気体中の炭酸ガスを吸着する蓄電池


YSエネルギー・リサーチ 代表

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 国連環境計画(UNEP)はこの11月26日に、地球の気温上昇を産業革命から1.5度以内に抑えるには、温暖化ガスの排出量を2020年から30年の間に前年比で年7.6%減らす必要があるとの報告書を公表し、各国が掲げる現目標では3.2度上昇すると警告している。エネルギー消費の効率を高めると共に、世界中の火力発電所や工場などからの燃焼排ガス中にあるCO2を捕捉して固定し、貯蔵するなり資源として利用する方策(CCSU)の実用化をさらに推進しなければならないだろう。

 だが、CCSUの技術開発はまだ実証段階であるし、実用化段階になったとしても、そのプロセスに外部からエネルギーを投入する必要があり、どこからそのエネルギーを調達するか、設備コストをどう下げるかの課題もあり、その克服が大きな壁となる可能性が高い。だが、この問題を解消する可能性のある技術をMIT(マサチュセッツ工科大学)のリサーチャーが開発したと10月24日付けのMITニュースが報じている。

 この新しい技術は、電気化学反応をする薄膜でできた蓄電池を応用したものだ。その蓄電池は薄い電極が積層されている。その電極の空隙に大気なりCO2を含む排ガスを流しこむと、蓄電するときに気体中のCO2が電極に全て吸着され、排出される気体には全くCO2を含まなくなる。次に放電する時には、その吸着したCO2をそのまま全て電極から放出する。投入する気体のCO2濃度は、通常の大気中の400ppmという微量のものから、火力発電所の排ガスなどに見られる高濃度のものまで受け入れることができ、その幅は極めて大きい。

 この電池の電極には、カーボンナノチューブに組み込またポリアントラキノンという有機化合物が塗布されていて、充電時にはCO2と非常に高い親和性を持つようになるために気体からCO2を抽出してくれる。放電時にはこの逆の現象が起きて、CO2だけが放出される。そして、前の段階で蓄えた電気は、放電時に全体のプロセスに必要な電力として利用されるために、吸着、放出プロセス全体で消費される電力は小さくて済む。また、この反応は常圧、室温の環境で進むために加圧・加熱の必要がなく、この面からもエネルギー効率は高くなる。


注) 右上からCO2を含んだ気体が一つの箱(蓄電池)に投入され、CO2の吸着が終わるともう一つの箱に切り替えられる。最初の箱からは吸着されたCO2が右の貯蔵タンクに送り出される。(MITニュースに示されたモデル図)

 このプロセスで取り出されるCO2は純粋の炭酸ガスであることから、そのまま高圧にして地下に圧入することによって貯留することができる。また、ジュースなどに圧入して炭酸飲料製造の原料に使用することもできる。大気中から回収したCO2を温室内に拡散させてやれば、野菜や果物にこれが吸収されて光合成されることにより、質の良い青果物を栽培できる。現在清涼飲料製造に使われる炭酸ガスも温室向けに使われるものも、ほとんどが化石燃料から作られていることから、CO2削減効果が大きくなる可能性が高い。

 火力発電所のように、稼働が長時間継続し、排気ガスの量も大きいものについては、規模の大きい蓄電池を2系列並列に設置する。そして、一方を蓄電モードにして排気ガスを流してCO2を吸着させ、そのユニットがフルに充電されると放電モードに切り替えると同時に、排気ガスをもう一方の蓄電モードにしたユニットに切り替えて送ることによってCO2を吸着させる。これを交互に繰り返すことによって、コンスタントにCO2を吸収できる。

 実用化という見地から重要なのは耐久性だが、これまでの研究成果から得られたデータから、このシステムは少なくとも7千回の充放電ができ、その過程で見られる効率の低下は30%に留まっている。そして将来、この充放電サイクルを2万~5万回に上げることができると想定している。電極自体は標準的な化学プロセスで製造できるため、実用化段階になれば、新聞の印刷機のようなroll-to-role(転写)方式のものが可能になる。これはコスト効果が高い技術であることから、電極は平米当たり数十ドルでできると予想している。また、現在使われているCO2回収方式の効率は、投入する気体のCO2濃度に左右されるため、回収CO2トン当たり1~10ギガジュールの間で上下するが、この新システムの効率は、回収CO2トンあたり常に1ギガジュールで少なく、効率が高い。CO2回収規模を大きくするには、電極を増やせば良いのだから、極めてシンプルとなる。

 このリサーチャーは、MITが運営するファンドから資金を調達してVerdoxというベンチャーを立ち上げたが、これから2~3年でパイロット規模の設備を作り上げたいとしている。Verdoxが地球温暖化対策の新しい有効手段を具体化できるかどうかを見守っていたいと思っている。