すとおりである。

【合意されたCBAMの概要】

対象品目:鉄鋼(凝結鉄鉱石、フェロアロイ類、鉄鋼製ネジ、ボルト、ナット等を含む)、アルミ、肥料、セメント、電力、水素の6品目。
製品ごとの炭素排出量の計算対象:
直接排出のみ:鉄鋼(凝結鉄鉱石除く)、アルミ、水素
直接排出+間接排出を対象:凝結鉄鉱石、肥料、セメント
間接排出(製造時の電力消費に伴う排出)については、規定値を用いて算出。
(EU電力網の排出係数、原産国電力網の排出係数、原産国の料金メニューに応じた排出係数のいずれかの平均値)。
実際の排出量が取得できない場合は、各原産国の平均排出原単位を活用したデフォルト値を設定。原産国の信頼に足るデータがない場合は、EU域内生産者の原単位の悪い方から10%の平均原単位をデフォルト値とする。
150€以下の物品、軍事用途の物品はCBAM対象外。
導入スケジュール
2023年10月1日~2025年12月31日を移行期間として、対象輸入品目の製品単位当たりの排出量と原産国で払われた炭素価格等の情報提供を輸出者に義務化(この期間は課金は行わない)。
2026年1月1日から本格導入(調整課金開始)に入る。合わせてEU-ETSの規則を修正し、現在国際競争に晒されている事業者に対して与えられている無償配布枠の段階的削減を開始(2034年に全廃)
国境調整課金の仕組み:2026年1月以降、対象品目の輸入品は製品単位量当たりの炭素排出量に基づき、CBAM証書(EU排出権)の購入を義務化(ただし原産国で支払われた炭素価格分は控除。輸入品の過剰な炭素価格負担に対するマイナスの控除は行わない)。
調整(控除)対象となる原産国の炭素価格には、炭素税、ETS制度下での排出権に加え、賦課金(Levy)、料金(Fee)が含まれる。
CBAM対象品目のEU域外輸出への対応については、2025年末までにECが域外向け輸出のリーケージリスクを評価し、必要であればWTOルールに準拠した立法案を提示

 以上がいよいよ導入される(であろう)CBAM制度の概要であるが、さらに具体的な排出量の計算方法や課金制度などの詳細ルールは、2025年までの2年間の試行期間中に別途制定されるEUの実施法、委任法などに規定されていくことになる。

 本稿では以下、現在最終案として公表されている上記のCBAM制度の中で、下線を引いた事項に着目し、その問題点や課題について論じていくことにする。予告編的に論点としてまとめておくと以下の通りの3点となる。

論点1:
なぜ鉄・アルミ等の排出量は直接排出のみを対象とするのか?その結果、公平な炭素価格の国境調整は可能か?(上記の②、⑦、⑧)
論点2
ETSの無償配布の段階的削減とCBAMによる炭素価格調整の関係(⑥、⑦、⑧)
論点3
EUからの輸出製品に対する調整措置は可能か?(⑨)

3.論点1:なぜ鉄鋼・アルミ・水素では直接排出のみが調整対象か?

 まずはじめの論点としてとりあげたいのは、【合意されたCBAMの概要】②にあるように、CBAMでは鉄鋼、アルミ、水素の対象3品目について、国境調整の対象となるCO2排出量は「直接排出」のみが調整対象とされているという点である。これら3品目の共通点は、生産段階で大量の電気エネルギーを使用することにあるが、その電気を作る際に間接的に排出されるCO2排出量(いわゆるスコープ2排出)をCBAMの調整対象にしないということには、違和感を感じる。ECはこれら3品目の調整対象を直接排出に限定する理由として、加盟各国が国内政策として行っている電力への支援策(State Aid)の存在に配慮したことを挙げている注3) 。これはいったいどういうことか?

 EUは27か国の連合として共通の外交政策や予算、気候変動対策などを掲げ、EU全体をカバーする法律も持つ連邦国家としての機能を持つ一方、依然として独立主権国家である加盟国の集合体であり、加盟各国は独自の財政政策や国内法をもって統治されている。その中で、電力を含むエネルギー政策に関しては、各国の国情や地域特性に応じて独自の政策がとられており、よく知られているようにフランスでは電力の約7割が原子力によって賄われる一方、ポーランドなど中東欧の一部加盟国では依然として石炭火力が主力電源となっていて、国情により多様なエネルギー政策が併存している。その結果、電気料金についても各国が独自の政策的な料金体系を導入しており、例えば再エネ普及を加速してきたドイツでは、その結果上昇する再エネ賦課金(今は料金から税による国庫負担に代わった)等により、電気料金がEU域内で最も高いレベルに高騰している。しかしそれではドイツ国内のエネルギー多消費産業の輸出競争力が喪失するという懸念から、国際競争に晒される産業に対して、再エネ賦課金を9割以上免除するという、大幅な減免措置がとられていた。さらに電気代に加算される租税公課についても大胆な減免を行っている注4)。その結果として、ドイツの国際競争に晒される産業用電気料金は、安価な原発電力が供給されているお隣のフランス並みに政策的に引き下げられてきたのである。さらにロシアによるウクライナ侵攻後の化石燃料の高騰により、EU各国で軒並み電気料金が跳ね上がる中、各国で様々な産業用、家庭用電気料金の補填措置が導入されている。現状でEU域内企業は、そうした各国の化石燃料価格補填(いわばマイナスのカーボンプライス)のついた電力を使用して生産活動を行っているのが実態である。

 このような状況の中で、鉄鋼やアルミといった電力原単位の高い対象製品に対してCBAM によって内外の炭素価格調整を行おうとすると、いったいその製品が域内で電力使用を通じて負担した炭素価格がいくらになるのか、一律に算定することは極めて難しく、複雑になる。ドイツでは再エネ賦課金が従来から減免されてきた上に、最近になって電気料金高騰対策の一環として、賦課金を国庫負担に切り替えることで再エネ普及コスト負担を廃止している。その結果、電力の利用時に負担する炭素価格としては、発電時のCO2直接排出に課されるETS制度下の炭素価格だけが課されている。産業用電力に対して、どのような負担軽減策や炭素価格免除策を導入しているかは、域内各国の裁量で行われている上に、社会、経済情勢によって変化しており、また必ずしもその詳細は公にされておらず、輸入品に公平な炭素価格を課金することは技術的にみて困難であろう。

 そもそもEU-ETS制度の下における排出規制自体、生産プロセスからの直接排出のみを対象としているので、言ってみればETS制度下での「排出権」が体現する炭素価格は、直接排出にのみ、課されているのである。筆者が知る鉄鋼産業の場合、製鉄所における鉄鋼生産過程で副生されるガスや排熱について、日本ではそれを製鉄所内で最大限有効活用するために、所内の自家発電設備の燃料として使い(その結果CO2も排出される)、そうしてできた自家発電力で生産プロセスの電気の多くを賄っている。一方EU域内の製鉄所では、同じ副生ガスをCO2を持ったまま近隣の発電所(第三者の発電会社)に売却し(製鉄所のCO2排出量から控除される)、そこで発電された電力を購入して電気を賄っている。その際ETSのルールでは所外から購入した電力のCO2は、直接排出ではないため「ゼロ」カウントになるので、こうすることで製鉄所からの直接排出量を大幅に減らす(一種のCO2ロンダリングする)ことが出来る。しかも既述のとおりドイツの製鉄所では、その購入電気料金にかかる再エネ賦課金(炭素価格)も従来は減免、現状では免除されているのである。

 この日欧二つの異なるカウント方式によってつくられた鉄鋼製品の国境調整を、直接排出しかカウントしないというCBAM制度の下で行おうとすると、厄介な問題が発生する。先ず日本のように副生ガスを所内の自家発電所で活用する際に発生する排出量を、鉄鋼生産の直接排出としてカウントするか否かという、比較可能性の問題がある。そもそもCBAMに真面目に対応するためには、輸出国側でEU-ETSの定義に基づく直接排出のみのCO2排出量を計算する必要があるが、そこに何を含めるかというバウンダリの公平性の問題が出てくる。さらにそうして計算されたCO2排出量に課される炭素価格の比較において、日本の場合、製鉄所で不足する電力を購入する際には、再エネ賦課金(電力にかかる炭素価格)を負担している一方で注5) 、ドイツの製鉄所では購入電力についてCO2カウントがゼロであるだけでなく、再エネ賦課金が大幅減免されている。この再エネ賦課金が、【合意されたCBAMの概要】⑧にあるように、電気を通して負担する炭素価格であるとすると、ドイツの製鉄所では炭素価格負担がほぼゼロになっている一方、日本の製鉄所では再エネ賦課金として3.45円/kWh(2022年度)の炭素価格を負担していることになる注6)。果たして日本で間接排出を介して課されるこの炭素価格は、CBAMにおいて調整対象の炭素価格(先の【合意されたCBAMの概要】⑧にある賦課金や料金)となるのだろうか?

 もしCBAMで間接排出にかかる炭素価格は調整対象外となるとすると、日本のように電気料金を介して炭素価格を負担する制度のある国の輸出品は、不利な扱いを受けることになる。一方で、CBAMでも間接排出を介して課された炭素価格も調整対象とする場合には、この面だけ見た比較ではドイツの鋼材は炭素価格負担ゼロ、日本の鋼材は負担有りということで、日本での負担分が「控除」されるべきなのだが、【合意されたCBAMの概要】⑦にあるように、CBAMではマイナスの炭素価格控除は行われないことになっている。はたしてこれは公平な制度と言えるのだろうか?

注1)
https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/european-green-deal/delivering-european-green-deal_en
注2)
https://ieei.or.jp/2020/03/opinion200319/
注3)
ただし将来、間接排出も対象として広げるための排出量の測定等の方法論について、2025年までに準備するとしている。
注4)
「海外のカーボンプライシングの実態」小野透 (2021年4月16日国際環境経済研究所)
https://ieei.or.jp/2021/04/special201608028/
注5)
実際には日本でも再エネ賦課金の減免措置が導入されているが、要件が厳しいため8割減免の軽減措置を得ているのは電力原単位の高い普通鋼電炉メーカーに限られ、特殊鋼電炉メーカー、高炉メーカーは減免対象外で、賦課金を通して再エネ投資補助金を負担している。
注6)
日本でも電力多消費産業に対して再エネ賦課金を最大8割減免する制度があるが、要件が厳しく、また国際競争に晒されている企業の保護という観点がないため、大手高炉メーカーや特殊鋼電炉メーカは減免対象から外れている。

次回:「EUが導入する国境調整措置(CBAM)は機能するか(その2)」へ続く