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EVのカタログスペックを競う日系メーカーの勘違い


内閣府科学技術・イノベーション推進事務局統括官


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EVを買ってみた

 2015年11月に採択されたパリ協定では、産業革命以降の地球の気温上昇を2度にとどめることを必達目標とし、このために今世紀後半までに温室効果ガスの人為的な排出と吸収を均衡させることとされた。
 採択当時、筆者は経済産業省で環境政策課長を務めていたが、到底達成できない国際約束だと思った。発電部門は原子力や再エネにすればよい。しかし、産業部門では製鉄や化学など不可避的に二酸化炭素を排出する生産プロセスがあるし、運輸部門でのガソリンや軽油の利便性は圧倒的で、電気自動車又は燃料電池車への置き換えは困難だからだ。
 しかし、リチウムイオン電池に必要なレアメタル供給の限界を、火力発電所の電気を使ってEVを走らせることの矛盾を一人叫んでも、協定合意の高揚感に包まれた世界で相手にされることはなかった。
 そこで2016年3月、担当課長として協定を是認した罪滅ぼしにEVを買うことにした。日産リーフである。2010年に発売された初代モデルだが、マイナーチェンジされてバッテリーが30キロワット時に増量され、衝突回避ブレーキなども装備されている。
 13年間乗ったホンダ車の下取り充当分を含め、約350万円で購入した。納車は翌月である。実質的な値引きがあって納車も早いのは、モデル末期だったことと、当時は日産に売れるクルマがあまりなかったからだろう。間違っていたらごめんなさい。
 ナンバープレートは、1.5度の努力目標におけるカーボンニュートラル年次を周知する目的で「2050」にした。残念ながら誰にも聞かれたことがないから、ここに明記しておく。
 面白いのは、EVを買ったことをメーカーの人に話した時の反応である。普通、自社商品を買った人に対しては「ありがとうございます」と言うものだ。それが日産の社員に対してリーフを買ったことを告げると「どうもすいません」と謝られるのである。よほど商品性に自信がなかったのだろう。

自宅充電ならコスト優位は圧倒的

 こうしてEVを購入してから6年9か月が経過した。総走行距離は2.2万キロメートル、月間平均で273キロメートルになる。通勤には使わず、使い道は買い物、送迎と時折の帰省くらい。車検が2回と検査不正によるリコールが1回あったが、特に不具合はない。バッテリー容量も90%以上の正常値である。
 EVのメリットは、走行による二酸化炭素その他の排出ガスがない環境面と、維持費の安さである。筆者の場合、電費(燃費)は1キロワット時当たり7.4キロメートル程度である。電気料金が1キロワット時当たり税抜30.57円(東京電力EP第三段)とすれば、1キロメートル当たり走行費用は4.1円になる。
 昨今ガソリン価格は大幅に上昇して、筆者の近所では1リットル当たり税抜155円程度になっている。この水準だとEVの走行費用での優位は圧倒的である。
 もっとも、我が家は集合住宅なので充電設備がなく、外部の急速充電器を利用する月極め充電パックを契約している。原則として毎月100分間充電でき、料金は税抜2,500円である。これを先の月間平均走行距離で割ると、1キロメートル当たり走行費用は9.2円になる。燃費に換算すると1リットル当たり16.8キロメートル相当である。
 このことから、自宅に充電設備を用意できるユーザーであって、外部の急速充電器の利用が少ない人には、EVが強くお勧めできる。電圧の低い家庭用の普通充電器で満充電にするには一晩かかるが、たいていのクルマは夜中に止まっているので、自宅なら問題ない。
 一方で、外部の急速充電器を利用するユーザーは、EVでもハイブリッド車でも大きな差はない。気候変動問題への関心度合いによる。エンジンを発電のみに使うシリーズ式なら、加速など乗り味も変わらないはずである。

航続距離の長さはさほど重要でない

 筆者のリーフのカタログ上の航続距離は280キロメートルだが、省エネ運転技術や各種電装品の消費もあるので、先の電費から計算すると実勢222キロメートルになる。
 さらに現実には、残り50キロメートルを割り込んだ頃にアラームがついて充電を促されるから、満充電での航続可能な範囲は170キロメートル程度である。気温の低い時や高速道路を走る時は、暖房や抵抗で電費が悪化するので、もっと短い。
 そしてアラームに促され、近傍の急速充電器に接続して充電すると、気温や機器の状態にもよるが、30分間で満充電にできる。これでも途中で充電が必要なほど長距離の移動は限られ、その場合も急速充電器は日産の販売店、サービスエリアや郊外のコンビニにもあるから、実用には十分だ。
 しかし、バッテリー容量がもっと大きいと、一般に普及している最大出力50キロワットの急速充電器では満充電にできないだろう。急速充電器は1回30分間が基本で、終わったら後ろで待つ次のクルマに順番を譲らねばならない。30分間を超えては注ぎ足せず、空振りなのである。むしろ重量分だけムダだ。
 これを克服する方法は二つ考えられる。一つは、充電スポット当たりの急速充電器の設置基数を複数台に増やして、たとえ充電を続けても、次のクルマが迷惑しないようにすることである。もう一つは、容量の大きいバッテリーでも満充電にできるよう、急速充電器の最大出力を上げることである。
 通常の充電スポットには、1基しか急速充電器が設置されてないが、筆者の近所に設置されているテスラ独自の充電スポットには、出力の大きな「スーパーチャージャー」が4基もある。このように充電スポット当たりの設置基数を増やし、同時に急速充電器の最大出力を上げるのが理想だ。
 仮にどちらか一方に絞るなら、前者である。なぜなら、たとえ最大出力が上がってもバッテリー容量が増えるため、短時間で充電を切り上げることはしないからだ。
 あいにく先客でふさがっている時に来てしまい、やむなく別の所を探すか空きを待つかは思案のしどころだ。充電が終わってもドライバーが戻ってこないこともあった。かといってアラームがキンコン鳴っていながら別の所を探し回るのはストレスである。一か所に複数基数あって、待たずに充電できる方が便利である。

売ってみて買ってみて分かるEV普及の方策

 我が国でEVが普及しない理由として充電設備が少ないことが挙げられてきたが、それはかなり誤解されている。本当に重要なのは、一か所当たりの設置基数なのである。このままバッテリー容量を大型化していけば、EV普及に伴い「充電難民」が街にあふれて、その不便さが際立つだけだ。
 もっと早期にメーカーがこれに気づいていれば、例えばリン酸鉄を正極材に使うなどして、電池のエネルギー密度よりも価格を下げることを優先させる選択ができたから、先にEVが普及しただろう。つべこべ言わずEVを販売してみて、ユーザーの声を丹念に拾っていれば、容易に分かることだ。
 日系メーカーはカタログスペックで競争し、ハイブリッド車に見劣りするとか商品性が十分でないとか思い込んで、全固体電池など新技術の開発待ちを口実に、現実の市場で鍛えられることから逃げてきた。
 このため、航続距離重視のピント外れの商品戦略が採られ、かつ、充電スポットに急速充電器がたった一基しか設置されない間違ったインフラ整備が行われて、パリ協定に始まる世界の流れから脱落しかけているというのが、EVを買った結論である。