EVを便利な乗り物にするために


CHAdeMO協議会 会長/e-Mobility Power株式会社 会長/東京電力ホールディングス株式会社 フェロー

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EVの普及を志した理由

 東電に二十年ほど原子力技術者として勤めていた筆者がEVの普及を志したのは、2000年頃のことである。そのころも原子力発電は世間からNIMBYとか必要悪とか言われて、軽微なトラブルがあっても重大犯罪を犯した様に責められていた。そのため原発に関わる人たちは内向き思考になり、問題をオープンに議論することや外部から優れた技術やアイデアを取り入れて技術の向上を図ろうという気持ちが失われつつあった。
 この状況を変えるためには、原発で働いている人たちに社会のために役立っているという喜びが必要だと考えた。折から温暖化問題への関心が高まってきていたので、原発のゼロエミッションという特徴が最も効果的に使われ、喜ばれる用途はEVではないかと思い至った。丁度リチウムイオン電池がパソコンに使われ始めていた時期で、この電池であれば従来のEVの欠点を解消できるかもしれないとの期待もあった。
 原子力技術者は私以外にも大勢居るので、自分一人ぐらいが原発の仕事から離れても影響はないが、EVを広めようとしている人はほとんど居なかったので、EV普及の世界に飛び込むことした。

急速充電器の必要性

 当時全くEVが無かったのではなく、米国ではGMのEV1が販売されていたし、日本には小型EVである日産ハイパーミニがあった。ハイパーミニはリチウムイオン電池を搭載していたが、まだ電池の性能が安定せず寿命が極端に短いという課題があった。最大の問題は電池の価格で1kWh20万円以上していて80kmの航続距離のために電池代が200万円以上することになり、残念ながら市場性がなく、東電などが試験的に導入する程度の広がりであった。
 更に使い勝手で問題があったのは、3kW程度のゆっくりした充電方式しか無かったことである。ハイパーミニを運転していて電池が上がってしまい、東京都庁の駐車場にあった充電器を使ったことがあるが、3時間ほどでようやく60km走る程度の充電量であった。短時間に充電できないことは実用面で大きな障害となっていた。しかし、電池切れを恐れて高価な電池を大量に搭載するとなると、車両価格が更に高くなってしまうという悪循環に陥ってしまう。
 そこで考えたのが急速充電器である。急速充電器が方々に置かれていれば、息継ぎをしながら長距離運転が出来る様になり、搭載する電池量を減らせる。搭載されている電池は一台毎のコストであるが、急速充電器は大勢で使い回すので経済的にも有利である。また、リチウムイオン電池は大電流の充電をしても傷みにくいという長所もある。


左:日産ハイパーミニ 右:都庁の充電器

CHAdeMO方式

 リチウムイオン電池が大電流で充電できると言っても、全ての電池が同じ性能ではない。電池の設計によっても優劣はあるし、電気の残量や温度によっても電池を傷めずに充電できる電流値は上下する。一般に、充電が進んで満充電状態に近づいてくると電流を絞らないと電池を傷めてしまう。また、温度が低い時や40度を超える高温になると充電速度を緩めないといけない。これを守らないと、電池を傷めるだけではなく、最悪の場合は火災などの事故にもつながる。
 これらの条件を満たすために充電器側で一律にゆっくりした充電をするようでは、そもそもの急速充電の価値が薄れてしまう。そこで、それぞれのEVの状況に応じて、最速の充電をする方法を考案した。電池の性能や現在の状態は、車両に搭載されたコンピューターが把握管理している。充電可能な最大電流値を車両側が決定して、その値を時々刻々充電器に伝える。充電器はその値を受け取って、求められた電流で電気を供給する。これがCHAdeMO方式である。現在世界中で使われているEV用の急速充電は、中国のGB/T 、CCS1、CCS2も含めて全てこの方式である。
 CHAdeMO方式を世界に広めるためにIPも無償提供しているが、残念ながら通信方式を変更したり、コネクタ形状が異なるCCS1やCCS2などの亜種が生まれてしまった。厳しい競争を続ける自動車産業においては、CHAdeMO方式はMade in Japanと認識され、外国技術をそのまま受け入れることには拒否感があったとのだろうと理解している。

急速充電器は使われなくても価値がある

 急速充電器の必要性を述べたことと矛盾するようだが、EVの一番の強みは家庭や事業所など、夜間駐車している場所で充電できることである。ここに通常のコンセントさえあれば充電できてしまう。3kW程度の充電であっても一晩かければ、楽に30kWhの充電ができてしまう。30kWhといえば通常の乗用車クラスであれば200kmぐらいは走れる充電量である。タクシーのような業務用でもなければ一日200km以上走る人はほとんど居ない。即ち、大部分の人たちにとって急速充電器も大量に電池を抱えて走ることも不要なのだ。
 しかし、初めてEVを買ってみようと検討する人達は航続距離が気になり、ガソリン車に比べてその短さに驚いて購入を取りやめるというのが典型的なパターンである。自宅で給油はできないがEVは毎晩充電できるという燃料補給の根本的違いは忘れ去られ、航続距離の短さだけが欠点としてクローズアップされてしまっている。
 確かにEVの電池切れは携帯電話の電池切れと異なり、立ち往生してしまうことになるのが致命的である。そのため、電池の残量を気にしながら走ることは大きなストレスになってしまう。ガソリン車であっても燃料計の針が半分以下になると給油をする人は多い。EVならば尚更である。
 2007年頃に東電で航続距離100kmの軽自動車を試験運用した時に、興味深い結果が現れた。担当する営業地域に急速充電器が無かった時は、近距離の移動であってもEVの使用は敬遠されていたが、急速充電器を設置した後は使用頻度が格段に上昇した。しかも、驚くべきことに設置した急速充電器はほとんど使われていなかったのだ。いつでも急速充電ができるという安心感が、電池の積載量を増すことなくEVの使い勝手を改善したのである。
 欧米では急速充電の使用料を充電した電気量に応じて支払っていただいているところが多い。しかし、私は使わなくても安心感を提供しているということでJAFの会員制度の様に固定価格のメンバー制の方が良いのではないかと考えている。現在多くの国で、急速充電器の設置に対して国の補助金が出されている。しかし、いずれは補助金もなくなり、EV普及とともに多くの人が自宅や事業所のゆっくりした充電で便利に使えることを認識するようになると予想される。つまり、急速充電器の使用頻度は本質的に低い設備であり、それらを使用量に応じた料金で維持していくというのは難しい。EVユーザーの皆様とよく相談しながら方針を決めなければならない課題である。


左:急速充電器設置前 右:急速充電器設置後

宗谷岬から知覧まで走って確認したこと

 ここで再び、前言をひっくり返す様で恐縮であるが、週末の長距離ドライブや都心部でマンションにお住まいの方で駐車場にコンセントが無い方などには、急速充電器は単なる安心のためではなく、実際に使用するものとして必要である。
 日本では2015年頃に国が大型補助金を付けてくれたことで、現在約8000基の急速充電器が設置されている。これは国土の広さを勘案すると、現時点でも世界の中で突出して充実した設置密度になっている。この時期、私は原発事故の対応のためにEV関連の仕事ができなかったが、日本中に設置する活動を進めた下さった皆様に心から感謝するところである。
 EVの普及活動に復帰後の2019年に日産リーフを購入し、日本全国の充電器事情の確認を兼ねて走り回ることにした。現在4年ほど経過したが、毎年30,000km、累積120,000kmを走っている。一週間程度を掛けてのロングドライブも、東京・北海道間、東京・鹿児島間などを数回走っている。コロナの影響がなければもっと頻繁に走る予定であったが、一応日本全国をカバーするように走って充電器の有無や使い勝手を確認して回った。
 そこで改めて分かったことであるが、私の日産リーフは電池が62kWhと大きいタイプで電池の積み過ぎになっているということであった。一人でロングドライブしていると、トイレ休憩や食事の必要もあるので、一日に走れる距離はせいぜい600km程度である。(ちなみに東京・大阪間500km、東京・盛岡間530km)景色や名物を楽しむこともなく、ひたすら運転し続けてこんな感じである。高速道路のサービスービスエリアには50kWクラスの急速充電器が設置されているところが多い。それらを利用しながら、日本中の高速道路では不安なく走り切ることができた。充電のために停車を余儀なくされたことはなく、休憩の間に充電しているという感覚であった。

 走行記録の一つを紹介するが、長距離ドライブにも関わらず電池残量が半分以下になっていないことが分かる。充電器を調べるために走っていることから少し充電の頻度は多めになっているが、この日だけが特別なのではなく全ての日で電池残量は半分以下にならなかった。サービスエリアは大体50km間隔で設置されているので、二つ飛びぐらいで充電していれば電池残量を減らすことなく長距離ドライブができる。
 結局、半分の電池が仕事をしていないということで、私は余分に240kgの荷物を運んでいたことになる。流石に電池の量をきっちり半分にしてしまうと電池残量がギリギリで気が休まらないだろうが、急速充電器を上手に使えば、電池積載量を2/3の40kWhぐらいに減らしても日本中長距離ドライブできるという証左である。実際、愛媛と岡山で充電中に千葉や栃木のナンバープレートをつけたリーフに出会ったが、彼らは40kWhのリーフであった。
 ところで、食事を撮る時は30分充電するが、トイレ休憩の際には15分くらいの充電で止める時もある。毎回30分間充電停車しなければならないという決まりは無いので、状況と相談して充電すれば良い。

普通のコンセントでの充電

 自宅で充電できることはEVの長所であるが、旅先でも普通のコンセントで充電することの利点を述べたい。
 釧路までの走行記録でもう一つ注目して欲しいのは、一日の出発時の充電状態が満充電でないことである。これは、宿泊したホテルの駐車場に充電設備が無くて夜間の充電ができなかったためである。夜間の充電は出力が小さくても時間が長いので30kWh(200km走行相当)ぐらいは充電できてしまう。これは急速充電2回分ぐらいの充電量であり、宿泊時間を充電に使わないのはもったいない話である。充電設備を備えたホテルもあるが、数はまだまだ少ない。宿泊設備を運営されている方々の間に、低出力の普通充電にも立派な充電設備を付けなければならないという誤解があるのではないかと心配している。  
 我が家の充電設備は、3000円の防滴型コンセントをつかっている。使用電力量を計測して通信を使って課金する機能を持つ立派な充電設備を付けなくても、このコンセントを付けておいてもらえば、EVを買った時に車の付属品としてついてくる充電ケーブルを使って充電ができる。電気代の徴収については、宿泊時に500円程支払ってもらえば良い。どんなにたくさん充電しようとしても普通充電では高々この程度である。朝食有無の選択と同様に、こうしておけばホテル側も損はしないし、お客様は大変便利になるので、是非ホテル業界の方にご一考願いたいサービスである。


左:高機能普通充電器 右:防滴型コンセント

今後の急速充電器の設置方針

 最近になって、充電に行くと先客が使用中である頻度が上がって来ているのを実感している。今後の本格的なEV普及に備えて、急速充電器の増加を急がねばならない。
 一方で一部の自動車メーカーから急速充電器の出力を高めて欲しいという要望もある。これは、奈須野太様の投稿「EVのカタログスペックを競う日系メーカーの勘違い」のご意見の通り、過剰な電池の大容量化競争のツケ回しであり、最終的にはEVユーザーの経済的負担増につながってしまう。私自身の実感も奈須野様と同様であり、EV仲間の声を聞いても、出力増加よりも台数増加の要望が圧倒的である。
 私が所属している充電サービス会社のe-Mobility Powerは、EVユーザーの多数の声を尊重して基数の増加に重点を置くことにしているが、工夫して高出力化と台数増加を両立させる方法を考えた。下図の様な、6台の子機を配置した200kWや2台同時に充電できる180kWの充電器(1台の最大150kW)の導入である。
 現在の電池の性能では、充電が進むにつれて充電電流を下げないと電池を傷めてしまうため、充電の後半では充電器の出力は低下している。従って、EVに対して一対一の充電器では後半は充電器の出力に余裕が生じて無駄になっている。一対複数台の充電器であれば、後続のEVが充電を始めた時には先行して充電しているEV向けの出力は少ないので、後続のEVは問題なく大きな出力で充電できる仕組みである。

 EVに搭載する電池も急速充電器も最終的にはユーザーが負担するコストになる訳であるから、どちらも稼働率を上げる工夫をしてEVの経済性を上げて行きたい。

最後にEVドライバーの皆様への提案

 高速道路での長距離ドライブを重ねていて実感したことであるが、電池の積載量や急速充電器によらずに簡単に航続距離を伸ばす方法がある。それはゆっくり運転することである。高速道路の左車線の多くは80km/h制限になっているが、多くのドライバーは100km/hで走っている。高速運転時の走行抵抗はほぼ空気抵抗で、これは速度の二乗に比例して大きくなる。そのため80km/hと100km/hでは4割もの差になり、航続距離も同じだけ差が生じることになる。
 私はいつも80km /h走行を心掛けている。環境のために我慢しているのではなく、ゆっくり走ると視野も広がって周りの景色を楽しめる。皆さんも排気ガスやCO2を出さずに環境に優しくドライブをすることに加えて、自然を楽しみながら運転して頂けたらと思う。
 また、サービスエリアには周りの景色が素晴らしい場所が多い。以下にいくつか充電中に撮影した写真を紹介する。旅先の風景を楽しんでいると、充電なんか、あっという間であった。


左:別府湾SA 右:壇ノ浦PA


左:瀬戸田PA 右:淡路島南PA


左:宍道湖SA 右:夫婦岩ミュージアム


左:双葉SA 右:八ヶ岳PA


左:駿河湾沼津SA 右:谷川岳PA


左:安積PA 右:津軽PA


左:八雲PA 右:有珠山SA


左:砂川SA 右:枝幸町のオホーツク海