COP24でみた、気候変動を動かす金融・投資の動き
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「環境管理」からの転載:2019年2月号)
2018年12月、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP24)がポーランド南部の都市カトヴィツェで開催された。今回の会議に課せられたミッションはパリ協定の実施ルールに合意することであり、難産ではあったもののそれが達成されたことは既に報道等で皆様もご承知であろう。パリ協定が温暖化対策として実効性を持ちうるのかといった懸念や、隙あらば顔を出す先進国と途上国の「二分論」、資金に関する途上国の要求が強まる一方であることなど、この交渉プロセスに気になる点も多く残るが、しかし、各国がNationally Determined Contributionを提出し、定期的にそれを改定することが共通の義務という仕組みは既に確定している。加盟国の自主性に委ねられた制度であり、COPは交渉の場としての意義から、各国のナレッジシェアあるいはPR合戦の場へと変わるであろうことは、以前から述べている通りだ注1)。
気候変動対策をこれから進める上で重要なのは、一つには革新的技術開発であり、もう一つは社会の低炭素化を促す方向に資金の流れが変わることだ。政府間交渉と直接の関係はないテーマではあるが、COP24 でのサイドイベントでの議論などを踏まえてまとめてみたい。
EUの提唱するSustainable Financeとは
気候変動対策を進めるには、革新的技術開発と資金の流れが重要であることは共通認識となっており、COP会場で行われるサイドイベント等でも頻繁に取り上げられている。ESG投資を一過性のブームとして懐疑的にみる向きもあるが、筆者自身はそうではないと感じている。もちろん、ESG投資をブーム的にもてはやす動きがないわけではないが、対話のツールとして成熟させていこうという気運は確実に強まっているといえるだろう。
これまでの寄稿で、ESG投資はまだ対話のツールとして未成熟であることなど課題を指摘してきたが、未成熟であるがゆえに、いま「共通言語化」に向けた議論が行われているといえる。共通言語化してしまえば、その言語を使いこなせないと不利になることは明らかだろう。
ESG投資が一過性でないとすれば、どのような議論が行われているのかアンテナを高くし、その議論に参加していくことが将来のリスク緩和策であり、また、チャンスを拡大するともいえる。
そうした中で筆者が気になっていたのが、EUの提唱する「Sustainable Finance」である。COP24のサイドイベントでもこのテーマに触れたものもあったので、まずこれまでの経緯を整理しておきたい。
欧州は2019年までに域内の金融市場を統合する方針であり、その一環として、欧州委員会の金融安定・金融サービス・資本市場同盟総局(以下、DG FISMA)が持続可能な発展に資する分野への資金導入を確実にすることを目的としてSustainable Financeの検討を進めているのだ。2016年12月に「Sustainable Finance High-Level Expert Group(HELG)」を設置し、2017年7月に中間報告が、2018年1月に最終報告が提出された。ここで書かれていることは、パリ協定とSDGsの達成を目指すとしたものであり、取り組みの対象とするのは気候変動に限らないといったことなど、ある意味一般的な内容だ。
しかし、最終報告に基づき、2018年3月に策定されたアクションプラン(Sustainable Action Plan on Sustainable Finance)をみると若干色合いが異なってくる。「Key features of the Action Plan」に書かれていることをいくつか抜粋すると下記の通りである。
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- 何が持続可能かを定義し、持続可能な投資が最も大きなインパクトを与えられるエリアを特定するために、「Sustainable Finance」についての共通言語、言い換えれば、統一されたEUの分類システム(Taxonomy:タクソノミー。分類学)を確立する。
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- EUの分類に基づき、グリーンファイナンス商品にEUラベルを策定する。
彼らが持続可能性の観点から技術の「振り分け」を行うということであり、持続可能であると判断されたものについては金融・投資は安心して資金を流せる一方で、そう判断されなかったものについては、資金が流れづらくなる可能性が考えられる。なお、ESG投資についてはまず金融・投資の判断の基準となる情報開示が求められているところであり、TCFD(気候関連財務ディスクロージャー・タスクフォース)の存在感が高まっているが、このTCFDとの関連については、
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- 企業からのレポーティングにおける透明性を強化する。我々は、TCFDの推奨に添うかたちで非財務情報に関するガイドラインを見直すことを提案する。
とされている。
Action Planの第一段階として専門家会合(TEG:Technical Expert Group on Sustainable Finance)が組織され、さらにテーマごとにサブグループが設置されている。専門家会合は2019年6月まで(延長の場合には2019年末まで)活動するとされ、メンバーは35名で、そのうち14名は金融機関、市民団体と産業団体はそれぞれ7名で、金融機関以外の企業はEnBW(ドイツのエネルギー企業)とユニリーバのみである。実際に製造業などに携わる企業からの参加が少ないことについては、TCFDのメンバー構成とも通じるところがある。
さて、耳慣れないTaxonomyとは具体的に何を述べようとしているのか。それを解説した「SPOTLIGHT ON TAXONOMY」注2)によれば、「投資を目的とする、環境の観点から持続可能だと考えられる経済活動のリスト」とされる。投資を義務づけるものでも、基準でも、ましてや排除リストでもなく、ポジティブ・リストであるとされている。
詳細なリスト化にあたっては、分野ごとにラウンドを分けて検討が進められている。第1ラウンドでは、農林漁業・製造業・エネルギー・運輸・建物の分野について検討が行われ、昨年12月にコンサルテーション・ペーパー「Technical expert group on sustainable finance: Taxonomy pack for feedback and workshops invitations注3)」が掲載されている。このペーパーをみると、現在何が議論されているかだいたいつかむことができるので、ぜひご参照いただきたい。筆者が懸念している点を指摘すれば、発電については、地熱・水力・太陽光・風力・海洋エネルギー・CSP(集光型太陽熱)のみが記載されており、従来型電源については記述がない。2019年1月に開始する第2ラウンドで何らかの記述がなされる可能性はあるが、従前の案では、従来型電源について「石炭火力は不適格。新規の、従来型化石燃料発電所は不適格。原子力は自動的に適格。しかし他の環境や社会的リスクにより、万人に受け入れられるものではない」との表現になっていた。火力発電について、新設はすべて否定することは現実的ではないと筆者には思えるが、最終的にどのような書き方になるのか、議論の行方を注視する必要があるだろう。
運輸部門のうち、自家用車・商用車は、直接的な排出がゼロである車との表現になっている。例として書かれているのは燃料電池自動車と電気自動車のみであり、ハイブリッド車については記載がない。
また、建物の分野では、高効率な建物の設備として、窓やドア、断熱材などに求められる性能の閾値が具体的に記載されている。
そもそも、技術を単体でみても、環境価値は判断できないことが多い。例えば、ポーランドのように電源の8割を石炭が占めるような国では、電気自動車を導入するよりもハイブリッド車を導入したほうがCO2排出削減に貢献する。その国の電源構成も含めた上で導入すべき技術は異なるはずだが、そうした議論にはなっていないようだ。また筆者の取り越し苦労であれば良いが、日本企業が得意とする技術が排除されることになっていないかどうかが気になるところだ。次項で述べる通り、EUの産業団体とDG FISMAはコンサルテーションを重ねているようにみえる。本年2月22日までこのコンサルテーション・ペーパーに対するフィードバックが求められているので、ご確認いただき、必要に応じて日本企業からも意見出しなどの対応をしていただければと思う。
COP24でのサイドイベント
DG FISMAが非常に積極的かつ迅速に検討を進めていることから、COP24に赴く前から、特にEUの金融・投資に関する動きについて関心を高めていたところであるが、COP24でいくつかこれに関係するサイドイベントも開催されていた。例えば一つ目は「How can we mobilize more private finance alongside-public finance to reach the objectives of the Paris Agreement?」である。こちらには、欧州委員会の気候変動総局事務局長やローマクラブ共同代表、欧州経団連ビジネス・ヨーロッパなどが顔をそろえている。
筆者の興味を引いた発言を下記に紹介する。
○欧州委員会
- 気候変動政策を進めるには公的資金がカギだが、民間資金も必要。
- Sustainable Financeを進めるためには政府の政策と民間の研究、市場の修整も大切。
- どのような情報を開示するかについてはガバナンスやベンチマークを示す必要。
○ビジネス・ヨーロッパ
- EUの長期戦略はビジョン。低炭素分野での投資はすべての人が受け入れられるものであるべき(CCSなどには、民間は投資しづらい)。
- 低炭素プロダクツ・サービスの拡大では競争がフェアであることを政府が監視してもらいたい。そのためにはSustainable Financeが条件(Norm)となる。
○BNPパリバ
- 金融業が考える気候変動リスクは、物理的リスク(洪水など)、移行リスク(政策転換や市場の変化)の二つ。
- 移行リスクに対応するには方針を明確にする必要があり、規制を定め、コミュニケーションをしっかりとってもらいたい。今後の規制が何を目的にどのように行うのが、ゴールを示してもらいたい。
- 民間資金をmobilizeするには、関係者との対話が重要である。
総じてビジネス・ヨーロッパはSustainable Financeを積極的に歓迎する姿勢を示していたと感じた。公の場であることから当然ともいえるが、EUの産業界はDG FISMAとコンサルテーションを重ねてきていることが背景にあると思われる。
また別のサイドイベント「The investor Agenda accelerating action to achieve the Paris Agreement’s goals」では、TCFDが多く話題に上った。BNPパリバからの登壇者は「TCFDは自発的な活動であるが、役員の任命も含めて気候変動問題と整合的に考えられるべきで、そうした観点から情報を開示すべき」とし、CDPからの登壇者は、「TCFDの意味を金融部門は真剣に考えるべき。その際にどのようなmethodologyを使うのか。現在はTCFD勧告に沿って検討中の国が多い」と発言していた。
こうした議論やCOP24において収集した情報の限りにおいてではあるが、TCFDで推奨される開示内容、方法等をEUでは義務化していく流れで現在議論が進んでおり、EU金融総局が議論しているタクソノミーもこの動きと連動していくものと考えられる。TCFDで推奨される開示内容はまだガイドラインとするには十分ではないが、これを使いやすいものにしようと、わが国の経済産業省は先日ガイドラインを発表した。ガイドラインというよりは好事例集というような位置づけであり、これを太らせていくことで、わが国の企業が積極的に情報開示に取り組んでいる姿勢を訴求する狙いもあると考えられる。
まとめとして
日本企業は、ESG投資に求められる情報開示に消極的であると批判的に語られることが多い。しかしそんな中で筆者の印象に残ったのは、ある金融関係者との立ち話の中で、「日本企業の多くが温暖化対策にも真剣に取り組んでいることはよくわかっているし、情報開示にも努力していると思う。ただ、その開示される情報が面白くない」という言葉だった。要は開示される情報にユニークさがないということなのだ。情報開示は自社の長期的な成長可能性を訴求し、他社よりも投資対象として的確であることを伝えるためのものであるのに、日本企業は同業他社と類似の情報を出すという姿勢が強い、ということのようだ。
たった一つのこの意見が正しいかどうか筆者には全く判断がつかない。しかし、低炭素社会実行計画など日本企業の自主的な取り組みは、業界団体を主とする相互監視機能により実施されてきたのであり、ついつい同業他社と類似の情報提供にとどまりがちであるのかもしれない。情報開示は自社をアピールするチャンスの一つととらえて、「どうやるか」にはあまりこだわらず「やってみる」でも良いのかもしれない。そうやって自由なプレイヤーが登場することが、ガチガチのガイドラインが策定されてしまうことに対する対抗軸になる可能性もあるだろう。金融・投資に伴う情報開示のあり方に、今年も注目していきたい。
- 注1)
- COP22 参戦記(その2)─成果の乏しいCOP22と、COPの役割の変質─
http://ieei.or.jp/2016/11/takeuchi161120/など参照。 - 注2)
- https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/business_economy_euro/banking_and_finance/documents/sustainable-finance-taxonomy-spotlight_en.pdf
- 注3)
- https://ec.europa.eu/info/publications/sustainable-finance-taxonomy_en