トランプ政権のパリ協定離脱を整理する

──その真意と影響は?


国際環境経済研究所理事・主席研究員


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「環境管理」からの転載:2017年7月号)

 米国のトランプ大統領は6月1日午後3時(日本時間2日午前4時)、ホワイトハウスのローズガーデンで演説し「パリ協定」からの脱退を宣言した。政権内部でも残留派と離脱派が鋭く対立し、リーク合戦の様相を呈したメディアの報道も直前まで続いた。離脱したこと自体はトランプ大統領が選挙キャンペーン中の公約として掲げていたことを実行したものであり、大きな驚きはない。オバマ政権が掲げた削減目標を履行しないことは、本年3月に国内対策を見直す大統領令に署名していることからも明らかであったし、COP21で表明された米国の「緑の気候基金(GCF)」に対する30億米ドルの拠出の内、既にオバマ政権下で2回に分けて拠出された10億ドルを除く20億ドルの拠出は全く期待できないことも明らかであった。
 しかし、演説の中で「再交渉」「再加入」という含みを残した真意や、今後具体的にどのような手続きで離脱するのかについては全くクリアになっておらず、離脱の影響がどこまで及ぶのかは定かではない。詳細は今後政権内での議論の進展を待つしかないが、今の時点での整理を試みる。

トランプ氏の真意はどこにあるか

 トランプ政権はなぜ離脱という判断に至ったのか。大統領が演説の中で強調したように、中国やインドなどと比較して米国が過度な負担を負うものだというなら目標や資金の拠出額を見直せばよい話である。パリ協定はいわば「国際的自主行動計画」であり、少なくとも明示的には目標の引き下げを禁じてはいない(本連載第14回「カーボンバジェットあと1,000Gtは本当か」(当誌2017年6月号)参照)。なぜ「離脱」という選択肢を採ったかについて、協定の構造から合理的に説明することは難しい。
 要は「公約を守り、国民を守る大統領」であることを誇示するには、離脱以外の選択肢は採り得なかったのだろう。再交渉、再加入という含みを残した言葉を使った理由は、パリ協定という枠組みが不公平で不合理であるがゆえに、離脱せざるを得なかったことを演出するためであり、現段階では本当に交渉のテーブルに着くことを想定しているわけではないと理解するべきであろう。

米国内の受け止め

 まずは、大統領の離脱宣言を巡る米国内の受け止めを整理する。トランプ大統領の演説を受けて、国内各所でこの判断に抗議する市民のデモが行われたほか、州や都市など自治体、企業CEOなどからも多くの反発の声が挙がった。
 大統領の演説を受けて、パリ協定支持を訴える“United States Climate Alliance”は本稿執筆の6月7日時点で13の州が参加を表明しているほか、同アライアンスにも参加するハワイ州は6月6日、知事がパリ協定遵守に向けて州全体のGHG削減に向けた戦略とメカニズムを拡大することなどを定めた具体的な二つの法案にサインした。こうした動きは産業界にも波及しており、ビジネスリーダーとしてトランプ政権の経済諮問委員会に参画していたElon Musk氏(電気自動車大手のテスラや宇宙開発企業であるスペースXのCEO)や、大統領戦略政策フォーラムのメンバーであったRobert Allen Iger氏(ディズニーのCEO)は、演説が行われた6 月1 日中に共にTwitterを通じて、委員会・フォーラムから身を引くことを明らかにしている。パリ協定遵守に向けた活動を続けていくと宣言するプラットフォームである「We are still in(我々はまだパリ協定に留まっている)」には続々と企業や投資家、市長などの賛同が寄せられている。ワシントン・ポストとABCニュースが行った世論調査によれば、米国の離脱に賛成するという回答は28%に留まったのに対して、反対は59%に上ったと報じられている注1)
 こうした大統領の離脱宣言に反旗を翻す動きを歓迎し、全米の潮流であると報じる向きが強いが、これも米国の世論の一つでしかないことには留意が必要だ。少なくとも、パリ協定という象徴的なものに対する思い入れが、即ち米国民の温暖化対策に対する意識と捉えるべきではないだろう。
 先述した世論調査の結果でも、共和党支持層では賛成67%、反対25%と賛成が大きく反対を上回っており、5月には約22名の共和党議員からトランプ大統領に対して公約通りパリ協定を離脱するように促す書簡が送られている注2)。大統領は自身の支持基盤の意向をくみ取り、離脱の判断をしたのである。
 単純な数の比較ではあるが、オバマ政権のクリーン・パワー・プランに対する訴訟に参加した州は27に達していた。それは“United States Climate Alliance”に参加する州の倍以上である。また、トランプ大統領は今年3月28日に、オバマ政権下で導入された温暖化対策を全面的に見直し、国内のエネルギー資源(特に石炭、石油、天然ガス、原子力)の利用を阻害するすべての環境規制や政策を見直すよう関係省庁への要請する「エネルギー自立と経済成長の促進に関する大統領令」に署名した注3)が、このことに対する抗議の声はそれほど聞こえてこない。同国の温室効果ガス削減には、この国内対策の見直しのほうが大きく影響するにもかかわらずだ。産業界の認識についても、業種ごとに大きく異なる。グローバルに展開しそのブランド力を世界的に維持しなければならないICT系や小売業などの動きは米国産業界の一部であることは認識しておかねばならないだろう。


写真1/「温暖化防止の効果はわずかだ」と主張── パリ協定からの離脱を表明するトランプ米大統領
(写真提供:時事通信社)

国際社会の受け止め

 国際社会からは当然のことながら、離脱宣言に対して多くの失望の声が寄せられている。ドイツ、フランス、イタリアなど欧州諸国の首脳はいち早く「パリ条約を迅速に実施するための最善の約束を再確認する」と米国とは一線を画する姿勢を明らかにしたほか、日本も関係閣僚が粘り強く翻意を促していく旨発言している。
 また、トランプ大統領が「再交渉」について言及したことを受けて、UNFCCC事務局は195か国が署名し既に146の国とEUが批准も済ませたものであり、再交渉の余地などないとウェブ上でコメントしている。

パリ協定は京都議定書の二の舞か

 トランプ大統領の演説を聞きながら、京都議定書から離脱したブッシュ政権を思い出していた方もいるだろう。米国の離脱は京都議定書のカバー率にも大きく影響し、その後多くの国が第二約束期間への不参加を表明する一因となった。パリ協定の求心力が懸念されるところではあるが、京都議定書の轍を踏まぬよう、パリ協定は各国の自主性を前提としている。各国が米国の離脱に続くとは考え難い。
 しかし他の批准国が今後目標引き上げなどを行うモーメンタムが削がれることは懸念される。中国を例に考えれば、米国が離脱というドラスティックな手段を採ったことで、対比として、中国は現在パリ協定に提出している目標を達成するだけでも高く評価されることになるだろう。しかしながら、「2030年頃にCO2排出量のピークを達成する」という同国の目標が野心的であるかは疑問のあるところであり、これをさらに引き上げていくことが期待されていた。離脱という「派手な悪行」の前に、健全な努力に向けた適切なプレッシャーが働きづらくなることが懸念される。
 もう一つ懸念されることは、今後行われるパリ協定のルール策定に関する議論において、中国等の新興国や途上国の声が大きくなるであろうことである。パリ協定の中にも先進国と途上国の二分論を潜り込ませようとする声は途上国から根強く出されており、今後2018年のCOP24に向けて、米国が交渉の最前線から離れることの影響は避けがたいだろう(なお、米国交渉団が本当に「不在」になるか否かは、離脱の方法にもよる)。今後パリ協定が先進国と途上国の二分論の世界に先祖返りしてしまえば、次の政権においても米国の「再加入」が遠のいてしまう上、パリ協定の主旨からも遠ざかることとなる。

注1)
https://www.washingtonpost.com/news/energy-environment/wp/2017/06/05/post-abc-poll-nearly-6-in-10-oppose-trump-scrapping-paris-agreement/?utm_term=.62dd05d1a7a2
注2)
https://www.inhofe.senate.gov/download/?id=E1E34574-5655-42AA-92E8-0D23DC8C33BA&download=1
注3)
https://www.theguardian.com/environment/2017/mar/26/trump-executive-order-clean-power-plan-coal-plants


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