アンモニア:エネルギーキャリアとしての可能性(その1)


国際環境経済研究所主席研究員


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2014年9月から2015年5月にかけて、計12回にわたって「水素社会を拓くエネルギーキャリア」を連載させていただきました。このたび、機会あって同連載で取り上げたアンモニアの水素エネルギーキャリアとしての可能性について、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」での研究成果を中心に取りまとめましたので、ご報告します。
以下は、一般社団法人 水素エネルギー協会 の許可を得て、同協会の会誌、「水素エネルギーシステム」、2017年、Vol.42、No.1、pp 3-8 から転載させていただいたものです。

1.緒言

 アンモニア(NH3)が水素エネルギーの貯蔵、輸送媒体(エネルギーキャリア)として世界で注目され始めている。そのきっかけとなったのは、日本の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」だ。SIPは内閣府が2014年度に創設したもので、総理大臣が指名したプログラムディレクター(PD)が、基礎から開発、応用研究そして社会実装まで、省庁や分野の壁を越え、産学官の力を結集して、技術革新によるイノベーションの創造に取り組むという画期的なプログラムである。「エネルギーキャリア」はSIPで取り上げられている11のテーマの一つで、開発期間は2018年度末までの5年間、PDには村木 茂氏(東京ガス(株)顧問))が指名され、秋鹿 東京工業大学名誉教授と私がPDを補佐するサブPDを務めている。
 エネルギーキャリアは、日本のエネルギー環境制約の克服にとってきわめて重要な役割を果たす。その理由については以下にポイントのみを記すが、それはエネルギーキャリア研究開発の重要分野を理解するうえでも重要なので、是非、文献〔1〕も併せてご参照いただきたい。
 日本は現在、その一次エネルギー供給の93%を化石燃料に依存している。一次エネルギーの中で、CO2を排出しないエネルギーは原子力と再生可能エネルギー(再エネ)だが、原子力は、今後原子力発電所(原発)の新設と建て替えが行われない場合には、2050年には発電能力が、最大でも現在の約60%(全原発が60年稼働の場合)から、最小の場合には10%(同40年)の能力にまで減少する。そこで2050年に向けてCO2排出の80%削減(閣議決定)を図っていくためには、再エネの大量導入が必須となる。しかし国内の再エネ資源には、量的にも質的にも限りがあるため、海外から再エネを大量に導入する必要がある。この大量輸送、貯蔵手段としてエネルギーキャリアが重要となるのだ。
 SIP「エネルギーキャリア」では、エネルギーキャリアとして液化水素、メチルシクロヘキサン(MCH)及びNH3を対象に研究を進め、数々の重要な成果を挙げつつあるが、本稿では、(水素エネルギー協会)編集部からのご要請に従い、主としてNH3に係る具体的な研究成果を記しながら、そのエネルギーキャリアとしての可能性についてご紹介したい。なお、文中に記した見解や意見は、筆者個人のものであることを予めお断りしておく。

2.エネルギーキャリアとしてのNH3 -その概要-

 NH3は水素密度の大きな物質である。液化NH3の体積当たりの水素密度は、先に掲げた3つのエネルギーキャリアの中で最も大きい【表1】。

 そしてNH3は、常圧下で -33℃、または、常温で8.5気圧といったマイルドな条件で液化する。このNH3の液化条件は、LPGの液化条件とほぼ同じであり、NH3はLPGと同様のインフラ、技術で輸送、貯蔵することが可能である。実際、世界でNH3は、年間約1.8億トンが製造され、約1,800万トンが国際的に流通している。つまり、水素をエネルギーとして利用する際の大きな技術的課題の一つ、水素エネルギーの大量輸送、貯蔵に係る問題はNH3には存在しない。
 さらに後述するように、SIP「エネルギーキャリア」における研究開発によってNH3が直接、発電や工業炉向けの燃料として利用できる可能性が見えてきた。NH3が直接、燃料として使えれば、水素を取り出すために必要となる相当量のエネルギーと熱源が不要となるので、エネルギーキャリアとしてのNH3の大きな優位性となる。
 加えて経済性に関する調査により、NH3をキャリアとして水素エネルギーを導入した場合のCO2排出削減コストが、他の削減手段に比してかなり安価となる可能性も見えてきた。
 NH3の物性に由来する懸念事項は、その臭気と急性毒性であるが、米国EPAが5年間かけて実施した最新の毒性評価の結果によると〔2〕、NH3には直接吸入や直接接触した場合の急性毒性はあるものの、発がん性等の深刻な毒性は認められていない。(なお、NH3は空気中や水中で急速に分解するので、通常は人が直接吸入や直接接触する可能性は小さい。)他方、NH3は着火温度が高く(651℃)、また爆発限界も小さい物質であるため、米国では可燃性、爆発性のある物質としては区分されていない。実際、NH3は一定の管理の下で、世界で最も多量に使用されている化学物質の一つである。
 こうしたこともあって、SIP「エネルギーキャリア」におけるNH3関連の研究開発には、発電タービン・ボイラー等の発電機器メーカーに加えて、電力・ガス会社などのエネルギーユーザー企業が、次々と参加し始めている。また、CO2フリーNH3供給チェーンの上流を構成する可能性のある海外企業からは、供給チェーン構築に向けた協力プロジェクトの実施提案等もなされ始めている。
 以下に、NH3のエネルギーキャリア利用に向けた研究開発の進展と今後の計画等を具体的に紹介していこう。

3.発電、工業炉用燃料としてのNH3の可能性

(1) 発電用ガスタービン

 NH3の直接燃焼による発電実証試験は、出力50kWのマイクロガスタービン発電機を用いて(国研)産業技術総合研究所(AIST)の福島再生可能エネルギー研究所(FREA)で行われた。灯油とNH3の混焼、メタン(CH4)とNH3の混焼、加えてNH3専焼等の試験が行われたが、いずれも所定の出力で安定的に発電することに成功した。先にも記したようにNH3は着火温度が高く火炎速度も遅いこと、分子中に窒素原子(N)を含むことから、燃焼の安定性とNH3の燃焼によるNOX(Fuel NOX) の発生が懸念されたが、安定な燃焼が維持可能であり、NOXの発生も十分に抑制できることが明らかとなった。
 NOXの発生が抑制可能となるのは、燃焼気体中に存在するNH3の還元作用であることも解明された。NH3は燃料としてもNOXの還元剤としても働くのである。NH3が還元剤として火力発電所やディーゼル・トラック排ガスの脱硝装置に吹き込まれていることを考えれば、このことは不思議なことではない。
 この成果をもとに現在、発電タービンメーカーが2017年度中に2MWのNH3/CH4の混焼(熱量ベースでNH320%混焼)発電タービンを開発し、2018年度に実証運転試験を行うことを目標に取組みを進めている。

(2) 微粉炭発電ボイラー

 CO2フリー燃料としてのNH3の可能性が見えてきたことによって、電力会社主導による新たな取り組みも始まった。NH3を微粉炭発電ボイラー用燃料として用いる試みである。これが出来れば、発電コストが安価な既存の石炭火力発電所の有力なCO2排出削減手段となる。
 こうしたねらいでまず、(一財)電力中央研究所においてシングルバーナー微粉炭ボイラー実験炉(760kW)を用いたNH3の20%混焼実験が行われた。その結果、NH3の注入条件の調整により、NOXの排出を石炭専焼時と同レベルで抑えながら、CO2の排出を20%削減できることが確認された。この成果を受け、電力会社とボイラーメーカーが協力して、電力会社が実際に商用発電で使用している微粉炭発電ボイラーで、2017年夏にNH3混焼実証実験を行うほか、既存石炭火力発電所の大型微粉炭発電ボイラーでNH3混焼を行うための改造試設計を行う予定である。

(3) NH3燃料電池

 分散電源におけるNH3の燃料利用でも成果が上がっている。固体酸化物形燃料電池(SOFC)の燃料としてNH3を用いた場合、純水素と同等レベルの発電特性(255Wの直流発電で効率53%)が得られることが確認されている。NH3は常圧、500℃以上の環境下では分解して水素と窒素(N2)に分解するので、動作温度が700~1,000℃のSOFCではNH3を直接、供給することで水素に代えることができるという着想が実証されたことになる。今後は、燃料電池システム機器メーカーが1kW程度のSOFCシステムを実際に製作し、実証試験を行う予定である。NH3は輸送、貯蔵が容易なので、NH3の利用によって、分散型発電のメリットがより生かせることになろう。

(4) 工業炉におけるNH3利用

 燃料としてNH3を利用する研究は、工業炉分野でも進められている。この分野での課題は、NOXの発生の抑制に加えて、火炎からの輻射伝熱を強化することであった。分子中に炭素(C)を含まないNH3の燃焼では、ススの燃焼による輻射伝熱効果が得られないからである。
 これまでに10kWモデル燃焼炉を用いた研究でNH3専焼、CH4-NH330%混焼の両ケースにおいて、酸素富化燃焼による火炎輻射の強化と火炎温度を均一化するための多段燃焼の組み合わせにより、これらの課題の克服に成功した。今後は、工業炉の実用規模である100kWスケールのモデル燃焼炉を用いた実証を行う予定である。
 このほか、セメントキルン、鋼板の圧延工程で用いられる脱脂炉でもCH4-NH3混焼利用研究を行っている。

4.水素ST向けエネルギーキャリアとしてのNH3

 水素ステーション(ST)向けには、高圧水素、液化水素による供給チェーンが既に実用化されている。さらに物性的には、NH3とMCHをエネルギーキャリアとして用いる場合には、脱水素反応により水素をとりだす際に所要の熱源とエネルギーが必要になるというハンデがある。(NH3の場合、【表1】の“水素放出エンタルピー変化”の値から分かるように、脱水素するにはNH31分子から利用できる水素エネルギーの約13%に相当するエネルギーと約500℃の熱が必要。)それにもかかわらず、MCH、NH3ともに体積水素密度が大きく、輸送、貯蔵が容易なことから、今後の燃料電池自動車(FCV)の普及動向で変化するSTの立地数、場所、水素の必要輸送量、輸送距離、さらには水素供給ソース次第では、MCH、NH3もコスト的に見てこの分野のエネルギーキャリアの選択肢の一つになり得ると考えられている。こうしたことから、SIP「エネルギーキャリア」では、水素ST向けのエネルギーキャリアとしてMCH、NH3の利用に係る技術課題の解決にも取り組んでいる。
 このうち「NH3水素ST基盤技術開発」では、550℃以下でNH3を化学平衡濃度まで分解できる新触媒、水素中に残存するNH3の除去材料、FCV燃料の純度基準を満たす水素精製技術が開発された。なお、この技術の社会実装においては、NH3の急性毒性や臭気に配慮して、一般の人々がアクセスできないサテライト基地のような場所でのNH3から水素への変換を考える必要があると考えており、今後はこういったことを念頭において実証研究等を進める方針である。

<引用文献>

1.
塩沢 文朗; “水素エネルギーの重要性と戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」、エネルギーと動力 2016年春季号、p58-71
2.
“Toxicological Review of Ammonia – Noncancer Inhalation” Integrated Risk Information System, U.S. Environmental Protection Agency. September 2016
3.
平井 晴己、呂 正、高木 英行、村田 晃伸、”アンモニアの需給及び輸入価格の現状について“、(財)日本エネルギー経済研究所 研究レポート 2015年9月
4.
“Carbon Dioxide Capture and Storage – Technical Summary – ” IPCC Special Report, Working Group III of the Intergovernmental Panel on Climate Change, 2005
5.
佐野 史典、秋元 圭吾、本間 隆嗣、徳重 功子、”日本の2030年温室効果ガス排出削減目標の評価” エネルギー・資源学会論文誌 Vol.37, No.1, 2016, p. 51-60.

次回:「アンモニア:エネルギーキャリアとしての可能性(その2)」へ続く