EVシフト(1)

―その背景と今後を考える―


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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1.過熱する電気自動車を巡る報道

 今、EVを巡る動きが熱い。2017年の7月にフランス、イギリス両政府は相次いで2040年からのディーゼル車やガソリン車の販売規制、あるいは化石燃料をエネルギー源とする車の販売を禁止する方針を発表した。インド当局も2030年からガソリン車、ディーゼル車の販売を禁止する意向を示した。一方、9月には2016年に公表された中国の新エネルギー車(New Energy Vehicle:NEV)規制が公布され、バッテリー電気自動車(BEV)、プラグイン・ハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)を車の販売台数に応じて一定の割合を販売する義務を2019年からメーカーに課すことが決定した。また中国当局は将来、化石燃料使用車の販売を禁止する検討を始めたと報じられている。これらの動きを受けて「EVシフト」という言葉が生まれ、報道が過熱している。その論点は主に日本の自動車産業のBEVに対する遅れやBEV化が進むことでエンジンからモーターへの構造変化がもたらすコモディティ化により日本の競争力が低下する、あるいは異業種からの参入が容易になることや部品産業の危機につながるなどである。昨年10月28日から開かれた東京モーターショーでもBEVを中心とした報道がなされていた。
 BEVを含む電動化技術の普及拡大は自動車の将来の方向であることは疑いないが、それには多くの時間と投資が必要である。BEVを巡っては、これまでに積み上げられた各メーカーの思惑や戦略、あるいは各国の温暖化政策のみならず産業政策やエネルギー政策に密接に関係しており、それらを一概に論じることは誤解を招く。また一方で日本の対応の遅れについても多くの意見がある。本稿ではこれらの視点を交えて、現在の動向と背景を踏まえて今後について論じることとする。
 尚、「EV」という用語は、狭義のバッテリー電気自動車を指す場合や、広義のモーターで走行する電動車両を指す場合があるために、本稿ではできる限りわかりやすい個別名称を用いて混同を避けるものとする。バッテリー電気自動車(Battery Electric Vehicle)についてはBEV 、ハイブリッド車(Hybrid Electric Vehicle)はHEV、外部から充電可能なプラグイン・ハイブリッド車(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)はPHEV、燃料電池車(Fuel Cell Electric Vehicle)はFCVとする。また外部から充電ができる車の総称としてBEVとPHEVの両方を合わせたものをプラグイン車(Plug-in Vehicle)と呼ぶ。

2.なぜEVが突如脚光を浴びたか?

 2015年9月にドイツのフォルクスワーゲン(VW)車のディーゼル排気ガス対策の不正問題が米国で発覚し、その後、欧州や韓国にも広がるなど世界的に大きな問題になった。特に米国では幹部が起訴され、また罰金やリコール費用が2兆円を超えるなど大きな制裁を受けることになった。これらを受けて2015年11月に当時のWinterkorn会長が辞任し Müller会長が就任した。新会長のもと、これまでのディーゼル・エンジンを中心に据えた1000万台戦略(Strategy2018)に代えてTOGETHER-STRATEGY 2025を2016年6月に発表し、その中で「世界トップレベルのサスティナブル・モビリティのプロバイダー」になるとして、電動化イニシアティブやバッテリー技術の開発、デジタル化と自動運転の技術開発を進めることを明らかにした。特に電動化イニシアティブは野心的な計画で2025年までに30の新しいe-Vehicle(BEV、PHEV)を開発し、2~3百万台/年の販売を目指すとの目標が示されており、ディーゼル車不正問題で揺らぐ同社への社会的な圧力から目を転じさせることにもなった。
 その後、2017年5月22日に中国政府はそれまでの外資1社につき中国資本との合弁が2社に制限されていた外資規制を突如変更し、NEVに限って3社目を許可するとした。6月1日に行われたVWと江淮汽車との調印式にはドイツのメルケル首相と中国の李克強首相が立ち会っており、政府と一体となって中国でのEV生産に向けて先手を打った。VWの中国の販売台数は2016年で387万台とVWグループ全体の販売台数の32%を占め、中国市場はVW乗用車部門の中国を除く台数434万台に匹敵する最重要市場で、ここでNEV規制に先手を打つことが戦略的にも大きな意味を持っている。この動きは各国政府や自動車メーカーにも大きな影響を与えることとなった。
 また米国のBEVのベンチャー企業TESLAの時価総額が2017年4月10日に米国最大のGeneral Motorsを抜いて一旦は全米首位の自動車メーカーとなった。量産型のModel 3は発売前に40万台以上の事前予約があったと報じられている。これは同社が2016年に販売したEVの6倍以上に相当する。このTESLAの成功がそれまで低迷していたEVのビジネスの可能性を大きく印象付けることにつながっている。

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