EVシフト(2)

―その背景と今後を考える―


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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※ EVシフト(1)―その背景と今後を考える―

3.EV推進の背景

①大気汚染

 BEVの歴史は古く、自動車の黎明期には蒸気や内燃機関とならんで電気自動車が作られていたが、ガソリン車の普及に伴って利便性の低い電気自動車は姿を消した。再びBEVが注目されたのは1960年代末の米国や日本の大気汚染問題で、その対策の一つとして各国で研究が行われた。しかしガソリン車の排気ガス浄化システムが完成してBEVの開発はトーンダウンした。だが発電所や自動車の排ガス対策が進んでも地形の問題などで大気質の改善が一向に進まない米国カリフォルニア州は、1990年にBEVやFCVなど走行中に排気ガスを出さないゼロ・エミッション車(Zero Emission Vehicle:ZEV)を同州の販売量に応じて上位6メーカーに一定比率の販売を義務づけるZEV規制を決定し、1993年に制定された。この規制にはクレジット制が導入され、BEVやFCV、PHEVなどの性能に応じたクレジットが販売台数に応じて付与され、その貯蓄や売買、あるいは州間の移動が可能になっており、また基準を未達成の場合には量に応じた罰金を支払うことが定められている。ちなみに上位6社に属さないTESLAはクレジットを他社に販売することで利益を上げてきている。ZEV規制は当時のバッテリーなどの技術面と消費者の需要性不足による規制目標達成の難しさから、当初の1998年実施予定に対して数次の延期と規制内容の見直しが行われたが、一方でメーカーへのBEVやFCVの開発への推進圧力となって一定の役割を果たしてきたと考えられる。このZEV規制は米国の10州が導入した。その後ZEV規制は気候変動問題への対応を加味するなどして2018年以降の新たなプログラムが定められ、BEVやFCVなどのさらなる普及拡大を目指している。現在8州がこのプログラムを導入するとしている。今も大気汚染問題が深刻な国々では、低排出ガス車への切り替え促進とともにZEVの普及は分かり易い政策の位置を占めている。(図1)


図1 世界の大気質マップ 出典:リアルタイム気質指数ビジュアルマップ
2018年3月16日17時(JST)

②気候変動

 一方で地球温暖化防止対策として温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の排出を大幅に減らす可能性が高いBEVやFCV、PHEVなどの電動車両が将来の車の方向として重要な役割を担うようになった。2005年のグレーンイーグルス・サミットにおけるG8の要請で国際エネルギー機関(IEA)が2050年450ppmを実現するための検討を行い2008年に明らかにしたシナリオでは、BEV、FCVやPHEV、ハイブリッド車を含む電動化された車両の比率は2050年までに90%以上が必要とされていた。(図2)


図2 自動車の技術シナリオ IEA:Energy Technology Perspectives 2012より引用

 またIEAの要請により電動化を進めるための電動車両イニシアティブ(Electric Vehicles Initiative :EVI)が多くの政府が参加する政策フォーラムとして2009年にスタートした。現在のEVI加盟国はカナダ, 中国、フランス、ドイツ、日本、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、英国、米国で、2017年からインドと韓国がデータ提供で協力している。2017年にはすべてのEVI加盟国が2030年までに自動車市場の30%をBEV、PHEV、FCVの電動車両とすることを目指すEV30@30 campaignを開始している。
 一方でBEVは走行時CO2を排出しないが、発電時の排出が問題となる場合がある。一般的にwell to wheelと呼ばれる燃料採掘から使用までのトータルで評価する手法では、電源構成によってBEVでも内燃機関を用いるハイブリッド車よりもCO2が多く排出されるケースもあり、電力のクリーン化と低炭素化が必須である。(図3)中国を例に挙げれば、まだ石炭を主とする火力発電が2015年時点でも7割近くを占めており、現在も大きく改善されつつあるものの、今後予定されている再生可能エネルギー、天然ガスや高効率な石炭火力発電、あるいは原子力発電所の増強には時間がかかることから、当面BEVによる排気ガス削減の効果は都市部の大気汚染対策に留まるとみられる。(図4)


図3 BEVのGHG排出量試算 The International Council on Clean Transportation:
Calculating Electric Drive Vehicle Greenhouse Gas Emissionsより引用


図4 各国の電源構成2013年 資源エネルギー庁エネルギー白書2016より引用

③エネルギー安全保障

 さらに電動化を推し進める重要な柱の一つは各国のエネルギーセキュリティ面での強化である。
 米国では安全保障上リスクの高い国々からの原油の輸入を削減することがエネルギー政策の重要な柱であり、シェール革命によって自給率が向上しているが政策は継続されている。一方、中国や欧州等でも化石燃料の輸入を抑制することは安全保障面での重要な課題である。中国はすでに原油の輸入国で化石燃料に輸入制限枠を設けており、その上限に近づきつつあると言われている。また欧州でも北海油田の生産量減少から2005年には英国も石油の純輸入国に転じている。天然ガスの供給遮断が大きな圧力になることはウクライナ問題でも知られており、欧州は域内エネルギーの確保が重要な政策課題として風力発電等の様々な域内エネルギーの拡大を進めている。電動車両は化石燃料の使用を減らすポテンシャルがあり欧州に限らずエネルギーセキュリティ上でも各国政府の検討の遡上に上っている。

④産業政策

 加えて各国の重要な政策となっているのが自国における産業競争力の強化である。それぞれの国ごとに狙いは異なるが、大きな経済規模の自動車産業の競争優位を確保することが国にとって重要な政策の一つである。日本でも経済産業省による次世代自動車戦略2010及び自動車産業戦略2014、また2016年にはEV・PHV ロードマップがまとめられ、BEVやPHEVの政府普及目標を2030年に20~30%と位置付けている。電動化に重要な電池については次世代自動車用電池の研究計画が2006年にまとめられ、2020年には現状の1.5倍以上の性能を低コストで実現する先進的な電池と2030年を目標に現在のガソリン車に匹敵する性能を実現する革新電池の研究が産官学の連携で進められている。
 2016年に発表された中国のNEV規制は米国ZEV規制に倣って制定されているが、非常に高い目標を自動車メーカーに義務づけており、この分野での優位性を高めて将来の世界輸出等にも言及し、「自動車大国から自動車強国へ」の転換を目指すとして政策を推し進めている。2017年に公表された2025年までの「自動車産業の中長期発展計画」では、世界最大となった自国の自動車市場を梃に、パワートレイン、カーエレクトロニクス、電池、モーターなどの分野で2020年には世界トップレベルに達するような新エネルギー車メーカーを育成すると表明している。前述のとおりNEVに限って外資系企業に3社目の合弁を認める決定は早期にNEVの市場を立ちあげ、その骨格となる部品産業の育成を図る狙いもあると推察できる。今のところBEVへの補助金は中国政府の車載用電池模範規準認証を受けたバッテリーを使用する車に限定されており、中国生産が必須であるとともに、外資系が認証を受けられていない状況からそこにも政府の意図が垣間見れる。

4.英仏の内燃機関車販売禁止の思惑と他国への影響

 フランスや英国が表明した2040年までに内燃機関の自動車の販売を禁止する方針についての理由は明らかではないが、フランスはマクロン政権がアメリカのパリ協定脱退を受けてアメリカ大統領に向けて強いメッセージとして打ち出すために公表したと言われている。一方で経済政策を巡る支持率の低下もその一因だという話や、原子力発電の比率を下げるという長期目標に対する電力需要の掘り起こしという考えもあり、電力会社によるロビー活動との声もある。しかし、2040年に向けた具体的なシナリオや政策は発表されていない。
 英国はロンドンの大気質改善がその目的となっているが、今の問題を先送りにした声明だとの環境派の批判もある。(図5)都市部の大気汚染対策には市内への乗り入れ規制などが各国で行われてきたが、ディーゼル排気ガス不正の問題を受けて、これまで欧州の温暖化対策の重要な柱であったディーゼル乗用車の普及シナリオが崩れ、改めて大気汚染の問題がクローズアップされており、これも内燃機関禁止という声明の大きな一因と考えられる。


図5 ロンドンの大気質(PM10、PM25)2018年3月2日~3日
出典:London Air(KINGS college LONDON)

 一方で英国では日本やドイツ、あるいはフランス系の自動車メーカーが生産を行っており、実施に当たっては自国の雇用にも大きな影響を与える可能性があり充分な事前評価が必要と思われる。フランスも政府が雇用維持を目的にルノーの議決権の15%の株式を保有する筆頭株主であり、雇用や経済への影響を慎重に検討しなければならない。従って、現在、打ち出されている化石燃料を使用する車の販売禁止という政策の実施に向けて両国とも今後、具体的な検討を開始するものと思われるが、まだその動きは見えていない。尚、その後、英国の閣僚の発言として、新たな規制は内燃機関のみを使用する車が販売禁止の対象で、ハイブリッド車を含む電動車両は除外されるとの報道があった。
 このようなやり方は燃費規制などと同様に、まずは政治的な目標を掲げて実行プランを後から決めるという欧州の政策手法の一つと考えられる。
 英仏の発表に加えオランダやノルウェー、ドイツでも内燃機関を用いた車の販売を禁止する議論が起きている。ドイツ連邦議会は2017年11月に2030年までの内燃機関を用いた自動車の販売禁止する決議案を採択した。しかしドイツ自工会(VDA)の委託調査によれば、その結果60万人以上の失業者が生まれると報道されている。決議に法的効力は無く、ドイツにとって重要な自動車産業に大きな影響があることから、その後進展は見せていない。一方で都市部の大気汚染問題に対して2018年2月にドイツ連邦行政裁判所は、排ガス対策としてディーゼル車の都市部への乗り入れ制限を、市が法令で定めることを容認する判断を示した。
 インド政府は英仏に先立ち2017年に2030年までのガソリン・ディーゼル車の販売を禁止する方針を発表したが、その後2018年2月に方針を撤回し、BEVの普及に向けた行動計画を準備していると表明するに留まった。

次回:EVシフト(3)―その背景と今後を考える―